桃鳥先輩とカフェに行った日から数日経った放課後。
僕は補修が終わっていない物品を確認し、手直しをしていた。
「あとは、これやったら終わりかな」
段ボールの中身を確認していると、教室の扉が開く。
「お疲れ様っす」
帰宅部の僕や、部活を引退した三年生が多く残る教室に、ジャージ姿の田所先輩が入ってくる。
教室を見渡した後、なぜか僕のもとにやってきた。
「それ、最後?」
「あ、はい。これ確認したら、終わりです」
「ん。じゃあ、俺出すから一緒に確認するか」
「あ、はい」
言われるがまま、一緒に作業する。
「ほつれてるけど、まぁいけそう」
「了解です」
作業をしながら、バレないように視線を向けると田所先輩と目が合ってしまう。
「なに?」
「あ、いえ。別に」
「ふーん」
何だか気まずい雰囲気に耐え切れず、僕は何の気なしに話題を変えた。
「先輩って、モテるんですね」
「……ん?」
「この前、僕の友達が言ってましたよ」
「なんだそれ」
僕の話に田所先輩は呆れたように笑っているため、なぜか腹が立ってしまう。
「この前だって、可愛い人に呼び止められてましたよね」
「は?」
「……すみません。たまたま見かけて」
「いつだ?」
「この前の委員会の日です」
「……。あー、マネか」
「まねか?」
「部活のマネージャー」
「あぁ」
「普通に部活の話してただけ」
「へぇー……」
——そんなふうには見えなかったけど。
「てか、俺に興味あんだ?」
僕の顔を覗くように、笑いながら田所先輩が話す。
「は?ないですよ。自意識過剰すぎます」
「おい、言い方」
視線を合わせ、肩を揺らしながら話していると、自然と気まずさを感じなくなっていた。むしろ、久しぶりの田所先輩を楽しんでいる僕がいる。
だからこそ、自然とその質問を口にしていたんだと思う。
「先輩って彼女いるんですか?」
作業をしながら質問した僕に対して、田所先輩は少し戸惑ったように作業の手を止める。
「なんだよ、急に」
「え?急ですか?」
「……ん、あ、いや。急……ではないか?」
「ふふ。何ですか、それ」
珍しく言い淀む姿に笑ってしまう。
そんな僕を、田所先輩はじっと睨むように見つめてくる。
「……いねぇーよ」
「え?」
「だから、彼女とかいねぇって」
「へ、……へぇ」
田所先輩が戸惑いながら答えるからか、僕まで動揺してしまう。
——彼女、いないんだ。
なぜか、その言葉が僕の頭の中で反芻して心の奥底がじわっと疼いた。
そんな気持ちを払拭するように、僕は少し頬が赤い田所先輩を見つめる。
「まぁ、先輩ノンデリだから。彼女居たら、ちょっと驚きです」
僕の言葉を聞いて、田所先輩が首に腕を回してグッと距離が近くなる。
「ほんと、生意気なんだよ」
「あはは。知ってます」
田所先輩が触れている左肩の熱を、僕は気づかないふりをした。
全部の確認や補修が終わり、教室に集まっていた人たちがはけていく。
「んじゃ、俺も部活行くわ」
「あ、はい」
田所先輩と別れ、自分の教室に向かっている時、後ろから声をかけられる。
「おーい、えんどー!」
振り向くと、先ほどまで一緒の教室で作業をしていた体育祭実行委員の先輩がいた。
「はい!何かありました?」
「いや、ごめん。俺これから予備校でさ。田所のジャージ、届けてやってくんね?」
三年の先輩が申し訳なさそうに、ジャージを渡してくる。
「あいつ、忘れてったから」
「あ、はい!了解です」
「ごめんな。田所になんか奢ってもらって!」
先輩が謝りながら去っていき、僕はジャージを持ったまま教室へ戻った。
机から鞄を取り、先ほど渡されたジャージを持って体育館へ向かう。
「真琴いるかな?」
帰宅部の分際で、部活をしている体育館に足を踏み入れるのはなかなかの勇気がいる。
ドアの隙間からチラッと体育館を覗くと、ちょうど田所先輩がスパイクの練習をしていた。
「もう一本」
体育館の床とシューズが擦り合う音が響く。
普段見ない表情で高く跳び上がり、勢いよくボールを打ち込む姿に、思わず目を奪われる。
——……。
その瞬間、ふと田所先輩がこちらを見た気がした。
「……っ」
慌てて物陰に隠れるように身を引く。
——今、目が合った……?
