ウサミとマヒロ

#4

「で?喧嘩の間に入って殴られたけど2人に正座して謝らせたって?」

額に青筋を浮かべたハゼに真宏は恐縮しつつも「……はい」と素直に返事をし視線を逸らしつつ話した。
朝登校した時からハゼと久我に「ほっぺどうした!?」と聞かれ続け、のらりくらりかわしていたらついにハゼがキレたので昼休み、正直に話した。

「なんで真宏はいっつもそうなの!!なぁんで面倒事に自分から首突っ込むの!!」

ガミガミ怒られ、俺はクゥン……と耳垂れ犬のようにしゅん、となる。

「……だって、喧嘩はよくないし……」
「喧嘩は良くないけど、真宏の間に入り方は危ないでしょ!!なんで後先考えずに行動しちゃうかなあ!?」

ハゼは腕を組んで真宏を教室の床に正座させた。
真宏はしょんもりとして俯く。
だって、あのままじゃ乱闘になってたかもしれないし……だって……だって……。

「まあまあ真宏は無事だったんだし良くね?」

久我は面倒くさそうに見知らぬ女の子を膝の上に乗せながら真宏をフォローした。

「ねぇ隆く〜ん、ヒナにもそのジュースちょ〜だい?」
「おー」

……くっ、相変わらずモテモテだな遊び人め。

真宏が恨めしい視線を向けていると、背景に轟轟と燃え盛る炎を纏ったハゼが仁王立ちして真宏を見下ろしていた。

「真宏!!!僕の話をちゃんと聞いて!!!」
「すみません……」

久我と女の子が「あの子なんで怒られてんのー?」「さあ」と話しつつイチャイチャしながら真宏を横目で見ていた。

「もう危ない事しないで。僕か久我が駆けつけられない時に余計なことに首突っ込まないこと。分かった?」
「…………う〜ん」
「返事は、"はい"一択!!!」
「はい」
「宜しい」

ハゼはまだ少し怒りつつも、真宏の手を取って立たせてくれる。

「心配なんだからね、一応」

自分より背が低いハゼに見上げられた真宏は、「ごめんね」と笑った。ハゼは女の子みたいに細くて小さいけれど、真宏より力があって空手の黒帯を持っている有段者だ。

下手したらこの学年……いや、この学校の誰よりも強いのかもしれない。
久我は運動神経や勘がいいので基本的に何でもそつ無くこなせてしまうらしい。それは勉強も然り、女遊びもまた然りだ。ハゼのお説教から解放された真宏はやっと机椅子に座り直して三人で弁当を食べはじめる事が出来た。
今日も涼雅お手製の最高のランチタイムである。

「俺は真宏が傷を作ってくる度に次は何に首を突っ込んだのか、聞くの結構楽しみだけどな」

他人事である久我にハゼが「こっちの心臓がもたないっつーの!」と反論しているのを聞き流しつつ、真宏は大好きな塩唐揚げを口に含む。
お弁当用にはいつもニンニク控えめなのを入れてくれるのは涼雅の優しさである。

「てかさあ、うさ先輩に好かれちゃったらどーすんの?」
「なんで?」

ハゼは眉を寄せてソースのたっぷり付いたミートボールを口いっぱいに頬張った。

「えー、だってあの人さあ……」
「え、真宏くんうさ先輩のこと好きなのー?」

久我の膝の上に座っていた名前も知らない女の子がハゼの言葉に被せて発してきて、驚いた目で真宏を見る。

「え!?違う違う!!」

慌てて弁解をすれば、女の子は安心したように目を細めて「良かったあ」と笑った。

「ん?ヒナ、良かったってどゆこと?」

久我が不思議そうに女の子に問いかけると、女の子──ヒナ──は苦笑して久我に向き直る。

「いやうさ先輩の事好きになると、ろくな事無いから止めとけって言おうとしたの〜」

ヒナと呼ばれた女の子はもう興味が無くなったのかそれ以上話す素振りは見せず、菓子パンをモグモグしている。
けれどそんな中途半端な情報を流されて止められたら、誰だって嫌でも気になってしまうではないか。

