お互いの気持ちを確かめ合うように抱き合いながら、僕はこの瞬間が現実なんだと実感する。
心臓の鼓動が田所先輩に伝わってしまいそうなくらい、僕は今まで経験したことがない感情に埋め尽くされる。
田所先輩がハッとしたように身体を離していく。
「ごめん。足、平気か?」
「へ、平気です」
「そっか。急に抱きついてわりぃ」
照れくさそうに気を遣いながら、僕に松葉杖を差し出してくる。
「ベンチまで歩けそうか?」
「はい」
お互い恥ずかしくて、顔を見ることもできず、静かに歩き出す。
沈黙さえも恥ずかしくて、耐えきれず話を切り出す。
「先輩の用事は大丈夫ですか?」
「え?」
「誰かと約束してるんじゃないんですか?」
田所先輩が少し気まずそうに答える。
「用事は……ない」
「え?」
「遠藤と、もう少し話したかったから」
思ってもいなかった返答で、さらに頬が熱くなる。
「へ、へぇー」
「ほら、委員会終わって。あんま顔合わさなくなってたし」
「あー、確かにぃ……」
お互いが墓穴を掘り自爆する。
「……はっず」
「ですね」
僕たちは少し歩いた先のベンチに腰をかけた。
蝉の鳴き声や、少し離れたところで遊ぶ子供たちの声が響き渡る。
そんな中、田所先輩が深く息を吐いたあと口を開く。
「俺、今からめっちゃ恥ずいこと言う……」
「え、は!はい!どうぞ」
「……正直、遠藤は桃さんのこと好きだと思ってた」
「え?!」
「カフェとか、スタンプとか。どんどん二人が仲良くなってるのは知ってたし。桃さんが良い人なのは、俺もよく知ってるから」
「あー……」
「やっぱ、そうだった?」
「あ、いや。そうじゃなくて」
不安そうな顔で田所先輩が首を傾げる。
「なんか、先輩が意外とセンチメンタルで可愛いなって」
「……え」
「ふふ。桃鳥先輩には、弟のように可愛がってもらってて、最近は父になりました」
「は?父?」
「ふはっ。あ、そういえば桃鳥先輩に言われてるんですよね」
「え、なに?」
「その『れん』君に会えたら、会わせろって」
僕の言葉を理解した田所先輩が、大きな声を出す。
「え?!」
「ちょ、声でかい」
「あ、わりぃ」
「まぁ、半分冗談だと思いますけどね」
「そ、そっか」
「あのー……」
「ん?」
気恥ずかしいけど、これだけはちゃんと確認したかった。
「僕たちは、その。……つ、付き合うってことですか?」
「お互い好きなんだし、普通はそうだろ」
「普通……」
僕が不服そうな顔をしたのに気づき、田所先輩が珍しく空気を読む。
「俺は……付き合いたいけど」
聞きたかった言葉を聞けて、表情筋が緩んでしまう。
「はい。いいですよ」
「なんだよ、それ」
「僕は田所先輩が初めての恋人ですから」
自分なりに精一杯の言葉で返した。
隣に座る田所先輩の頬が少し緩む。
「すげえな、これ」
「ふふ。なにそれ、語彙力なさすぎ」
「うっせ」
そっぽを向きながら、田所先輩の手が僕の右手を包み込む。
僕は先輩と手のひらを合わせるようにして、握り返した。
「確かにちょっとヤバいですね」
「……だろ」
手のひらがじんわり汗ばむ中、もう一つ気になっていたことを聞く。
「先輩はいつから僕のこと、そういう感じだったんですか?」
「あー……わかんねぇ。でも、ずっと遠藤のこと見てた気がする」
「え?」
「最初は生意気な後輩だから、絡んでやろーって感じだったけど」
「うわー、やっぱり」
「おい!あからさまな顔すんなよ」
「それで?」
「んー……、これまだ続けんの?」
「はい。続けてください」
「なんつーか。気づいたら遠藤がどこにいるのか探してて」
「……え?」
「別に用事ねぇのに声かけたり……」
「……」
「俺も何でなのか分からなかった」
田所先輩の言葉一つ一つが、空いていた隙間を埋めていく。
「遠藤にはしんどそうな顔して欲しくないっていうか。ほっとけないっていうか」
