昼休みが終わる鐘が鳴り響くと同時に、緊張と不安で吐きそうな気分になる。
二日前。
「じゃあ、各クラスで今日決めたテーマや、競技について説明して、何か意見があればまとめてきてください」
「「「はーい」」」
僕は、雑用とか記録とか、自分が頑張ればどうにかなることは苦じゃない。
でも、他者に意見を求めたり、説明して相手に納得してもらうことは苦手だった。
それでも校風なのか。
この学校は生徒の自主性を大切にしているようで、競技なども生徒たちの意見で、例年決めていた内容が二転三転するのは当たり前のようだ。
「はぁ……」
委員会が終わった後、僕の不安な気持ちを悟ったかのように、桃鳥先輩が声をかけてくれる。
「遠藤、平気そう?」
「あー……はい。大丈夫です」
「あんまり、無理しないようにな?」
「はい」
——もっと、しっかりしなきゃ。
他の人に迷惑をかけないよう、自分を鼓舞していると、隣に立つ桃鳥先輩が続けて話す。
「遠藤の連絡先教えてよ」
「え?」
「なんか、遠藤って、心配になるんだよな。連絡先知ってれば、こっちも色々教えられるし」
突然のことに驚きつつも、後輩思いの先輩の優しさに甘えて、連絡先を交換した。
「なんかあったら、いつでも連絡して」
「あ、はい」
トークアプリに新しい友達が追加され、『Ren』という名前が表示される。
ずっと想っている人と同じ名前がトーク画面に表示され、不本意だけど嬉しくなった。
いつか、本物の『れん』君とも連絡先交換できるかな。
その日を境に、桃鳥先輩から事あるごとにスタンプや励ますようなメッセージが届くようになった。
トーク画面を見つめて、口元が緩んでしまう。
「ほんと、先輩は優しいなぁ」
そして、今日。
クラスの人たちに説明する時間がやってきた。
「遠藤君。私、書記やるね」
「あ、うん。ありがとう」
内心、僕も書記をやりたいと思ったが、こればかりは何も言えない。
まだ話したことのない人もいる教室で、静かに息を吐いて口を開く。
「えー、体育祭についてですが……」
テーマや競技について一通り説明したあと、クラスメイトに意見を求める。
静まり返った教室で、真琴が手を挙げた。
「テーマとか凄く良いと思います!強いていうなら、最近は六月でも暑いんで、そういう対策とかしてもらえたら嬉しいです」
——……ありがとう、真琴。
意見が出ないことが一番困ると思っていたため、先陣を切ってくれた真琴には感謝だ。
視線が合い、顔の横でグッドポーズをする真琴に頷く。
その後は真琴に続いて、他の人たちも少しずつ意見を言ってくれた。
「私、足遅いから全員リレーとか、ちょっとしんどいです」
「なら、走る系じゃないのにすれば?みんなでやれるのあるかな?」
「なんか、みんなで思い出に残ることやりたい!」
「暑いの苦手だから、クーラー効いた休憩所とか、小まめに教室戻ってもいいよって感じだといいな」
「先輩たちとも交流できるやつあったらいいよな」
いろんな意見を出しながら、少しずつクラスがまとまっていく雰囲気に安心する。
「じゃあ、今聞いたことを次の委員会で話し合ってきます。今日はありがとうございました」
朝から張り詰めていた緊張が、和らいでいく。
放課後になり、同じ実行委員の女子に声をかける。
「今日話した内容を、まとめようと思うんだけど」
僕の言葉に、なぜか彼女は嬉しそうに笑った。
「え?いいの?!助かるー!今日、バイトだから早く帰りたかったんだよね」
——……ん?
