あっという間に、期末テスト一週間前になった。
今日から部活動も休み期間に入り、僕は類先輩と放課後勉強する約束をしていた。
遠くを見つめながら、何かを諦めたような表情の真琴を見つける。
「……触れた方がいい?」
「触れないとか、友達じゃないだろ」
「……黄昏てどうしたの?」
「は、母親から……期末追試あったら部活辞めて塾に行かすって言われた」
「……」
「どうしよう、かなめぇー……」
僕たちが通うこの学校は、進学校のため追試のラインも他の学校に比べて高めの設定だ。
「……諦める?」
言いかけながら真琴の肩に手を添えると、項垂れた顔を上げてじっと僕を見つめてくる。
「おい、それでも親友か」
「親友だからこそ、現実を見せないと」
その時、ドアの方で僕を呼ぶ声がした。
「かなめー?」
「え!類先輩!」
思いがけない登場に、さっきまでの真琴を諭していた冷静さが一気に消えていく。
先輩のもとに駆け寄ると、鞄から何かを取り出す。
「これ、言ってたやつ」
「え、わざわざ。放課後でもよかったのに」
「……まぁ、早いに越したことねぇだろ」
「ありがとうございます」
類先輩から、去年の過去問を受け取る。
そこへ何かを嗅ぎつけるかのように、真琴がやってくる。
「たぁどぉこぉろせんぱーい」
「うえっ。なに、どした」
「要が、俺に冷たすぎて。絶望です」
藁にもすがるように、真琴が類先輩に絡む。
「ちょ、類先輩の前でやめてよ」
僕が真琴を追い払おうとすると、真琴が僕を押し退けて類先輩に話しかける。
「先輩。可愛い要の親友を助けると思って、勉強教えて下さい」
類先輩が困惑しながらも、僕の友達を無碍にできないような表情をする。
「……俺、英語と物理はできねぇけど」
「ちょ、類先輩!」
類先輩の返答に、真琴が水を得た魚のように顔を上げる。
「もう、全然!教えてもらえるだけでありがたいっす」
僕が入る隙もなく、話がまとまってしまった。
「じゃあ、今日の放課後。第二自習室でやるか」
「はい!よろしくお願いします!」
——え……。
せっかく類先輩と二人で勉強する予定だったのに。
類先輩の困っている人を放っておけない性格を、この時ばかりは嫌いになりそうだった。
放課後。
真琴と一緒に、第二自習室へ向かう。
「はぁ、まじで田所先輩いい人すぎる」
「……いい人すぎだよ」
「まぁ、そんな怒るなよ。無事テスト終わったら、お礼するから」
自習室の扉を開けると、奥のテーブルに座る類先輩と視線が合う。
手招きをされ席に座ると、いつも大きい声で話す類先輩が小さな声で話しかけてくる。
「こっちは第一より人少ないから、比較的話してても平気」
周囲を見渡すと、周りの人たちも気遣いながら小さな声で話していた。
僕も類先輩の耳元に近づき、お礼を伝える。
「席、ありがとうございます」
「おう」
僕と真琴は、類先輩が持ってきてくれた過去問を解きながら、分からないところを教えてもらっていた。
「ここは、この代用を使ってるんだよ。この二箇所は固定で覚えた方が分かりやすい」
「うわ、まじだ。田所先輩、めっちゃ教えるの上手いですね」
「そうでもねぇよ」
そんな二人を見ながら、僕は黙々と問題を解いていた。
三時間ほど勉強し、真琴が過去問をコピーしている間に帰る支度をする。
「あいつ、いい奴だな」
類先輩が片付けながら、僕に話しかけてくる。
「はい。真琴は裏表なくていいです」
「そっか」
当たり障りない会話をしながら、モヤモヤする気持ちを正直に伝える。
「……真琴のこと、助けてくれるのは嬉しいですけど。正直、僕は先輩と二人が良かったです」
僕の言葉を聞いて、類先輩が耳を赤くしながら動揺する。
「え、……そ、そうか」
そんな類先輩に、今の僕は少しだけ意地が悪いため追い打ちをかける。
「類先輩は、僕と二人じゃなくてもいいんですね」
その一言で、類先輩が僕の右手首を掴んで何か言いたげな表情を浮かべて黙り込む。
「……なわけねぇだろ」
「え?」
「俺だって、要に会う口実探してんだから」
「……そうなんですか?」
「じゃなきゃ、朝から教室まで行かねぇよ」
