初恋の続きは、先輩と。

待ちに待った昼休み。
 制服に着替え終わって、真琴と教室に戻る。
「どこで食べるの?」
「なんか、迎えに来てくれるらしい」
「え、スパダリなん?」
「いや、スパダリって。……でも、思ってたよりデリケートかも」
「まじかよ」
 真琴と話しながら、スマホを確認すると類先輩からメッセージがきていた。
「なんか、遅れるらしい」
「ふーん、何かあったん?」
「うん。怪我した人の代わりにノート集めてるらしい」
「ふはっ。噂通りすぎ」
「……まぁ、優しいよね」
 僕の表情を覗くように、真琴が聞いてくる。
「ノンデリで、声でかいけど?」
「ほんと、そういうの覚えてないで試験範囲覚えなよ」
 真琴と話しているうちに、ドアの方から類先輩の声が聞こえてきた。
「要!」
「類先輩!」
 呼ばれるだけで、目が合うだけでこんなにも鼓動が速くなる。
 真琴の顔を見ると、笑いながら手で追い払われた。

「ごめん、遅れた」
「いや、全然です」
「じゃあ、行くか」
 類先輩の後をついていくと、三階の音楽室の横にある非常階段に辿り着く。
「ここ、日陰で涼しいから。……人もあんま、来ねえと思う」
「あ、はい。ありがとうございます」
 非常階段は、二人で座ると隙間がなくなるような横幅だった。
「思ったより、狭いな」
「ですね」
「俺、一段下いくわ」
 類先輩が気まずそうに立ちあがろうとしたため、僕は咄嗟に類先輩の腕を掴んだ。
「と、隣でよくないですか?」
「……そ、そうだな」
 まだ慣れない空気感に、お互い手探りで距離を縮める。
 類先輩がビニール袋から、パンとおにぎりを取り出す。
「今日も購買ですか?」
「いや、今日は……。要と昼食いたかったから、朝買ってきたやつ」
「そ、そうなんですね」
 できるだけ自然に会話しながら、僕も持ってきたお弁当を出す。
「弁当か」
「はい! って言っても、昨日の夕飯と冷食詰めた感じですけどね」
「え? 自分で作ってんの?」
「いや、作ってはないですよ! ばぁちゃんのご飯詰めてるだけなんで」
「いや、それでも偉いだろ」
「そ、そうですか?」
 いざ二人きりの空間になると、何を話していいのか分からず、黙々と食べ始める。
 少し経って類先輩の方を見ると、もう食べ終わっていた。
「早っ!」
「あー、俺早食いなんだよな」
「いや、早すぎますよ。胃がついていけなさそうです」
「はは、確かに。もう少しゆっくり食うわ」
 類先輩がいつもより静かな気がして、僕と過ごす時間がつまらないのかと不安になる。
 そんなことを考えていると、類先輩が少し考えながら僕に尋ねてくる。
「あのさ、やっぱり桃先輩には言わね?」
「え?」
「言ってたろ? 会えたら、会わせろみたいな」
「あー、言いましたね」
「俺さ、桃さんには知ってもらいたい……かも」
「え?」
「その……、俺が要の彼氏だって」
 少し小さな声で話す類先輩が、僕は愛おしくて仕方ない。
「そうですね。僕も、桃鳥先輩に話したいです」
「そっか」
「僕から連絡してみますね。三人で会えた時、話しましょ?」
 その後、僕から桃鳥先輩に連絡をして、桃鳥先輩から誘われていたカフェに類先輩も一緒に行くことになった。