「あー……、そっか。うん、やっとくね」
「ほんと、ごめんね。ありがとう」
僕としては、一緒にやってほしかったけど。彼女は僕と違って、くじ引きで決められたからな。
「仕方ないか……」
小さな声で吐き出したあと、僕は自習室のパソコンで今日話した内容と、具体案をまとめた。
外が茜色に染まる頃、まとめた資料をコピーして自習室を出る。
夕陽で照らされた校舎は、静かで心地がいい。
「教室に置いて行くか」
先ほどコピーした紙を、自分の机の中にしまう。
その時、廊下から教室のドアをノックする音が聞こえた。
「え……」
思わず声が漏れてしまった。
視線の先には、廊下で僕を見つめて立っている桃鳥先輩がいた。
「驚きすぎだよ」
「……どうしたんですか?」
「あ、ちょっと教室に忘れ物して」
「へぇー」
「遠藤は?」
「僕は、委員会の仕事で」
「一人で?」
「えっと、……たまたまです」
「はぁー……」
桃鳥先輩が教室に入り、僕の席までやって来る。
「頑張りすぎてない?」
「え?」
「遠藤、真面目だから」
「……いや、そんなことは」
「もっと、頼っていいんだからな」
桃鳥先輩はそう言って、僕の肩をポンと触った。
——……優しい。
桃鳥先輩の気遣いに戸惑いつつ、こんな僕をちゃんと見てくれている人がいることで、胸の奥が温かくなった。
「ありがとうございます」
「よし!じゃあ、帰ろう!遠藤は、電車?」
「はい」
「じゃあ、一緒だな」
桃鳥先輩に背中を押され、教室を出る。
「あの……」
「ん?」
「いつも、すみません」
「えー、なになに。急に」
「いや。先輩、優しいから」
「えー、そうかな?まぁ、でも……後輩の面倒見るのは当たり前だろ」
——後輩……。
桃鳥先輩の優しさと、七年前に出会った『れん』君がどうしても重なってしまい、ほんの少し寂しく感じた。
「そういえばさ、会いたい人には会えたの?」
「え?」
突拍子もない質問に、思わず声が裏返ってしまう。
「いや、俺に聞いてきた時の遠藤。なんか、すげぇ必死だったから」
「あー……、えっと。まだ会えてません」
「そっかー。早く会えるといいな」
「ですね」
桃鳥先輩がそれ以上深掘りしてこないように、話題を変える。
「そういえば、先輩って田所先輩と仲良いですよね」
「あー、あいつは部活の後輩だからね」
「へー!何部なんですか?」
「何部だと思う?」
以前から想像していた『れん』君を思い出す。
「えっと、バスケとか?」
「ざんねーん」
「えー。じゃあ、サッカー?」
「ふはっ。それも違う」
「えー……」
「ヒント欲しい?」
「はい!」
「んー、そうだなぁ。最近だと漫画がすごく人気で、アニメ化もされてる」
僕の頭の中に、パッと思い浮かんだ部活名をあげる。
「バレー……?」
「そっ!せいかーい!」
予想していた部活とは違ったが、やはり運動部なんだと思った。
「あいつ……、あ、田所類な?類はさ、あんな感じだけど。めっちゃセンスいいし、一年の頃からレギュラーで。俺がセッターっていうポジションなんだけど、類とはよく居残り練しててさ」
「へぇー、なんかいいですね」
楽しそうに話す桃鳥先輩を見て、僕まで楽しくなる。
さっきまで、一人作業をしていた憂鬱な気分が自然と薄れていく。
「だからさ」
「はい?」
「類、あぁ見えていいやつだから!なんか嫌なこと言われたら、いつでも俺に言って」
「ふふ。はい、ありがとうございます」
クスッと笑った僕を見つめて、桃鳥先輩も口元を緩めて話す。
「なんか、遠藤ってさ」
「はい」
「笑うと、可愛いよな」
深い意味なんて一切ないだろうけど。
桃鳥先輩の言葉が、耳に残ってしまい頬が熱くなる。
「そ、うですかね」
「うん。なんか、可愛がりたくなる」
——はぁ……。
でも、桃鳥先輩は『れん』君ではないんだよな。