「え?!あ、えー……、そういうこと?」
類先輩が耳を赤くしながら頷く。
僕は類先輩のこういう不器用なところを含めて、好きになったことを思い出した。
「なら、土曜とか。僕ん家で勉強しますか?」
「え?」
「あ、集中したいとかなら全然断ってください」
「いや!行く!要の家、行くから」
慌てて返答する類先輩を見て、僕と同じ気持ちな気がして安心した。
そこにコピーを終えた真琴が戻ってくる。
「待たせてすみません。今日はありがとうございました」
真琴が類先輩に深々と頭を下げる。
「また明日やる?」
「え?明日もいいの?」
「類先輩がいいなら」
僕の言葉に、類先輩が頷く。
「まじか!じゃあ、明日もよろしくお願いします!」
三人で自習室を出ると、真琴が僕にだけ聞こえるように小声で言った。
「本当にいいの?」
「うん。真琴だから、許す」
「ほんと、ありがとな」
その日から放課後の勉強会は続き、週末を迎えた。
真琴が類先輩に質問する光景にも、すっかり慣れてしまった。
そして僕は密かに、勉強姿の類先輩を盗み見するのが癖になってしまった。
——あ、また口尖らせてる。
類先輩は問題に行き詰まると、無意識に口先を尖らせるみたいだ。
そんな些細な変化を楽しんでいると、類先輩と目が合ってしまう。
「どした?なんか分からないのあったか?」
「え、いや。別に大丈夫です」
「そか」
密かに見るからこその楽しみなのに、僕としたことが油断していた。
今日もみっちり勉強をして、駅で真琴と別れる。
「じゃあ、またー」
「土日もしっかり復習すんだぞ」
「はい!過去問もめっちゃやります!」
手をブンブン振る真琴に、僕たちも手を振り返した。
電車を待つホームで、隣に立つ類先輩から明日の勉強会について確認される。
「明日って、本当に要の家行っていいの?」
「え、はい!お昼とかどうします?」
「昼は食ってから行くわ」
「了解です!じゃあ、十三時に噴水広場とかで待ち合わせしますか」
「おう」
何だかんだ付き合った日以来、休みの日に会うのは初めてだった。
デートとは違うかもしれないけど、休みの日も類先輩と会えるのはかなり嬉しい。
「じゃあ、また明日」
「ん。またな」
最寄駅で電車を降り、類先輩を見送る。
土曜日。
いつも休みの日は、十時くらいまでダラダラ過ごすのに今日は早く目が覚めてしまい、部屋の掃除を早々に終えてしまう。
時間を持て余して、家の中を彷徨いているとばぁちゃんに声をかけられる。
「お友達は、お昼過ぎにくるの?」
「あ、うん。あと、友達じゃなくて。先輩だよ」
「あらー、そうなのね。お茶菓子用意しておくからね」
「ありがとう」
「ばぁちゃんも、あと一時間したら出るからね」
「うん。……え?!どこか行くの?」
「もー、ちゃんと言ってあったでしょ。今日は編み物の人たちと出かけるって」
「え。あー、そうだったね」
「もぉ。先輩にもよろしく伝えてね。もしお夕飯も食べていくならピザとか頼んでね。お金はいつものところに入れておくから」
「うん」
家で先輩と二人きりになることに、今更胸が高鳴って緊張してしまう。
というか、付き合ってまだ数週間なのに家に誘う僕って……。
——もしかして類先輩、そういうこと考えてるのかな。
今更考えたところで、もうすぐ先輩が来てしまう。
ばぁちゃんを見送ったあと、テレビを見ながら素麺を食べて、待ち合わせの時間に合わせ場所に向かった。
噴水広場に着くと、既に類先輩が来ていた。
「先輩!早くないですか?」
「あ、まぁ。少し早く着いた」
「えー、連絡して下さいよ」
「いや、そんな待ってねぇし」
「じゃあ、行きましょうか」
ぎこちない空気の中、ゆっくり歩き出す。
「あ、これ。要のばぁちゃん何好きか分からなかったから。駅前のやつだけど」
「え!ありがとうございます!ばぁちゃん、これ好きです」
「そっか。なら、良かった」
僕は家に着く前に、一応伝えておく事にした。
「あの、これ貰った後になんなんですけど」
「ん?」
「今日、ばぁちゃん夜まで出かけてて。その……今、家、誰もいません」
僕の言葉を聞いて、類先輩があからさまに動揺する。