「ん?それって……先輩の場合誰にでもじゃないんですか?」
「いや、それはない!んー……、俺がなんかしてやりたい……みたいな」
その時、真琴に言われた言葉を思い出す。
「……笑ってて欲しいとかですか?」
いざ口に出すと、自意識過剰っぽくて恥ずかしい。
そんな僕とは反対に、田所先輩は腑に落ちたような表情をする。
「そうか。俺、遠藤に笑って欲しかったんか」
スッキリした表情で、僕を見つめながら田所先輩が話す。
「……さ、さようですか」
「さよう?」
「もう、うるさい!」
田所先輩が、僕の反応を楽しそうに見ている。
何だか悔しくて、精一杯の反抗をする。
「る、るいっ……先輩のアホ」
名前で呼んだだけなのに、お互い茹蛸のように顔が赤くなっていく。
その後も、血液型や誕生日、家族構成や仲のいい友達など、今まで知らなかったことを話しながら、少しずつお互いを知っていく。
周囲が暗くなってきた頃。
田所先輩が繋いでいた手を離し、立ち上がる。
「遅くなるから、そろそろ行くか」
「あ、はい」
横に並びながら、ゆっくり歩き始める。
今日はいろんなことがあった気がする。
「今日は、送るからな」
「……はい」
まだ家に着かないで欲しい。
もっと一緒にいたい。
両想いと分かってからは、どんどん欲張りになってしまう。
次の角を曲がると、すぐ家に着いてしまう。
僕は足を止めて、横を歩く田所先輩の裾を掴む。
「あの」
「ん?」
「また、一緒に帰れたりとか、会えたりしますか?」
僕の言葉を聞いて、田所先輩がクシャッと目を細めて笑う。
「当たり前だろ。付き合ってんだから」
「……そっか」
家の前に着き、田所先輩を見送る。
「今日はありがとうございました。また、連絡します」
「おう。じゃあ、またな。か、かなめ」
田所先輩が視線を逸らしながら手を振り、歩いていく。
僕は不意打ちの名前呼びに驚くも、急いで田所先輩の背中に声をかける。
「家着いたら、連絡して下さい!類先輩!」
僕の声に足を止めて、右手を振って応えてくれた。
類先輩の姿が見えなくなり、玄関に座り込む。
「あれ、どうしたの?足痛い?」
僕の姿を見て、ばぁちゃんが声をかけてくる。
「ううん。そんなんじゃないよ」
「そう?ご飯出来たら呼ぶね」
「うん、ありがとう」
夕飯を食べていると、ばぁちゃんがニコッと笑いかけてくる。
「ん?なに?」
「ふふ。なんか、いい事でもあったの?」
「え?!な、なんで?」
「要ちゃん、ずっとニコニコだから」
「えー……、そうかな?」
「ふふ。自分じゃ気づかないものよ」
そんな顔に出ていたのかと驚きつつも、今日だけは浮かれてしまっても仕方ない気がした。
だって、長年の片想いが実ったんだから。
いつか、ばぁちゃんや両親にも自分の好きな人の話をしたい。
あと、真琴にも。
そんな事を考えながら、ニヤニヤが止まらなかった。
類先輩と付き合ってから、初めて登校する日。
部活がある類先輩とは登下校も別々だし、お互いこまめに連絡をするタイプではないため、何か特に変わったことはなかった。
いつものように教室に入り、真琴と会話する。
「おはよー」
「おはよ」
「再来週から期末とか、まじ信じられん」
「だね。体育祭終わったら、すぐにテストなのしんどい」
「俺も来週からテスト期間で、部活無くなるし。まじで、勉強しないとやばい」
「真琴、結構寝てるもんね」
「そーなんだよ。だからさ、要きゅん」
「……うわ、またですか?」
「そう言わずにさー、頼むよ」
「ノート一冊、ハーゲンダッツクッキーアンドクリームです」
「うわ、高っ」
「はぁー……、パピコで手を打ちましょう」
「ありがとう、きゃなめ様」
「……ふん」
真琴と会話していると、クラスメイトから呼ばれる。
「えんどー!先輩が呼んでる」
ドアの方を見ると、朝練終わりの類先輩が居た。
僕は勢いよく立ち上がり、治りかけの右足を上げてヒョコヒョコとジャンプしながら、ドアの方に向かった。