桃鳥先輩は委員長として、かなり気を配っているから。きっと、今こうやって一緒に帰ってくれるのも、後輩への気配りに過ぎないんだろうな。
「じゃあ、もっと可愛がってもらえるように、仕事頑張りますね」
「いや、これ以上頑張らなくていいからな?」
「ふふ。はい、頑張ります」
「おい」
これ以上、桃鳥先輩に迷惑をかけないように。
もっとしっかりしなきゃいけない。
二日前。
「じゃあ、各クラスで今日決めたテーマや、競技について説明して、何か意見があればまとめてきてください」
「「「はーい」」」
僕は、雑用とか記録とか、自分が頑張ればどうにかなることは苦じゃない。
でも、他者に意見を求めたり、説明して相手に納得してもらうことは苦手だった。
それでも校風なのか。
この学校は生徒の自主性を大切にしているようで、競技なども生徒たちの意見で、例年決めていた内容が二転三転するのは当たり前のようだ。
「はぁ……」
委員会が終わった後、僕の不安な気持ちを悟ったかのように、桃鳥先輩が声をかけてくれる。
「遠藤、平気そう?」
「あー……はい。大丈夫です」
「あんまり、無理しないようにな?」
「はい」
——もっと、しっかりしなきゃ。
他の人に迷惑をかけないよう、自分を鼓舞していると、隣に立つ桃鳥先輩が続けて話す。
「遠藤の連絡先教えてよ」
「え?」
「なんか、遠藤って、心配になるんだよな。連絡先知ってれば、こっちも色々教えられるし」
突然のことに驚きつつも、後輩思いの先輩の優しさに甘えて、連絡先を交換した。
「なんかあったら、いつでも連絡して」
「あ、はい」
トークアプリに新しい友達が追加され、『Ren』という名前が表示される。
ずっと想っている人と同じ名前がトーク画面に表示され、不本意だけど嬉しくなった。
いつか、本物の『れん』君とも連絡先交換できるかな。
その日を境に、桃鳥先輩から事あるごとにスタンプや励ますようなメッセージが届くようになった。
トーク画面を見つめて、口元が緩んでしまう。
「ほんと、先輩は優しいなぁ」
そして、今日。
クラスの人たちに説明する時間がやってきた。
「遠藤君。私、書記やるね」
「あ、うん。ありがとう」
内心、僕も書記をやりたいと思ったが、こればかりは何も言えない。
まだ話したことのない人もいる教室で、静かに息を吐いて口を開く。
「えー、体育祭についてですが……」
テーマや競技について一通り説明したあと、クラスメイトに意見を求める。
静まり返った教室で、真琴が手を挙げた。
「テーマとか凄く良いと思います!強いていうなら、最近は六月でも暑いんで、そういう対策とかしてもらえたら嬉しいです」
——……ありがとう、真琴。
意見が出ないことが一番困ると思っていたため、先陣を切ってくれた真琴には感謝だ。
視線が合い、顔の横でグッドポーズをする真琴に頷く。
その後は真琴に続いて、他の人たちも少しずつ意見を言ってくれた。
「私、足遅いから全員リレーとか、ちょっとしんどいです」
「なら、走る系じゃないのにすれば?みんなでやれるのあるかな?」
「なんか、みんなで思い出に残ることやりたい!」
「暑いの苦手だから、クーラー効いた休憩所とか、小まめに教室戻ってもいいよって感じだといいな」
「先輩たちとも交流できるやつあったらいいよな」
いろんな意見を出しながら、少しずつクラスがまとまっていく雰囲気に安心する。
「じゃあ、今聞いたことを次の委員会で話し合ってきます。今日はありがとうございました」
朝から張り詰めていた緊張が、和らいでいく。
放課後になり、同じ実行委員の女子に声をかける。
「今日話した内容を、まとめようと思うんだけど」
僕の言葉に、なぜか彼女は嬉しそうに笑った。
「え?いいの?!助かるー!今日、バイトだから早く帰りたかったんだよね」
——……ん?
