ブルースのその先で

城一郎さんが連れて行ってくれたカフェでお茶をして、俺たちは夕陽が見えるスポットへ向かっていた。
 綺麗な建造物が並ぶ街並みを歩いていると、城一郎さんがポケットや鞄の中を手探りで触る。
「どうしたの?」
「ごめん!さっきのお店に、スマホ忘れたかも」
「え!」
「ごめん、ちょっと待ってて。急いで取ってくる」
「あ……うん」
 なんなら、俺も一緒に取りに行くのに。
 なぜか、城一郎さんにはあと一言が言えない。
 スマホを見ながら交差点で待っていると、隣から急に話しかけられる。
「……なぎさ?」
 その声を聞いた瞬間、一気に胸の奥が締め付けられた。
 恐る恐る顔を上げる。
「……は、じめ」
 口にした名前が、四年前と同じ響きで耳に残った。

 ——何で……。

 俺が今日この街を指定した理由が、目の前に立っている。
 そんな俺を見て、肇が優しく笑う。
「久しぶりだな。元気だったか?」
「……あぁ、うん」
「そっか」
 四年ぶりに再会した肇は、スーツ姿で髪をしっかり固めていた。そんな彼を思わず見つめてしまう。
「なんか、変か?」
 俺の視線に気付いたのか、自分のスーツや肩を見て何かついているのか確認する肇。
「……あ、いや。別に。何にもついてないよ」
「ふふ。なんだよ、スーツ汚れてるのかと思ったわ」
 ——どうして、いるんだよ……
 さっきの決意が、一気に泡になって消えていく気がした。
「……なんで、ここにいるの?」
「あぁ、今年から本社配属になったんだよ」
「……へぇ、そっか」
 お互いが聞きたいことを口にできないような空気の中、後ろから肩を叩かれる。
「あ……」
 思わず溢れた声と共に、現実に引き戻された。
 俺と肇の姿を見て、城一郎さんが一瞬だけ目を見開く。
けれどすぐに、いつもの穏やかな表情に戻った。
「ごめん。待たせて。えっと、肇くんも久しぶりだね」
「城さん!久しぶりです」
 この場が息苦しくて、思うように言葉が出てこない。
 そんな俺に気付いたかのように、肇が口を開く。
「えっと、今たまたま営業帰りに会って。じゃあ、俺会社戻らなきゃだから、行くわ。城さんとも久しぶりに会えて、良かったです」
 肇はそう言って、俺たちの前から去っていった。

 ほんの数分の出来事だったが、俺の時間を止めるには十分な時間だった。
 その後、城一郎さんとどんな話をしたか覚えていない。
 駅の照明に明るく照らされて、やっと辺りがもう暗くなっていることに気づいた。
 慌てて隣を見ると、変わらない表情で城一郎さんが歩いている。
「……あの、俺。もう、本当に全然……肇のことは……」
 咄嗟に出た言葉に、城一郎さんが少し儚げに笑う。
「大丈夫だよ」
「……」
 それ以上は何も言えなかった。
 城一郎さんにマンションの下まで見送られ、エントランスに入ろうとした時、腕を引かれて背中から抱きしめられる。
 まわされた腕に、そっと触れようとした瞬間。
 いつもより低い声で、城一郎さんが口を開く。
「渚くん、好きだよ」
 ——……俺もって……早く……。
「……お、」
 俺の言葉が出る前に、城一郎さんの温もりが離れていく。
「ごめんね、急に。……じゃあ、おやすみ。また、連絡するね」
 背を向けて駅へ向かう城一郎さんを、呼び止めることができなかった。