「先輩!どうしたんですか?」
「あ、いや。メッセージでもいいかと思ったんだけど」
「ん?はい」
「そのさ、昼とか一緒に食わないかなー……みたいな」
「え!」
「急すぎだよな、やっぱいいわ」
慌てて去ろうとする類先輩の腕をグッと引く。
「いく!行きます!」
「え?友達とか平気か?」
「はい。あ、……でも。一つだけ、お願いが……」
「ん?」
まだ早い気もするが、いずれ向き合わなきゃいけない事ではある。
「あの、近々仲良い友達にだけ。僕たちのこと言ってもいいですか?」
類先輩がどんな表情になるのか、少しだけ不安になる。
すると、僕の頭にポンと手を置く。
「いいよ、全然。必要だと思った時は、俺も言うわ」
「は、はい」
「んじゃ、また連絡する」
田所先輩が自分の教室に向かっていくのを見送り、僕も席に戻った。
すると隣に座る真琴から声をかけられる。
「反田所やめたんだな」
「へ?!」
「いや、普通に仲良さそうだからさ」
「あ、うん。まぁ、ね」
「ふーん」
勘のいい真琴は、もしかしたら僕たちの関係に気づいているのかもしれない。
「……なに?」
「いや、別にぃー」
僕から借りたノートを写しながら、真琴はそれ以上何も聞いてこなかった。
四限目の体育。
見学の僕と、順番で回ってきた真琴で得点係をする。
校庭を見つめながら真琴が話し出す。
「別にさ、全部話さなくてもいいんだからな?」
一瞬何の話か分からなかったが、校庭を見つめる真琴の表情を見て話の意図を理解する。
真琴のこういう性格に、入学してから何度も助けられた気がする。
——今なら言える気がする。
「あのさー」
「うん」
「僕、男の人が好きなんだ」
「ふーん」
「それで、……田所先輩と付き合うことになった」
校庭を見ていた真琴が、目を見開いて僕を見つめる。
「まじ?!」
「う、うん」
「えー、まじかよ!おめでと!」
「え、」
「ん?」
「なんか、思ってた反応と違って」
「いやー、俺察するのだけは得意だからさー。田所先輩が、要のこと好きそうなのは何となく気づいてたんだよなぁ」
「え?!」
「いやー、でもまさか、付き合ってるとは。てっきり、要はあの委員長といい感じなんかなぁと思ってたからさ」
「えぇ?!!」
真琴の口から出てくる言葉に、毎回驚いてしまう。
「え、待って。ごめん、僕の方がなんか驚いてるんだけど」
「え?あぁ」
「そ、そのさ。気持ち悪くない?」
「え?」
「僕が、……ゲイってことに関して」
恐る恐る真琴の顔を見ると、いつものように笑って真琴が答える。
「ないない。俺は、俺が知る遠藤要っていうカテゴリーで見てるから。全部含めて、要だろ」
「……やだ、イケメンすぎる」
「はは、知ってる」
真琴の人間性には、心底惚れてしまう。
「真琴の親御さんにも。いつかご挨拶させて」
「え?なんで?」
「なんか、真琴という人間の根源に感謝したくなった」
「ふはっ、なんそれ」
クスクス笑っていると、点数が入ったことに気づかず、二人で体育の先生に怒られる。
得点板をめくっていると、真琴が話を戻す。
「てか、俺知っても良かった?」
「うん!朝、類先輩にも確認したし」
「ほー、『るい』先輩ねぇ」
「ちょ!いじるなよ!」
「へいへい。まぁ、当たり前だけど。別に誰にも言わんから、安心して」
「うん。ありがとう」
「おう」
「あ!」
「ん?なに?」
「今日、お昼一緒に食べようって言われてるんだけど。真琴、一人にしてしまうなぁ……と思って」
僕の心配をよそに、真琴が声を出して笑う。
「ふははっ。別に、要以外にも友達いるから。全然気にすんな」
「……それはそれで、なんか寂しいわ」
「あらあら。真琴ロスですか?」
「チッ」
「うわ、やだこの子。舌打ちなんかしちゃって」
真琴の気遣いに感謝しつつ、これで堂々と類先輩のもとに行くことができる。
