そして、今日。
肇と四年ぶりに再会した。
城一郎さんは、俺と肇が付き合っていたことも知っている。飲み友達だった頃には、俺がまだ肇のことを忘れきれていないことも話した。
それでも、俺にまっすぐ気持ちを伝えてくれた城一郎さんに、今度こそちゃんと向き合おうと思っていた。
城一郎さんにマンションの下まで見送られて、自分の部屋の扉を開ける。
玄関でうずくまり、震える自分の手を見つめる。
今日起きたことが、現実なんだと実感する。
靴を脱ぎ捨て、仕事部屋へ向かう。
机の引き出しから小さな箱を取り出し、ワインレッドのピアスを手に取った。
「どうしたいんだよ……」
スマホには、城一郎さんからのメッセージが届いている。
けれど、今は見る勇気が湧かなかった。
——最低だ……。
スマホを床に放り投げ、沈み込むようにソファへ寝転んだ。
どんなに衝撃的なことがあっても、社会人には仕事という現実が待っている。
城一郎さんとのことや、肇と再会したことを何度も思い返しながら、結局返信できないまま、俺は繁忙期の仕事に逃げた。
仕事の合間に休憩室へ行くと、俺より少し年上の女性社員の話し声が聞こえてくる。
「いや、それはまず元彼を断ち切るべきだわ」
「えー……やっぱり?」
「てかさ。それ悩んでる時点で、ちゃんと向き合いきれてないからね? 元彼とも、告白してきた人とも」
——ビクッ。
タイムリーすぎる内容に、俺まで叱られているような気分になる。
「その元彼も、誠意見せないならそれまでなんだから。一旦、思ってること伝えな?」
「……あぁ、だよね」
「もー、ほんとにしっかりしなよ? 自分のことを幸せにできるのは、自分だけなんだから」
——あぁ、そうか。
俺自身で、俺の幸せを決めなきゃいけないんだ。
たまたま聞いてしまった雑談で、俺は誰とも向き合えていないことに気づいた。
繁忙期が落ち着き、やっと定時で帰宅できた日。
俺は城一郎さんに返信をした。
「ずっと連絡できなくてごめんなさい。そして、本当に自分勝手だと思いますが、少し考える時間が欲しいです」
少しして、城一郎さんから返信がきた。
「わかった。待ってるね。一つだけ、お願いなんだけど。その考えに答えが出たら、会って聞かせてもらいたいです。じゃあ、またね」
こんな優柔不断な俺に対しても、城一郎さんは責めたり、縛りつけようとしたりしない。
——本当に……いい人すぎるんだよな。
城一郎さんとのメッセージを終えて、俺はもう一度、箱に入っていたピアスを取り出し、写真を撮った。
一度は視界に入るのが嫌で非表示にしていた友人を、再表示にする。
久しぶりに開いたトーク画面には、四年前の三月の日付が表示されていた。
送信ボタンを押す前に、手が止まる。
誰もいない部屋で深呼吸をして、先ほど撮った写真を送信する。
続けて、メッセージを送った。
「これ、返すよ」
もしかしたら、ブロックされているかもしれない。
いきなり連絡して、無視されるかもしれない。
それでも、もし返信が来たら。
その時は、ちゃんと向き合いたいと思ったんだ。
こまめにスマホを確認するが、一向に返信がこない。
最悪のケースを想定して、スマホをテーブルに置き、風呂へ向かった。
「……期待すんなよ」
自分に言い聞かせるように小さな声をこぼしながら、この感情ごとシャワーで洗い流されればいいと思った。
風呂から出て、もう一度スマホを確認する。
すると、肇から返信が来ていた。
「ごめん、残業で今見た。これ、無くしたと思ってたから嬉しい。手間じゃなければ、着払いとかでいいかな?」
もう俺に会いたくないから、こんな返信をしているのかもしれない。
——でも……。
「いや。俺、繁忙期終わったから、渡しに行くよ」
「え! いいの? じゃあ、お礼に飯奢るわ」
「はいよ」
できるだけ普通に。
もう、縋りつくような俺はいない。
二日後。
肇に指定された居酒屋に着く。
