ウサミとマヒロ

#6




「なあ、何歌うー?」
「僕まだいいやあ〜」

真宏はカラオケに慣れてないのでちょっとドキドキしてしまう。

「真宏は? なんか歌う?」
「……あ、俺、先に久我の歌、聴きたい」

そう言うと、久我はニヤリと笑って「惚れんなよ?」と言った。

「ばーか! 惚れるわけないだろ!」

笑って言い返してやれば、久我はニシシと悪戯に笑う。
デンモク……というものを手に取り、ピッピッと操作していく。
……へぇこんなにいっぱいあるんだ。
あ、これ確かCMでよくきくやつだ。
久我もハゼも次々にノリノリで歌って、セッションなんかしていた。
どっちも歌が上手くて、聴き入ってしまう。
真宏は童謡しか歌えないので、童謡を入れたら久我とハゼが笑い死にかけて動画を撮っていた。
「撮るな」と怒りつつ歌い続け、歌い終わる頃には久我もハゼも泣き笑いして倒れ込んでいた。
ムゥ、としながらドリンクバーにおかわりしに行く。
……ああ、なんかちょっと気分晴れたかも。
最早、なんであんな悩んでたのか微妙に分からない。
いつもの自分なら、キレてるシチュエーションだったのにな。
やっぱり、イラつかなかったってことは図星だったのかな……。

コーラを入れて再び部屋に戻るために扉を開けた、その時、久我が歌っている曲を、真宏は何処かで聴いた気がして立ち止まる。
……聴いたことある、この緩やかで切ないメロディ。
初めて聴いたあの時は、こんな楽器の音なんて無くて……
こんな盛大でもなかったのにどこで……

……そうだ、これ、……宇佐美が歌ってた。

「……あ、真宏おかえりー、なんでそこに立っ……真宏!? どうした!?」

切なくて、甘くて、入り込んでくるような声で、あの人は歌っていた。
英語ばっかりで歌詞の意味なんて分からなくて、それでも、永遠に聴いていたくなる甘いミルクのような滑らかな声が、言葉を紡いでいた。
……紛れもなく、宇佐美の歌だった。

「真宏、どうしたの? やっぱり何か辛いことあったんだね」

歪んだ視界の中、ハゼが心配そうに真宏を覗き込む。
……あれ、俺、泣いて……

「……真宏、話せよ。ここには俺らしか居ねぇよ」

曲を止めた久我は、真剣に真宏を見つめた。
こんな話、出来ないよ。
したくない。……したくないんだけど、……酷く、苦しい。

「真宏、おいで」

手を繋がれ、ハゼの横に座らせられ、それでもポロポロと流れる涙は止まらない。
ボーッと床を見つめながら、涙だけが流れていく。

「……うさ先輩に、何かされた?」

遠慮がちに問うハゼに、首を横に振る。

「…………ちが、う。……おれ、が、……わるいんだ」

全部俺が悪い。こんなに苦しいのは俺が悪い。
だって先輩はちゃんと、「俺を好きになるな」って言ってくれてた。
きっと何人もの人を、こうやって泣かせてしまったから敢えて言ってくれてたんだ。

好きになってごめんなさい。

ダメだったのに、こんなにも溢れてしまう想いを抱いてしまって、ごめんなさい。
……俺は恋をした事がない。これが最初の恋だった。
でも、……こんなに辛いなら、俺はもう誰も、好きになんてなりたくない。

