ウサミとマヒロ

#4

宇佐美は自分で言った通り、本当に真宏に着いて家まで来ていた。
事情を知る人間が居てくれることには安心したけれど、同時に涼雅がどんな反応されるのか怖くて仕方ない。
……イジメだとか思われたら、送り迎えする、とかもしくは転校しようなんて言い出すかも……
過度な心配性な兄の事だから、学校にも乗り込むだろうし下手したら……
ドクンドクン、と心臓が激しく鳴る。
相手の悲しむ顔が容易に想像出来てしまう。分かっていて見せるのは、凄く、嫌だ。

「心配すんなや。俺が何とかしたる」

宇佐美は優しく微笑んでくれる。
その空気にじんわりと凍った心をとかされていくようで、こくり、と頷いてギュッと拳を握り、意を決して玄関の取っ手に手をかけ「ただいま」と声を掛けた。

「真宏〜おかえりぃ〜」

すぐにひょっこり顔を出してくれた涼雅に、真宏の肩がビクリと震える。

「……? どうした? 真宏」

いつもは天然なのに家族の些細な違和感には敏感に察知する兄は真宏の元へ歩いてくる。

「ん? あれ、真宏、靴は……え? お友達?」

あちこちに戸惑ってる涼雅の姿に耐え切れず、真宏は宇佐美の作戦なんか忘れて勢いよく頭を下げた。

「ご、ごめんなさい、涼兄!!」
「え、何が? てか、お友達くんドアに見切れて顔見えな……」
「く、靴がね……くつ、……く、くつが……」

謝ったはいいが、なんて言えば良いか分からなくなってしまい、ぐるぐる同じことを言ってしまう。
涼雅はそんな実弟の慌てふためく姿に戸惑いつつ、真宏を何とかするべきなのか、後ろに立つ恐らく真宏の友人らしい背の高い男に「顔見切れてますよ」と声をかけてあげるべきなのか考えていた。
すると、顔が見切れていた大男は真宏の後ろから「すんません」と声を発した。
真宏の背後に視線を戻せば、赤い髪の男は綺麗に涼雅に対して頭を下げている。

「真宏と遊んどって、ふざけてたら靴ボロボロにしてもうて……俺がやったんです、ほんますいません」
「え、うさ……?」

真宏は自分の隣で綺麗に頭を下げる宇佐美を見て皿に戸惑った。
そんな宇佐美に呆気に取られていたが、その謝罪に対しても涼雅が黙り込んでいることに気づき真宏は顔を上げた。
すると涼雅は何故かとてつもなく驚いた顔をしてポカンと口を開けて宇佐美を見ている。

「……どしたの、涼兄……?」

声をかけると、今も尚頭を下げている宇佐美の肩にガシッと手を置いて涼雅が声を上げた。

「いちや……?」

「……え?」

思わず声を出してしまった真宏に続いて、宇佐美も驚いて顔を上げた。すると、宇佐美も涼雅と同じ顔になってポカンと口を開けた。
そして同時に、叫んだ。

「壱哉じゃないか!!」
「ミヤビさん!?」

えっ、なに知り合い……? 

「わぁ、久しぶりだなぁ〜! 元気だったか!?」
「……ッス。お陰様で」

兄はニッコニコと嬉しそうに宇佐美を見上げている。
宇佐美も心做しか嬉しそうに兄を見ていた。
えっ何、なんなの?
全く場の状況が把握出来ず、真宏はポカンと談笑し始める二人を見つめた。
俺だけ置いてけぼり……? 
「真宏の友達だったのかあ〜! あ、でも確か壱哉の方が1個か2個上だよな?」
「そッスね。1個上ッス」
「まぁた派手な髪になってんなぁ〜! [[rb:なぎさ > ・・・]]にやられたのか!」
「はい。俺の髪練習しやすいんやって、顔出す度勝手にやられます」
「その内刈り上げられっから気をつけろよ〜?」
「はは、確かに」

えっいやいやいやいや。なんでこんなに仲良さそうなの。
え、涼兄俺の話は?
俺結構覚悟決めて帰ってきたんですけど……。

「あ、それで何だっけ? 靴がどうかした?」

いきなり話題が戻り、ビクッとしてしまう。

「ああ、その。悪ふざけして靴ボロボロにしてしまったんです」

懲りずに宇佐美がまた嘘をついてくれてしまい、真宏は申し訳なくなりながらも今だけは甘えて合わせようと「ごめんなさい」と頭を下げた。
すると涼雅は唐突にガシガシと真宏の頭を雑に撫でてきた。
不思議に思い顔を上げると、満面の笑みを浮かべた涼雅がそこに居た。

「それでそんなしょぼくれてたのか〜! 良いんだよ、ボロくなったらまた買えばいい。むしろボロボロにしなさいいくらでも! その分楽しい思い出がお前の中に増えていくなら、俺はとてつもなく幸せだから」

涼雅の屈託のない爽やかな笑顔に、思わずぽろっと涙をこぼしてしまう。

「う゛ぇ゛〜ッ!! りょ゛ぉ゛に゛ぃ゛ち゛ゃ゛ぁ゛ん゛!!」

わんわん泣きながら抱き着くと、涼雅は小さい頃のように優しく抱き締めてくれた。

「全くお前は、相変わらず泣き虫だなあ」

あやすように撫でられれば、ますます涙が止まらなくなる。

……ごめんね、ごめんなさい、涼兄。

「ほな、俺はこれで」

帰ろうとする宇佐美の声に真宏は、ぴたり、と泣き止む。

「……ひぐっ、……な、んで?」

ひぐっひぐっ、としゃくりあげながら宇佐美を見つめた。

「靴、ほんまごめんな、真宏。俺弁償したるからな」
「ああ、いいよいいよ! 靴は俺が買うから! そんな事より壱哉、[[rb:また > ・・]]飯食って無いんじゃない? 食べてけよ」