心臓が、ドクンと大きく跳ねる。
扉の前で身を隠すようにしていると、後ろから聞きなれた声で名前を呼ばれる。
「……要?」
振り返ると、先ほど探そうとしていた真琴が不思議そうに僕を見ていた。
「ま、まこと!!」
「ん?どした?誰か呼ぶ?」
「いや、平気!あのさ、これ!」
僕は、先輩から託されたジャージを真琴に渡す。
「え?」
「あの、これ。田所先輩に渡しておいて」
「え、自分で渡せよ」
「いや、真琴から!僕、用事あるから!じゃ、よろしく」
「あ、おい……」
何か言いかけた真琴から、僕は逃げるように去って行く。
——なんで逃げてるんだろ。
体育館を飛び出し足早に校門へ向かう中、先ほど見た田所先輩の姿が頭から離れない。
「……かっこよかった」
小さく吐き出した言葉を掻き消すように走る。
——これは、違う。そういうのじゃない。
気づけば学校から走って電車に乗り、例の公園を避けるように遠回りしながら帰った。
——僕は、『れん』君が好き。れん君が好き。
何度も、何度も心の中で唱えながら、無我夢中で家まで走っていた。
家に着くとベッドに倒れ込み、慣れない運動と得体の知れない感情でぐっと疲れた。
「そんなわけない」
白い天井を見つめながら、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。
「……ん。え、今なんじ?」
目を覚ますと窓の外は真っ暗で、部屋の明かりが煌々と眩しかった。
スマホを見ると、夜中の二時を過ぎていた。
「うわ、寝落ち……」
重たい身体を起こしながら、スマホの通知を確認すると田所先輩からのメッセージに気づく。
「え?!」
驚きながら急いでメッセージを確認する。
「ジャージ、直接渡せよ」
真琴がどんな風にジャージを渡したのか、簡単に想像できた。
「今返信したら、迷惑だよな……」
トーク画面を閉じて、空腹を埋めるためにリビングへ向かった。
次の日。
駅へ向かいながら、田所先輩とのトーク画面を見つめて、メッセージを打っては消すを繰り返していた。
「これ……何て返せばいいんだ」
今まで田所先輩とどんな風に会話していたのか思い出せず、結局返信できていない。
教室に入ると真琴がもう来ていた。
「おは。今日遅かったな」
「おはよ。うん、ちょっと変な時間に寝ちゃって」
「あ、そういえば!ジャージ渡しておいたからな」
「あ、うん。ありがとう」
「田所先輩が、遠藤は?って聞いてきたから。今帰りましたーって言っておいたけど。平気だった?」
「うん。大丈夫。ほんと、ありがと」
「はいよー」
真琴の言葉にうまく返答できているのかさえ怪しい。
「あのさ」
「ん?」
「真琴って好きな人いる?」
「ん?!はっ?何急に」
「あ、いや。なんか、好きと憧れの違いとかわからなくて」
「え、待って。なにこれ。恋バナ?」
「いや!!恋バナ……ではない」
「ふーん」
僕の態度を見て、真琴は納得しないように相槌を打つ。
「まぁ、あれじゃね。憧れはさ、理想みたいな。現実とはまた違う好き?推し?みたいな?」
「……じゃあ、好きは?」
「……んー、その人の笑顔の理由が自分だったら良いなとか。俺ならそういう感じ?」
「うわ!なんか、真琴が恋愛上級者に見えてきた」
「ふっふっふ。敬うが良い」
「ははー、恐れ入りまする」
「「ふっ。くふふっ」」
真琴と目を合わせながら笑い合う。
「まぁ、そんな簡単に答えなんてないだろ」
「んー、だね」
真琴にだったら、本当の僕を話しても良いのかもしれない。
このモヤモヤがなんなのか分かったら、その時は相談に乗ってもらおうかな。
僕は補修が終わっていない物品を確認し、手直しをしていた。
「あとは、これやったら終わりかな」
段ボールの中身を確認していると、教室の扉が開く。
「お疲れ様っす」
帰宅部の僕や、部活を引退した三年生が多く残る教室に、ジャージ姿の田所先輩が入ってくる。
