琥珀の二人

我が家は国の中でも財産のある方だった。母も父も私もそれなりにいい身なりをしていた。
「美琴〜」
「お母様、どこー?」
まだ6歳だった私は自分の状況をうまく理解していなかった。
廊下を駆け回って母を探す。
「お母様!いた!」
私が部屋に入ると、母と父と見知らぬ赤ん坊がいた。
私はその子の頬をぷにぷにと押して尋ねる。
「お母様、この子誰?」
「それはお母様の子供じゃなくて、私と愛人の子供なんだ」
父がそう言う。私は幼くて、言葉の意味をまだ理解できなかった。
「ふぅん。この子のお名前は?」
「美晴よ」
「みはるちゃん!」
父と母はニコニコと笑っていた。

そのときは幸せだった。しかし、次第に関係は悪くなっていった。
美晴が成長するにつれ、私の扱いは適当になっていった。
使用人のように扱われていたわけではない。
私にたくさん笑みを向けてくれた母の関心は美晴に向き、よく服を買ってくれた優しい父の関心もまた美晴に向いた。
美晴が来てから、私の家は美晴が中心に回るようになった。
「ねぇ、お姉様、明日、一緒にお出かけに行かない?」
「いいけど…」
「やった!お母様!明日、お姉様と出かけてくるわね!」
そう、美晴は無邪気で可愛い。母や父の私に対する態度が変わっていっても、美晴だけは優しいのだ。
「美琴、来なさい」
母に呼ばれ、居間へ向かう。
「お母様、私は…?」
寂しそうな、気になっているような美晴を見てお母様はにっこりと笑って、
「大丈夫。すぐに済ますから、部屋で待ってなさい」
そう言われて美晴は自分の部屋へ駆けて行った。
私は居間に連れて行かれる。
「美琴、座りなさい」
お母様の澄んだ瞳を見る。その瞳は私に全く微笑みを見せていなかった。
「これを。明日のお出かけに必要でしょう?あと、美晴のことをよろしくね」
多額の金額を私に渡してきた時は、私のことを認めてくれたんだと思ったが違った。
やはり、どこに行っても美晴のことが第一なのだ。私は美晴を守るための護衛にすぎない。一応、娘なのに。長女なのに。
「…わかりました」
私は悲しさで胸がいっぱいだった。少し気が緩くなるとそれが一気に溢れ出てしまいそうなくらいに。
「…やっぱり、居場所はないのね」
期待した私が馬鹿だった。期待して縋り付いていた私が馬鹿だった。
もう、期待なんかしないわ。
私はその日、自身の心に蓋をした。心を閉じた。

次の日、出かける日となった。
「行ってきます」
一応、挨拶をして家を出る。家を出るとすぐそこが大通りになっているのでそこで服を見たり、甘いものを食べたりする予定だ。
「わぁ、見てみて。可愛いでしょ?」
美晴がお店の服を一着手に取って私に見せてくる。
「可愛いわね」
私はそう言ったものの、別の服に夢中だった。
桜の刺繍が施された薄ピンクのワンピース。
「お姉様、これ欲しいの?」
私の視線に気がついた美晴が声をかけてくる。
「え…欲しいだなんてそんな…。可愛いなと思っ…」
「じゃあ、試着しましょう!」
美晴に背中をぐいぐい押されて試着室に入る。私はワンピースを着てみる。
「で…できたわ」
そう言って試着室のカーテンを開けて、試着室の前にいる美晴に声をかける。
すると美晴はポカンとした表情を浮かべる。
「え…?変だったかな?」
恐る恐る声をかけると、
「いや、似合いすぎてて、可愛いの!お姉様、すごく可愛いわ!買いましょう、このワンピース」
美晴が大声でそういうものだから、私は嬉しくて頬が緩んでしまう。
「ありがとう。買ってくるわね。美晴は欲しいものある?」
「うーん。私も同じものが欲しいかな!」
どうやら美晴は私とワンピースをお揃いにしたいようだ。
「じゃあ、お揃いで買いましょう」
私は今日一日を楽しく過ごせる予感がして、嬉しかった。
その後、一日中楽しんで家に帰った。母は暖かく迎えてくれた。もちろん、美晴に対してだ。私に対してはそんなでもなかったけれど。
「縁側に行ってくるわ」
お母様にそう告げて、縁側に行く。縁側は自分の部屋の次に大好きな場所だった。暖かくて静かで時折吹く風が気持ちよくて…。
静けさに浸って目を瞑っていると、目の前に影が落ちてきた。
「お前、巫だろ。俺と琥珀になれ」
「は…?」
巫?琥珀?何を言っているのだろう。
「琥珀のことを知らないのか?」
見知らぬ男の子にそう聞かれてこくこくと頷く。
「琥珀は古くから異形や悪神を倒してきた二人組のことだ。巫が悪を祓い、守が巫を守る」
「へ…へぇ」
つまりその巫になれと私に言っているのか。信じられない。
「巫って特別な人がなるものじゃないの?私はなんの能力もない凡人だわ」
「いや、お前の奥底には巫の力が眠っている。そのうち目覚めるな…」
「考えときます…」
適当に返事をすれば帰るだろうと思った。
「じゃあ、また来る。今度来るときは、お前の能力が発現した時だな」
また来るの?!という驚きに襲われる。
「能力なんてないんで発現しませんよ」
冷静に言い返して追い返そうとする。すると、彼はにやりと笑ってこちらを向く。
「次、こちらに来るときには、何かしらの災厄がお前に襲いかかっているはずだ。まぁ、そのときは俺が助けるから安心しろ」
「…?災厄って…?」
「じゃ」
彼は災厄の内容を教えてくれなかった。
私は彼のいた場所をぼんやりと見つめる。
すると、
「お姉様!どうかしたの?」
美晴に声をかけられる。逆光だからか、表情がよく見えない。
「どうもしてないわ。お風呂に入ってくるわね」
私は駆け足でその場を離れる。
これ以上、美晴と長い時間顔を合わせていたくないのだ。
「お姉様が巫だなんて……」
そんな呟きが美晴から聞こえた気がした。

お風呂から上がり、いつもの会話に入ることのできない夕食が始まる。すると、美晴が、
「今日、買い物に行ったら、可愛いワンピースがあってね、それでお姉様とお揃いで買ったの!」
無邪気に話す美晴は明るくて眩しい。
「そうなの?」
お母様がにこりと笑って聞いてきた。お母様が私に笑顔を向けるなんて、何年ぶりだろう…。
「はい」
今日の夕食は美晴のおかげでいつもと違う感覚を味わうことができた。お母様の笑顔を見ることができた。
美晴に感謝の気持ちを抱く。

