ウサミとマヒロ

【第2章】#1


「……ひ、……まーひー、……まひろぉ」
「ん……」

何処か遠い世界の端から呼ばれた気がした。
ぼんやりと覚めぬ意識のまま、何となく薄ら目を開けてみると、目の前には綺麗な顔が視界いっぱいに映り、真宏は思わず目を丸くした。
「はは、目ぇまん丸やん。出目金みたいやな」
宇佐美は真宏の表情にケラケラ笑う。
いつの間にか真宏は、宇佐美に擦り寄る体勢で寝ていたらしく慌てて起き上がり距離をとった。

「い、いつの間にか寝てました……」
「せやな、涎も垂れとるし。美味い夢やったんか?」
「えっ!?よだれ!?」

慌てて口をゴシゴシ拭くが、特に濡れている感じはしない。首を傾げていると、宇佐美はケラケラ笑って言った。

「うっそぉー」
「な……っ!」

不機嫌に顔を顰め頬を膨らませると、「はいはい可愛ええ可愛ええ」と馬鹿にされる。

「ほな真宏、また次なぁ」

真宏が言い返そうと口を開いたところで、宇佐美はぽんぽんと真宏の頭を撫で立ち上がった。

「え?……あ、はい」

もっと揶揄われるかと思ったのに、案外キッパリ別れを告げられ拍子抜けしてしまう。
もしかして、俺が起きるまで待っててくれた……?
自分に都合のいいように解釈しかけたが、すぐに今は何時なのかと慌てる。手首に巻いた腕時計に目をやると、長い針は午後の四時を指していた。

……よ、四時!?

「ちょ、先輩!!俺、時計壊れたかも!!」

屋上から出て呑気に階段を降りようとしている宇佐美に、思わずしがみつき腕時計を見せた。宇佐美は急に引っ付かれて少し目を丸くしたが、自分よりもさらに目を丸くして何やら焦っている真宏に笑いそうになる。真宏から腕時計を見せられ、「ん?合うてるやん」と不思議な気持ちになりつつ返事をした。
すると余計に混乱したらしい真宏は、大きな目をさらに丸くして飛び出るのでは、と思うくらい驚いた顔をする。

「え!?え!?合ってるの!?え!?だって俺たち会ったのお昼休みじゃん!?」

すっかり何かに取り乱した真宏を不思議に思いつつ首を傾げる。

「うん、せやから四時になってしもたんやな。俺らが夢でもんじゃ食うとる間に」
「へ、へあー!?もんじゃ!?もんじゃ食べてたの!?いやそこじゃねぇし食べてないから!!」

意図せずサボってしまった事にショックを受けている真面目な後輩を見下ろしつつ、宇佐美はまたケラケラ笑う。

「へぁーって、随分マヌケな声やなあ」

呑気過ぎる……。

そりゃあ宇佐美は良いだろうよ、常日頃から社長登校で、サボりまくりなんだろうし。
のんびり階段を降りて行ってしまう宇佐美の後を追いかけ、内心どうしようかと焦っていると、またのんびりした声が聞こえる。

「まあまあ、気にすんなや。ツバキちゃんに、ちょーっとしばかれるだけやって」
「それが嫌なんだって!」

そう叫んだ所で何故かずしり、と肩が重くなった。
嗅ぎ覚えのある苦いタバコの臭いがふわりと鼻に届いた。

「俺も嫌だなあ……伊縫〜。反省文書かせるの……嫌だなぁ?」
「ヒッ……」

音もなく後ろから現れた自分の担任のツバキ先生に驚き、真宏は思わず宇佐美の背に隠れた。

「おーおー随分仲良くなったなあお前ら。だからってサボりの助長になるのは頂けねぇなあ?」
「うげぇ〜真宏のせぇで見つかってもうたぁ〜」

至極面倒くさそうな声をあげながら、宇佐美にちゃっかり俺のせいにされ、「なに!?」と抗議の声をあげようとした時。

「はいはーい、続きは生徒指導室でな」

宇佐美と真宏はツバキ先生に引き摺られ、ギャイギャイ言い合いながら生徒指導室で長く辛い時間を過ごす事になったのだった。