「……真宏、落ち着いて。ゆっくり呼吸して。大丈夫だよ、誰も真宏を責めてなんかいないから」

ギュッと抱き締められ、思わずハゼにすがりついてしまう。

「……うさ先輩と何かあったんだね。それは俺らも協力出来るのかな。何か、真宏の力になれる?」
「……ごめん……ッ、も、だいじょぶ……ずびっ」

必死に涙を拭い、顔を上げると目を丸くしてしまった。
あろう事か、ハゼもボロボロ涙を零している。

「え、ハゼ……?」

ビックリして見つめていると、ギュッと別の温もりにハゼごと包まれる。

「まったくお前らは、子供か。泣き過ぎだ、明日目腫れちまうだろ」

久我の大きな体に抱き締められ、ホッと落ち着いてくる。

「真宏が何も言わねぇなら、俺は宇佐美さんに直接訊きに行くぞ」

驚きばっと顔を上げると、真剣な顔をした久我がそこにいた。

「我慢すんな、真宏。苦しいなら苦しいって言え、吐き出せ、いつもみたいに思った事を思った時に言え。悩み事は迷惑事とは違う」

……久我。

「……頭悪いのに……頭いい」
「……真宏、怒るぞ」

久我がムスッとしてしまったので、慌てて「ご、ごめん、つい……」と言えば、「フォローになってねぇわ」とデコピンされた。

「ほら、言ってみ。言う勇気も大事だぜ」

グッと頭を引き寄せられ久我の胸に顔を埋める。
……これなら、顔を見ずになら、話せるかも、しれない。
真宏はゆっくり深呼吸をして、久我のシャツを握り口を開いた。

「……俺、……好きに、なっちゃった」

部屋が静かになる。
口にしたのは初めてで、ドッドッドッと顔も体温も熱くなる。
怖い、なんて言われるのか、怖い。

「だと思ったわ」

ケラケラ笑う久我に唖然としてしまう。

「もー! だから早く言えって言ったじゃんか!」

ぷくっと頬を膨らませたハゼも、怖い顔はしていない。

「……やめろ、って、言わないの?」

思わず訊いてしまうと、二人は顔を見合わせて笑う。

「言わないよ。いいじゃんうさ先輩。カッコイイし」

けろりと言って退けるハゼに「で、でも!」と口を開く。

「ハゼ、やめとけって言ってた……」
「ああ、それはうさ先輩をよく知らなかったからだよ。だから知る為に、先輩とご飯食べたり遊んだりしたでしょ?」

……え、あれって、知るため、だったの?

「あの人、噂程に凶悪そうじゃねぇし、どっちかっつーと小学男児って感じだしな」
「そうそう! ワガママ坊主って感じだよねぇ」

……まあ、確かに、そうなんだけど。
そうも吹っ切れられると、こっちも、何に悩んでいるのか分からなくなってくる。

「で? 好きで悩んでたの?」

ハゼの言葉に俯く。……いや、好きで悩んでたのか?

「……いや、先輩に、……俺の事は好きになるなって言われてるから……好きになったところで、……俺はどうにも出来ない」

予防線を出会った頃に張られている。これ以上こっち側に来るな、と。
踏み込んだら宇佐美は、一生真宏と話さなくなるのだろう。

「じゃあ先輩を好きにさせちゃえばいいじゃん」
「……え?」

真宏はハゼのあっけらかんとした言葉に耳を疑った。
……今なんて言った?

「てかさ僕、真宏なら"俺を好きにさせてみせますよ!! "とか啖呵切っちゃってんだと思ってた」
「あー俺も俺も」
「え、えぇ?」

俺、そんなキャラか?

「真宏は何が怖いの?」

怖い? 怖いなんか、言ったか?

「怖かったり、不安だから、そうやって落ち込んでるんでしょ? 先輩とちゃんと話はした?」
「……今週末、会おうってなってる。それが会うの最後だって……」
「……ふぅん」

久我は、「じゃあさ」と明るい顔をした。

「会った時言やいいじゃん。好きです、って」
「えっ」

……そんな事考えても居なかった。

「どうせ最後だって言われてんだろ? なら何言ったってもう関わる事はねぇなら、言った方が絶対いいと思う。最後って終わりって意味もあるけど、ラストチャンスでもあるだろ」

……ラスト、チャンス。

「……馬鹿だな隆ちゃん。その日を最後にしない為の方法を考えるべきでしょ今は。なんで終わる気満々なの」

ハゼの呆れ顔に久我は「あ、確かに」と言う。

「ならもう体から落としちゃえば?」
「え?」

久我の投げやりなセリフに、ぼぼぼっと顔が熱くなる。

「この馬鹿!! 真宏は本気にしちゃうでしょそういうの!!」
「だァーってよォ、あの先輩、ヤんの大好きじゃん? 体の相性良けりゃ手放し難いだろ」
「それは隆一だけだよ節操なし」

ハゼに怒られている久我に苦笑しつつも、……思考する。
……体……俺の体、先輩、興奮してくれるのかな。

「真宏? 隆ちゃんのは無視してよ? 体からなんてそんなふしだらな事、コイツにしか効かないって」
「宇佐美さんも大分節操なしだぜ」
「黙ってろ脳チン野郎!!」
「脳チン!?」

ハゼと久我の攻防戦を聞きつつも、それでも、効果があるのなら、試す価値はあるかもしれない。

……体だけでも、また会ってくれるなら、最後にならないなら、……それでも、……

「……真宏。一応言っておくけど、それはセフレだからね」

ハゼの言葉にハッと顔を上げる。

「体で繋ぎ止められても、逆に言えば体"しか"無いんだよ。体がおじゃんになったら結局終わりなんだよ」

……体しか、無い関係。俺はそれで、良いのか?

「……真宏のしたい事を止めはしないけど、真宏が傷つく姿を、僕は見たくないよ」

友人の悲しげな顔を目に映しながらも、今の真宏には何も返すことが出来なかった。