ブルースのその先で

待ち合わせの十分前、俺に気づいた城一郎さんが小走りで近づいてくる。
「ごめん。待たせた?」
「あ、いや。なんか寝れなくて、早めに着いちゃってました」
「そっか。体調とか悪くない?」
「あ、全然!気にしないで平気っす」
「そっか。じゃあ行こっか」
 俺の些細な言葉も丁寧に拾ってくれる城一郎さん。
 たぶん、誰が見てもかなり良い人だ。
「僕さ、何軒かいい感じのお店調べたんだけど」
「え?まじですか?」
「うん!まずは、小籠包が美味しい店でランチとかどうかな?」
「え!行きたい!」
 こんなに穏やかな時間を与えてくれる城一郎さんに、俺は心の底から応えたいと思う。
「じゃあ、行こうか」
 俺より十センチくらい背が高い城一郎さんと、肩がぶつからない程度の距離で歩く。
 店に向かう途中、小洒落た雑貨屋が目に留まる。
「ちょっと、寄ろうか」
 俺の視線に気づいて、城一郎さんが声をかけてくれた。
 店内に入り、海外から輸入した商品を眺めていると、城一郎さんに呼ばれる。
「ねぇ、これ。なんかクセ強くていいよ」
 俺は何も考えずに、城一郎さんが指差す商品に近づき見つめた。
「わ、ほんとだ!なんか、いいね」
 話しながら、後ろに立っている城一郎さんの顔を見ようとした瞬間。
 俺は目を見開いて黙ってしまった。
「……」
 思っていた以上に城一郎さんが近くに立っていて、振り向きざまに唇が重なりそうになった。
 思わず一歩後ろに下がり、また商品棚の方へ顔を向ける。
 ——び、びっくりした……
 いずれは、城一郎さんとそういう関係になる。
 でも、今のは不意打ちすぎて、心の準備もできていなかった。
 黙って商品棚を見つめる俺に、後ろから城一郎さんが話しかけてくる。
「そろそろ、出よっか」
「ですね」
 雑貨屋を出て、城一郎が調べてくれたレストランへ向かった。
 やはり城一郎さんが連れて行ってくれるお店にハズレはなく、今回も大当たりだった。
「マジで美味かったー」
「そうだね。渚くんって結構食べるから、このお店いいかなって思ったんだよね」
「あはは。よく分かってるね」
「……そりゃあ、ずっと気になってたからね」
「え?」
「言ってなかったけど。僕は、渚くんがバイトしてた頃からいいなぁって思ってたよ」
「え?!」
 歩きながら目を細め、照れくさそうに話す城一郎さん。その隣で、俺も驚きに頬が緩む。
「知らなかった」
「まぁ、うん。あの頃の渚くんには、言えなかったから」
「……」
 城一郎さんの言葉で、一気に過去の記憶が遡り言葉が出てこなくなる。そんな俺を見て、城一郎さんが慌てて話題を変えた。
「あ、ねぇ!少し歩くんだけど、ここのカフェがチーズケーキ有名なんだって」
 城一郎さんのスマホ画面が、俺の視界に入る。
「へぇー、美味しそう」
「だよね?次はここ行こうか。少し散歩すれば、また食べれると思うし」
「えー。俺はデザートは別腹だから、タクシーでもいいよ」
「いや、それは僕がちょっと……困っちゃう」
「ふふ。いいよ、歩こう」
 少し重たくなりかけた空気を、城一郎さんが丁寧に軽くしてくれた。

 カフェまで歩きながら、懐かしい海沿いの道を歩く。
 潮の香りと、瞳に映り込む懐かしい風景にそっと心を落ち着かせる。
 ——大丈夫。……もう、大丈夫だ。
 今隣を歩いている城一郎さんを、俺は大切にするんだから。
 過去をなぞるように歩く俺の隣で、何の疑いもなく楽しそうな様子で話す城一郎さん。
「次は、城さんが行きたいところに行こうね」
「え?何急に、どうしたの?」
「いや、思っただけだよ」

 これから、城一郎さんといろんなところに行って、いつか今日のデートも、数ある中の一つとして俺の中に残って欲しい。
 
 この場所もきっと、幸せな思い出に変わっていく。