次の日の朝、私が起きて散歩に向かおうと昨日買ったワンピースを取り出すと、
「きゃあぁぁぁ?!」
隣の部屋から美晴の大声が聞こえてきた。
「何っ?!」
お母様とお父様が急いで駆けつけていた。私も急いで向かう。
美晴の部屋には昨日買ったワンピースがずたずたに引き裂かれて落ちていた。あと僅かに血のついたハサミが。
「何よこれ…、酷い…」
お母様は美晴に駆け寄っていた。お父様は美晴から何があったのか聞いていた。
「今日、朝起きてベットから出たらこんなんにっ……」
怖かったわねとお母様は美晴を抱きしめる。お父様も抱きしめる。
「あのねっ…私、予測でしかないんだけど、お姉様が犯人なんじゃないかって……」
美晴が涙を流しながらそう告げる。全員の視線がこちらに向く。
「だってお姉様、自分より私がお母様たちに愛されているからって、嫉妬しているんじゃないかなって。だからその恨みを込めてこれをしたんじゃないかって…」
「美琴、本当なのか?!」
お父様が私の肩を掴んで前後に揺らしてくる。
「私じゃありません!」
私がそう言うお母様にもお父様にも届いていないようだった。
ちらりと美晴を見ると、ニヤッと笑みを浮かべた。
私はその瞬間に確信した。これは全部美晴一人の犯行だということを。
「私じゃない!」
そう言うも、全員の頭の中には私が犯人であると刻まれてしまった。
「嘘を言うな!」
お父様に怒鳴られる。
あぁ、なんでこうなんだろう…。
そう思うと同時に強い怒りが込み上げてくる。
ずっと信じてきていた美晴に裏切られた。
その事実が大きく突き刺さり、今、体の中で燃え上がっている。
そのとき、私の体の中で別のエネルギーが生まれる感覚がした。
強く、清らかな力。
もしかして、本当に巫だったの?!
「美琴を捕えろ!」
お父様が使用人たちに命令する。使用人たちが一斉に飛びかかる。
しかし、その攻撃は通用しなかった。
「うがっ……」
全員が弾き飛ばされたのだ。
「何…?」
「巫の力…」
お父様と美晴のつぶやきが遠くで聞こえる。
すると、
「あーあ。ちと遅かったか」
昨日あった男の子が立っていた。
「お前は誰だ?」
お父様が静かに威圧し、問う。
「俺はこいつと琥珀になるものだ。優羽という」
そういい、彼はこちらに近づいてくる。
「巫の力が凄い勢いで発現しているな。よし、俺と行こう」
手を引かれ、連れて行かれる。
「待ちなさい!」
美晴が大声で呼び止めてくる。
「琥珀がなんだか知らないけど、お姉様を返して!」
美晴がそう叫ぶが、優羽は鼻で笑う。
「この事件の犯人、お前だろう?姉を陥れようとしたのだろう?最低な妹だ」
「っ」
「行こう」
私は優羽に手を引かれて我が家を出る。
心の奥で今までありがとうと呟いた。
「ねぇ、優羽さん、どういう…」
こと?と聞こうとしたが優羽に突然突き飛ばされる。
「お前にこの短刀2本をやる。それで俺と戦ってみろ。俺に勝てたら、刀をやる」
短刀?刀じゃなくて?
「てか、さっきの事件、やっぱお前が犯人なの?」
そう言われた瞬間、背中がざわつく感覚に襲われる。
気がついたら、優羽に飛びかかっていた。短刀二本を駆使して切り付けようと飛びかかっていた。
「うおっ」
優羽の驚いた声がする。それでも無我夢中で切り付けようとしていた。
「つぇー…」
優羽はそんな呟きをして、刀を取り出した。しかし、鞘から抜く気配は全くない。
「鞘から抜いたら?」
私が挑発も含めて言うと、優羽はニヤリと笑って、
「鞘から抜かぬとも、勝てるさ」
そう言って優羽が飛びかかってくる。
上から刀が振り下ろされる。
私は急いで短刀で刀を受ける。
しかし次の瞬間、私のガラ空きの懐に優羽の刀が入ってくる。
強い衝撃を感じる。
「かはっ……」
その衝撃も束の間の出来事だった。
今度は刀の柄が後頭部の方に迫ってくる。
私は見事にそれをくらう。
「うっ……」
それと同時に私は地面に倒れた。

「ん…」
「お、起きたか」
私が目を開けると正面に優羽の顔があった。
「ゆ、優羽さん…」
「その呼び方やめろ。優羽でいい」
そう言われて、
「優羽…」
ぼそっとつぶやくと
「なんだ」
と言われる。というか、この状況はなんだろう。私はどこに寝かされているのだろう。
ガバッと起きると、私の頭のあったところには胡座をかいた優羽の足があった。
「…っ」
「寝かせてやったのにその顔はないだろう?」
不満顔の優羽。どうやら私の顔が引き攣っていたらしい。
「ていうか、本当に巫の力が私に合ったんですね…」
「敬語もやめろ。…そうだな。俺とお前はこれから琥珀になる」
敬語もやめろと言われて困惑する。琥珀の説明は受けたが、いまいち実感が湧かない。
「…お前、さっきはすまなかった。お前の実力を試したくて、犯人だろうと言った。本当にすまない」
そう言われ、私は気を失う前の記憶を掘り起こす。そんな理由で犯人扱いしたのか。背中からまた何かが溢れ出る。
「落ち着け。俺たちは琥珀となって戦っていくんだ。こんなところで喧嘩したくない」
私はふぅっと息を吐く。すると、溢れていた感覚がさっぱり消えた。
「…琥珀についてもう一度説明する。琥珀は悪を祓う"巫"と巫を守る"守"の二人組のことだ。巫は守に負けないくらい戦闘力がないとやっていけない」
「…えぇ」
「いいか、琥珀になれば、政府から生活が保証される。住むところ、食べ物とかな。どうする?俺と琥珀になる決心はついたか?」
そう聞かれ、私は一瞬迷う。でも、今の状況で家に帰ったとて、幸せなんてないだろう。
「…なるわ」
私は彼の手を力強く握り返す。
「そうとなったら、琥珀屋敷に行こう。そして、毎日訓練だ」
にっこりとそう言われて私はひっととなる。毎日訓練を受けるなんて…。
「毎日ですか…?」
「そうだ。ある程度力がついたら、実践訓練に入る。そして…」
彼は続けて何かを言おうとしたが、黙ってしまった。実践訓練の後って何があるんだろう?
疑問を残したまま琥珀屋敷に向かうことになった。