「へ、へー。そうか」
「……はい」
じりじりと照りつける太陽の中、僕たちは口数が少なくなる。
家に着き、自分の部屋に案内する。
「あの、リビングとかの方が良かったらそっちでも」
「いや、大丈夫」
「そうですか。じゃあ、お茶入れてくるので。適当に座っててください」
「ん」
自分の部屋に類先輩が居るだけで、こんなに落ち着かないのに。勉強なんてできる気がしなかった。
お茶を持っていくと、準備していたローテーブルに勉強道具が並べられていて、僕の下心で満ちた煩悩を追い払う。
「これ良かったら」
「ありがと」
グラスに入った氷が、カランと音を立てながら溶けていく。
——今日は勉強。今日は勉強。今日は勉強。
集中するために、僕から提案をする。
「あの、一時間ごとに少し休憩しません?」
「あぁ、そうすっか」
「はい!じゃあ、僕アラームかけますね」
一時間ごとに休憩を挟みながら、僕たちは黙々と勉強を続けた。
三回目の休憩中。類先輩が躊躇いながら聞いてくる。
「てかさ、要って頭いいよな?」
「え?」
「いや、勉強会開いてても何も聞いてこねぇし。俺とやるより、集中できんじゃねぇーかなってずっと気になってた」
「え!いや、そんなことは」
確かに学校でも、僕は真琴のように質問したりせず、黙々と問題を解いていた。
「た、確かに悪くはないですけど。……先輩、普段は部活で忙しいし。僕はこの時間が、結構嬉しいので」
自分で言ってて、じわじわ恥ずかしくなる。
チラッと類先輩を見ると、僕と同様に照れくさそうな表情でお茶を飲んでいた。
——今日は勉強。今日は勉強。今日は……。
「あの、少しそっち行っていいですか」
煩悩を受け入れることも、人間らしくていいじゃないかと自分を諭してしまう。
僕の言葉に、類先輩がコクリと頷く。
テーブルを挟んで向かい側に座る類先輩の隣へ移動した。
後ろのベッドに寄りかかりながら、肩が振れるか触れないかの距離で座る。
しーんとした空気の中、類先輩が僕の手を握ってくる。
「ふふ」
「なんだよ」
「いや、可愛いなぁって」
「お前さぁ」
類先輩がそう言いかけた時、視線が合い思いのほか顔が近いことに気づく。
二人の間だけ、時間が止まる。
——これは……。
僕が目を瞑ろうとした時、類先輩が視線を外して前を向く。
「え……」
——あ、やっぱり男同士とか無理だった?
……ちょっと待って。これはやばいかも。
僕は繋いだ手を離して、慌てて向かい側に戻る。
「す、すみません。なんか、変な感じにしちゃって」
——やばい、泣きそう。
「ちょっと、お菓子取ってきますね」
その場から逃げるように、部屋の扉を開けようとすると後ろから類先輩に抱きしめられる。
「ちげぇから!無理とか……そういうんじゃねぇから」
類先輩の一言で、我慢していたものが一気に溢れてしまう。
「……グスッ」
胸の前に回された腕に触れると、類先輩がぎゅっと力を入れる。
「そうじゃなくて。なんていうか……、要が思ってたよりも男前っていうか。俺年上なのに……」
類先輩がいつものハキハキ明るい雰囲気とは違い、自信なさげに話す。
僕は類先輩の腕を緩めて、ゆっくりと身体を振り返る。
先輩は頬を赤くしながら、情けなさそうな顔をしていた。
「……見んな」
「ふふ、やだ。……先輩、可愛い」
「ほんと、お前のそういうところやだ」
「じゃあ、これもやだ?」
僕はそう言って、つま先立ちをしながら類先輩の唇にそっと触れた。
重ねた唇を離し、類先輩の顔を見ると頬を赤らめてムスッとしている。
「……やじゃねぇよ」
「へへ。良かった」
——ほんとに、よかった。
照れてる先輩に思い切り抱きつく。
「っわ」
先輩がよろけながら、優しく抱きしめ返してくれる。
「ねぇ、先輩」
「ん?」
「僕と初恋の続きしようね」
「はぁー……、要には一生勝てねぇ気がする」
長年の片想いの相手は、ノンデリで声が大きくて理想とはかなり違ったけど。
優しくて、困ってる人を見かけると助けるところとか、実はピュアで恋愛すると繊細になるところとか。
きっと類先輩を知る度に、もっと好きになっていくんだろうな。