「早く昼休みにならないかな」
心臓の鼓動が田所先輩に伝わってしまいそうなくらい、僕は今まで経験したことがない感情に埋め尽くされる。
田所先輩がハッとしたように身体を離していく。
「ごめん。足、平気か?」
「へ、平気です」
「そっか。急に抱きついてわりぃ」
照れくさそうに気を遣いながら、僕に松葉杖を差し出してくる。
「ベンチまで歩けそうか?」
「はい」
お互い恥ずかしくて、顔を見ることもできず、静かに歩き出す。
沈黙さえも恥ずかしくて、耐えきれず話を切り出す。
「先輩の用事は大丈夫ですか?」
「え?」
「誰かと約束してるんじゃないんですか?」
田所先輩が少し気まずそうに答える。
「用事は……ない」
「え?」
「遠藤と、もう少し話したかったから」
思ってもいなかった返答で、さらに頬が熱くなる。
「へ、へぇー」
「ほら、委員会終わって。あんま顔合わさなくなってたし」
「あー、確かにぃ……」
お互いが墓穴を掘り自爆する。
「……はっず」
「ですね」
僕たちは少し歩いた先のベンチに腰をかけた。
蝉の鳴き声や、少し離れたところで遊ぶ子供たちの声が響き渡る。
そんな中、田所先輩が深く息を吐いたあと口を開く。
「俺、今からめっちゃ恥ずいこと言う……」
「え、は!はい!どうぞ」
「……正直、遠藤は桃さんのこと好きだと思ってた」
「え?!」
「カフェとか、スタンプとか。どんどん二人が仲良くなってるのは知ってたし。桃さんが良い人なのは、俺もよく知ってるから」
「あー……」
「やっぱ、そうだった?」
「あ、いや。そうじゃなくて」
不安そうな顔で田所先輩が首を傾げる。
「なんか、先輩が意外とセンチメンタルで可愛いなって」
「……え」
「ふふ。桃鳥先輩には、弟のように可愛がってもらってて、最近は父になりました」
「は?父?」
「ふはっ。あ、そういえば桃鳥先輩に言われてるんですよね」
「え、なに?」
「その『れん』君に会えたら、会わせろって」
僕の言葉を理解した田所先輩が、大きな声を出す。
「え?!」
「ちょ、声でかい」
「あ、わりぃ」
「まぁ、半分冗談だと思いますけどね」
「そ、そっか」
「あのー……」
「ん?」
気恥ずかしいけど、これだけはちゃんと確認したかった。
「僕たちは、その。……つ、付き合うってことですか?」
「お互い好きなんだし、普通はそうだろ」
「普通……」
僕が不服そうな顔をしたのに気づき、田所先輩が珍しく空気を読む。
「俺は……付き合いたいけど」
聞きたかった言葉を聞けて、表情筋が緩んでしまう。
「はい。いいですよ」
「なんだよ、それ」
「僕は田所先輩が初めての恋人ですから」
自分なりに精一杯の言葉で返した。
隣に座る田所先輩の頬が少し緩む。
「すげえな、これ」
「ふふ。なにそれ、語彙力なさすぎ」
「うっせ」
そっぽを向きながら、田所先輩の手が僕の右手を包み込む。
僕は先輩と手のひらを合わせるようにして、握り返した。
「確かにちょっとヤバいですね」
「……だろ」
手のひらがじんわり汗ばむ中、もう一つ気になっていたことを聞く。
「先輩はいつから僕のこと、そういう感じだったんですか?」
「あー……わかんねぇ。でも、ずっと遠藤のこと見てた気がする」
「え?」
「最初は生意気な後輩だから、絡んでやろーって感じだったけど」
「うわー、やっぱり」
「おい!あからさまな顔すんなよ」
「それで?」
「んー……、これまだ続けんの?」
「はい。続けてください」
「なんつーか。気づいたら遠藤がどこにいるのか探してて」
「……え?」
「別に用事ねぇのに声かけたり……」
「……」
「俺も何でなのか分からなかった」
田所先輩の言葉一つ一つが、空いていた隙間を埋めていく。
「遠藤にはしんどそうな顔して欲しくないっていうか。ほっとけないっていうか」
「ん?それって……先輩の場合誰にでもじゃないんですか?」