「…もう疲れました」
あれから寝ずに半日以上歩かされた。
「もう少しだけだ。ほら、もう見えてきた」
手を引かれ、優羽が指を指したその先にみえるのは大きな屋敷だった。
「わぁ…」
私の家の2倍以上大きな屋敷だった。
そして、周りは柵に囲まれている。
そして、私はその屋敷の奥の建物を見て、目を見開いてしまう。
「てか、これ、政府の建物なんじゃ…」
すると、優羽は
「勘がいいな。実は琥珀は政府公認なんだ」
「え…?!」
政府公認の琥珀になれと言われていたのか。私は驚いて立ち止まる。
「ほら、早くしろ」
優羽に呼ばれてハッとし、駆け足で追いつく。
屋敷の敷地の門をくぐると、そこは大きな庭園があった。
「こっちだ」
優羽は前にも一度来たことがあるかのように、私を引っ張って連れていく。
靴を脱いで上がり、一室に入ると、布団が二つ分用意されていた。
「ここが俺たちの部屋だな」
私は優羽の言葉を聞いて、ん?となる。
俺たち…?
「えぇ?!」
つい大声が出てしまった。同じ部屋だなんて、同棲と一緒だ。
「琥珀は常に二人でいないといつ襲われるかわからないからな」
すました顔でそう言う優羽。
「そうですか…」
私はすでに緊張でガチガチだ。すると、
「美琴様、優羽様、お呼びでございます」
すっと扉が開き、袴姿の女性が声をかけてくる。お呼びとは、誰からなのだろう…?
優羽は全てを知っているかのようにすたすたと歩いていく。私も急いでついてゆく。
「こちらでございます。お二人のお席はあちらでございます」
部屋と席を案内される。
「案内ありがとう」
優羽がお礼を言っていたので、私もぺこりとお辞儀をする。すると、なぜか、刺すような視線を向けられた。
何…?
疑問に思いつつも部屋に入る。そこにはすでに琥珀と思われる人が二十組ほど着席していた。すると、若き夫婦が奥の間から出てくる。
「この度は大琥珀の試練に来てくれてありがとう、全国の琥珀よ」
「私からもお礼を」
二人は頭を下げた。すると周りの人たちが頭を下げるので、私も頭を下げる。
「皆様は大琥珀を知っているだろうか。大琥珀は全国の琥珀を統べるものだ。大琥珀に任命された次の代が選ばれるまで、老いない体が手に入る。そして、政府に関与する権利を与えられる。ここにいる皆様は大琥珀になることを夢見て来たのだろう?なるためには私からの試練を達成しなければならない」
大琥珀様が巻物を手に取る。
「これから七日間、能力向上に努めてもらう。そして、七日後、試験に合格した琥珀が、次の試験を受けられる。次の試験は、二週間、朝から晩まで悪霊を滅することだ」
「もちろん、他の琥珀と手を組むのもかまいません。しかし、それではあなたたちが後悔するということを初めに言っておきますわね」
にこりと笑った大琥珀の二人。
「では訓練を開始する。美琴、優羽のところから刀を取りに来なさい。特別な刀だから悪霊をも切れる。あと試験の評価基準も書いてある巻物も渡すぞ」
突然私たちの名が呼ばれて驚いた。
悪霊を切れる刀というのは聞いたこともない。
「俺が取りに行く」
優羽がすたすたと行ってしまった。
大琥珀様と何やら話して戻って来た。
「ほれ」
刀を渡される。それは桜の模様が柄に彫られた美しいものだった。
優羽のは青い羽が彫られている。
そして試験の評価基準の書かれた巻物を見る。(この時代に巻物なんて…)
「一つ 悪霊を滅する
 二つ 刀を使って剣士に勝つ
 三つ 二人で協力して強い悪霊を滅する」
刀を使ったり、剣士に勝ったりしなければならないのか。
「これ全部達成しなければならないの?!」
「違う。よく見ろ。巫のお前は一番と三番だ。守である俺は二番と三番。字をよく読め」
私の心配は優羽に一蹴される。おまけに字をしっかり読めと怒られてしまった。
「じゃあ、二つ達成しなければ…」
「ま、実践あるのみじゃないのか?」
優羽はそう言って私の手を引っ張る。
「えっちょ、どこへ行くんですか?」
悪い予感がする。
「実践だって言ってるだろ。森に行くんだ」
悪い予感が的中した。
実践訓練は後からだと言っていたはずなのに。
「ちょっと!実戦は後からだって…」
私がそう言いかけると、優羽は私のほおをガシッと掴んだ。
「お前は他の琥珀に比べて経験が少なすぎるから言ってるんだよ…!!」
そう言われて私は自分の立ち位置をやっと理解する。私と優羽は他の琥珀に比べてスタートが遅かった。そうなると、試験に落ちる可能性が高いのも納得がいく。
「大琥珀に認めてもらうには刀の技量と悪霊を滅する能力が最低基準だ。お前はそれができればいい」
そう言われて、私は「優羽は?」と聞く。すると、優羽は口元に不敵な笑みを浮かべる。そして、
「俺は剣の技量、十分だし。あとはお前との連携のみ」
そう言われて私はなんだか負けた気がした。
「っでも、浄化もできない私が森になんて……」
私がそう言うと、彼は私を見て鼻で笑った。
(……っぬわにぃ〜〜?!)
イライラがどんどん溜まっていく。優羽をじーっと見ていると、優羽はニヤッと笑った。
「浄化なんて簡単にできるよ。俺だって低位の悪霊なら浄化できる」
そう言われて私はさらに負けた気がする。
(低位でも浄化できるなんてっ……)
私はそう思って、先ほど受け取った刀のことを思い出す。
鞘から抜くと、ツヤツヤに光る刀身が見えた。柄が桜模様なのがまたいい。
「これ…どうやって使うの…?」
私が歩きながらそう聞くと、優羽は
「うーん…例えば悪霊を切りつけて弱った隙に浄化するとか、刀自体に浄化の力を付与するとか…でもこれはもっと上達した人じゃないと」
と言った。とりあえず、悪霊を切り付けるところからだ。切りつけて弱ったところですかさず浄化していく。
「浄化はどうやってやればいいの?」
私がそう聞くと、優羽は私の瞳をしっかり捉えて言った。
「悪霊屋敷に向かう」
(は…えっ……?)
悪霊屋敷、お化け屋敷みたいなものか?
「絶対いや!!」
私がそう言うと、優羽はくすくすと笑った。そして、
「ウソウソ。俺たちが行くのは俺の恩師…琥珀だった榎本珀のところだ」
そう言われて私はつばをごくんと飲み込む。なんだか凄そうな名前が出てきたからだ。
「それは…」
私が言いかけたとき、優羽が補足の説明をしてくれた。
「榎本珀は俺のめちゃくちゃ厳しかった…けど、女子なら優しいと思う。刀の使い方と浄化の仕方を丁寧に教えてくれるだろうから、安心しときな」
そう言われてちょっぴり優羽を優しいなと思う。

