#5
週が明け、月曜日の昼休みとなった。
例の如く宇佐美は現れた。
良かった、今日作ってきた弁当は無駄にならずに済むらしい。
「……じゃあ、今日も」
いい加減慣れたように真宏は、ハゼと久我に声をかけると、「うん!」「おう」と何故か二人とも立ち上がった。
「え、なに……どしたの」
今まで文句は言いつつもちゃんと送り出してくれていたハゼと久我の行動に驚きつつ訊くと、ハゼはにっこり笑みを浮かべて真宏の腕に抱きついた。久我も真宏の肩に腕を回しがっしりと、ホールドしている。
「え?え?」
二人の友人の不可解な行動に真宏が戸惑うと、二人は宇佐美の周りに群がっている女子達を押しのけ宇佐美の元へ真宏を引っ張って行く。
「うさ先輩!今日から僕と隆ちゃんもお邪魔します!」
「……え?」
「え!?」
ハゼの言葉に驚いてる宇佐美と、それ以上に驚く真宏。それもそのはず、ハゼと久我は真宏が宇佐美に呼び出された後、二人でこっそり話し合っていたのだ。
もしかしたら真宏は宇佐美に脅されて無理矢理何かをされているのでは、と。宇佐美の悪評の真意など二人には関係無い。そして真宏が弱いとも思ってはいない。
けれど、強い弱いなんて関係は無い。友達である以上、困った事に巻き込まれていたら手を差し伸べるのが友人である者の特権なのだ。
「ど、どうしたの、二人とも!」
「どうしたもこうしたも無いよ!毎日毎日毎日僕達の真宏盗られて、黙ってられないでしょ!」
ハゼはぷんすか頬を膨らませて、宇佐美を睨みあげる。
それはさながら頬袋にどんぐりを溜め込んだリスのようだな、と当事者である宇佐美は呑気に思っていた。
「そーなん?真宏」
宇佐美は真宏だけで良かったし、真宏と二人きりが良かったので、まさかこんなギャースカ騒がしい連中が来る事になるとは思わなかった。
宇佐美は僅かに顔を顰めてしまう。
「……まあ、静かにするんやったら何でもええわ」
別に真宏に好意を抱いているから真宏だけが必要だった訳では無い。本気で拒まれていたら宇佐美は真宏と関わるのをやめていた。けれどそうならなかったのは宇佐美の中で確信があったからだった。「真宏は自分を拒まない」と。
それがこの間痴漢から助けた時の恩を返す為なのか、はたまたこの真面目そうな後輩も他の奴と同じく自分に惚れていると思ったからなのか、定かでは無かったけれど、どうしてか宇佐美は真宏の存在を信じて疑わなかったのだ。
元来宇佐美は、賑やかな場所が好きではない……というか、寧ろ苦手である。
しかし宇佐美の周りには意図せず人が集まってきてしまう。それは宇佐美の人柄やルックスに惚れ込んでしまう人が多いからだ。
宇佐美自身、賑やかな場所は安心すると思っていた時期もあった。けれど今は、音が大きい場所や人が多い場所に長く居られなくなっていた。
それは学校もまた然りだった。宇佐美が入学したての頃はちゃんと朝起きて学校に行っていたし、勉強も真面目に受けていた。
けれどいつからかクラスという大所帯で皆と同じ行動をする事に苦痛を感じ始め、色んな人間が物珍しそうに自分を見に来る時のあの顔すらもどうにも受け入れられず、無理矢理仲間に入れて来ようとする男子生徒でさえも、受けつけられなくなっていた。
クラスメイト達も悪気があった訳では無い。宇佐美自身もそれはよく理解している。
そんな宇佐美の逃げ場は相も変わらず何処にも無かった。
だからこそ彼は心に壁を隔てるしか無かったのだ。
全てを溜め込んできた宇佐美は自分に降りかかるあらゆるストレスのせいで、不眠症を患い聴覚過敏を引き起こしてたのだ。
その他にも宇佐美の身体は、本人が自覚しているよりも様々な器官に弊害が起こっている。
しかし宇佐美は病院には行っていなかった。行ったところで通い続けられるわけもないし、医療費も無駄だと思っていたのだ。
そんな、人を頼る術を知らない宇佐美がやっとの思いで、「コイツなら」と唯一思えたのが、真宏だったのだ。