「ろくな事無いって?」

案の定ハゼが興味津々にヒナを見て続きを促していた。

「ほら、うさ先輩って色んな噂が流れてるでしょ?その中のいくつかは事実もあって……」

ヒナは口元に人差し指を当て、「えっとねー」と頭の中で聞いた話を思い出していた。
ちょん、と尖らせた唇に塗られているリップグロスは久我のためにつけているのだろうか。
杏も似合いそうだな、なんてシスコン丸出しの思考をしつつヒナの言葉の続きを待った。

「んーなんかねぇ、まあ詳しくは忘れちゃったんだけど、とにかくうさ先輩に関わるとろくな事が無いらしいんだよねぇ〜」

ハゼはイマイチぴんと来ていない様子で眉を寄せてヒナを見ていた。ヒナは何も気にしてないような顔でニコニコ笑いながら、「この菓子パン美味しい~」と呟いていた。

「けどさ、宇佐美サンは現にモテモテなわけじゃんか。それって付き合いてぇって奴がいっからだろ?って事は少なくとも宇佐美サンの周りにいる奴らは宇佐美サンにメリットを見出してそばに居るんだから、ろくな事ないってのは勝手な噂すぎねぇ?」

久我に正論を言われたヒナは「うんとね」と手に付いたクリームパンのクリームをペロリと舐めとった。
それを慣れた手つきで久我はティッシュで拭ってあげている。

「その先輩の事を狙ってる子が多すぎるから、色んなトラブルに巻き込まれたりするんだって〜。あと先輩は何故かメンヘラに好かれやすい!」

……メンヘラってアレか?好きになってくれないなら死ぬ、みたいな、なんかそんな感じのアレだろうか。

「ひなも最初は単なる噂だろ〜って思って好き好きしてたんだけど、周りの子の圧が凄いのも勿論だったんだけどねぇ、それよりもうさ先輩は多分誰とも付き合う気は無いんだろうなって感じがしたんだよね」

「だから久我くんに乗り換えた!」とにこやかに言い放ったヒナに、久我は「俺は代打かよ……」と項垂れている。

「だからさあ、ひな、真宏くんも結構好みだからうさ先輩のとこ行かないで欲しいな〜。久我くんにヤリ捨てされた時、今度は真宏くんにするー!」

まさかの目の前で、久我の代打宣言されてしまい真宏は苦笑した。

「その時はそいつ半殺しにするから大丈夫だよ」

爽やかな笑みを浮かべ久我を見てやれば、視線を逸らしてきた。

「うさ先輩は彼女居ないんだ?」
「今は居ないらしいね〜」
「今は?」

ハゼの聞き返しにヒナは「うん」と頷く。

「って事は前はいたんだ?」

ヒナはパンを咀嚼し終え、久我が持っていたいちご牛乳のパックジュースを美味しそうに啜った後、ハゼの問いに頷いた。

「中学生の頃かな?居たらしいよ。大阪の中学校だからどんな人かまではわかんないけど〜」

そうか、出身は大阪だったな。

「ふぅん、なんで別れたんだろー。ま、そんな様子じゃヤリモクとかだったんだろうけど」

ハゼは呆れたようにそう呟いて弁当を口に含む。そんな呟きを聞いたヒナは「ううん」と首を横に振って否定した。

「違うよ別れてないよ、うさ先輩は」
「え?」

真宏を含む三人はヒナの台詞に驚く。
別れていないのに元カノ?どういう事だ?

「先輩のね恋人さん、亡くなってるの。うさ先輩が上京してくる少し前に」

あっけらかんと言ってのけたヒナとは対照的に、真宏達は口を開けて固まった。
時が止まってしまった気分だった。宇佐美の恋人は亡くなっている。中学生の時に……。
だから誰とも付き合う気が無い……という事なのか。
否、付き合う気がないわけではないのだろう。付き合えない、と言った方が正しいのかもしれない。
真宏にはまだ好きな人ができたことがないから明確に、ああだこうだ語る事は出来ないけれど、ふと想像してしまう。自分の大切な人がある日突然居なくなってしまったら。
自分はその時、宇佐美のように笑えるのだろうか、と。
自分の事では無いのに、重く伸し掛る現実に真宏は少し目眩がした。
ハゼも久我も何も話そうとしないのはきっと、話せる事が見つからないからなのだろう。何となく外の空気でも吸ってこようかと立ち上がりかけたその時、のしっと背中が重くなり「ん?」と首を傾げた。