かれこれ30分は経った気がする。休まずに森を歩いていると、正面に山小屋が見えた。そして、明かりがついている。優羽はスタスタと歩いて、小屋の扉を叩く。
「恩師、優羽、ただいま帰りました」
そう優羽が言うと、扉がスッと開いた。優羽に手招きされて私も山小屋の中に入る。そこはとても綺麗な空間だった。山奥にあることを感じさせない。
「優羽!遅いじゃないか!もっと早く着く予定ではなかったのか?!」
そう怒鳴りつけているのはお爺さんだった。お爺さんだけど、なんだか他の人とは風格が違う。私が見ていると、お爺さんは視線をこちらに向けた。
「うん…素晴らしいな…お前は誰だ?」
そう言われて私は自己紹介をする。
「優羽と組んでる巫です。名前は華鳥美琴です」
私がそう言うと、お爺さんは強く頷いた。そして、
「儂は榎本珀だ。よろしく」
そう言って手を差し出してきた。私も手を伸ばし、固い握手をする。
(マメだらけ……)
その手は老人とは思えないほど硬かった。すると、優羽が割って入ってきた。
「今回は恩師に剣術と浄化を教えて欲しくって…一週間後、試験なので、浄化は絶対身につけなくてはならなくて…剣術は少しできればまあいいかなというところです」
と説明してくれた。すると、優羽の恩師、榎本珀さんはうーんと唸った。
「強力な悪霊の浄化も教えるとなると…日数が足りないぞ」
と言われた。
(まさか…試験に落ちて…家に逆戻りとか…ない…よね……?)
私は心臓がドキドキと強く脈打つのを感じた。すると優羽は私の方にポンと手を置く。
「大丈夫です。美琴なら習得できるでしょう」
優羽はそう言った。私をまるで元気づけるかのように。
(たまに見せる嫌なところは気に食わないけど……)
私は心の中でそう言った。すると、榎本珀さんが手招きしていた。私は一緒に部屋に入る。
(あれ…優羽は……?)
私は優羽がついてこないことに不安になる。優羽はお茶を飲んでのんびりしているだけだ。部屋は、広い稽古場だった。
「さ、美琴、稽古を始める。……優羽がいなくて心配かい?」
心を読まれたようにそう言われて、私は何が何だか分からず、頷いてしまった。
「安心なさい。優羽はちゃんと貴方のことを大切に思っている」
そう言われて、私は頭の上にはてなマークが浮かぶ。なぜこの人はそう分かるのか。
「どうして……分かるんでしょうか……?」
私がそう聞くと、榎本さんは
「勘だな。優羽からは貴方を大切にしている空気が漏れ出ている」
(空気……?)
「其方、空気…?と思っただろう?」
私は驚いて声が出ない。これが"空気を読まれる"ということなのか。私は榎本さんの技に感心する。
「空気は相手から漏れ出ている気配のようなものだ。それを読めるようになるには5年はかかるわな。しかし、読めるようになればいいこともたくさんあるだろうに」
そう言われて、私は"空気"を読むことを練習したいと思ってきた。そこで、私は提案する。
「もし、試験に合格したら…榎本さんのところに稽古つけてもらいにきてもいいですか…?」
私がそう聞くと、榎本さんはニカッと笑って、
「もちろんいいだろう」
と言ってくれた。そして、榎本さんは「まずは、浄化の練習だ」と言って壺を持ってきた。
今日から私の練習生活が始まる。(一週間限定だけど)

「巫は守と共に悪霊を滅する。巫は主に浄化、守は主に悪霊の牽制だ」
初日はそれぞれの役割について説明された。役割の意味と、なぜそれをするのかなど…多くのことを学んだ。榎本さん曰く、学ぶことで体もそれに合わせるように動くかもしれないらしい。
「私は巫で優羽は守。ではなぜ巫が剣術を鍛えなければならないのですか?」
私がそう聞くと、榎本さんは
「もし、守が戦闘不能になったとき…巫は自分で自分の身を守りつつ、浄化をしなければならない。そのような非常事態に備えるためだ」
と言った。
(確かに…もし優羽がやられたら、私1人で戦わなければならない……)
私がそう考えていると、榎本さんはそれを見透かしたようで、にこにこと笑っている。
「まずは、剣術の基礎を叩き込もう」
そう言われて榎本さんは私に木刀を渡した。体の向き、動かし方、構え方など…ゆっくりわかりやすく教えてもらった。そこで、榎本さんの剣術"珀蓮流"を見せてもらった。珀蓮流は流れる動作と一撃一撃が強いことが特徴だと教えてもらった。そして、榎本さんは「珀蓮流はすぐに習得できる。これを覚えられれば試験は問題ないだろう」と言ってくれた。
「珀蓮流には技が7つある。一つ目は珀蓮流・牡丹、二つ目は珀蓮流・菊、三つ目は珀蓮流・霞、四つ目は珀蓮流・椿、五つ目は珀蓮流・式部、六つ目は珀蓮流・蓮、7つ目は珀蓮流・琥珀だ。珀蓮流は琥珀になるやつらに教えるために作ったものだ」
と説明してくれた。私はまず、技の名前を覚えた。7つを10回以上暗唱する。そして、ひとつ一つの動きを習得するために、榎本さんがお手本を見せてくれた。私はそれをひたすら見て、イメージトレーニングをする。
「どうだろう?」
榎本さんにそう聞かれて私は、
「珀蓮流・琥珀のこの動き方が分からなくて…」
私は自分のイメージした動きと、榎本さんの動きをひたすら照らし合わせた。照らし合わせて相違がないか確認するのだ。
榎本さんは「初日なのに、珀蓮流をほとんど理解し、実戦までできるとは…其方は素晴らしい子だのう」と言ってくれた。私は褒められたことがほとんどないので、嬉しさで気分が高揚した。そして、その後の時間、私は1人で珀蓮流を極めた。榎本さんの動きを完全再現するために小さなことに気を配り、練習をし続けた。すると、体がふわりと軽くなる感覚に襲われた。
「ハァァッ!!」
私は榎本さんが用意した丸太を"珀蓮流・琥珀"で切った。
すると、榎本さんが拍手をしながら戻ってきた。
「1日目にして全ての技を習得するとは……では残りの五日間、浄化の訓練をしていこうと思う。5日の間、その剣術を絶やすでないぞ!」
私はそう言われて強く頷いた。