 約束の日。
 桃鳥先輩、類先輩と昇降口で待ち合わせをする。
「おー、松葉杖卒業したんか」
「はい! やっとです!」
「よかったな! もう無理はするなよ?」
 桃鳥先輩は会って早々、僕の心配をしてくれた。
 少し経って、類先輩もやってきた。
「すみません、遅れました」
「いや、俺も今来たから。んじゃ、いくか」
「「はい!」」
 カフェに向かう途中、桃鳥先輩が両隣にいる僕たちを見つめながら話す。
「いや、正直。ここまで、類と遠藤が仲良くなるとは思わんかったわ」
「え、そうですか?」
「うん。まじで委員会始まった時は仲良くなれないと思ってたからな」
 僕の類先輩に対する第一印象が最悪だったことを思い出し、笑ってしまう。
「ふはっ。確かに、第一印象は最悪でした」
 僕の反応に、類先輩が驚く。
「え?! まじ?」
「え? 無自覚ですか?」
 桃鳥先輩が僕の肩を持つように、間に入る。
「類はさ、脳筋ではないけど。なんか、脳と口が直結しすぎてる時あるよな」
「そう! そうなんですよ!」
「まぁ、でも根はいいやつだからさぁ」
「そうなんですよね。何だかんだ、いつも気づいて助けてくれるし」
 桃鳥先輩に誘導されるように、僕はペラペラと話してしまう。
 気づいた頃には、桃鳥先輩が口角をにんまりと上げて僕を見つめ、その隣で耳を赤くしながら黙り込む類先輩がいた。

 カフェに着き、みんなで新作のメニューを注文する。
「桃さんのサイズすげぇ」
「オベンティーよ」
「お、おでんティー?」
「ちげぇーわ」
 僕の横で、二人がいつものように話しているのを見てクスクス笑ってしまった。
 四人がけの席に、桃鳥先輩、類先輩、僕の三人で座る。
 普通に飲み始めていると、向かい側に座る桃鳥先輩と目が合った。
「んで、今日は何かあるから類も来たんだろ?」
 僕たちのことを見透かしているように、少し真面目な顔をして桃鳥先輩が飲むのを中断する。
 僕たちも飲むのをやめて、桃鳥先輩の方を見た。
「あの、俺たち……」
 類先輩が僕たちのことを話そうとするが、テーブルの下で膝の上に置いた拳が震えているように見えた。
 僕はそっと、類先輩の左手を握りしめて口を開く。
「あの、会えました」
 僕の一言に、桃鳥先輩は理解できていない様子で首を傾げる。
 僕はちゃんと伝わるように、補足した。
「前話した『れん』君です」
 桃鳥先輩がやっと理解したように、声を出す。
「あー! 例の!」
「はい」
「え、じゃあ俺も会う準備しなきゃじゃん」
 桃鳥先輩が以前言っていたことが、本気だったんだなと思いつつ、いよいよその『れん』君を紹介しようとした時、隣で黙っていた類先輩が口を開いた。
「あの! ……それ! 俺なんです!」
 桃鳥先輩が「へ?」という表情で固まってしまう。
 状況が理解できない様子を見て、僕もあの日こんな感じだったなぁと思いながら、二人の間に入る。
「僕が探してた『れん』君は、類先輩でした。なんか、一時期そのあだ名で呼び合ってたらしくて。たまたま出会ったタイミングは、類先輩がそう呼ばれてた時期で……」
「え?! 待って、めっちゃややこしい」
「で、ですよね……」
 三人の間に沈黙が走る。
「えっと、つまり。遠藤が探してた人は『れん』って名前じゃなくて、類だったってこと?」
「はい。この前、話してるうちにそれが分かって」
「えー!!!!」
 桃鳥先輩が目を丸くしながら、珍しく大きな声を出して驚く。
 そんな桃鳥先輩に追い打ちをかけるように、類先輩が僕たちの関係を告げる。
「あの、桃さんにはちゃんと言っておきたくて。その……、俺たち付き合ってます」
 意を決して伝えると、桃鳥先輩は半分以上残っていたドリンクを一気に飲み干す。
「……はぁ、そうか」
 その反応がどういう意味なのか分からず、不安で押しつぶされそうになる。
 そんな僕の気持ちを悟るように、テーブルの下で類先輩が手を握り返してくれた。
 ——大丈夫。大丈夫。
 桃鳥先輩はきっと、僕らが傷つくようなことは言わない。そう言い聞かせていると、僕たちの方を見つめて桃鳥先輩が嬉しそうに笑った。
「はぁ、何か大事な弟に恋人ができるとこんな感じなんだなぁって。ちょっと寂しいけど」
「え?」
 類先輩が困惑していると、桃鳥先輩がオーバーリアクションでシクシクしながら僕の顔を見て話し続ける。
「類かー……。ちょっと、心配だけど。もし泣かされたら、兄ちゃんにいつでも言うんだぞ?」
「うん」
 僕の返事を聞いて、類先輩が突っ込んでくる。
「おい!なんだよ、この茶番」
「ふふ。なんか、桃鳥先輩は僕の父と兄みたいなポジションらしいので。それに乗っかってみました」
 僕と類先輩の様子を見て、桃鳥先輩が少し意地の悪い顔をしながら話す。
「あーあ。俺の癒しが、類に取られたー」
「癒しって」
「遠藤の可愛さは、受験という砂漠の中にある水みたいなもんだったのにぃー!」
「だから、僕そんな大層なもんじゃありませんって」
 桃鳥先輩の言葉に、以前と同じような返答をしていると、類先輩が繋いでいた手を離し、僕の肩に腕を回してグイッと引き寄せてくる。
「もう、俺のなんで」
 類先輩のいつもより低い声が、僕の耳に響き渡り、ブワッと顔が熱くなる。
 ——これって……。
 今にも両手で顔を覆いたくなる気持ちをグッと堪えていると、向かいに座る桃鳥先輩がニヤッと笑いながら煽るように話す。
「るいー、男の嫉妬は醜いぞー! そんなんじゃ、可愛くて密かにモテてる遠藤が他のやつに取られちゃうぞー」
「ちょ、そんな!」
 僕が慌てて否定しようとすると、桃鳥先輩が悪い顔で笑っていた。
 案の定、類先輩は困惑していて肩に触れる力が少し弱くなった気がする。
「……別に僕は、嫉妬とか独占欲とか、そういうの平気なので。桃鳥先輩もこれ以上、意地悪しないでください」
 僕の言葉であからさまに類先輩の表情が柔らかくなり、そんな僕たちを見て桃鳥先輩は少しつまらなさそうにしていた。
「まぁ、でも俺にとっては類も遠藤も大切な後輩だからさ。二人が付き合ったのは、なんだかんだ嬉しいわ。あー、俺も恋人欲しくなる」
「桃鳥先輩なら、すぐ出来そうですけどね」
「えー。もう、ほんと遠藤可愛いんだが」
「ちょ、桃さん!」
 桃鳥先輩は、僕たちの関係を知っても、優しく笑って応援してくれた。

