ウサミとマヒロ

#4

現在、真宏は宇佐美と並んで道を歩いているわけなのだが、大変である。
何が大変かって……決まってる。
「まぁ、素敵な子ねぇ。お隣は弟さん? 可愛らしいわねぇ」
「はは、せやせや、むっちゃ生意気な弟なんすわぁ~」
「あらぁ~べっぴんさんねぇ! 孫にしたいわぁ~」
「俺もやで~、おおきに」
宇佐美が声をかけてくるマダムたちに一々丁寧に対応するので、進むもんも進みやしない。
「ちょっと早くいきますよ!! 」
持ち前の神対応を見せる宇佐美がマダムに抱き着かれていたので、それを引っぺがし腕を組んで連れて行く。
「なぁに真宏ちゃん、嫉妬~? 」
宇佐美に悪戯顔で言われ真宏のボルテージが更に上がる。
キッと睨み上げて「んなわけあるか!! さっさと来い!! 」と怒鳴り無理やり引っ張っていった。
宇佐美は「乱暴な子やわぁ」と懲りずにマダムたちに手を振っていた。



やっとの思いでスーパーに入店し、カゴとカートをもって並んで歩く。昼時のスーパーはやはり混んでいて、人が多い。
宇佐美はまたマダムに声をかけられていたので、真宏はもう無視して一人で行くことにした。
スーパーに入ってしまえばこっちのものだ。
ハゼに食費をもらったので、豚肉をいっぱいカゴに入れる。
それからちょっとしたおかずもカゴに入れ、お菓子も入れた。
ふとどのくらい買ったかカゴを見ると、入れた覚えのないお菓子がちょこちょこ入っているのに気づき、真宏は首を傾げた。
「……? 」
こんなの入れただろうか。少なくとも真宏の好みではない物ばかりだ。
そういえば自分は今一人ではないんだった。
もう一人、小学生のような感性の男を連れて来ていたのだ。
「……そんなところで何してんですか」
見回した先には、宇佐美が商品棚からこちらをじっと見ていることに気づき近づく。
「これ入れたの先輩? 」
そう訊けば、宇佐美「ううん」と首を横に振って否定した。
「え? じゃあ誰がいれたの? 」
コイツ以外に入れるわけないだろうと、奴のあからさまな嘘に気づきつつもそう訊けば、宇佐美はきょろきょろした後、お菓子コーナーで宇佐美をじっと見ている男の子を見つけ、満面の笑みで「こいつ」と言った。
男の子は急に話かけられぽかんとしていたが、次第にムッと不機嫌顔になり宇佐美をゲシゲシと蹴った。
「おれじゃない! おまえだろ! 」
男の子が宇佐美を蹴っていると通りかかった男の子のお母さんらしき人が男の子を叱り、宇佐美に頭を下げていた。
宇佐美は男の子に「ふふん」と何故かドヤ顔をしていたので、その顔を見た男の子がまた怒り始めてしまい、真宏が代わりに宇佐美の頭を叩いてお母さんと男の子に頭を下げた。
「すみません、その子にちょっかい出したのこいつなんで、その子は悪くないんです。ごめんねボク。こいつがクソガキで」
そういうと男の子は「ふんっ! おれよりがきだな! 」と言ったのでまたお母さんに怒られていた。男の子は今のこのやり取りで、世の理不尽というものを覚えてしまっただろう。可哀想なことをした。母親は申し訳なさそうに真宏達に頭を下げつつ、そのまま買い物に戻っていった。
「もうなにしてんですか。十七でしょうが」
親子の背中が見えなくなったのを見計らって、真宏は呆れた顔で宇佐美を見た。
宇佐美はむすっと唇を尖らす。
「だって真宏、これ買うてくれへんやろ? 」
「食べたいならそういえばいじゃん、馬鹿だなぁ」
なんの気なしにそう返せば宇佐美はじっと真宏を見た後ふいっと顔をそらした。