「晩御飯は優羽が作ってくれている。美琴は安心して待っているが良い」
榎本さんはそう言って、稽古場から出て行った。
(榎本さんって……なんだか不思議な人……)
榎本さんは、私のことを『其方、貴方、美琴』といろいろなバリエーションで呼んでくる。一つの呼び名に決めないことが彼のモットーなのだろうか。
(いけない……心を穏やかにして、素振りに打ち込むのよ)
私は自分自身にそう言う。ただでさえ何もできない私は、小さなことを地道に続けていくしかないのだ。続けたところで、認めてくれるような人はいないが。
「美琴!いつまで稽古場におる!ご飯ができたぞ−!」
榎本さんの声が聞こえた。私は急いで稽古場を出る。部屋に戻ると、美味しそうな匂いが漂っていた。練習をたくさんした後のご飯は格別だろう。
「さ、食べなさい」
榎本さんが優羽と私にそう言ってくる。私は「いただきます」と言って魚に箸を伸ばす。ほろりと崩れた身を口の中に入れる。魚の美味しさが体中に染み渡る。
「美味しいですぅ〜」
私がそう言うと、榎本さんはニコニコした。その様子を見ていたのだろうか、優羽が
「恩師、なぜそんなにニコニコなのですか?」
と聞いた。すると、榎本さんは
「美琴が珀蓮流を1日で習得しおったからだよ」
と言った。すると、優羽が大きな音を立てて机を立ち上がった。私がその様子を見ていると、
「お前、1日で習得したのか……?」
と聞かれた。私は頷く。すると、優羽は額に手を当てた。
「まさか……すごいな………」
驚くような、呆れるような感じで優羽は言った。1日で珀蓮流を習得するのは、普通の人には絶対にできないらしい。
「優羽は何日で習得したの?」
私がそう聞くと、榎本さんが「一ヶ月だ」と言った。
(一ヶ月かぁ……)
私がくすくすと笑っていると、優羽はバツが悪そうな顔をした。私に負けたのが、よほど恥ずかしいのだろう。それでも、優羽は他の人よりいろいろなところが優れている。身体能力、剣術、知能……など。
(そこら辺は私も勝てないのに……)
何も剣術だけで対抗しなくてもいいのではないだろうか、と私は思う。
「剣術は……俺には剣術しかないから……」
優羽がふとそんなことを言った。
「どうして…?優羽は剣術も知能も…多方面で優れているじゃない…?」
私がそう言うと、優羽は悲しそうな表情をした。そして、ご飯を食べる手を止めた。
「恩師…俺はもう寝ます…」
優羽はそう言った。私は椅子を立ち上がり、
「優羽待って!どうして、何があったの…?」
私がそう声をかけると、優羽は私を睨みつけた。敵に向けるような視線だった。
「うるさい!!黙っててくれ!!」
そう言って優羽は走って寝室に行ってしまった。しかし、榎本さんは優羽と私を同じ部屋にしているはず。というかしているのだ。私は急いで寝室に向かう。すると、廊下に私の布団が捨てられていた。後から来た榎本さんはこの惨状を見て、
「優羽には私から言っておく。だから早くご飯を食べなさい?」
と言った。私には分からなかった。優羽のことを全て知った気持ちになっていた。本当は何も知らないのに。
「すみません…榎本さん、あとはお願いします」
私がそう言うと、榎本さんは頷いた。結局、私は優羽のパートナーのはずなのに、何もできなかった。
食事をしようと戻るが、ご飯が喉を通らない。暖かいはずなのに、ひどく冷たく感じる。
(私の何が気に障ったの……?)
その答えを聞くことはできなかった。

次の日の朝、優羽は早朝に森に訓練に行ったらしく、顔を合わせることはなかった。榎本さんは事情を聞いたらしく、私は何があったのかと質問したが、榎本さんは「話していいものか……」とずっと考え込んでいる。
とりあえず、私は浄化の練習に取り組むことにした。清らかなエネルギーを体の中で生成し、対象に向けて放つ。これだけだった。
私はそれをひたすら練習した。回数を重ねるごとに上手くなっている気がして嬉しかった。
(よぉぉし!榎本さんのところにいられるのも後4日!頑張るぞぉぉ!)

最終日、朝。
この四日間、優羽の顔を見ていない。しかし、朝、部屋を出たらいたのだ。でもすぐに離れてしまった。あの日以来、優羽とは別の部屋で寝ているし…。
私は優羽に嫌われたのではないかと焦る。いくら優羽がいなくなった理由がわからないからと言って、心配しないのは人としてありえないだろう。試練はもう明日。音信不通のままではまずいだろう。
(どうすれば…優羽と仲直りできるのかなぁ……)
私は考える。この一週間、榎本さんのもとで学び、自分が大きく成長したのがわかる。しかし、自分が上達するごとに優羽との距離は離れていっている気がする。
私はそう思いつつも、稽古をするために庭に出て素振りを始める。一番最初の日から素振りの音が変わっている。風を切る綺麗な音だ。
「美琴…」
そう言われて私が振り返ると、そこには傷まみれの榎本さんが立っていた。私は焦ってかけよる。
「どうしたんですか…?!」
私が榎本さんに傷直しのまじないをかける。それでも榎本さんは辛そうな表情を浮かべている。
「悪霊だ…」
榎本さんはそう言ってうずくまってしまった。話を聞こうにも、話をできるような状態ではないので、私は榎本さんを木のそばに寝かせてやる。私は受け取った刀を前にかざす。悪霊は人型の姿をしており、レベルがだいぶ上なのがわかる。
私は小手調べに"珀蓮流・牡丹"で切りを入れた。悪霊は1分ほど苦しんでいたが、すぐに傷が塞がり、力を解放しているのがわかる。
(こんな化け物……)
いくら巫といえど刀では勝てまい。悪霊の牽制が目的である守がいないと。
(優羽が…優羽が……)
いないと勝てない、と思っている間に、次の攻撃が来た。考え事をしていた私は思うように動けない。
(目の前に…っ)
鎌のようなものが目の前に迫る。私は直後、走馬灯を見る。