店の前には、ワイシャツに革製のリュックを背負った肇が立っていた。
近づく俺に気づき、右手を上げる。
「お疲れ。わざわざ、ごめんな」
「いや。ここ、案外職場から近いから平気」
「そか! じゃあ、行くか」
会話のテンポが以前と変わらず、懐かしい気持ちになる。
「渚は、スーツじゃないんだな」
「あぁ、うちはあまり指定ないね」
「そっか」
「肇は、営業って感じだね」
「はは。そうか?」
お互いの仕事の話をしながら、緊張した空気をほぐすように、俺たちは酒を飲んだ。
食べ物を一通り食べ終えた頃、肇が頬を赤らめながら口を開く。
「城さんと付き合ってるんだな」
俺はなんて答えればいいのか分からず、肇の顔さえ見ることができない。
黙り込む俺に、肇が目尻を下げて優しく笑いかける。
「よかったな! 城さん、いい人だし」
——なんで、そんなこと言うんだよ。
肇の言葉で、はっきり分かってしまった。
俺はあの日。
城一郎さんといるところを、肇に見られたことが嫌だったんだ。
自分の気持ちに気づいたものの、実際には城一郎さんと別れていない。
「……まぁ、うん。肇は……どうなの?」
「え? 俺?」
「うん。恋人とかいるの?」
少し戸惑いながら、躊躇うように肇が口を開く。
「いや、実はさ……」
——あ、待って。やっぱり、聞きたくない。
その言葉の先には、きっと俺には経験できない人生のイベントが待っている。
——そうか。肇は結婚するのか。
ものの数秒で、肇の口から出る言葉を覚悟する。
「実はさ、……俺、海外出向になっちゃって」
——……え?
肇の言葉に、分かりやすく動揺してしまう。
「……か、海外?」
「そう。シンガポールに、来月の末から。そもそも仕事も忙しかったし、恋愛とかできてなかったけど。海外行くなら、尚更恋人とか作る気にもなれなくて」
肇に恋人がいないことよりも先に、俺は自然と一番気になったことを口にする。
「ど、どれくらい行くの?」
「うーん。俺の他にも上司が二人行くんだけど。五年以内に帰って来れたら、みたいに言ってたから。まぁ、すぐには無理だろうな」
「ま、まじ。そっか……」
今日会って、肇に話そうと思っていたことが、一気に頭の中から消えていく。
「だからさ。こうやって、渚に会えてよかった」
肇は、目の前で大切なものを見つめるように話しかけてくる。
まるで、本当に最後のように。
「……なんで」
「え?」
「なんで、いっつも肇は離れてくんだよ」
気づいたら、俺は泣きながら感情のままに、肇へ気持ちをぶつけていた。
「もう、ほんと……なんなんだよ。俺を寂しくさせたくないから別れたいとか。勝手すぎるんだよ」
「なぎさ……?」
「教えてやるよ!俺は、俺はな……肇と別れてからずっと寂しかった」
溢れ出る涙を拭うように、おしぼりを目元に当てる。
——情けな……。
肇の目の前で、性懲りもなく泣き喚く自分が、四年前から全然変わっていなくて、恥ずかしくなる。
おしぼりを押さえる手に、肇がそっと触れ、視線が合う。
滲んだ視界には、頬と瞳を赤くした肇が映っていた。
「……あのさ。それって、どういう意味?」
この期に及んで、何かを躊躇っている肇に、無性に苛立つ。
俺はテーブルの向こうにいる肇のネクタイを掴み、引き寄せる。
鼻先がくっつきそうな距離まで顔を近づけた。
「どういう意味か、ほんとに分からない?」
俺の言葉を聞いて、肇が別れを切り出した時のような、何かを覚悟したような表情で、まっすぐ俺を見つめる。
「嫌だったら、思いっきり殴れよ?」
そう言って、肇の唇がゆっくり重なり、離れていく。
お互い座席に腰をかけ、目を合わせる。
「俺、もう渚のこと離してあげられないと思う」
「のぞむところだわ」
「本気だよ?ずっと。一生だよ?」
「は?俺の方が絶対好きだから。なんか、その言い方ムカつく」
「なんだよ、それ」
二人とも頬を赤らめて、涙を流しながら笑い合った。
