初恋の続きは、先輩と。

入学して、一週間。

 少しずつ話せる友達も増えた。
 僕は、お昼や移動教室の時間を真琴と過ごすようになった。
 「そういや、今日か!例の集まり」
 「うん」
 「もう始まんのな。大変だな」
 「まぁ、六月後半には体育祭だからね」
 「無理すんなよ!」
 「うん」

 放課後になり、委員会の集まりのため講堂に向かう。
 大変な委員会という前置きもあり、深く息を吸ってから、重たい扉を開いた。
「……失礼します」
 中に入ると、既に席に座って資料を読んでいる人たちが目に留まった。
 慌てて教壇の方に行き、委員長らしき人に声をかける。
「すみません、遅れました。一年B組の遠藤です」
「あー、全然いいよ。みんな去年もやってるから、早めに資料読んでるだけだし。気にしないで」
 不安そうにする僕を気遣いながら、その人が資料を手渡してくれる。
 資料を受け取り、端の席に座った。
 そこから十分ほど経ち、教壇に立つ先輩が声を上げる。
「んじゃ、時間になったんで始めます」
 周りを見渡すと、同じクラスの女子は違うクラスの女子と仲良さそうに座っていた。
 ——なんだ、楽しそうじゃん。
 くじ引きで決まったから、うまくやっていけるのか不安だったけど、そこはどうにかなりそうだ。
「じゃあ、とりあえず自己紹介しようか」
 委員長らしき人の声が耳に入り、教壇の方に視線を戻した。

「えー、じゃあ俺から。三年A組。桃鳥蓮です。体育祭実行委員も、三年目になります。流れで、委員長することになりました。よろしく」
 
 ——え?
 
 僕が動揺している間も、前の方に座っていた上級生たちから歓声が上がる。
「れんー、かっこいいぞ!」
「よっ!委員長!」
「おい、やめろやめろ。はい、次、お前ら」
 その後も続いていく自己紹介は、全然耳に入ってこない。
 
 ——れんって、言った……?
 
 急にやってきた出来事に、心臓が大きく脈を打つ。
「はい、じゃあ、次はそこのー……」
 桃鳥先輩と視線が合い、思わず立ち上がる。
「はい!あ、……一年B組、遠藤要です。よろしくお願いします」
「はい、よろしくー」
 
 ——やばい。……運命だ。
 
 桃鳥先輩は、僕がこれまで想像してきた『れん』君そのものな気がした。
 挨拶が終わり、委員会のおおまかな流れを説明され、今日は解散になった。

 委員会が終わったあとも、桃鳥先輩は担当の先生たちと何か話している。
 先輩の周囲には、他の人の姿は見当たらない。
 
 ——よしっ!
 
 先生たちとの話が終わったのを見計らい、僕も席を立つ。
「あの!桃鳥先輩!」
「ん?どした」
「あー……あの、えっと……」
「なんだよ、どうしたんだよ」
「せ、先輩って地元ここですか?」
 僕の突拍子もない質問に、目を丸くしたあと、桃鳥先輩は肩を揺らして笑う。
「なんだよ、委員会関係ないのかよ」
「あっ……すみません」
「いや、別にいいけど。……地元は、札幌だよ」
 ——……え?
「あ、へえー。そうなんですね」
「いや、聞いてきてその反応。まじなに」
 僕のことを不思議そうに見つめながら、桃鳥先輩がクスッと笑った。
 ——いや、待て。もしかして……。
「あの、いつこっちに来たんですか?」
「え、んー……中一の夏だな」
 ——……え。いやいやいや。
「そ、それまでこちらに来たことは……?」
「いや。まじで、これ何?」
「お、教えてください!」
 僕の不可解な行動に、少し困ったように答えてくれる。
「ないな。引っ越すまで、一回も来たことない」

 ——なんだ……。

 さっきまで、運命の歯車が動き出したような感覚で満ち溢れていたのに。
 一気にどん底まで落ちていく。
「そ、うですか。急にすみませんでした」
「ん。なんか、よく分からないけど。誰か、探してるのか?」
 察しのいい桃鳥先輩は、こんな僕のことを心配してくれる。
 ——桃鳥先輩だと思ったのにな……。
「いや。すみません。ほんと、深い意味ないので。すみませんでした」
 いきなり変な質問をする僕にも優しく接する先輩に、お辞儀をして講堂をあとにする。

「はぁ……」
 
 誰もいない階段で、大きなため息をつく。
 振り出しに戻ってしまった。
 期待しないように思っていても、僕はどうしても彼を探してしまう。

 ——先輩に失礼なことしたな……。

 一回目の委員会の後は、毎週水曜日の放課後に集まりがあった。
 この前の一件のあと、廊下ですれ違うたびに桃鳥先輩から挨拶をされるようになった。
「遠藤、おはよう」
「あ、はい。おはようございます」
 委員会の時も同様に、よく僕に話しかけてくれる。
「さっきの説明、分からないとこない?」
「はい。分かりやすかったです」
「おっけー!じゃあ、なんかあったら、言ってな?」
 知り合いもいない中で気にかけてくれるのはすごくありがたいけど、初対面であんな質問をした僕に対して、先輩の優しい気遣いは申し訳なく感じる。
 桃鳥先輩と話している時、少し離れたところから大きな声を出し、誰かが近づいてきた。
「桃センパーイ!」
 ——え、声でか……。
 僕らのところへやってきた彼は、桃鳥先輩と親しそうに話している。
「この前、来れなくてすみませんでした」
「いや、いいよ。お前二年目だし」
「はい!今年も桃先輩と盛り上げますよ」
 目の前で話す二人の会話を、僕は黙って聞いていた。
 そんな僕に気づいて、桃鳥先輩が僕に視線を向ける。
「こいつも、同じ実行委員な」
 桃鳥先輩の言葉に合わせるように、隣に立つ彼と視線が合う。
「二B、田所!よろしくな!」
「……は、はい」
「お前、一年だろ?」
「は、はい」
「なんか、幼いもんな」
 
 ——……うわ。この人、苦手だ。
 他にもっと言い方あるだろ。
 
 僕は、いわゆる童顔だ。
 それに加えて、母親に似た切れ長の二重と、筋肉がつきにくい体型で小学生の頃はよく女子に間違えられていた。
 人のコンプレックスを、こうも簡単に口にできる奴が未だにいるのか。
「……そうですね」
 僕の反応を見て、桃鳥先輩が口を挟む。
「お前さ、ほんとにそういうとこだぞ」
「え?」
「遠藤、こいつの言うこと気にするなよ」
 まるで僕の心が見えているかのように、桃鳥先輩がフォローする。
 ——ほんとに、桃鳥先輩が『れん』君だったら良かったのに……。

 今日分かったこと。
 僕は田所先輩が苦手。
 いや……、かなり苦手だということだ。

 ——あの人とは、あまり関わらないようにしよう。