『みはるちゃん!!』

『巫の力…』

『お前、巫だろ。俺と琥珀になれ』

そして優羽の表情。

笑顔、励まし、優しい表情……

でも、最後に見たのは辛そうな優羽の表情。

(ごめんなさい…優羽…私が悪かった……)

私がそう思った瞬間、遠くから声が聞こえてきた気がした。
「美琴のバカやろー!!!!」
その瞬間、優羽が目の前に出てきた。そして、私の眼前にまで迫ってきていた鎌を振り払った。私は前にいる優羽が本物なのかと目を疑った。傷まみれで今までの優羽とは思えなかったからだ。
「優羽…?!どうして…」
私がその場に崩れ落ちると、優羽は悪霊に一撃入れて私に駆け寄ってきた。
「山にこもって修行していた。一人にさせてすまなかった…自分をもっと鍛え直そうと思って……」
優羽は身体中傷まみれだった。本当に山の中で修行していたのだと理解できるほど傷まみれだった。
「でも、どうして私がピンチだって…わかったの…?」
私がそう聞くと、優羽は、
「森の中に封印されていた悪霊なんだよ、あれ。それを追っていたら美琴が大変なことになってたってわけ」
と言った。サラッとした表情でそう言っているが、顔から汗がポタポタと垂れている。
(全力でここまで来てくれたんだ…)
私は涙が出そうになる。しかし、悪霊が立ち上がり、動き出したのが見えた。
「ダメだ。後で話そう。今から何も言わないが、連携は取れるか?」
そう言われて私は強く頷く。優羽の手を取る。
「よし!俺が美琴を守る。美琴は浄化に徹してくれ!」
そう言われて私は手を前にかざす。浄化の式を作っておくのだ。
「いつでも発動可能!!」
私がそう言うと、優羽は信じられないスピードで悪霊に向かって突っ込んでいった。
「私の2メートル手前まで追い込んで!!」
私がそう言うと、優羽が「了解!」と言った。私は式をさらに丁寧に強く練り上げる。
「珀蓮流・霞」
優羽がそう言って刀を振る。すると、腕が2本落ちて粉となっていった。私はそれを見て、優羽に合図を送る。
「行くぞ!!」
優羽が私の指定した地点へと悪霊を追い込む。悪霊は腕の回復ができず、走って逃げ回っている。
(もう少し…もう少し……そこ!!)
私は狙った場所に悪霊が来たのを確認し、
「展開!!」
と言って式を完成させる。ちなみにこの技(浄化の式を展開する)は知識として教わっていただけなので成功するのかどうかはわからなかった。榎本さんも低位の悪霊を倒すと思っていただろう。
「補助は俺が!」
そう言って優羽が横に来てくれる。
(……この安心感…)
私は手のひらに力を集中させる。清らかな空気が展開されている式に向かって流れ込んでいく。
「浄化!」
私がそう叫んだ瞬間、悪霊は奇声とも悲鳴とも違う声を上げながら消えていった。
そして、私はその場に倒れる。一番最初に戦う相手が上位の悪霊であったからだ。しかし、上位の悪霊に勝ったことから他の悪霊に負ける気がしない。
(自信にはなるのね…)
私はそう思ってため息を一つつく。
「…美琴、すごかった」
優羽が優しく微笑みながらそう言ってくれた。私はそのとき、思ってしまったのだ。優羽がいなければ、この先を歩むことはできない、と。
「……ありがとう。でも、今私が聞きたいのはどうして突然山にこもったのかだよ?」
私がそう聞くと、優羽は息が上がっている私を気遣いながら横に座り、話し始めた。
「美琴が、美琴が俺でもできなかった珀蓮流一日習得をしてしまったものだから…守である俺の存在が意味ないんじゃないかって思って…それで俺はもっと強くならなければならないと思った。だから山にこもって修行をしていたんだ。でも、この理由、めちゃくちゃ子供っぽいと思ってさ、だから美琴には言わないでって恩師に言ったんだ…」
顔を少し赤ながらそう言っている優羽が可愛らしかった。
(でも、優羽は私よりずっとすごいじゃない……)
私はそう思った。優羽は出会ったときよりもずっとたくましく、強くなっていた。先ほどだって信じられないスピードで悪霊に向かって走っていった。私にとってそれがどれだけ安心感に繋がったことか。
「…私一人じゃまだまだだよ」
私が笑ってそう言うと、優羽は私を見て、
「そうなのか…?さっきだって高度な術を完成させていたじゃないか」
と言った。彼の目はまんまるだ。おそらく、自分はいらないのだとでも思っているのだろう。
(違う…優羽がいないと私はうまく動けない……)
「優羽が私の指定したところまで追い込んでくれなきゃ、滅することはできなかったよ」
私がそう言うと、彼は黙ってしまった。そこにすかさず、

「琥珀は二人で一つだから」

と言った。優羽はやんわりと笑った。私はそこで榎本さんのことを思い出す。
「急いで榎本さんのところに行かなきゃ…!」
私がそう言うと、優羽は頷いた。私は急いで走る。しかし、榎本さんを寝かせたはずなのに本人がいないのだ。
「え…?榎本さんはここにいるはず…」
私があたりをきょろきょろと見回していると、優羽が「家からいい匂いがする」と言った。私と優羽は急いで家の中に駆け込む。すると、台所に榎本さんがいたのだ。当たり前のように料理をしている。
「お、恩師…?!」
「榎本さん?!」
私と優羽は揃って驚く。さっきは立つのも苦しそうだったのに、今は普通に立って料理をしているからだ。
「体の方は大丈夫なんですか?」
私が聞くと、榎本さんはニッと笑って、「傷直しをかけたからな!」と言った。
(私の傷直しは効かなかったのに…?)
そう思ったが、深掘りするのをやめた。
「それにしてもよくやった…優羽、美琴」
そう言われて私たちは笑顔になった。緊迫していた空気はどこかへ消え去り、柔らかい空気がその場に残っていた。