「類くん、ありがとう。大好き」
今日から部活動も休み期間に入り、僕は類先輩と放課後勉強する約束をしていた。
遠くを見つめながら、何かを諦めたような表情の真琴を見つける。
「……触れた方がいい?」
「触れないとか、友達じゃないだろ」
「……黄昏てどうしたの?」
「は、母親から……期末追試あったら部活辞めて塾に行かすって言われた」
「……」
「どうしよう、かなめぇー……」
僕たちが通うこの学校は、進学校のため追試のラインも他の学校に比べて高めの設定だ。
「……諦める?」
言いかけながら真琴の肩に手を添えると、項垂れた顔を上げてじっと僕を見つめてくる。
「おい、それでも親友か」
「親友だからこそ、現実を見せないと」
その時、ドアの方で僕を呼ぶ声がした。
「かなめー?」
「え!類先輩!」
思いがけない登場に、さっきまでの真琴を諭していた冷静さが一気に消えていく。
先輩のもとに駆け寄ると、鞄から何かを取り出す。
「これ、言ってたやつ」
「え、わざわざ。放課後でもよかったのに」
「……まぁ、早いに越したことねぇだろ」
「ありがとうございます」
類先輩から、去年の過去問を受け取る。
そこへ何かを嗅ぎつけるかのように、真琴がやってくる。
「たぁどぉこぉろせんぱーい」
「うえっ。なに、どした」
「要が、俺に冷たすぎて。絶望です」
藁にもすがるように、真琴が類先輩に絡む。
「ちょ、類先輩の前でやめてよ」
僕が真琴を追い払おうとすると、真琴が僕を押し退けて類先輩に話しかける。
「先輩。可愛い要の親友を助けると思って、勉強教えて下さい」
類先輩が困惑しながらも、僕の友達を無碍にできないような表情をする。
「……俺、英語と物理はできねぇけど」
「ちょ、類先輩!」
類先輩の返答に、真琴が水を得た魚のように顔を上げる。
「もう、全然!教えてもらえるだけでありがたいっす」
僕が入る隙もなく、話がまとまってしまった。
「じゃあ、今日の放課後。第二自習室でやるか」
「はい!よろしくお願いします!」
——え……。
せっかく類先輩と二人で勉強する予定だったのに。
類先輩の困っている人を放っておけない性格を、この時ばかりは嫌いになりそうだった。
放課後。
真琴と一緒に、第二自習室へ向かう。
「はぁ、まじで田所先輩いい人すぎる」
「……いい人すぎだよ」
「まぁ、そんな怒るなよ。無事テスト終わったら、お礼するから」
自習室の扉を開けると、奥のテーブルに座る類先輩と視線が合う。
手招きをされ席に座ると、いつも大きい声で話す類先輩が小さな声で話しかけてくる。
「こっちは第一より人少ないから、比較的話してても平気」
周囲を見渡すと、周りの人たちも気遣いながら小さな声で話していた。
僕も類先輩の耳元に近づき、お礼を伝える。
「席、ありがとうございます」
「おう」
僕と真琴は、類先輩が持ってきてくれた過去問を解きながら、分からないところを教えてもらっていた。
「ここは、この代用を使ってるんだよ。この二箇所は固定で覚えた方が分かりやすい」
「うわ、まじだ。田所先輩、めっちゃ教えるの上手いですね」
「そうでもねぇよ」
そんな二人を見ながら、僕は黙々と問題を解いていた。
三時間ほど勉強し、真琴が過去問をコピーしている間に帰る支度をする。
「あいつ、いい奴だな」
類先輩が片付けながら、僕に話しかけてくる。
「はい。真琴は裏表なくていいです」
「そっか」
当たり障りない会話をしながら、モヤモヤする気持ちを正直に伝える。
「……真琴のこと、助けてくれるのは嬉しいですけど。正直、僕は先輩と二人が良かったです」
僕の言葉を聞いて、類先輩が耳を赤くしながら動揺する。
「え、……そ、そうか」
そんな類先輩に、今の僕は少しだけ意地が悪いため追い打ちをかける。
「類先輩は、僕と二人じゃなくてもいいんですね」
その一言で、類先輩が僕の右手首を掴んで何か言いたげな表情を浮かべて黙り込む。
「……なわけねぇだろ」
「え?」
「俺だって、要に会う口実探してんだから」
「……そうなんですか?」
「じゃなきゃ、朝から教室まで行かねぇよ」
「え?!あ、えー……、そういうこと?」