「おったおった。お前やお前」

ふわりと甘いバニラのような、お菓子のような匂いが鼻腔に届き、真宏の頭にハテナが浮かぶ。気づけばハゼも久我も、あろう事かクラスメイト全員が真宏……いや正しくは真宏の後ろに視線を向けられていた。今は昼休みで先程まで和気藹々としていたはずの教室がシンと静まりかえっていた。

「お、美味そうやなその弁当」

横から伸びてきた白く細い指にヒョイッと摘まれ、最後まで楽しみに取っておいたタコさんウィンナーが持って行かれてしまった。

「あ……ああ!?」

お気に入りが目の前から消えていった衝撃に、真宏は思わず振り返る。

「……っあ、あんた!!」

ドアップで綺麗な顔が視界に写り、一瞬だけ怯んでしまったがウィンナーをモグモグしつつニコニコと向けられる視線に腹が立った真宏の中でふつふつと怒りが湧き上がる。ほんの一瞬、コンマ1秒程だけ顔が好みが故に見惚れてしまったが、そんな事より人の弁当を勝手に食うなんてどういう教育受けてんだこのヤリチン!!!

「ちょっと!!俺のウィンナーなんで食べたの!?何しに来たんですか!!返せ!!」

怒りに任せて怒鳴れば、宇佐美はキョトンとしつつウィンナーを摘んで油がついた汚れた指をさも当たり前かのように真宏の制服に擦り付けていた。

「おい!!人の服で拭くな!!」
「それシャレ?おもんなぁ〜」

狙ってもいない洒落を鋭く指摘され、怒りのボルテージはどんどん上がっていく。真宏が抗議してやろうと立ち上がった時、そのままグイッと腕を掴まれた。

「へ」
「ちょっと来て」

さっきまで人のウィンナーを食べやがっていた忌々しい手足長オバケに引っ張られ、真宏は状況が把握出来ないまま教室から連れ出されてしまった。宇佐美の教室でも無い、空き教室でもない、ましてや特別教室でもない。
あらゆる教室を無視し、階段を何度も何度も上がらせられる。

「っねぇ、先輩!!どこ行くの?俺まだ弁当……っ」

痺れを切らして問いかければ、さも面倒くさそうにチラリと流し目で見られてしまう。

「うっさいなあ。着いて来れば分かるやろ」

ウザそうに顔を顰められ、真宏の中にイライラが募る。
なんだコイツ!勝手に俺のこと連れ出しといて!アポ無しで!!しかもウィンナー!!俺の!!なんで食べたんだ!!
食べ物恨みは怖いとよく言うが、まさにそれだ。怒りで頭を掻きむしりたくなり掴まれていない側の腕を持ち上げようとした時真宏は、はた、と気づいた。

……俺、お箸持ったままじゃん。

その間抜けさに気づいたとき、一気に怒る気が失った。されるがまま連れられるがままに足を進めていくと、ガチャリと鍵の開く音がし、錆び付いたような金属音がきこえた後ぱあっと視界が開け思わず顔を上げる。

「……え、屋上?」

何故か箸だけを大事に持って屋上に来る高校生は世界中探しても、自分だけな気がする。

「他に何があんねん」

相変わらず腹立つ言い回しのコイツを無視して、初めて入った屋上にこっそりはしゃいでいた。普段は立ち入り禁止であるし、駄目だと言われているところにわざわざ危険をおかしてまで立ち入ろうとはい思わない。けれどやはり高校生の憧れなのだ屋上は。何をするでもなく学園ドラマの真似事かもしれない。けれど一生に一度かもしれない感動に、真宏は思わず柵に駆け寄り身を乗り出して下を見ようとした、その時、

「うわっ!?」

さっき掴まれた時の比ではない力強さでがっしり腕を掴まれ、柵から体が離されていた。

「……え、なに?」

驚いて宇佐美を見上げると、何故か宇佐美自身も至極驚いた顔をして真宏を見下ろしていた。
普通の人なら間抜け面になってしまうような表情でも、この男はやはり違うのだな、と彼の端正な顔を見上げてぼんやり思った。