「明日、いよいよ試験だな」
ご飯を食べてから、部屋に帰って布団に潜ると、ふとそんなことを言われた。
「そうだね…でも、あんなに強い悪霊を倒したんだから、絶対にいけるよ…!」
私がそう言うと、優羽はため息を一つついて、
「無理すんなよ」
と言った。優羽の優しさが滲み出ていて嬉しかった。
「優羽だって刀の試験があるのに…」
私がそう言うと、優羽は、
「俺はいいんだよ…何回も突破しているから」
と言った。
(何回も突破してる…?)
私はその言葉に疑問を持つ。私と琥珀の試験に挑むのが初めてだと思っていたが、実はそうではないのだろうか。
(それに…琥珀屋敷でのあの鋭い視線……)
もしかしてこれも優羽と関係しているのではないだろうか?
「ね、優羽は前にも琥珀だったの…?」
私がおそるおそるそう聞くと、優羽は首を横に振った。
「なわけないじゃん」
キッパリとそう言われて私は何も返事ができなくなる。すると、優羽が布団から出た。そして、私に手を伸ばしてくる。
「ちょっといいとこに行こう」
そう言われて私は優羽の手を取って立ち上がった。優羽はそのまま縁側に出た。そして、靴も履かずに屋根に登ったのだ。
「えぇ?!」
私が思わず大きな声を出してしまうと、優羽は口に指を当てて、「静かにしろ!」と言った。これはきっとバレたら怒られるのだろう。それでも私を誘ってしまうのが優羽らしいというか、なんというか…。
私も優羽に手を引かれて屋根に登る。そして、優羽が屋根の上に寝そべったので、私も寝そべる。すると、上にはキラキラと輝いている星たちが見えた。
「わぁ…!」
私が驚いていると、優羽が懐から笛を取り出した。短い笛だ。そして、口元に笛を当てる。
「え…」
とんでもなく美しいメロディーが流れた。榎本さんにバレてしまうかもしれないと心の底では思っていたが、この演奏を止めるなんてことは絶対にできない。
(綺麗すぎる……)
私はうっとりして聞き入る。世の中の人が笛を吹いてもこれほど美しいメロディーは演奏できないだろう。いつの間にか演奏は終わっていた。私は優羽の方を向く。遠くのどこかを見つめる目だった。
「笛が吹けるんだね」
私が何を話したらいいのか分からず、そう言うと、優羽は笑顔に苦しさと悲しさを混ぜたような表情で、
「あぁ」
と言った。その瞳は離れ離れになった故郷を見つめる目……
「あっ」
今一瞬、不思議な世界が見えた。雲の上で少年と龍が遊んでいる世界だ。花を摘んでいたのだろうか。
「優羽、何かあるなら話してね…?」
私がそう言うと、優羽は、
「あぁ」
と言った。身が入っていない返事だった。遠くの世界を見つめたまま動かない優羽の背中を私はゆっくりとさする。今すべきことはこれだと私の脳が言ったのだ。
「大丈夫だよ」
私がそう言うと、優羽は俯いてしまった。目からきらりと光る雫を垂らして……

「あれっ…?」
気づいたら朝になっていた。すると、優羽がすごい勢いで走ってきた。
「もう出ないと間に合わない!!」
そう言われて私は慌てて支度をする。優羽はもうすでに準備ができているらしく、玄関で私を待っていた。私は急いで支度を終わらせる。そして、玄関に向かうと、優羽と榎本さんがいた。
「優羽、もう大丈夫か?」
そう言われて優羽は力強く頷いた。そして、榎本さんがこちらを向いたので、
「一週間ありがとうございました」
と私は言った。榎本さんは満足そうに頷いている。
「では恩師、急がないといけないのでもう出ます」
そう言った優羽の肩を叩いた榎本さんの表情はなんだか子供との別れを慈しんでいるようだった。
「ありがとうございました!!」
私はそう言って優羽についていく。森を抜けるのには30分かかるそうだが、今はのんびり歩いている余裕がないらしい。
「走るぞ」
そう言われて、私は頷く。すると、優羽は走り出した。悪霊を切ったときよりは遅いが、それでも十分速い。私はそんな優羽に食らいつくのが精一杯だ。
「も…もうちょっと落として…」
私がそう言うと、優羽はスピードを落としてくれた。私と優羽は急いで琥珀屋敷に向かうのだった。

「着いた…!」
私は歓喜する。予定の時間よりもずっと早く着くことができたからだ。
急いで以前に集まった場所に向かう。その場には結構な人数がいた。以前見かけた人と見たことがない人もいる。
「あ…優羽だ……」
周りの人は優羽が来たのを見て、何やらざわつき始めている。私は疑問を持つ。なぜ、優羽が行くとみんながざわつき始めるのだろうか。
(どうしてなんだろう……)
私はそう思いつつも、席につく。席には試験の項目が書かれていた。巻物の内容と一緒だった。
「では、巫の皆様、別室に来ていただきます」
そう言われて私は席を立つ。そして、優羽に「また後で!」と言った。優羽は私にひらひらと手を振った。