教室を見渡した後、なぜか僕のもとにやってきた。
「それ、最後?」
「あ、はい。これ確認したら、終わりです」
「ん。じゃあ、俺出すから一緒に確認するか」
「あ、はい」
言われるがまま、一緒に作業する。
「ほつれてるけど、まぁいけそう」
「了解です」
作業をしながら、バレないように視線を向けると田所先輩と目が合ってしまう。
「なに?」
「あ、いえ。別に」
「ふーん」
何だか気まずい雰囲気に耐え切れず、僕は何の気なしに話題を変えた。
「先輩って、モテるんですね」
「……ん?」
「この前、僕の友達が言ってましたよ」
「なんだそれ」
僕の話に田所先輩は呆れたように笑っているため、なぜか腹が立ってしまう。
「この前だって、可愛い人に呼び止められてましたよね」
「は?」
「……すみません。たまたま見かけて」
「いつだ?」
「この前の委員会の日です」
「……。あー、マネか」
「まねか?」
「部活のマネージャー」
「あぁ」
「普通に部活の話してただけ」
「へぇー……」
——そんなふうには見えなかったけど。
「てか、俺に興味あんだ?」
僕の顔を覗くように、笑いながら田所先輩が話す。
「は?ないですよ。自意識過剰すぎます」
「おい、言い方」
視線を合わせ、肩を揺らしながら話していると、自然と気まずさを感じなくなっていた。むしろ、久しぶりの田所先輩を楽しんでいる僕がいる。
だからこそ、自然とその質問を口にしていたんだと思う。
「先輩って彼女いるんですか?」
作業をしながら質問した僕に対して、田所先輩は少し戸惑ったように作業の手を止める。
「なんだよ、急に」
「え?急ですか?」
「……ん、あ、いや。急……ではないか?」
「ふふ。何ですか、それ」
珍しく言い淀む姿に笑ってしまう。
そんな僕を、田所先輩はじっと睨むように見つめてくる。
「……いねぇーよ」
「え?」
「だから、彼女とかいねぇって」
「へ、……へぇ」
田所先輩が戸惑いながら答えるからか、僕まで動揺してしまう。
——彼女、いないんだ。
なぜか、その言葉が僕の頭の中で反芻して心の奥底がじわっと疼いた。
そんな気持ちを払拭するように、僕は少し頬が赤い田所先輩を見つめる。
「まぁ、先輩ノンデリだから。彼女居たら、ちょっと驚きです」
僕の言葉を聞いて、田所先輩が首に腕を回してグッと距離が近くなる。
「ほんと、生意気なんだよ」
「あはは。知ってます」
田所先輩が触れている左肩の熱を、僕は気づかないふりをした。
全部の確認や補修が終わり、教室に集まっていた人たちがはけていく。
「んじゃ、俺も部活行くわ」
「あ、はい」
田所先輩と別れ、自分の教室に向かっている時、後ろから声をかけられる。
「おーい、えんどー!」
振り向くと、先ほどまで一緒の教室で作業をしていた体育祭実行委員の先輩がいた。
「はい!何かありました?」
「いや、ごめん。俺これから予備校でさ。田所のジャージ、届けてやってくんね?」
三年の先輩が申し訳なさそうに、ジャージを渡してくる。
「あいつ、忘れてったから」
「あ、はい!了解です」
「ごめんな。田所になんか奢ってもらって!」
先輩が謝りながら去っていき、僕はジャージを持ったまま教室へ戻った。
机から鞄を取り、先ほど渡されたジャージを持って体育館へ向かう。
「真琴いるかな?」
帰宅部の分際で、部活をしている体育館に足を踏み入れるのはなかなかの勇気がいる。
ドアの隙間からチラッと体育館を覗くと、ちょうど田所先輩がスパイクの練習をしていた。
「もう一本」
体育館の床とシューズが擦り合う音が響く。
普段見ない表情で高く跳び上がり、勢いよくボールを打ち込む姿に、思わず目を奪われる。
——……。
その瞬間、ふと田所先輩がこちらを見た気がした。
「……っ」
慌てて物陰に隠れるように身を引く。
——今、目が合った……?