 桃鳥先輩と駅で別れて、僕たちは電車に乗る。
「緊張しましたね」
「あぁ。そんで、桃さんがちょっと意地悪だった」
「ふふ。それも愛ですよ」
「え? あれが?」
 付き合っていることを他人に認めてもらえたことを実感する。
 ——……夢みたい。
「類先輩」
「ん?」
「僕が、先輩を幸せにしてあげますね」
 他の人に聞こえないように、類先輩の耳元に手を当てて伝えると、顔を真っ赤にした類先輩と目が合う。
「なんで今?」
「ふふ。なんとなくです」
「要ってさ……」
「ん?はい」
「いや、……なんでもねぇ」
「えー、なんですか?」
 言いかけた言葉が気になり、類先輩を問い詰めていると車内アナウンスが流れる。
「次は、美空みなみー、美空みなみー。お降りのー……」
 タイムオーバー!という顔で、類先輩が僕を見る。
「絶対今言いかけたやつ、今度聞き出すんで!!」
 僕はそう言い捨てて、電車を降りた。
 家まで歩いていると、類先輩からメッセージが届く。
「言い忘れたけど。今度一緒にテス勉しね?」
 メッセージを読んで、これがさっき言いかけてたやつか? と思ったけど、あの躊躇い方はなんか違う気もする。
「いいですね。やりましょ」

 ——まぁ、また今度でいっか。

 だってもう、理由がなくても会えるんだから。

 僕は柄にもなく鼻歌を歌いながら、家まで帰った。