類先輩が耳を赤くしながら頷く。
僕は類先輩のこういう不器用なところを含めて、好きになったことを思い出した。
「なら、土曜とか。僕ん家で勉強しますか?」
「え?」
「あ、集中したいとかなら全然断ってください」
「いや!行く!要の家、行くから」
慌てて返答する類先輩を見て、僕と同じ気持ちな気がして安心した。
そこにコピーを終えた真琴が戻ってくる。
「待たせてすみません。今日はありがとうございました」
真琴が類先輩に深々と頭を下げる。
「また明日やる?」
「え?明日もいいの?」
「類先輩がいいなら」
僕の言葉に、類先輩が頷く。
「まじか!じゃあ、明日もよろしくお願いします!」
三人で自習室を出ると、真琴が僕にだけ聞こえるように小声で言った。
「本当にいいの?」
「うん。真琴だから、許す」
「ほんと、ありがとな」
その日から放課後の勉強会は続き、週末を迎えた。
真琴が類先輩に質問する光景にも、すっかり慣れてしまった。
そして僕は密かに、勉強姿の類先輩を盗み見するのが癖になってしまった。
——あ、また口尖らせてる。
類先輩は問題に行き詰まると、無意識に口先を尖らせるみたいだ。
そんな些細な変化を楽しんでいると、類先輩と目が合ってしまう。
「どした?なんか分からないのあったか?」
「え、いや。別に大丈夫です」
「そか」
密かに見るからこその楽しみなのに、僕としたことが油断していた。
今日もみっちり勉強をして、駅で真琴と別れる。
「じゃあ、またー」
「土日もしっかり復習すんだぞ」
「はい!過去問もめっちゃやります!」
手をブンブン振る真琴に、僕たちも手を振り返した。
電車を待つホームで、隣に立つ類先輩から明日の勉強会について確認される。
「明日って、本当に要の家行っていいの?」
「え、はい!お昼とかどうします?」
「昼は食ってから行くわ」
「了解です!じゃあ、十三時に噴水広場とかで待ち合わせしますか」
「おう」
何だかんだ付き合った日以来、休みの日に会うのは初めてだった。
デートとは違うかもしれないけど、休みの日も類先輩と会えるのはかなり嬉しい。
「じゃあ、また明日」
「ん。またな」
最寄駅で電車を降り、類先輩を見送る。
土曜日。
いつも休みの日は、十時くらいまでダラダラ過ごすのに今日は早く目が覚めてしまい、部屋の掃除を早々に終えてしまう。
時間を持て余して、家の中を彷徨いているとばぁちゃんに声をかけられる。
「お友達は、お昼過ぎにくるの?」
「あ、うん。あと、友達じゃなくて。先輩だよ」
「あらー、そうなのね。お茶菓子用意しておくからね」
「ありがとう」
「ばぁちゃんも、あと一時間したら出るからね」
「うん。……え?!どこか行くの?」
「もー、ちゃんと言ってあったでしょ。今日は編み物の人たちと出かけるって」
「え。あー、そうだったね」
「もぉ。先輩にもよろしく伝えてね。もしお夕飯も食べていくならピザとか頼んでね。お金はいつものところに入れておくから」
「うん」
家で先輩と二人きりになることに、今更胸が高鳴って緊張してしまう。
というか、付き合ってまだ数週間なのに家に誘う僕って……。
——もしかして類先輩、そういうこと考えてるのかな。
今更考えたところで、もうすぐ先輩が来てしまう。
ばぁちゃんを見送ったあと、テレビを見ながら素麺を食べて、待ち合わせの時間に合わせ場所に向かった。
噴水広場に着くと、既に類先輩が来ていた。
「先輩!早くないですか?」
「あ、まぁ。少し早く着いた」
「えー、連絡して下さいよ」
「いや、そんな待ってねぇし」
「じゃあ、行きましょうか」
ぎこちない空気の中、ゆっくり歩き出す。
「あ、これ。要のばぁちゃん何好きか分からなかったから。駅前のやつだけど」
「え!ありがとうございます!ばぁちゃん、これ好きです」
「そっか。なら、良かった」
僕は家に着く前に、一応伝えておく事にした。
「あの、これ貰った後になんなんですけど」
「ん?」
「今日、ばぁちゃん夜まで出かけてて。その……今、家、誰もいません」
僕の言葉を聞いて、類先輩があからさまに動揺する。
「へ、へー。そうか」
