花咲く君は、いつか透明なハナになる

「あとどれくらいかかるの?」
『まだ一年だから、あと二年はアメリカ(こっち)かな。どう、みんな元気にしてるか?』
「健康にやってるよ。あ、ふーちゃんはこの前入院した。いつものやつ」
『そうかぁ。お母さん大変だから、華も手伝い頼むよ』
「分かってるよ。そういえば最近ね……!」
『あっ、もうこんな時間か。華、ごめん。これから会議なんだよ。じゃあまたな』

 暗い部屋に浮かぶ光と音が一瞬で消えた。
 電気も付けないで、ベッドの上でころんと転がる。二ヶ月ぶりに、単身赴任しているお父さんと会話をした。
 掛けたきっかけは、なんとなく。久しぶりに声が聞きたくなったのと、いつもよりテストの手応えがあったから嬉しくて。
 お母さんはふーちゃんの寝かしつけで忙しいから、暇な時間の話し相手が欲しかっただけ。

 ほわんと灯りを放つ画面をスライドさせながら、お母さんに送ってもらった昔の画像を眺めてみる。
 ちょうど三年前に撮った写真には、ケーキを囲んで笑う自分がいた。

「十四歳……かぁ」

 カレンダーに付いた星マークが、心虚しく光っている。
 ほんとは少しだけ、期待していたのかもしれない。


 ーーお父さん、おめでとうって言ってくれなかったな。


 いつも通りの朝を迎え、代わり映えのないご飯を食べる。卵焼きとソーセージは、お弁当に詰めた残り。
 小さな洋服を忙(せわ)しなく着替えさせて、お母さんが時間に追われるようにスニーカーを履く。
 六月五日。土曜日の朝だというのに、慌ただしい人たちだ。

「お母さん、忘れてる」
「ああっ、ごめん! ありがと。遅くなりそうだったらココアするから」

 かがんでふーちゃんの靴を履かせる頭に、ぽんと黒い帽子を乗せた。
 小さな手を引きながら、玄関を出ようとする足を止めて、お母さんが振り向く。

「ああっ、そうだ華っ!」
「ーーなに?」

 思わず重心が前へ傾いた。

「冷蔵庫にあるグラタン、お昼に食べちゃってね」
「……うん」
「じゃあ戸締り忘れないで。いってきます」

 同じように振り返した手が、すとんと足の横へ落ちた。
 仕方ないよ。起きてからずっと、ふーちゃんと自分の支度で忙しかったんだから。

 今日は保育園のママたちと、お弁当を持ち合ってピクニックへ行くのだと聞いている。
 家庭や仕事の都合だったりで、参加できる人のみで集まるらしいけど、少し前からお母さんは必ず行くと意気込んでいた。
 この親睦会で親交を深めなければならないのだと、よく分からない大人の事情を話していた気がする。

 一人残されたリビングのソファーに、寝そべってスマホを見つめる。スクロールするたびに、おしゃれなケーキやアクセサリーが目に入って、乾いた唇から息がもれた。

「なーんか良いことないかなぁ」

 テレビから聞こえてくる笑い声が煩(わずら)わしく思えて、電源を切った。
 雑音の途切れる音が、ぷつんと寂しく響く。


 ーー私の誕生日なんて、誰も覚えてくれていない。