桃鳥先輩から田所先輩の連絡先を聞き、初めてメッセージを送る。
「こんばんは。遠藤です。桃鳥先輩から連絡先聞きました。今日は助かりました。先輩の飲み物を頂いて、本当にすみませんでした」
何度も読み返し確認をした後、送信ボタンを押した。
送信してからも、なんだか落ち着かなくて、風呂に向かう。
風呂から出ると、田所先輩から返信が来ていた。
「おー」
僕が時間をかけて考えた内容に、たった二文字の返信。
なんだか悔しい。
僕も負けじと二文字で返してやった。
「はい」
すると、数分後に返信が来る。
「まぁ、ジュース一本で勘弁してやるよ」
まさか返信が来ると思っていなかったため、慌てて返す。
「後輩にたかるんですか?」
送信したあと、さすがに怒られるかと思い、慌てて取り消そうとした時、既読マークがついた。
「あ……」
あくまでも、今日助けてくれた先輩なのに。
やってしまった感と、もう取り返しもつかない諦めで、天井を見つめる。
すると、すぐにスマホに通知が来る。
田所先輩から、爆笑するスタンプとともにメッセージがきた。
「おもろ。もっと素直になった方が、可愛いぞ」
文章の最後に猫のスタンプがついていた。
——だから、猫じゃないってば。
次の日、昼休み。
書類の提出があり、僕は職員室へ行っていた。教室へ戻る際、中庭を通ると田所先輩とその友人らしき人たちを見かける。
「あ……」
田所先輩以外知らない人たちで少し迷ったが、僕は近くの自販機に向かった。
スポーツドリンクを一本購入し、先ほどの中庭に戻る。
木陰で友人たちと話している田所先輩に近づく。
「あの、これ」
僕がスポーツドリンクを差し出すと、疑問を持つように見つめ返してくる。
無言に耐えきれなくなり、続けて話す。
「昨日言ってたやつです」
僕の言葉で、田所先輩がハッとする。
そんな僕らを見て、田所先輩の友人が話し始める。
「なに、類。また何かお節介したんか」
「なー。類ちゃんは、種まきしすぎ」
先輩たちの言葉に、田所先輩が鬱陶しそうに反応する。
「うっせ」
田所先輩の反応を見て、他の先輩たちが僕に話しかけてくる。
「こいつ、口はめっちゃ悪いけどさ。いいやつだから」
「そそ。口悪いのに、モテるもんな」
「なんか、嫌なこと言われてない?鬱陶しかったら、無視していいんだからね」
先輩たちの言葉を聞いて、なぜか言葉に詰まる。
「……てません」
「え?」
「嫌な思いしてません。先輩がノンデリなのも知ってます」
気がつくと、田所先輩の友人たちにそう答えていた。
僕の言葉を聞いて、先輩たちが大きな声で笑う。
「あはは。ノンデリだってー」
「な。この子、ちゃんとしてるわ」
「おい。笑うな、否定しろ」
先輩たちが笑っているのを見て、僕も自然と笑ってしまう。
「ぷはっ。いや、否定はできないでしょ」
笑いながら話す僕を見て、先輩たちがじっと見つめてくる。
先輩たちの視線に気付く。
——え?なに?なんか変なこと言った?
先輩たちと目が合った瞬間に予鈴が鳴った。
田所先輩は僕からペットボトルを受け取る。
「あんがとな」
「あ、はい」
先輩たちと別れ、教室に戻った。
放課後。
今日は有志の人たちと一緒に、体育祭で使う物品を補修する。
僕は応援団で使う衣装や、襷のほつれを修正していた。
すると、同じ学年の女子から話しかけられる。
「遠藤くんって、器用だね」
「え?あー、そうかな?」
「うん。手際いいし」
「ありがとう」
入学してから真琴以外の男子とも、たまにしか話さない。そのため、女子と会話するのはぎこちなくなってしまう。
質問に答える形で会話を続けていると、もう一人の女子が話を変える。
「ねぇー、てかさ。遠藤くんって結構モテるよね?」
「え?」
「今、彼女とかいるの?」
この質問をされるのは、久しぶりだ。
中学の頃も同様の質問をされ、僕はこう答えていた。
「彼女はいないけど、ずっと好きな人がいる」
こう答えたら、一週間後には同じ部活の女の子もそれを知っていたから、それ以上詮索されることはなかった。
僕は今、目の前にいる彼女にも、同じように答える。
「いないよ。でも、ずっと好きな人がいる」
僕の答えを聞いたあと、彼女はもう一人の女子をチラッと見ながら、引き攣ったような表情で答える。
「そっかー。へぇー、一途なんだね」
「うん。結構、長いよ」
「へぇー、そうなんだね。……あ!うちら、ちょっとハサミ借りてくるね!」
「あ、うん」
あからさまに、この場から離れていく二人を見送る。
「ハサミ、ここにあるのに」
小さな声が溢れた。
作業がひと段落したため、渡り廊下の先にあるフリースペースに行く。
誰もいないテーブルにつき、顔を伏せるようにうなだれる。
すると、僕のうなじに強烈な冷気が伝う。
「うわっ」
思わず伏せていた身体を起こすと、後ろに田所先輩がいた。
「え!」
「ん。これ」
田所先輩から、パックのジュースを渡される。
「え……と、貰っていいんですか?」
「この前のお返しな」
「え、あれは返されても」
「いや、俺も返されても困るし」
「……じゃあ」
「ん」
田所先輩が隣の席に座り、自分用に買った飲み物を飲み始める。
「遠藤ってさ」
「はい」
「鈍感なの?」
急な質問に、飲みかけていたジュースでむせてしまう。
「ゴホッ……。え、なんですか?」
「いや、さっきのやつ。たまたま聞こえたんだけど」
——……さっきのやつ?