心臓が、ドクンと大きく跳ねる。
扉の前で身を隠すようにしていると、後ろから聞きなれた声で名前を呼ばれる。
「……要?」
振り返ると、先ほど探そうとしていた真琴が不思議そうに僕を見ていた。
「ま、まこと!!」
「ん?どした?誰か呼ぶ?」
「いや、平気!あのさ、これ!」
僕は、先輩から託されたジャージを真琴に渡す。
「え?」
「あの、これ。田所先輩に渡しておいて」
「え、自分で渡せよ」
「いや、真琴から!僕、用事あるから!じゃ、よろしく」
「あ、おい……」
何か言いかけた真琴から、僕は逃げるように去って行く。
——なんで逃げてるんだろ。
体育館を飛び出し足早に校門へ向かう中、先ほど見た田所先輩の姿が頭から離れない。
「……かっこよかった」
小さく吐き出した言葉を掻き消すように走る。
——これは、違う。そういうのじゃない。
気づけば学校から走って電車に乗り、例の公園を避けるように遠回りしながら帰った。
——僕は、『れん』君が好き。れん君が好き。
何度も、何度も心の中で唱えながら、無我夢中で家まで走っていた。
家に着くとベッドに倒れ込み、慣れない運動と得体の知れない感情でぐっと疲れた。
「そんなわけない」
白い天井を見つめながら、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。
「……ん。え、今なんじ?」
目を覚ますと窓の外は真っ暗で、部屋の明かりが煌々と眩しかった。
スマホを見ると、夜中の二時を過ぎていた。
「うわ、寝落ち……」
重たい身体を起こしながら、スマホの通知を確認すると田所先輩からのメッセージに気づく。
「え?!」
驚きながら急いでメッセージを確認する。
「ジャージ、直接渡せよ」
真琴がどんな風にジャージを渡したのか、簡単に想像できた。
「今返信したら、迷惑だよな……」
トーク画面を閉じて、空腹を埋めるためにリビングへ向かった。
次の日。
駅へ向かいながら、田所先輩とのトーク画面を見つめて、メッセージを打っては消すを繰り返していた。
「これ……何て返せばいいんだ」
今まで田所先輩とどんな風に会話していたのか思い出せず、結局返信できていない。
教室に入ると真琴がもう来ていた。
「おは。今日遅かったな」
「おはよ。うん、ちょっと変な時間に寝ちゃって」
「あ、そういえば!ジャージ渡しておいたからな」
「あ、うん。ありがとう」
「田所先輩が、遠藤は?って聞いてきたから。今帰りましたーって言っておいたけど。平気だった?」
「うん。大丈夫。ほんと、ありがと」
「はいよー」
真琴の言葉にうまく返答できているのかさえ怪しい。
「あのさ」
「ん?」
「真琴って好きな人いる?」
「ん?!はっ?何急に」
「あ、いや。なんか、好きと憧れの違いとかわからなくて」
「え、待って。なにこれ。恋バナ?」
「いや!!恋バナ……ではない」
「ふーん」
僕の態度を見て、真琴は納得しないように相槌を打つ。
「まぁ、あれじゃね。憧れはさ、理想みたいな。現実とはまた違う好き?推し?みたいな?」
「……じゃあ、好きは?」
「……んー、その人の笑顔の理由が自分だったら良いなとか。俺ならそういう感じ?」
「うわ!なんか、真琴が恋愛上級者に見えてきた」
「ふっふっふ。敬うが良い」
「ははー、恐れ入りまする」
「「ふっ。くふふっ」」
真琴と目を合わせながら笑い合う。
「まぁ、そんな簡単に答えなんてないだろ」
「んー、だね」
真琴にだったら、本当の僕を話しても良いのかもしれない。
このモヤモヤがなんなのか分かったら、その時は相談に乗ってもらおうかな。