肇と四年ぶりに再会した。
城一郎さんは、俺と肇が付き合っていたことも知っている。飲み友達だった頃には、俺がまだ肇のことを忘れきれていないことも話した。
それでも、俺にまっすぐ気持ちを伝えてくれた城一郎さんに、今度こそちゃんと向き合おうと思っていた。
城一郎さんにマンションの下まで見送られて、自分の部屋の扉を開ける。
玄関でうずくまり、震える自分の手を見つめる。
今日起きたことが、現実なんだと実感する。
靴を脱ぎ捨て、仕事部屋へ向かう。
机の引き出しから小さな箱を取り出し、ワインレッドのピアスを手に取った。
「どうしたいんだよ……」
スマホには、城一郎さんからのメッセージが届いている。
けれど、今は見る勇気が湧かなかった。
——最低だ……。
スマホを床に放り投げ、沈み込むようにソファへ寝転んだ。
どんなに衝撃的なことがあっても、社会人には仕事という現実が待っている。
城一郎さんとのことや、肇と再会したことを何度も思い返しながら、結局返信できないまま、俺は繁忙期の仕事に逃げた。
仕事の合間に休憩室へ行くと、俺より少し年上の女性社員の話し声が聞こえてくる。
「いや、それはまず元彼を断ち切るべきだわ」
「えー……やっぱり?」
「てかさ。それ悩んでる時点で、ちゃんと向き合いきれてないからね? 元彼とも、告白してきた人とも」
——ビクッ。
タイムリーすぎる内容に、俺まで叱られているような気分になる。
「その元彼も、誠意見せないならそれまでなんだから。一旦、思ってること伝えな?」
「……あぁ、だよね」
「もー、ほんとにしっかりしなよ? 自分のことを幸せにできるのは、自分だけなんだから」
——あぁ、そうか。
俺自身で、俺の幸せを決めなきゃいけないんだ。
たまたま聞いてしまった雑談で、俺は誰とも向き合えていないことに気づいた。
繁忙期が落ち着き、やっと定時で帰宅できた日。
俺は城一郎さんに返信をした。
「ずっと連絡できなくてごめんなさい。そして、本当に自分勝手だと思いますが、少し考える時間が欲しいです」
少しして、城一郎さんから返信がきた。
「わかった。待ってるね。一つだけ、お願いなんだけど。その考えに答えが出たら、会って聞かせてもらいたいです。じゃあ、またね」
こんな優柔不断な俺に対しても、城一郎さんは責めたり、縛りつけようとしたりしない。
——本当に……いい人すぎるんだよな。
城一郎さんとのメッセージを終えて、俺はもう一度、箱に入っていたピアスを取り出し、写真を撮った。
一度は視界に入るのが嫌で非表示にしていた友人を、再表示にする。
久しぶりに開いたトーク画面には、四年前の三月の日付が表示されていた。
送信ボタンを押す前に、手が止まる。
誰もいない部屋で深呼吸をして、先ほど撮った写真を送信する。
続けて、メッセージを送った。
「これ、返すよ」
もしかしたら、ブロックされているかもしれない。
いきなり連絡して、無視されるかもしれない。
それでも、もし返信が来たら。
その時は、ちゃんと向き合いたいと思ったんだ。
こまめにスマホを確認するが、一向に返信がこない。
最悪のケースを想定して、スマホをテーブルに置き、風呂へ向かった。
「……期待すんなよ」
自分に言い聞かせるように小さな声をこぼしながら、この感情ごとシャワーで洗い流されればいいと思った。
風呂から出て、もう一度スマホを確認する。
すると、肇から返信が来ていた。
「ごめん、残業で今見た。これ、無くしたと思ってたから嬉しい。手間じゃなければ、着払いとかでいいかな?」
もう俺に会いたくないから、こんな返信をしているのかもしれない。
——でも……。
「いや。俺、繁忙期終わったから、渡しに行くよ」
「え! いいの? じゃあ、お礼に飯奢るわ」
「はいよ」
できるだけ普通に。
もう、縋りつくような俺はいない。
二日後。
肇に指定された居酒屋に着く。