「あー。教室のですか?」
「そー、それ。あれは、俺にも分かるくらいのやつだぞ」
田所先輩が何を言いたいのか、だいたい理解する。
「だからですよ」
「え?」
「僕のことをそう思ってくれても、答えられないんで」
「わー……。なんか、すげぇな」
「そうですか?」
「なんか、見かけによらずシビアだな」
「ふはっ。むしろ、先輩が気づいてるのに僕は驚きです」
「おい!こう見えても、俺は結構そういうのは」
「ぶふっ」
田所先輩の言葉選びは相変わらずムカつく時もあるけど、以前より話しやすくなった気がする。
笑っている僕を横目に、田所先輩が尋ねてくる。
「本当にずっと好きなやついんの?」
「え、知りたいですか?」
「まぁ、普通に気になんだろ」
以前の関係性ならこんな事聞かれても、絶対に答えなかったけど。今なら話してもいい気がした。
「いますよ。かれこれ、小三から」
「えっ……長くね?」
「まぁ、そうですね」
「え、告らねーの?遠藤に告白されたら、オッケーする子多いだろ」
「あー……そもそも、子じゃないです」
「ん?」
僕の返答に、田所先輩が首を傾げる。
「僕の好きな人は、同性なので」
その言葉で田所先輩が、やっと理解するように目を見開いた。
「え、まじか」
「はい」
「え。だから、ずっと告白してねぇの?」
——引っかかるの、そこなんだ。
ずけずけと踏み込んでくるあたり、田所先輩だなぁと思いつつ、僕はありのままを伝えた。
「名前しか知らないんですよ」
「え?」
「その人の名前と、顔の雰囲気とか」
「……え?まじで言ってる?」
「はい」
告白以前の問題すぎて、田所先輩が動揺しながら話す。
「それ、かなりむずくね?」
「そうなんですよね」
「ちなみに、名前は?俺の学年にいるかも」
面白がっている様子はなく、本心で聞いているのは表情を見れば分かる。
「……れん君です」
「え?!」
きっと田所先輩の中で、今僕が思い浮かべている人物と同じ人を考えている。
「違いますよ」
「え?」
「桃鳥先輩ではなかったです」
「ま、じか」
「はい。僕も初めて名前を聞いた時、運命かと思いましたけど。全然違う人でした」
笑いながら話す僕に、少しガッカリしたような表情で田所先輩も話す。
「桃さんいい人なのに、違ったのか」
「はい」
「……残念だったな」
いつもの田所先輩からは想像できないような、僕を心配する表情で見つめてくる。
「確かに、桃鳥先輩がれん君だったら、僕が想像していた彼と似ている気がしたので。本当に嬉しかっただろうなって思います」
「だよなー」
「はい!実際、いつも気にかけてくれて、憧れてる部分はあります。でも、いつか本当にれん君と会える時まで、この気持ちは大事にしようと思ってるので」
僕の話を、馬鹿にすることなく真剣に聞いてくれる。
目の前にいる人は、僕の知っている田所先輩なのか疑いたくなるくらい。
話し終わったあと、なんだか気恥ずかしくなった。
「そ、そろそろ。作業戻りますか」
慌てて席を立つと、田所先輩も立ち上がる。
足早に歩き出す僕の肩に、腕を回して田所先輩が声をかけてくる。
「いつか、そいつと会えるといいな」
そう言った田所先輩の声が、ほんの少しだけ低くなった気がした。
今まで誰にも話したことのない『れん』君のことを、今日初めて他の人に話してしまった。
——なんでだろ。
優しくもないし、口も悪いのに。
なぜか、田所先輩には話せてしまった。
「こんばんは。遠藤です。桃鳥先輩から連絡先聞きました。今日は助かりました。先輩の飲み物を頂いて、本当にすみませんでした」
何度も読み返し確認をした後、送信ボタンを押した。
送信してからも、なんだか落ち着かなくて、風呂に向かう。
風呂から出ると、田所先輩から返信が来ていた。
「おー」
僕が時間をかけて考えた内容に、たった二文字の返信。
なんだか悔しい。
僕も負けじと二文字で返してやった。
「はい」
すると、数分後に返信が来る。
「まぁ、ジュース一本で勘弁してやるよ」
まさか返信が来ると思っていなかったため、慌てて返す。
「後輩にたかるんですか?」
送信したあと、さすがに怒られるかと思い、慌てて取り消そうとした時、既読マークがついた。
「あ……」
あくまでも、今日助けてくれた先輩なのに。
やってしまった感と、もう取り返しもつかない諦めで、天井を見つめる。
すると、すぐにスマホに通知が来る。
