ブルースのその先で

俺は今、最近できた恋人と待ち合わせをしている。

 城一郎さんと知り合ったのは、六年以上前。
 大学三年の頃から、俺はミックスバーでバーテンをしていた。その頃から、バーの常連だった城一郎さんとは、顔を合わせれば気さくに話をしながら、お酒をご馳走になっていた。

 大学を卒業すると同時にバーテンを辞め、それ以来、城一郎さんと会うこともなくなった。

 それが一年前。
 休日出勤で会社へ向かう途中、近くのコンビニで偶然再会した。

「あれ?渚くん?」
「え!城さん?」

 思いがけない再会に驚きながら、その日、城一郎さんから連絡先を聞かれた。
 それをきっかけに、俺たちは飲み友達のような関係になった。

 月に二回程度、多い時は毎週のように、美味しい店へ連れて行ってくれた。

「城さんって、いろんなお店知ってるよね」
「だてに、八年長く生きてないからね」
「ふふ。そうだよね。城さんがおじさんなの、忘れてた」
「ちょっとー。本当のことだけど、傷つくよ」

 お互い笑い合いながら、以前よりも確実に距離が近くなっていくのを感じた。

 城一郎さんは、穏やかで優しい人だった。
 俺の話をいつも楽しそうに聞いてくれて、仕事の愚痴やプライベートなことまで、いつの間にか何でも話すようになっていた。

 そんな関係が続いた、先月。

 その日はいつもより酒を飲むペースが早く、珍しく城一郎さんの頬が赤くなっていた。

「ちょ、城さん、大丈夫?」

 俺が声をかけると、城一郎さんはグラスに残った酒を一気に流し込んだ。

 そして、まっすぐ俺を見つめる。

 今までに見たことのない表情に、俺は思わず唾を飲み込んだ。

「渚くん」
「え、はい?」
「もう気づいてるかもしれないけど。僕は渚くんに好意を持ってます」

 その瞬間、酒で熱くなっていた身体が、さらに熱を帯びていく。

 頬を赤くする俺を見て、城一郎さんが少し砕けた表情で笑った。

「渚くんの気持ち、今は一緒じゃなくてもいいんだ。……だから、僕のことを考えてほしいな」

「……はい」

 こんなふうに、まっすぐ想いを伝えてもらったのは、いつぶりだろう。

 その場で返事はできなかった。

 でも、三日後。
 俺は城一郎さんに返事をした。

「あの……俺も、城さんと同じ気持ちになりたいと思うので。それでもよければ」

 俺の返事を聞いた城一郎さんが、ほっとしたような表情を浮かべる。

「うん。絶対、後悔させないから!」
「ふふ。はい」

 そうして、今日の初デートを迎えた。

 城一郎さんは、初デートの場所を俺に決めさせてくれた。

 老若男女が行き交う駅。
 潮風が香り、程よい観光スポットが点在するこの場所を、俺は指定した。

 俺には、城一郎さんと向き合うためにも、この場所の思い出を上書きしたかった。

 でないと、いつまでもあの日々に囚われたままな気がするから。

 城一郎さんには申し訳ないけれど、今日ここに来るのは、俺自身のためでもある。

「……はやく、忘れてぇな」

 大勢の人が行き交う改札で、俺は小さくつぶやいた。