席を立って会場に向かっていると、
「優羽さんと組んでいるお方ね?お名前は何ていうのかしら?」
と突然話しかけられた。声の主の方を見ると、"いいお嬢様"という感じがした。
「え…あ、はい。美琴っていいます」
私がそう言うと、その子の周囲にいた子も群がってきた。
「美琴さんね!私は柳沢衣露波といいます。名前はとても難しいけれど、お気になさらないでね」
私はそう言われて、頷いた。頷いていいのかよく分からないが頷いた。
「衣露波さん…?」
私がそう言うと、その子は「はい!」と言ってにこりと笑った。
「…で、優羽さんと組んでいるんですね」
そう言われた瞬間、空気がピリリと鋭くなった。私はだんだんと居心地が悪くなってくる。なぜなら空気だけではなく、その人たちの視線も鋭くなってきているから。
「は…はい」
私がおそるおそる頷くと、何事もなかったかのように「そうなんですね」と言った。
それから私は衣露波さんとも他の人とも会話を一切せずに会場に向かった。
会場は思ったより広かった。壺が置かれていて、そこにいる悪霊を浄化すれば良いとのこと。
「ふぅ……」
私はゆっくり息を吐いて、手に力を込める。清らかな空気がツボに向かって流れるのを感じる。そして、壺にいる悪霊が完全に浄化されたのを確認して私は試験官に手を挙げた。
「華鳥美琴さん、合格」
そう言われて私は胸を撫で下ろした。しかし、次には連携試験が待っている。優羽は上手くいっているのだろうか。そう思っていたとき、優羽が会場に飛び込んできた。
「まずい…連携試験用の悪霊が暴走したって…!」
そう言われて私はその場を急いで立ち、優羽についていく。もちろん、他の人たちもだ。
(私と優羽で…!)
私は刀を構える。そこには私たちが倒したやつより少し弱い悪霊がいた。優羽はすかさず切り込んでいる。私も後に続いて浄化の力を付与した刀で切る。
「優羽!私の2メートル手前まで!!」
私がそう言うと、優羽は「了解!」と言って悪霊に向かって走っていった。私は以前と同じように浄化の式を整える。繊細に丁寧に式を作り上げることで精度も上がる。私は繊細さを特に意識する。
(清く…繊細に……丁寧に………)
私は手に力を送っていく。そして浄化の式を完成させていく。
「どうしたのです?!」
「何があったのだ?!対応は?!」
大琥珀の二人の声が聞こえてきたが、私は気にせず式を完成させていく。
「なんと……」
「わぁ…………」
全員が私と優羽に飲まれているらしい。私は式を完成のあと一歩まで作り上げる。そこへ優羽が悪霊を追い込んできている。
「展開!!!」
私がそう言った瞬間、式が完成する。前の悪霊と同じように奇声とも悲鳴とも言えないよく分からない叫びをあげて消えていった。私は悪霊がいた後を見つめる。
こんなふうに悪霊を倒していくのだと再び実感した。
「美琴!大丈夫か?」
優羽がすぐに駆け寄ってきて私を支えてくれる。実際、疲労感がすごく、立っているのも少し辛かった。
「全然…優羽、すごかったね…!じゃあ、試験も合格かな?」
私がそう言うと、優羽は頷いた。試験に合格したと知り、私は嬉しい気持ちでいっぱいになった。
「私も合格した…!」
そう言うと、
「よかった…美琴が合格して…これで正式に琥珀として認められる……」
そう言われて私は頷いた。私が感じているものは優羽と同じものなのだと実感できたからだ。
(よかった……)
私がホッとしていると、大琥珀様がやってきた。私たちの戦いぶりを見ていたらしい。
「え…優羽…どうすれば……」
私が対応に追われていると、優羽が無言で頭を下げた。私も優羽に続き、大琥珀様の前で頭を下げる。すると、二人は私たちの前でぴたりと止まった。すると、拍手の音が聞こえてきたのだ。
「え…」
「え…?」
私と優羽は呆然として驚く。大琥珀様は私たちを称賛しているのだ。
「素晴らしい連携だった。これほど高度な連携だと大琥珀も夢になるだろうよ」
「えぇ…素晴らしい動きでした。守である彼と巫であるあなたがお互い会話をせずとも立ち位置、動きを把握して最適解で動いているのが素晴らしいと思いましたよ」
そんなふうに褒められるのは慣れていないので、私は顔が少し赤くなる。ちらりと優羽を見ると、優羽も同じように顔が少し赤くなっていた。
「そなたたちは第三の試験を合格としよう。みな、異論はないな?」
大琥珀様がそう言った。誰一人として異論を唱えない。私はあたりを見回して認められたことを確認する。
「ありがとうございます」
優羽がそう言ったので、私も後に続いてお礼を言う。すると、大琥珀様は私たちに向けて、「顔をあげよ」と言った。私は顔を上げる。大琥珀様の笑みが見えた。
「みんなを助けてくれてありがとう」
大琥珀様がそう言ったとき、私は顔を真っ赤にしていただろう。優羽もきっと一緒だ。
「優羽も…ありがとねっ…!」
私が必死でそう言うと、
「美琴もね…」
と言った。私はなんだかこの先を優羽と歩いていける気がしてきた。いや、歩んでいく気がしてきた。


美琴と優羽がそんな事件を解決している少し前……
美琴に声をかけた柳沢衣露波は試行錯誤をしていた。なんとしてでも優羽を美琴から引き剥がしたかったからだ。そして、優羽の巫として一緒に活動したかったのだ。
(優羽は私のものよ……)
「優羽さんと組んでいるお方ね?お名前は何ていうのかしら?」
私は華鳥美琴に接触を図った。今までと同じように(・・・・・・・・・)計画を立てたのだ。

琥珀召集の少し前…
「衣露波様…!」
私の部下(名は明音。向こうは友達と思っている)が私に話しかけてきた。いつもと違う焦りように私は、
「何があったの?」
と聞いた。すると、その子は、
「優羽さんが…新しく琥珀を組むと……」
と言った。私はその瞬間、絶望を味わった。優羽は私が琥珀を組む予定だったのに、知らない子と組むことが決まってしまったのだ。これで私はもう、優羽と組むことはないだろうと除外されているのかもしれない。しかし、私は諦めない。
「出会い次第、すぐにその子に接触するわ…あわよくば2人の仲を引き裂こうとも思ってるわよ?」
私は部下にそう言った。明音もまた不敵な笑みを浮かべている。
(まるで私みたいだわ…)
でも不快感はない。私は明音と共に優羽がペアになる人を倒すのみ。
すると、そこへ姉がやってきた。琥珀になり、活躍中の姉、真澄美だ。
「衣露波、余計なことをしてはいけません…たとえ、あの少年が欲しくても……」
姉は私を鋭い目で見ながらそう言った。姉の目は冷たく、どんな敵でも倒すという意志が見えていた。
(敵を倒すのに私情を入れるなってことね…妹の事情は一切気にしないのね……)
私は姉を睨みつける。
「あの子は私と琥珀になるのよ…私は巫として優秀でしょう?」
私がそう言うと、姉は頷いた。そこは認めてくれるらしい。
「巫として優秀なのは認めるわ。でも、戦いに私情を入れるのはよろしくないのよ」
そう言われて私は顔がカッと熱くなる。その場にいるのがとても嫌な気持ちになってくる。
「もういいわ!明音!早く行きましょう!!あんな姉はほっといていいのよ!!関わったってろくなことないわ!」
私がそう言うと、明音は、「いいのでしょうか…いくら嫌なやつでも一応、衣露波様の姉ですし……」と言った。そのこの言葉を聞いた瞬間、私の頬は熱くなった。全ての人に否定されるからだ。私は首を全力で振る。すると、姉が「衣露波」と呼んできた。私は姉をちらりと見て、
「何?」
と聞く。一応聞いてあげるだけでも優しい方だろう。
「友達のことを駒のように扱ってはダメよ。信用を失うわ」
「うるさい!!!」
姉は私の行動を最後まで否定した。私は姉の言葉を聞くのが嫌になった。首を振る。そして、部屋から出る扉を開ける。
(優羽は…私と組むのよ…!)
私はそう決意して一歩を踏み出した。