田所先輩から、爆笑するスタンプとともにメッセージがきた。
「おもろ。もっと素直になった方が、可愛いぞ」
文章の最後に猫のスタンプがついていた。
——だから、猫じゃないってば。
次の日、昼休み。
書類の提出があり、僕は職員室へ行っていた。教室へ戻る際、中庭を通ると田所先輩とその友人らしき人たちを見かける。
「あ……」
田所先輩以外知らない人たちで少し迷ったが、僕は近くの自販機に向かった。
スポーツドリンクを一本購入し、先ほどの中庭に戻る。
木陰で友人たちと話している田所先輩に近づく。
「あの、これ」
僕がスポーツドリンクを差し出すと、疑問を持つように見つめ返してくる。
無言に耐えきれなくなり、続けて話す。
「昨日言ってたやつです」
僕の言葉で、田所先輩がハッとする。
そんな僕らを見て、田所先輩の友人が話し始める。
「なに、類。また何かお節介したんか」
「なー。類ちゃんは、種まきしすぎ」
先輩たちの言葉に、田所先輩が鬱陶しそうに反応する。
「うっせ」
田所先輩の反応を見て、他の先輩たちが僕に話しかけてくる。
「こいつ、口はめっちゃ悪いけどさ。いいやつだから」
「そそ。口悪いのに、モテるもんな」
「なんか、嫌なこと言われてない?鬱陶しかったら、無視していいんだからね」
先輩たちの言葉を聞いて、なぜか言葉に詰まる。
「……てません」
「え?」
「嫌な思いしてません。先輩がノンデリなのも知ってます」
気がつくと、田所先輩の友人たちにそう答えていた。
僕の言葉を聞いて、先輩たちが大きな声で笑う。
「あはは。ノンデリだってー」
「な。この子、ちゃんとしてるわ」
「おい。笑うな、否定しろ」
先輩たちが笑っているのを見て、僕も自然と笑ってしまう。
「ぷはっ。いや、否定はできないでしょ」
笑いながら話す僕を見て、先輩たちがじっと見つめてくる。
先輩たちの視線に気付く。
——え?なに?なんか変なこと言った?
先輩たちと目が合った瞬間に予鈴が鳴った。
田所先輩は僕からペットボトルを受け取る。
「あんがとな」
「あ、はい」
先輩たちと別れ、教室に戻った。
放課後。
今日は有志の人たちと一緒に、体育祭で使う物品を補修する。
僕は応援団で使う衣装や、襷のほつれを修正していた。
すると、同じ学年の女子から話しかけられる。
「遠藤くんって、器用だね」
「え?あー、そうかな?」
「うん。手際いいし」
「ありがとう」
入学してから真琴以外の男子とも、たまにしか話さない。そのため、女子と会話するのはぎこちなくなってしまう。
質問に答える形で会話を続けていると、もう一人の女子が話を変える。
「ねぇー、てかさ。遠藤くんって結構モテるよね?」
「え?」
「今、彼女とかいるの?」
この質問をされるのは、久しぶりだ。
中学の頃も同様の質問をされ、僕はこう答えていた。
「彼女はいないけど、ずっと好きな人がいる」
こう答えたら、一週間後には同じ部活の女の子もそれを知っていたから、それ以上詮索されることはなかった。
僕は今、目の前にいる彼女にも、同じように答える。
「いないよ。でも、ずっと好きな人がいる」
僕の答えを聞いたあと、彼女はもう一人の女子をチラッと見ながら、引き攣ったような表情で答える。
「そっかー。へぇー、一途なんだね」
「うん。結構、長いよ」
「へぇー、そうなんだね。……あ!うちら、ちょっとハサミ借りてくるね!」
「あ、うん」
あからさまに、この場から離れていく二人を見送る。
「ハサミ、ここにあるのに」
小さな声が溢れた。
作業がひと段落したため、渡り廊下の先にあるフリースペースに行く。
誰もいないテーブルにつき、顔を伏せるようにうなだれる。
すると、僕のうなじに強烈な冷気が伝う。
「うわっ」
思わず伏せていた身体を起こすと、後ろに田所先輩がいた。
「え!」
「ん。これ」
田所先輩から、パックのジュースを渡される。
「え……と、貰っていいんですか?」
「この前のお返しな」
「え、あれは返されても」
「いや、俺も返されても困るし」
「……じゃあ」
「ん」
田所先輩が隣の席に座り、自分用に買った飲み物を飲み始める。
「遠藤ってさ」
「はい」
「鈍感なの?」
急な質問に、飲みかけていたジュースでむせてしまう。
「ゴホッ……。え、なんですか?」
「いや、さっきのやつ。たまたま聞こえたんだけど」
——……さっきのやつ?
