ウサミとマヒロ

#7

週末に、なってしまった。
こんなにも、平日が恋しいと思ったことは無い。
無駄に朝早く起きてしまったし、無駄に散歩とかしてしまって、涼雅に吃驚されてしまったけど、「友達の家に行くから」と言って、家を飛び出してしまった。

「……はあ」

気が重い。
なんで宇佐美に呼ばれたのか分からないし、宇佐美の家で何すんだよ……超やだ行きたくない……
……けれど、咄嗟に「行かない」って言えなかった。
言えなかったから、宇佐美は待つかもしれない。
……あ、けどあの人そこまで律儀かなあ?
とりあえず行きたくない。行きたくなさ過ぎる。すっぽかしたい。
けれどもう家を出てしまったし。仕方ないから、カフェでも寄って時間潰すか。








「いやだ……」

思わず心の声が漏れてしまった。
行きたくないよぉ……と思いつつ、もう既に宇佐美のボロアパートの前に着いてしまった。ドア前でしゃがむ。
現在、13時半。
ドクドク心臓が嫌な鼓動で忙しい。
時間を持て余し過ぎたので、カフェのドリンクとちょっとした菓子を手土産に買ってしまったが、これが好みかは分からない。
あの人、好き嫌い激しそうだし……
あれ、そもそも食えないんだっけ? なんだっけ……ああダメだ頭が良く回らない……ううう……

「い゛た゛ッ!!」

ドア前で蹲っていたら、勢い良くドアが頭に当たり抑えて蹲った。

「えっ、悪ィ。居ったんか」

眼鏡姿で髪を縛っていない宇佐美が驚いた顔で真宏を見下ろしていた。

「居ったんか、ってアンタが呼んだんじゃん……」

ヨレヨレのTシャツにグレーのゆるゆるスウェットを履いた宇佐美がクロックス引っ掛けて立っている。

「あーせやな」

今思い出したかのように言う宇佐美に、手土産をグイッと押し付けて見上げる。

「どこ行こうとしたのか知らないですけど、用ないなら帰りますよ」
「なぁにこれ? てみやげ? 律儀やなぁ」

お、このカフェ俺も好きぃ〜、だなんて全然返答になってない返しがくる。

「用はあるから上がってぇ〜」

ほくほくと嬉しそうに手土産の紙袋を覗きながら宇佐美は部屋に戻ってしまった。
真宏も今までの緊張が消し去り、拍子抜けして部屋に上がることにした。
靴を脱ぎ足を踏み入れると、ギシリと音が鳴る。

「そこら辺座っとってー。あー茶も菓子もこれでええな」

紙袋からそのままポイポイ出して、小さなガラステーブルが埋まる。
この簡素な部屋に似合わないカフェのオシャレなデザインのドリンクと菓子。

「あーうまぁー」

どっち飲む? と、訊こうと思いコーヒーと紅茶買ってきたのに、宇佐美は何も言わず勝手にコーヒーを手に取り飲んでいた。
相変わらずマイペースなやつだ。

「ねぇ、なんの用事で呼び出したんですか?」

相変わらずほくほくぼりぼり飲食している宇佐美をジトリと見て、問いかけた。

「んー? うーんーんーうううおー」
「はい?」

宇佐美はもぐもぐごっくんして、コーヒーをくいっと飲んで「はふぅ」と息を吐くとニッコリ笑った。

「セックスしよか」

……
………………
…………………………………………

「で、微分積分の件なんですけど」
「セックス」
「俺、鷹の爪ってマジで鳥の鷹の爪だと思ってたんですよ」
「セックス」
「畳の上を裸足で歩くのめちゃめちゃ擽ったくないですか?」
「せ! っ! く! す!」
「お邪魔しました」

鞄を持ち立ち上がった瞬間グイッと腕を引かれ、バランスを崩して床に倒れ込んでしまう。

「い゛っ……」

打ち付けた背中がズキズキと痛む中、目の前、視界いっぱいに宇佐美の顔面がある。

「そのつもりで来たんやろ?」
「……なんの事」

現実逃避は諦め、宇佐美の憎たらしいくらいに整った顔面を見つめ返した。
パサりと縛っていない赤い髪が垂れ、顔に影を作っていた。

……まさに、造形美。

「家呼んで、のこのこ来たってことはヤるつもりやったんやろ? 俺に惚れとるしなぁ」

まったく意味が分からない。俺は呼ばれたから来たんだ。
呼ばれて約束守ったら、それはイコール愛の営みのゴーサインになっちゃうの? なんで? どうして?

「そんなわけ、ないでしょ」

混乱が止まらない。
何故こいつはキョトン顔で俺を押し倒してるんだ?
いやその前になんで俺は大人しく押し倒されてるんだ?

「え? ちゃうの?」
「お前の頭ん中、思考回路全部セックスに直結すんのマジどうにかしろよ!!」
「真宏みたいな奴が、セックス、って言うのめちゃめちゃ興奮すんなぁ」
「勝手に盛り上がってんじゃねぇよ!! 退けクソボケ!!」

ドスッと腹を蹴ると「う」と少し顔を歪めたが、「はぁ……」とため息を吐いただけで俺を床に縫い付ける手はビクともしなかった。
宇佐美は自分より世話は高いけれど、細いと思っていたのに、力が敵わない。
俺も、男なのに。……情けない。

「だいたい俺、先輩の事好きだとか言ってない」

睨み上げれば、宇佐美はコテンと首を傾げる。

「でも好きやんな?」

なんでさも当たり前みたいな顔をして見てくるんだ?
なんでそんなに自信があるんだこのくそナルシスト!!

好きじゃない。好きじゃないって言え。
好きじゃないって言うつもりできたろ、俺……

「なあ」

睨まれてるわけじゃないのに酷く、背筋が凍る。
汚いものを見るような目で見られている気がして、堪らない。
喉奥で、言葉がぴたりと張り付いて、出てこない。


「……好き、かも」

言ってしまったが最後。
宇佐美の中で何かが、終わった気がした。
いつもの彼のような柔らかな眼差しは無い。
無の表情で見下ろされ、その瞳に光は無くただ、


『失望』 『呆れ』 『不要』


そんな色が浮かんでいた気がして、なぜだか無性に泣きたくなる。

「ほら、言うたやん。お前は俺ん事が好き。やから、抱いてやるって言うてんの。おかしいとこある?」

おかしい所しかない。
けど、宇佐美の言葉や声が先程とは打って変わって刺々しく冷たい。

「…………別に、抱かれたくて、ここ来たわけじゃ……ない」
「ほな何で来たん?」

そんなに、強く握らなくても俺はもう逃げない。
逃げられるわけない。
もう、どこにも力なんて入っていないんだから。

「……先輩が呼んだから、でしょ」
「けどお前、俺に抱かれなきゃずっと俺に惚れたまんまやろ?」
「はあ?」

何言ってんだこの人。マジで、頭おかしいんじゃないの。

「……俺を嫌いになる、手伝いをしてやるって言うてんねん」

低い声で囁かれ、ビクリと肩がはねる。
……なんで? なんで先輩を嫌いにならなきゃ、いけないの?

「……俺、別に貴方を嫌いになりたいわけじゃ、ない」
「安心せぇ、手酷く抱いてやる」

どうしていつも、俺の言葉を拒絶するんだ。
どうして、他人の入る余地をわざとあけないんだ。
そこまで他人に介入されたくないくせに、どうして俺に……関わってきたんだよ。


宇佐美の、ばか。