そのキッカケは宇佐美にもよく分かっていない。
ただ本能で、真宏なら自分を裏切らないと思ったのかもしれない。もしかしたらこの先裏切られるかもしれないけれど……。
それでも取り敢えず今は、何としてでも一分でも一秒でも長く自分の身体を休めたかったのだ。
もう何日ろくに眠れていないのだろうか。
激しい目眩と吐き気、頭痛が酷い。
一刻も早く目の前の後輩を抱き枕にして、人の温度を感じたまま眠りたい。
真宏の嫌に早まらない鼓動が宇佐美にとって今一番心地よいものだった。
何でもいいからさっさと寝たい宇佐美は、後輩達が騒いでいるのを気にもとめずにふいっと顔を背けて歩き出す。それを見た真宏は慌ててその背中を追いかけ、ちょんっとシャツを引っ張った。
「せんぱい、せんぱい」
声をかけると、宇佐美は疲れたように「……なに」と抑揚のない声で返事をしてきた。いつも穏やかで愛想笑いではあるだろうけどニコニコスタイルを崩さない宇佐美にしては珍しく、少し驚いた。
「あの、2-C寄っていきたいです」
真宏の言葉に、宇佐美はキョトンとする。真宏は返事を待つ為じっと見つめていると、何故か宇佐美も見つめ返してきて、間を置いて「なんで?」と訊いてきた。
「それは……」
「俺も一緒に食うから」
続きを言おうと思っていたら、誰かにガシッと肩を乱雑に抱かれ、シトラス系の香りが広がった。宇佐美は急に現れた猫宮を一瞥して、「……あっそ」とだけ言い、また真宏達に背を向けて歩き出す。
……なんだろう、なんか機嫌悪い?それとも疲れてるだけ?
不思議に思いつつも宇佐美の後ろを着いて行こうと歩き出した時、背後からぽそり、と呟かれた声が聞こえた。
「……感じ悪」
真宏がこっそり猫宮を見上げると、その視線に気づいたのか「何見てんだ行くぞ」と誤魔化して引っ張られた。その後ろからはハゼと久我が「待ってよ!」と、わちゃわちゃ引っ付いてきて、何故か宇佐美を先頭に大所帯で堂々と屋上へ行く事になったのだった。
週が明け、月曜日の昼休みとなった。
例の如く宇佐美は現れた。
良かった、今日作ってきた弁当は無駄にならずに済むらしい。
「……じゃあ、今日も」
いい加減慣れたように真宏は、ハゼと久我に声をかけると、「うん!」「おう」と何故か二人とも立ち上がった。
「え、なに……どしたの」
今まで文句は言いつつもちゃんと送り出してくれていたハゼと久我の行動に驚きつつ訊くと、ハゼはにっこり笑みを浮かべて真宏の腕に抱きついた。久我も真宏の肩に腕を回しがっしりと、ホールドしている。
「え?え?」
二人の友人の不可解な行動に真宏が戸惑うと、二人は宇佐美の周りに群がっている女子達を押しのけ宇佐美の元へ真宏を引っ張って行く。
「うさ先輩!今日から僕と隆ちゃんもお邪魔します!」
「……え?」
「え!?」
ハゼの言葉に驚いてる宇佐美と、それ以上に驚く真宏。それもそのはず、ハゼと久我は真宏が宇佐美に呼び出された後、二人でこっそり話し合っていたのだ。
もしかしたら真宏は宇佐美に脅されて無理矢理何かをされているのでは、と。宇佐美の悪評の真意など二人には関係無い。そして真宏が弱いとも思ってはいない。
けれど、強い弱いなんて関係は無い。友達である以上、困った事に巻き込まれていたら手を差し伸べるのが友人である者の特権なのだ。
「ど、どうしたの、二人とも!」
「どうしたもこうしたも無いよ!毎日毎日毎日僕達の真宏盗られて、黙ってられないでしょ!」
ハゼはぷんすか頬を膨らませて、宇佐美を睨みあげる。
それはさながら頬袋にどんぐりを溜め込んだリスのようだな、と当事者である宇佐美は呑気に思っていた。
「そーなん?真宏」
宇佐美は真宏だけで良かったし、真宏と二人きりが良かったので、まさかこんなギャースカ騒がしい連中が来る事になるとは思わなかった。
宇佐美は僅かに顔を顰めてしまう。
「……まあ、静かにするんやったら何でもええわ」