「いや、それはない!んー……、俺がなんかしてやりたい……みたいな」
その時、真琴に言われた言葉を思い出す。
「……笑ってて欲しいとかですか?」
いざ口に出すと、自意識過剰っぽくて恥ずかしい。
そんな僕とは反対に、田所先輩は腑に落ちたような表情をする。
「そうか。俺、遠藤に笑って欲しかったんか」
スッキリした表情で、僕を見つめながら田所先輩が話す。
「……さ、さようですか」
「さよう?」
「もう、うるさい!」
田所先輩が、僕の反応を楽しそうに見ている。
何だか悔しくて、精一杯の反抗をする。
「る、るいっ……先輩のアホ」
名前で呼んだだけなのに、お互い茹蛸のように顔が赤くなっていく。
その後も、血液型や誕生日、家族構成や仲のいい友達など、今まで知らなかったことを話しながら、少しずつお互いを知っていく。
周囲が暗くなってきた頃。
田所先輩が繋いでいた手を離し、立ち上がる。
「遅くなるから、そろそろ行くか」
「あ、はい」
横に並びながら、ゆっくり歩き始める。
今日はいろんなことがあった気がする。
「今日は、送るからな」
「……はい」
まだ家に着かないで欲しい。
もっと一緒にいたい。
両想いと分かってからは、どんどん欲張りになってしまう。
次の角を曲がると、すぐ家に着いてしまう。
僕は足を止めて、横を歩く田所先輩の裾を掴む。
「あの」
「ん?」
「また、一緒に帰れたりとか、会えたりしますか?」
僕の言葉を聞いて、田所先輩がクシャッと目を細めて笑う。
「当たり前だろ。付き合ってんだから」
「……そっか」
家の前に着き、田所先輩を見送る。
「今日はありがとうございました。また、連絡します」
「おう。じゃあ、またな。か、かなめ」
田所先輩が視線を逸らしながら手を振り、歩いていく。
僕は不意打ちの名前呼びに驚くも、急いで田所先輩の背中に声をかける。
「家着いたら、連絡して下さい!類先輩!」
僕の声に足を止めて、右手を振って応えてくれた。
類先輩の姿が見えなくなり、玄関に座り込む。
「あれ、どうしたの?足痛い?」
僕の姿を見て、ばぁちゃんが声をかけてくる。
「ううん。そんなんじゃないよ」
「そう?ご飯出来たら呼ぶね」
「うん、ありがとう」
夕飯を食べていると、ばぁちゃんがニコッと笑いかけてくる。
「ん?なに?」
「ふふ。なんか、いい事でもあったの?」
「え?!な、なんで?」
「要ちゃん、ずっとニコニコだから」
「えー……、そうかな?」
「ふふ。自分じゃ気づかないものよ」
そんな顔に出ていたのかと驚きつつも、今日だけは浮かれてしまっても仕方ない気がした。
だって、長年の片想いが実ったんだから。
いつか、ばぁちゃんや両親にも自分の好きな人の話をしたい。
あと、真琴にも。
そんな事を考えながら、ニヤニヤが止まらなかった。
類先輩と付き合ってから、初めて登校する日。
部活がある類先輩とは登下校も別々だし、お互いこまめに連絡をするタイプではないため、何か特に変わったことはなかった。
いつものように教室に入り、真琴と会話する。
「おはよー」
「おはよ」
「再来週から期末とか、まじ信じられん」
「だね。体育祭終わったら、すぐにテストなのしんどい」
「俺も来週からテスト期間で、部活無くなるし。まじで、勉強しないとやばい」
「真琴、結構寝てるもんね」
「そーなんだよ。だからさ、要きゅん」
「……うわ、またですか?」
「そう言わずにさー、頼むよ」
「ノート一冊、ハーゲンダッツクッキーアンドクリームです」
「うわ、高っ」
「はぁー……、パピコで手を打ちましょう」
「ありがとう、きゃなめ様」
「……ふん」
真琴と会話していると、クラスメイトから呼ばれる。
「えんどー!先輩が呼んでる」
ドアの方を見ると、朝練終わりの類先輩が居た。
僕は勢いよく立ち上がり、治りかけの右足を上げてヒョコヒョコとジャンプしながら、ドアの方に向かった。