店の前には、ワイシャツに革製のリュックを背負った肇が立っていた。
近づく俺に気づき、右手を上げる。
「お疲れ。わざわざ、ごめんな」
「いや。ここ、案外職場から近いから平気」
「そか! じゃあ、行くか」
会話のテンポが以前と変わらず、懐かしい気持ちになる。
「渚は、スーツじゃないんだな」
「あぁ、うちはあまり指定ないね」
「そっか」
「肇は、営業って感じだね」
「はは。そうか?」
お互いの仕事の話をしながら、緊張した空気をほぐすように、俺たちは酒を飲んだ。
食べ物を一通り食べ終えた頃、肇が頬を赤らめながら口を開く。
「城さんと付き合ってるんだな」
俺はなんて答えればいいのか分からず、肇の顔さえ見ることができない。
黙り込む俺に、肇が目尻を下げて優しく笑いかける。
「よかったな! 城さん、いい人だし」
——なんで、そんなこと言うんだよ。
肇の言葉で、はっきり分かってしまった。
俺はあの日。
城一郎さんといるところを、肇に見られたことが嫌だったんだ。
自分の気持ちに気づいたものの、実際には城一郎さんと別れていない。
「……まぁ、うん。肇は……どうなの?」
「え? 俺?」
「うん。恋人とかいるの?」
少し戸惑いながら、躊躇うように肇が口を開く。
「いや、実はさ……」
——あ、待って。やっぱり、聞きたくない。
その言葉の先には、きっと俺には経験できない人生のイベントが待っている。
——そうか。肇は結婚するのか。
ものの数秒で、肇の口から出る言葉を覚悟する。
「実はさ、……俺、海外出向になっちゃって」
——……え?
肇の言葉に、分かりやすく動揺してしまう。
「……か、海外?」
「そう。シンガポールに、来月の末から。そもそも仕事も忙しかったし、恋愛とかできてなかったけど。海外行くなら、尚更恋人とか作る気にもなれなくて」
肇に恋人がいないことよりも先に、俺は自然と一番気になったことを口にする。
「ど、どれくらい行くの?」
「うーん。俺の他にも上司が二人行くんだけど。五年以内に帰って来れたら、みたいに言ってたから。まぁ、すぐには無理だろうな」
「ま、まじ。そっか……」
今日会って、肇に話そうと思っていたことが、一気に頭の中から消えていく。
「だからさ。こうやって、渚に会えてよかった」
肇は、目の前で大切なものを見つめるように話しかけてくる。
まるで、本当に最後のように。
「……なんで」
「え?」
「なんで、いっつも肇は離れてくんだよ」
気づいたら、俺は泣きながら感情のままに、肇へ気持ちをぶつけていた。
「もう、ほんと……なんなんだよ。俺を寂しくさせたくないから別れたいとか。勝手すぎるんだよ」
「なぎさ……?」
「教えてやるよ!俺は、俺はな……肇と別れてからずっと寂しかった」
溢れ出る涙を拭うように、おしぼりを目元に当てる。
——情けな……。
肇の目の前で、性懲りもなく泣き喚く自分が、四年前から全然変わっていなくて、恥ずかしくなる。
おしぼりを押さえる手に、肇がそっと触れ、視線が合う。
滲んだ視界には、頬と瞳を赤くした肇が映っていた。
「……あのさ。それって、どういう意味?」
この期に及んで、何かを躊躇っている肇に、無性に苛立つ。
俺はテーブルの向こうにいる肇のネクタイを掴み、引き寄せる。
鼻先がくっつきそうな距離まで顔を近づけた。
「どういう意味か、ほんとに分からない?」
俺の言葉を聞いて、肇が別れを切り出した時のような、何かを覚悟したような表情で、まっすぐ俺を見つめる。
「嫌だったら、思いっきり殴れよ?」
そう言って、肇の唇がゆっくり重なり、離れていく。
お互い座席に腰をかけ、目を合わせる。
「俺、もう渚のこと離してあげられないと思う」
「のぞむところだわ」
「本気だよ?ずっと。一生だよ?」
「は?俺の方が絶対好きだから。なんか、その言い方ムカつく」
「なんだよ、それ」
二人とも頬を赤らめて、涙を流しながら笑い合った。