「ていうか、なんでここに連れて来たんですか?俺、弁当途中だったのに」

不機嫌さを隠さずに言えば宇佐美はハッとして我に返って、真宏から手を離した。

「ああ……。お前に頼みたい事があってな」
「……え?」

あの宇佐美が人に頼み事をするなんて、と驚きつつも顔を上げ見つめ返した。宇佐美はいたって真面目な顔で真宏の肩をしっかりと掴んで真剣な顔で言った。

「付き合うてや、昼寝に」
「……は?」

これまで生きてきて、こんなに心の底から「は?」と思ったことがあっただろうか。それくらい真宏は一瞬で困惑し、思考が止まった。昼寝を一緒に、とはどういうことなのだ。今流行りの添い寝フレンド……通称ソフレというやつをご所望なのだろうか。それなら何も真宏でなくても宇佐美はよりどりみどりではないか。剰え真宏は男だ。選べるほど人が集まってくるのだから、体の構造的にも柔らかい女の子の方が断然いいに決まっている。この綺麗な顔を真宏に向ける暇があるのなら女の子に向ければ一発で了承してもらえるだろうに、と心の中で真宏は思う。
勿論宇佐美自身そんなことは百も承知なのだ。それが分かっているからこそ、彼は真宏を選んだのだから。
真宏はポカンと口を開け、宇佐美を見上げる。

「何やその顔腹立つな」
「いや……いやいやいや……は?」

そんな宇佐美の心など知る由もない真宏は何度考えても理解ができなかった。

「え、勝手に寝れば良くない?」

理解もできないし、仮にそれに付き合うとして真宏にとって何がメリットになるのだというのか。というかお昼寝タイムが必要とか、お前は保育園児か、
と内心ツッコミたくなる。思わずぽろっと言葉を溢せば宇佐美は顔を顰めて、「それが出来るんやったらやっとるわ」と言う。

「俺、昼はここで寝るんが日課なんやけどな、寝てっと、毎度毎度寝込みを襲いに来るやつがおんねん」

宇佐美は疲れた顔をして懇願するような顔を真宏に向ける。
寝込みを襲いに……とは。

「せやから、俺が寝とる間見張っとってや。俺の貞操を」

貞操もクソもあるか、ヤリチンのくせに、と心で悪態をつくも真宏はいたって冷静に言葉を返す。

「……なんでそれを俺に頼むんですか?」

接点なんてあんまり無かったし、そもそも信頼できる友達とかに頼めばいいのでは。

「俺、友達居らんし」

真宏の心を読んだかのようにあっけらかんと言ってのける宇佐美。その実宇佐美には友達と呼べる者はいなかった。宇佐美の周りにはいつも人が集っているが、それは宇佐美が呼んでいるわけではない。いわば、花の蜜欲しさに群がるミツバチたちとでも言おうか。
宇佐美は人が好きではなかった。本人から誰かにアクションを起こしたことは過去に一度もないのだ。来るもの拒まず去る者追わず、それが宇佐美のスタンスだった。とどのつまりコレは宇佐美にとって初めて自分から、人と関わりあおうとした結果だったのだ。

「……俺、一応男ですけど……」

真宏が念の為そう言うと、宇佐美は「はあ?」と顔を歪ませた。

「分かっとるわ。お前はどっからどう見てもチンチンやん」
「……はあ!?ち……!?どんな表現だ!!」

人を表す単語で「ちんちん」と使うのだろうか。最近の流行なのか。

「俺のガチの方の枕やってやぁ〜」
「嫌ですよ!そんなのに巻き込まないでください!大体それなら俺じゃなくたっていいじゃん」

自分でなければいけない理由が特別欲しいわけではない。ただ、はいそうですか、とあっさり了承するのは少し癪だっただけだ。
自分でないといけない理由があるのであれば、優越感には浸れるだろうけど。

「お前がいい」
「……」

あおいろの瞳に自分が映り込んでいる。空に溶け込むような色であるのに、きっとこれは曇天だ。感情が一切ない瞳に真宏は騙されない。

「え?俺に惚れてんの?」

何も答えない真宏を不審に思った宇佐美は的外れなことを口にした。

「好きじゃないわ、勘違いすんな色ボケ男」
「なんなん」

楽しそうにケラケラ笑う宇佐美に、真宏は呆れてため息を吐いた。

「まあ安心せぇ。俺も毎日来とるわけやないし、学校来た時呼ぶだけやから」
「なんで決まった前提で話進めるんですか」
「俺が頼んでんのに?」

真宏は過去一番顔を歪めていた。その顔を見た宇佐美がツボにハマったのは言うまでもない。