「あー。教室のですか?」
「そー、それ。あれは、俺にも分かるくらいのやつだぞ」
田所先輩が何を言いたいのか、だいたい理解する。
「だからですよ」
「え?」
「僕のことをそう思ってくれても、答えられないんで」
「わー……。なんか、すげぇな」
「そうですか?」
「なんか、見かけによらずシビアだな」
「ふはっ。むしろ、先輩が気づいてるのに僕は驚きです」
「おい!こう見えても、俺は結構そういうのは」
「ぶふっ」
田所先輩の言葉選びは相変わらずムカつく時もあるけど、以前より話しやすくなった気がする。
笑っている僕を横目に、田所先輩が尋ねてくる。
「本当にずっと好きなやついんの?」
「え、知りたいですか?」
「まぁ、普通に気になんだろ」
以前の関係性ならこんな事聞かれても、絶対に答えなかったけど。今なら話してもいい気がした。
「いますよ。かれこれ、小三から」
「えっ……長くね?」
「まぁ、そうですね」
「え、告らねーの?遠藤に告白されたら、オッケーする子多いだろ」
「あー……そもそも、子じゃないです」
「ん?」
僕の返答に、田所先輩が首を傾げる。
「僕の好きな人は、同性なので」
その言葉で田所先輩が、やっと理解するように目を見開いた。
「え、まじか」
「はい」
「え。だから、ずっと告白してねぇの?」
——引っかかるの、そこなんだ。
ずけずけと踏み込んでくるあたり、田所先輩だなぁと思いつつ、僕はありのままを伝えた。
「名前しか知らないんですよ」
「え?」
「その人の名前と、顔の雰囲気とか」
「……え?まじで言ってる?」
「はい」
告白以前の問題すぎて、田所先輩が動揺しながら話す。
「それ、かなりむずくね?」
「そうなんですよね」
「ちなみに、名前は?俺の学年にいるかも」
面白がっている様子はなく、本心で聞いているのは表情を見れば分かる。
「……れん君です」
「え?!」
きっと田所先輩の中で、今僕が思い浮かべている人物と同じ人を考えている。
「違いますよ」
「え?」
「桃鳥先輩ではなかったです」
「ま、じか」
「はい。僕も初めて名前を聞いた時、運命かと思いましたけど。全然違う人でした」
笑いながら話す僕に、少しガッカリしたような表情で田所先輩も話す。
「桃さんいい人なのに、違ったのか」
「はい」
「……残念だったな」
いつもの田所先輩からは想像できないような、僕を心配する表情で見つめてくる。
「確かに、桃鳥先輩がれん君だったら、僕が想像していた彼と似ている気がしたので。本当に嬉しかっただろうなって思います」
「だよなー」
「はい!実際、いつも気にかけてくれて、憧れてる部分はあります。でも、いつか本当にれん君と会える時まで、この気持ちは大事にしようと思ってるので」
僕の話を、馬鹿にすることなく真剣に聞いてくれる。
目の前にいる人は、僕の知っている田所先輩なのか疑いたくなるくらい。
話し終わったあと、なんだか気恥ずかしくなった。
「そ、そろそろ。作業戻りますか」
慌てて席を立つと、田所先輩も立ち上がる。
足早に歩き出す僕の肩に、腕を回して田所先輩が声をかけてくる。
「いつか、そいつと会えるといいな」
そう言った田所先輩の声が、ほんの少しだけ低くなった気がした。
今まで誰にも話したことのない『れん』君のことを、今日初めて他の人に話してしまった。
——なんでだろ。
優しくもないし、口も悪いのに。
なぜか、田所先輩には話せてしまった。