涼兄は俺を抱きしめたまま、宇佐美にも優しく笑いかける。

「……あ、いや……でも……」

困ったように笑う宇佐美に、ぐすぐす泣いていた真宏はハッと思い出す。

─……俺、他人の手料理食われへんねん。

それが何故なのか分からないけど、宇佐美は多分涼雅の料理も食べられないのだろう。
だから気まずそうに断っているのだ。
守ってくれた分、俺も助けなきゃ。
口を開いて、涼雅を止めようとした時、兄は首を傾げて不思議そうに言った。

「なんで? お前、[[rb:俺の料理しか食えなかった > ・・・・・・・・・・・・]]ろ? またインスタント暮らしなんじゃねぇの?」

……え?


「……そッスね。久々に、食いたいかも」

はにかみながらそう言った宇佐美の横顔をポカンと見つめてしまう。

……なに、それ。

俺だけじゃないんじゃん。……涼兄のも食べられるんじゃん。

……涼兄と宇佐美の、繋がりは分からない。
……でも、俺と宇佐美の間にはない、何か特別な繋がりがあるように見えて、……なんだか、……なんだか、

……寂しい。

「じゃあ出来るまで、真宏の部屋で待ってて」と言う涼雅の台詞に宇佐美は頷き、真宏の後ろを大人しく着いてきた。
涼雅にお茶を持たされた真宏は、テーブルに雑に置いてクッションを抱いて宇佐美から距離をとった。

「あれ? 真宏、怒ってんの?」

宇佐美は隣に座る不機嫌な後輩を不思議に思う。
さっきまでわんわん泣いていたくせに今度は頬をふくらませて顰めっ面ときた。原因が分からず声をかけてやれば思い切り無視をされる。

「……あれぇ〜、ミヤビさんにバレへんように嘘ついてやったんやけどなぁ?」

宇佐美のその言葉にギクリ、と肩を揺らした真宏は、おずおず宇佐美の方を振り向いて「……その節は……ありがとう、ございました」と頭を下げてくる。

「はは、ええよぉ」

俺は怒ってるんだ。宇佐美が嘘ついてはぐらかしたこと。

「え、なあなあ。なんで怒ってんの?」

本気で不思議そうに首を傾げる宇佐美。
もしかして、無自覚なのか? 気づいてないのか?
じっと見つめると、「んー?」と首を傾げている。

「……なんでもない」
「なんでもないわけあるか。思っきり頬っぺた膨らんどるやん」

えっいつの間に。真宏慌てて両頬を手のひらで隠す。

「そんで? 何をそんな頬っぺたパンパンにする程怒ってんの?」

めっちゃ訊いてくるじゃん……。
真宏は仕方なく、口を開いた。

「……先輩が、……俺に嘘ついたから」

真宏が小さく、小さく呟くと宇佐美は「え? 何が?」と眉を寄せる。

「ご飯!! 俺のだけは食べれるって言ったのに……涼兄のも食べれるんじゃん」

真宏の台詞にキョトンとした宇佐美は、「ああ、それか」と納得していた。

「それか、じゃないよ。俺は……」

……俺は、なんだ。何を続けようとした?

「…………もういい」

これ以上言ったところで、何にもならない。

「あれなぁ、俺も驚いたわあ」

他人事のように言う宇佐美から顔を逸らす。

……いいよ、どうせ先輩は……そうやって色んな人に喜ばせる事を言ってるんだ。
だから皆先輩を好きになっちゃうんだ。一喜一憂させて、心で笑ってるんだ。

……俺の事も、……あの時、馬鹿にしてたんだ。
……俺は……本当に、……嬉しかったのに。

また、練習しようって思えたのに。
おかず、作る度に、美味しいって笑ってくれるかなって考えて作ってるのに。
またじんわり涙の膜が張ってしまう。ダメだ、これから夕飯で下に降りなければいけないのに。泣いたらバレてしまう。

唇を噛んで耐えていると、宇佐美はグイッと真宏の腕を引っ張った。

「わ!」

バランスを崩し、宇佐美に倒れ込む。

「な、なに……」
「やっぱ、また泣いとる」

ふわり、と目を細められドキンッと心臓が鳴る。
この人の笑顔は、どうしても、優しくて、ほんの少し切ない色をしているのか。

……知れる日は、くるのだろうか。

「なんで泣いてんの? 何に泣いてんの?」

真宏の気持ちが分からない宇佐美、宇佐美の気持ちが分からない真宏。
こんなんじゃ、心の距離なんて埋まらない。
……埋めようとも、思いたくない。

「……なあ真宏、教えて」

低く、優しく囁かれる。
頬が宇佐美の大きい手のひらに包まれる。
そこがぽっぽっと、熱を持ってしまう。

「…………言いたく、ない」

先輩は優しい。……でも優しくない。冷たくもないけど、温かくもない。
酷くも無くて、愛も無い。俺らの間には何も無くて、これからも、何も、起こらない。

「……そおか」

……興味も、持たれていないんだ。
自分がなんでこんな感情を持つのかも、分からない。