「じゃ、お会計しましょうか」
そう宇佐美に声をかけたはいいものの、昼時のレジはマダムたちであふれかえっており会計をするだけなのに大分時間を取られそうだなとため息を吐く。
列の最後尾にたどり着き、カートを押して並ぶ。
しかしここでも宇佐美は宇佐美なのである。
基本的にルックスが目立つ上に、あまり一般受けしなさそうな派手さであるがこの男はそれらを、自らが放つ温和な雰囲気でカバーしてしまうらしく、またもや宇佐美の周りにはマダムが集まってきてしまった。
レジの列で目立つ宇佐美は、列の名物かのようにマダムに話しかけられて本人も適当に、にこやかに答えていた。
あと一人で順番が来る、そんなとき急な怒号がスーパー内に響き渡り一瞬で店内にいる人間が耳を澄ましたのが分かった。そのせいで店員の金額を読み上げる声、バーコードを読み取る際の機械音、ちょっとした物音のみとなり、一層怒号が聴こえやすくなってしまった。
真宏はその怒号の主に目をやると、男性客が女性の店員に絡んでいた。
しかも真宏の目の前で。絡まれた店員は完全に怯えている。
そして真宏たちの後ろには先ほど宇佐美に巻き込まれた不憫な男の子の親子がいた。
男の子は母親にしがみつき、男性を睨んでいる。
教育上、よろしくないな……と思うのと同時に世の中には色んな人間がいるなとも思う。
今ここで別のレジに行ってもいいのかもしれないし、現に真宏の後ろに並んでいた客たちは徐々に別のレジへと移っていっている。
それすなわち、あの女性店員を助ける気がないという意思の表れだろう。
真宏もここで目を背け、見なかったフリをして日常を送るような人間であれば……今ここに宇佐美と並んでいなかっただろうと思う。
しかし真宏はできないのだ。それをするくらいなら巻き込まれてボコボコにされる方がマシなのである。
この性格は伊縫家の兄妹全員共通の強さなのだ。
きっとタフな精神の母親に似たのだろうな。
男性客がついに店員の腕を掴もうとしたところで、真宏は口を開いた。

「あの、後ろ詰まってるんで早くしてくれません? 」

真宏の声に周りの客は一瞬空気を固くしたが、素知らぬフリのまま。
真宏のセリフの意味を勘違いしてしまった店員は泣きそうになりながら「す、すみません……っ」と謝って震える手で商品を何度も取り落していた。
男性客も真宏が自分に加勢したと勘違いしたのか「ほらてめぇがおせぇから言われたんだぜ? 」と調子に乗ってニヤニヤしていた。
その様子に完全に頭にきた真宏は、カートを宇佐美に押し付けて男性の元へ歩く。
「あんたに言ってんだよおじさん」
まさか自分が言われると思っていなかったらしい男はキョトンとした顔で真宏を見た。
店員は驚いた顔で真宏を見つめ、周囲の客も店員も固唾をのんで真宏たちの動向を窺がっていた。
男は次第に顔を赤くして眉を吊り上げていく。
「んだとくそガキが!! 」
うわ、こいつ酒くせぇな……。
この男が開いた口から強いアルコール臭がし思わず顔をしかめる。
この酔っ払いにまともな話は通じないのは一目瞭然だ。
今ここで店員の誰かが店長に通報してくれれば対処してくれるだろうが、何故か店内の人間は真宏が何とかしてくれると言いたげな、期待に満ちた目でこちらを見ていた。
今この場で真宏に加勢してくれる者はいないらしい。
「昼間っから酒飲んで女性に絡んでいいご身分ですね」
とりあえず、煽って標的を自分に替えさせ店員が動けるようにしなければここのレジは永遠に真宏のカゴの食材のバーコードを読み込まないだろう。
真宏が煽れば案の定、男は一層何かを喚く。
「俺が話聞いてやるから表出てくださいよ。ここじゃ迷惑ですよ」
真宏が男の手を掴もうと手を伸ばした時、男は喚きながら真宏の手を避け顔めがけて拳を振り上げてきた。
真宏は咄嗟に避けられるほどの運動神経を持ち合わせてはいない。
あ、やべ殴られ……
そう思い瞬間的に目を瞑ったとき、
「それ以上はお巡り呼ぶで」
パシッと男の拳を片手で受け止めた宇佐美は、[[rb:男の腰を引き寄せ抱いてにこやかに > ・・・・・・・・・・・・・・・・]]そういった。
え……何その距離感。
男もまさか自分がそんな女性を扱う紳士のように滑らかに丁寧に抱き寄せられるとは思わなかったのか、「? あ? 」と混乱していた。
「何キョトンてしてんねん。……俺、男もいけんで? おっさん」
宇佐美の艶やかな声と顔でそんなことを言われた男は、別の意味で顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
「ちょ、うさせんぱ……」
宇佐美の事だ。本当にこの男を抱こうとしているのでは、と不安になり思わず宇佐美の袖を引っ張る。
「な、おっさん今晩……」
「う、うわぁああああああ!! 」
真宏が止めようとした瞬間、宇佐美のセリフに顔を真っ青にした男は買おうとした物をすべて置いたまま走り去っていってしまった。……若干内股で。
店内は暫くBGMのみとなったが店員が真宏らに泣きながら「ありがとうございます……っ」と何度も頭を下げてきた声をきっかけにまた騒がしくなった。
真宏と宇佐美は周りの客に拍手されたり色々声をかけられたが恥ずかしかったので、さっさと会計を済まして、宇佐美を引っ張りスーパーを後にしたのだった。