初恋の続きは、先輩と。

数日後。
 中庭の自販機で飲み物を選んでいると、校舎の方から、聞き覚えのある耳障りな声が聞こえてくる。
「おーい!えんどー!!」
 ——なんなんだよ……。
 声がする方へ振り返ると、校舎の窓から顔を出して、僕に手を振る田所先輩がいた。
「なんですか」
 僕の愛想のない表情が、彼の暇つぶしになるのか、嬉しそうに笑う。
「おいー、今日も可愛くねぇな」
「……」
 僕はいつも通り無視をして、その場を去る。

 嫌いな人の声ほど耳に入るみたいで、田所先輩の声がやたらと聞こえてくるようになった。
 校庭、中庭、廊下……。
 もはや、知りたくないのに彼の位置情報を把握している気がする。
 
 ——また、いる……。

 声が聞こえる分、鉢合わせないようにするのは簡単だったが、なぜ僕がここまで気を使っているのかも分からない。
 そんな僕の気持ちとは反対に、田所先輩は僕を見つけるたびに声をかけてくる。

「えんどー!これいる?」
「なんですか、これ」
「さっき買った飲みもんの、おまけ」
「……え、ゴミ?」
「ぶはっ、お前失礼だろ」
「……すみません」
「ん、とりあえずやるよ」
「え……」
 田所先輩は僕の手のひらに、よく分からないキャラクターのキーホルダーを置いて去っていく。
 
 ——え、ほんといらないんだけど……。

 水曜日。
 今日は体育祭に向けて備品の確認をする。
 先生が決めたグループに分かれて、僕たちはそれぞれの持ち場に移動した。
 桃鳥先輩や田所先輩とは違うグループだったのもあり、渡されたチェックリストと睨めっこをしながら悪戦苦闘する。
「終わったやつから、今日は解散なー」
 倉庫の外から先生の声が聞こえてくる頃、同じグループの人たちは持ち場の確認が終わって帰っていく。
 同じグループの先輩が帰り際に声をかけてくれたが、やっと帰れると喜んでいる先輩たちに、物品の位置を聞くことはできなかった。
「お、まだやってんな」
 進まないチェックリストと睨めっこしている僕に、倉庫の入り口から田所先輩が声をかけてきた。
 
 ——うわ……。
 
「お疲れ様です」
「おー、おつかれ」
「どうしたんですか?」
「お前のとこみんな帰ったのに、まだ作業してっからさ」
 田所先輩が僕の方へ近づいてきて、持っていたチェックリストを僕の手から抜き取った。
「え。お前、全然終わってねーじゃん」
 
 ——あんたに関係ないだろ。
 
「はい。なので、それ返してください」
 僕の言葉に、ニヤッと笑ってチェックリストを返される。
「お前さ、もう少し愛嬌とかないわけ?」
「は、い?」
「分からないんで、教えてください♪みたいな」
「……大丈夫です」
「はぁ……ったく」
 田所先輩が立ち上がり、倉庫の奥にある棚の箱を開ける。
「これが、そこのやつな。あとは、……」
「え?」
「ほら、早くしろよ」
「え。いや、いいですよ。僕やるんで」
 少し離れた場所で作業をする田所先輩が、呆れたように僕の顔を見つめる。
「全然リスト埋まってないくせに」
「……」
「初めてなんだから、分からないに決まってんだろ」
「……あ、りがとう、ございます」
 僕の言葉に、田所先輩が小さく笑った。
 二人で作業を始めると、空欄のチェックリストがあっという間に埋まっていく。
「よし!じゃ、先生にこれ出して帰ろうぜ」
「はい」
 うるさくて、無神経な先輩だと思っていたのに。
 思っていた人とは、少し違うのかもしれない。

 僕たちが倉庫を出ようとした時、桃鳥先輩が顔を出す。
「え?!もしかして、まだ残ってた?」
「……すみません。今終わったので」
「えー、ごめんな?もっと早く気づいてれば良かった」
「いやいや」
 隣にいる田所先輩が口を開く。
「こいつ、一人でやろうとしてたんすけど。あまり使わない物品が多くて、時間かかってたみたいです」
「うわー、まじか。遠藤、ほんとごめんな?同じグループの奴らに、ちゃんと言っておけばよかった」
「いや、ほんとに。これは僕が悪いんで。先輩たちも、こんな時間まで付き合わせて、すみませんでした」
 僕が頭を下げると、田所先輩が肩に腕を回してくる。
「お前は悪くないだろ」
 その言葉に、胸の奥が小さく揺れた。
 ——あれ。
 なんだろう。
 前にも同じようなことを言われた気がする。

 僕がぼーっとしていると、桃鳥先輩が話し出す。
「てか、なんで田所がここにいるんだよ」
 ——た、確かに。
「早く終わったなら、部活も間に合ったろ?」
「あー……、まぁそうなんすけど。チラッと倉庫の方見たら、遠藤だけっぽかったんで」
「へー。まぁ、そっか。お前らしいわ」
「ちょ、なんすか」
 部活ノリなのか、親しいからなのか分からないが、僕の目の前で二人がワチャワチャする。
「ふふっ……」
 そんな二人を見て、つい笑ってしまった。
 そんな僕を見て、田所先輩が目を丸くする。
「……え?遠藤って笑うんだな」
「はい?」
 ——やっぱりこの人、失礼だ。
 ちょっといい奴なのかもと思っていた、数分前の自分を否定する。

「じゃあ、お先に失礼します」
 
 少し気まずい空気になり、僕は二人をその場に残して帰宅した。