別に真宏に好意を抱いているから真宏だけが必要だった訳では無い。本気で拒まれていたら宇佐美は真宏と関わるのをやめていた。けれどそうならなかったのは宇佐美の中で確信があったからだった。「真宏は自分を拒まない」と。
それがこの間痴漢から助けた時の恩を返す為なのか、はたまたこの真面目そうな後輩も他の奴と同じく自分に惚れていると思ったからなのか、定かでは無かったけれど、どうしてか宇佐美は真宏の存在を信じて疑わなかったのだ。
元来宇佐美は、賑やかな場所が好きではない……というか、寧ろ苦手である。
しかし宇佐美の周りには意図せず人が集まってきてしまう。それは宇佐美の人柄やルックスに惚れ込んでしまう人が多いからだ。
宇佐美自身、賑やかな場所は安心すると思っていた時期もあった。けれど今は、音が大きい場所や人が多い場所に長く居られなくなっていた。
それは学校もまた然りだった。宇佐美が入学したての頃はちゃんと朝起きて学校に行っていたし、勉強も真面目に受けていた。
けれどいつからかクラスという大所帯で皆と同じ行動をする事に苦痛を感じ始め、色んな人間が物珍しそうに自分を見に来る時のあの顔すらもどうにも受け入れられず、無理矢理仲間に入れて来ようとする男子生徒でさえも、受けつけられなくなっていた。
クラスメイト達も悪気があった訳では無い。宇佐美自身もそれはよく理解している。
そんな宇佐美の逃げ場は相も変わらず何処にも無かった。
だからこそ彼は心に壁を隔てるしか無かったのだ。
全てを溜め込んできた宇佐美は自分に降りかかるあらゆるストレスのせいで、不眠症を患い聴覚過敏を引き起こしてたのだ。
その他にも宇佐美の身体は、本人が自覚しているよりも様々な器官に弊害が起こっている。
しかし宇佐美は病院には行っていなかった。行ったところで通い続けられるわけもないし、医療費も無駄だと思っていたのだ。
そんな、人を頼る術を知らない宇佐美がやっとの思いで、「コイツなら」と唯一思えたのが、真宏だったのだ。
そのキッカケは宇佐美にもよく分かっていない。
ただ本能で、真宏なら自分を裏切らないと思ったのかもしれない。もしかしたらこの先裏切られるかもしれないけれど……。
それでも取り敢えず今は、何としてでも一分でも一秒でも長く自分の身体を休めたかったのだ。
もう何日ろくに眠れていないのだろうか。
激しい目眩と吐き気、頭痛が酷い。
一刻も早く目の前の後輩を抱き枕にして、人の温度を感じたまま眠りたい。
真宏の嫌に早まらない鼓動が宇佐美にとって今一番心地よいものだった。
何でもいいからさっさと寝たい宇佐美は、後輩達が騒いでいるのを気にもとめずにふいっと顔を背けて歩き出す。それを見た真宏は慌ててその背中を追いかけ、ちょんっとシャツを引っ張った。
「せんぱい、せんぱい」
声をかけると、宇佐美は疲れたように「……なに」と抑揚のない声で返事をしてきた。いつも穏やかで愛想笑いではあるだろうけどニコニコスタイルを崩さない宇佐美にしては珍しく、少し驚いた。
「あの、2-C寄っていきたいです」
真宏の言葉に、宇佐美はキョトンとする。真宏は返事を待つ為じっと見つめていると、何故か宇佐美も見つめ返してきて、間を置いて「なんで?」と訊いてきた。
「それは……」
「俺も一緒に食うから」
続きを言おうと思っていたら、誰かにガシッと肩を乱雑に抱かれ、シトラス系の香りが広がった。宇佐美は急に現れた猫宮を一瞥して、「……あっそ」とだけ言い、また真宏達に背を向けて歩き出す。
……なんだろう、なんか機嫌悪い?それとも疲れてるだけ?
不思議に思いつつも宇佐美の後ろを着いて行こうと歩き出した時、背後からぽそり、と呟かれた声が聞こえた。
「……感じ悪」
真宏がこっそり猫宮を見上げると、その視線に気づいたのか「何見てんだ行くぞ」と誤魔化して引っ張られた。その後ろからはハゼと久我が「待ってよ!」と、わちゃわちゃ引っ付いてきて、何故か宇佐美を先頭に大所帯で堂々と屋上へ行く事になったのだった。