「……はい」
じりじりと照りつける太陽の中、僕たちは口数が少なくなる。
家に着き、自分の部屋に案内する。
「あの、リビングとかの方が良かったらそっちでも」
「いや、大丈夫」
「そうですか。じゃあ、お茶入れてくるので。適当に座っててください」
「ん」
自分の部屋に類先輩が居るだけで、こんなに落ち着かないのに。勉強なんてできる気がしなかった。
お茶を持っていくと、準備していたローテーブルに勉強道具が並べられていて、僕の下心で満ちた煩悩を追い払う。
「これ良かったら」
「ありがと」
グラスに入った氷が、カランと音を立てながら溶けていく。
——今日は勉強。今日は勉強。今日は勉強。
集中するために、僕から提案をする。
「あの、一時間ごとに少し休憩しません?」
「あぁ、そうすっか」
「はい!じゃあ、僕アラームかけますね」
一時間ごとに休憩を挟みながら、僕たちは黙々と勉強を続けた。
三回目の休憩中。類先輩が躊躇いながら聞いてくる。
「てかさ、要って頭いいよな?」
「え?」
「いや、勉強会開いてても何も聞いてこねぇし。俺とやるより、集中できんじゃねぇーかなってずっと気になってた」
「え!いや、そんなことは」
確かに学校でも、僕は真琴のように質問したりせず、黙々と問題を解いていた。
「た、確かに悪くはないですけど。……先輩、普段は部活で忙しいし。僕はこの時間が、結構嬉しいので」
自分で言ってて、じわじわ恥ずかしくなる。
チラッと類先輩を見ると、僕と同様に照れくさそうな表情でお茶を飲んでいた。
——今日は勉強。今日は勉強。今日は……。
「あの、少しそっち行っていいですか」
煩悩を受け入れることも、人間らしくていいじゃないかと自分を諭してしまう。
僕の言葉に、類先輩がコクリと頷く。
テーブルを挟んで向かい側に座る類先輩の隣へ移動した。
後ろのベッドに寄りかかりながら、肩が振れるか触れないかの距離で座る。
しーんとした空気の中、類先輩が僕の手を握ってくる。
「ふふ」
「なんだよ」
「いや、可愛いなぁって」
「お前さぁ」
類先輩がそう言いかけた時、視線が合い思いのほか顔が近いことに気づく。
二人の間だけ、時間が止まる。
——これは……。
僕が目を瞑ろうとした時、類先輩が視線を外して前を向く。
「え……」
——あ、やっぱり男同士とか無理だった?
……ちょっと待って。これはやばいかも。
僕は繋いだ手を離して、慌てて向かい側に戻る。
「す、すみません。なんか、変な感じにしちゃって」
——やばい、泣きそう。
「ちょっと、お菓子取ってきますね」
その場から逃げるように、部屋の扉を開けようとすると後ろから類先輩に抱きしめられる。
「ちげぇから!無理とか……そういうんじゃねぇから」
類先輩の一言で、我慢していたものが一気に溢れてしまう。
「……グスッ」
胸の前に回された腕に触れると、類先輩がぎゅっと力を入れる。
「そうじゃなくて。なんていうか……、要が思ってたよりも男前っていうか。俺年上なのに……」
類先輩がいつものハキハキ明るい雰囲気とは違い、自信なさげに話す。
僕は類先輩の腕を緩めて、ゆっくりと身体を振り返る。
先輩は頬を赤くしながら、情けなさそうな顔をしていた。
「……見んな」
「ふふ、やだ。……先輩、可愛い」
「ほんと、お前のそういうところやだ」
「じゃあ、これもやだ?」
僕はそう言って、つま先立ちをしながら類先輩の唇にそっと触れた。
重ねた唇を離し、類先輩の顔を見ると頬を赤らめてムスッとしている。
「……やじゃねぇよ」
「へへ。良かった」
——ほんとに、よかった。
照れてる先輩に思い切り抱きつく。
「っわ」
先輩がよろけながら、優しく抱きしめ返してくれる。
「ねぇ、先輩」
「ん?」
「僕と初恋の続きしようね」
「はぁー……、要には一生勝てねぇ気がする」
長年の片想いの相手は、ノンデリで声が大きくて理想とはかなり違ったけど。
優しくて、困ってる人を見かけると助けるところとか、実はピュアで恋愛すると繊細になるところとか。
きっと類先輩を知る度に、もっと好きになっていくんだろうな。
「類くん、ありがとう。大好き」