「先輩!どうしたんですか?」
「あ、いや。メッセージでもいいかと思ったんだけど」
「ん?はい」
「そのさ、昼とか一緒に食わないかなー……みたいな」
「え!」
「急すぎだよな、やっぱいいわ」
慌てて去ろうとする類先輩の腕をグッと引く。
「いく!行きます!」
「え?友達とか平気か?」
「はい。あ、……でも。一つだけ、お願いが……」
「ん?」
まだ早い気もするが、いずれ向き合わなきゃいけない事ではある。
「あの、近々仲良い友達にだけ。僕たちのこと言ってもいいですか?」
類先輩がどんな表情になるのか、少しだけ不安になる。
すると、僕の頭にポンと手を置く。
「いいよ、全然。必要だと思った時は、俺も言うわ」
「は、はい」
「んじゃ、また連絡する」
田所先輩が自分の教室に向かっていくのを見送り、僕も席に戻った。
すると隣に座る真琴から声をかけられる。
「反田所やめたんだな」
「へ?!」
「いや、普通に仲良さそうだからさ」
「あ、うん。まぁ、ね」
「ふーん」
勘のいい真琴は、もしかしたら僕たちの関係に気づいているのかもしれない。
「……なに?」
「いや、別にぃー」
僕から借りたノートを写しながら、真琴はそれ以上何も聞いてこなかった。
四限目の体育。
見学の僕と、順番で回ってきた真琴で得点係をする。
校庭を見つめながら真琴が話し出す。
「別にさ、全部話さなくてもいいんだからな?」
一瞬何の話か分からなかったが、校庭を見つめる真琴の表情を見て話の意図を理解する。
真琴のこういう性格に、入学してから何度も助けられた気がする。
——今なら言える気がする。
「あのさー」
「うん」
「僕、男の人が好きなんだ」
「ふーん」
「それで、……田所先輩と付き合うことになった」
校庭を見ていた真琴が、目を見開いて僕を見つめる。
「まじ?!」
「う、うん」
「えー、まじかよ!おめでと!」
「え、」
「ん?」
「なんか、思ってた反応と違って」
「いやー、俺察するのだけは得意だからさー。田所先輩が、要のこと好きそうなのは何となく気づいてたんだよなぁ」
「え?!」
「いやー、でもまさか、付き合ってるとは。てっきり、要はあの委員長といい感じなんかなぁと思ってたからさ」
「えぇ?!!」
真琴の口から出てくる言葉に、毎回驚いてしまう。
「え、待って。ごめん、僕の方がなんか驚いてるんだけど」
「え?あぁ」
「そ、そのさ。気持ち悪くない?」
「え?」
「僕が、……ゲイってことに関して」
恐る恐る真琴の顔を見ると、いつものように笑って真琴が答える。
「ないない。俺は、俺が知る遠藤要っていうカテゴリーで見てるから。全部含めて、要だろ」
「……やだ、イケメンすぎる」
「はは、知ってる」
真琴の人間性には、心底惚れてしまう。
「真琴の親御さんにも。いつかご挨拶させて」
「え?なんで?」
「なんか、真琴という人間の根源に感謝したくなった」
「ふはっ、なんそれ」
クスクス笑っていると、点数が入ったことに気づかず、二人で体育の先生に怒られる。
得点板をめくっていると、真琴が話を戻す。
「てか、俺知っても良かった?」
「うん!朝、類先輩にも確認したし」
「ほー、『るい』先輩ねぇ」
「ちょ!いじるなよ!」
「へいへい。まぁ、当たり前だけど。別に誰にも言わんから、安心して」
「うん。ありがとう」
「おう」
「あ!」
「ん?なに?」
「今日、お昼一緒に食べようって言われてるんだけど。真琴、一人にしてしまうなぁ……と思って」
僕の心配をよそに、真琴が声を出して笑う。
「ふははっ。別に、要以外にも友達いるから。全然気にすんな」
「……それはそれで、なんか寂しいわ」
「あらあら。真琴ロスですか?」
「チッ」
「うわ、やだこの子。舌打ちなんかしちゃって」
真琴の気遣いに感謝しつつ、これで堂々と類先輩のもとに行くことができる。
「早く昼休みにならないかな」


