ブルースのその先で

「あのさ……」

 肇に思いをぶつけ、お互いの想いが重なった。
 それと同時に、俺にはもう一つ、向き合わなきゃいけないことがある。
「こんなこと、不誠実って分かってるけど」
「……城さんだよな?」
「うん。一ヶ月前に告白されて、向き合いたいって返事をしたんだ」
「うん」
「……肇と再会した日から、俺、パニックみたいになって。城さんには、待ってもらってて」
「うん」
「俺、ちゃんと話してくるから。それまで、待っててくれる?」
「うん。わかった」
「ごめん」

 俺の話を聞いた後、肇が大きなため息を吐く。

「あーあ。やっぱり。城さんは渚、狙ってたんだなぁ」
「え?知ってたの?」
「たぶん、気づいてなかったの、渚だけだよ」
「えー……まじか」
「俺も一緒に行こうかな」
「え、それは本当に大丈夫」
「なんだよー、寂しいこと言うなよ」
「なんか肇……」
「ん?」
「甘くなった?」
「そう?」
「うん。なんか、ちょっと……かわいいかも」
「ぶはっ。まぁ、前付き合ってた頃は、かっこいい俺でいたかったからね」
「今は違うの?」
「今はっていうか、もうずっと一緒なら、いろんな俺を知ってほしいわ」
「なんだそれ」
 以前付き合っていた頃よりも、お互いのことをもっと知った気がした。

 俺はその日のうちに、城一郎さんに連絡して、週末に会うことにした。
 肇から念を押すように、公共の場で会うように言われ、カフェで待ち合わせすることにした。
 待ち合わせ場所に来た城一郎さんは、いつも通り優しく笑いながら近づいてくる。
「久しぶり。元気だった?」
「あ、はい」
「入ろっか」
 席に案内され、コーヒーを頼む。
「じゃあ、渚くんの考え、聞いていいかな?」
「……はい。あの、俺……城さんとこのままお付き合いできません。全部、俺が悪いです。城さんの優しさに甘えて、向き合うことを先延ばしにしてました。告白してくれた時、もう忘れようって思ってたのに。俺は、全然前に進むことを望んでなかったです。……本当にごめんなさい」
 上手くまとまらない話を、城一郎さんは最後まで黙って聞いてくれた。
「はぁー……。うん。わかった」
 全て分かっていたかのように、城一郎さんが困ったように笑った。
「なんかさ。あのタイミングで肇くんが現れた時、あぁ、この二人には敵わないんだなって分かっちゃったよ。でも、一応まだ僕が恋人だから。最後も、渚くんと二人でちゃんと会いたかったんだ」
「……」
「もう!渚くん!」
「はい」
「そんな顔しないでよ。渚くんなら絶対、幸せになれるよ」
「……はい。本当に、ありがとうございました」
 最後の最後まで優しい言葉で送り出してくれる城一郎さんに、頭が上がらない。
「じゃあ、もうこの話は終わり。珈琲飲み終わるまでは、前みたいに楽しく話そう」
「はい」
 珈琲を飲みながら、付き合う前のように仕事やバーでの思い出話をして、城一郎さんと店を出る。
 駅に向かって歩いていると、後ろから城一郎さんに呼ばれて振り返る。
 その瞬間、頬に唇が優しく当たった。
「これくらいは許してって、肇くんに言っておいて」
「……いや、え。そ、それはちょっと」
 城一郎さんのイタズラな顔に、動揺しながら頬に手を当てる。

 城一郎さんとちゃんと別れた日、肇に連絡をした。
 仕事中なはずなのに、すぐに返信が来る。
 メッセージを読み、思わず頬が緩む。
 「スーパー寄ろ」

 十九時ごろ、インターホンが鳴る。
 扉を開けると、肇が寄りかかるように抱きついてくる。
 俺はよろけそうになりながら、肇の背中に腕を回す。
「これで、本当にもう離れられないな」
「うん。俺が肇を幸せにしてやる」
「ふふ。じゃあ、渚のことは俺に任せて」
「当たり前すぎ」
 言葉と同時に、スーツ姿の肇にしがみつくように飛び乗る。
「うぉっ、と。どこまで運ぶ?」
「……任せる」
 玄関に靴を脱ぎ捨てて、流れ込むように寝室へ向かう。
 離れていた時間を取り戻すように、お互いを映す瞳が近づいていく。
「やばい……」
「ん?」
「幸せすぎて死ぬかも」
「ぶはっ。なにそれ。めっちゃ俺のこと好きじゃん」
「あーあ。やっぱり、俺の愛の方が大きいわ」
「簡単に死なせないからな?」
 セミダブルのベッドで、磁石のようにくっつきながら、空白の四年間を埋めるように求め合った。

 次の日。
 窓から差し込む光とともに、目を覚ます。
 隣でまだ眠る肇を見て、もう一度寝転び、頭をくっつける。
「写真、撮らないの?」
 寝ていると思っていた肇が目を開けて、聞いてくる。
「え?」
「じゃあ、今回は俺が撮ろーっと」
 そう言って、肇がスマホを掲げて、寝転んでいる俺たちを撮った。
「あの時のやつ、ちゃんと送ってよ」
「起きてたのかよ」
「あ、パンでも買いに行く?」
「……なんか、綺麗な思い出を馬鹿にされてる気分」
「えー、なんでよー」
「ふふ。まぁ、行くか」
「うん。パン買って、ここに戻ってきてから食べよう。それで珈琲飲みながら、これからの話をしよう」

 四年前。

 離れることしかできなかった俺たちは、今は離れないためにどうするのかを考えられてる。

 人としても成長した。お互い離れたからこそ、もう離れたくないことを実感した。

 運命とか、赤い糸とか、そんな言葉は信じないけど。

 俺は、俺のための幸せを手放さないように。