「あー……、そっか。うん、やっとくね」
「ほんと、ごめんね。ありがとう」
僕としては、一緒にやってほしかったけど。彼女は僕と違って、くじ引きで決められたからな。
「仕方ないか……」
小さな声で吐き出したあと、僕は自習室のパソコンで今日話した内容と、具体案をまとめた。
外が茜色に染まる頃、まとめた資料をコピーして自習室を出る。
夕陽で照らされた校舎は、静かで心地がいい。
「教室に置いて行くか」
先ほどコピーした紙を、自分の机の中にしまう。
その時、廊下から教室のドアをノックする音が聞こえた。
「え……」
思わず声が漏れてしまった。
視線の先には、廊下で僕を見つめて立っている桃鳥先輩がいた。
「驚きすぎだよ」
「……どうしたんですか?」
「あ、ちょっと教室に忘れ物して」
「へぇー」
「遠藤は?」
「僕は、委員会の仕事で」
「一人で?」
「えっと、……たまたまです」
「はぁー……」
桃鳥先輩が教室に入り、僕の席までやって来る。
「頑張りすぎてない?」
「え?」
「遠藤、真面目だから」
「……いや、そんなことは」
「もっと、頼っていいんだからな」
桃鳥先輩はそう言って、僕の肩をポンと触った。
——……優しい。
桃鳥先輩の気遣いに戸惑いつつ、こんな僕をちゃんと見てくれている人がいることで、胸の奥が温かくなった。
「ありがとうございます」
「よし!じゃあ、帰ろう!遠藤は、電車?」
「はい」
「じゃあ、一緒だな」
桃鳥先輩に背中を押され、教室を出る。
「あの……」
「ん?」
「いつも、すみません」
「えー、なになに。急に」
「いや。先輩、優しいから」
「えー、そうかな?まぁ、でも……後輩の面倒見るのは当たり前だろ」
——後輩……。
桃鳥先輩の優しさと、七年前に出会った『れん』君がどうしても重なってしまい、ほんの少し寂しく感じた。
「そういえばさ、会いたい人には会えたの?」
「え?」
突拍子もない質問に、思わず声が裏返ってしまう。
「いや、俺に聞いてきた時の遠藤。なんか、すげぇ必死だったから」
「あー……、えっと。まだ会えてません」
「そっかー。早く会えるといいな」
「ですね」
桃鳥先輩がそれ以上深掘りしてこないように、話題を変える。
「そういえば、先輩って田所先輩と仲良いですよね」
「あー、あいつは部活の後輩だからね」
「へー!何部なんですか?」
「何部だと思う?」
以前から想像していた『れん』君を思い出す。
「えっと、バスケとか?」
「ざんねーん」
「えー。じゃあ、サッカー?」
「ふはっ。それも違う」
「えー……」
「ヒント欲しい?」
「はい!」
「んー、そうだなぁ。最近だと漫画がすごく人気で、アニメ化もされてる」
僕の頭の中に、パッと思い浮かんだ部活名をあげる。
「バレー……?」
「そっ!せいかーい!」
予想していた部活とは違ったが、やはり運動部なんだと思った。
「あいつ……、あ、田所類な?類はさ、あんな感じだけど。めっちゃセンスいいし、一年の頃からレギュラーで。俺がセッターっていうポジションなんだけど、類とはよく居残り練しててさ」
「へぇー、なんかいいですね」
楽しそうに話す桃鳥先輩を見て、僕まで楽しくなる。
さっきまで、一人作業をしていた憂鬱な気分が自然と薄れていく。
「だからさ」
「はい?」
「類、あぁ見えていいやつだから!なんか嫌なこと言われたら、いつでも俺に言って」
「ふふ。はい、ありがとうございます」
クスッと笑った僕を見つめて、桃鳥先輩も口元を緩めて話す。
「なんか、遠藤ってさ」
「はい」
「笑うと、可愛いよな」
深い意味なんて一切ないだろうけど。
桃鳥先輩の言葉が、耳に残ってしまい頬が熱くなる。
「そ、うですかね」
「うん。なんか、可愛がりたくなる」
——はぁ……。
でも、桃鳥先輩は『れん』君ではないんだよな。
桃鳥先輩は委員長として、かなり気を配っているから。きっと、今こうやって一緒に帰ってくれるのも、後輩への気配りに過ぎないんだろうな。
「じゃあ、もっと可愛がってもらえるように、仕事頑張りますね」
「いや、これ以上頑張らなくていいからな?」
「ふふ。はい、頑張ります」
「おい」
これ以上、桃鳥先輩に迷惑をかけないように。
もっとしっかりしなきゃいけない。


