初恋の続きは、先輩と。

体育祭実行委員の打ち上げ当日。
 土曜日のため、見慣れない私服姿で集合する。
 僕は足首を固定しているため、大きめのジーンズに白Tシャツをインして、鞄はサコッシュにしてみた。
 出発前、洗面台で前髪が伸びていたのに気づく。
「ちょっと、邪魔だなぁ」
 松葉杖で前屈みになる時、前髪が落ちてくるのを防ぐために髪をかき上げ、集合場所へ向かった。
 集合場所に着くと、桃鳥先輩たち三年生が、僕のところへ近づいてくる。
「髪いいじゃん」
「あ、ありがとうございます」
「うん。遠藤は顔がいいからな。もっと顔出していけ」
「え?」
「おい、遠藤が嫌な顔してるって」
 僕の表情を見て、桃鳥先輩が間に入る。
 しばらくして、改札から田所先輩がこちらへ歩いてくるのが見える。その姿を見た瞬間、なぜか少しだけ肩の力が抜けた。
「よーし、じゃあ移動しよう」
 みんな揃ったため、目的地のお店へ向かう。
 松葉杖生活にも慣れてきたが、集団で歩くときはどうしても邪魔になる気がして、自然と最後尾で歩く。
 すると、前を歩いていたはずの田所先輩が隣に来た。
「杖、だいぶ慣れた?」
「あ、はい。骨折とかではないんで、もう無くてもいい気もするんですけど」
「あともうちょいだから、我慢しろ」
「はーい。なんかこの感じ、久々ですね」
「ん?あぁ、だな」
 久しぶりに話す田所先輩は、相変わらず無愛想な言い方だった。
 桃鳥先輩が予約していたお好み焼き屋に着き、みんなで他愛もない会話をして、心も胃も満たされる。
「じゃあ、次はカラオケでーす。先に言っておくけど、歌いたくないやつは無理せず。各々が楽しく過ごせるように、特に三年は後輩に対して気をつけろよ」
 気遣い百点の声掛けと共に、みんなでカラオケに移動した。

 大部屋に案内されて、僕は機材とは正反対の席に座った。
 周りを見渡すと、桃鳥先輩や田所先輩は歌う側の席に座り、楽しそうに話し込んでいる。
 そんな姿を焼き付けるように見つめていると、隣に座る二年の先輩から声をかけられる。
「ねぇ、遠藤君」
「え、はい」
「急にごめんね。私、二年の佐々木です」
「あ、遠藤です」
 されるがまま挨拶をすると、少し気まずそうに佐々木先輩が話し続ける。
「遠藤君って、田所と仲良いよね?」
「え?田所先輩ですか?」
「うん。よく一緒にいるの見てたから」
 ——あぁ、なんか。……なんか、やだな。
「あのね、もし知ってたら教えて欲しいんだけど」
「……」
「田所って、今彼女いるのかな?」
 隣で照れくさそうにしながら話す佐々木先輩を見て、僕の醜い感情が湧き上がってくる。
 僕が黙っていると、佐々木先輩が僕の顔を覗き込む。
「ごめん、こんなこと聞かれても困るよね」
「え、あ。……えっと、すみません。彼女いるかは、知らないです」
「そっか!こちらこそ、急に声かけてごめんね。ありがとう」
 佐々木先輩はそう言って、隣の席から立ち去っていく。
 本当は知っているのに、嘘をついてしまった。
 僕が「今、彼女いないですよ」って言ったら、きっと佐々木先輩は次の行動に行けたのに。
 自分の中にこんな汚い感情があったことに、驚いてしまう。
 その後は、一・二年生からメッセージ付きのデザートプレートを三年生にプレゼントし、最後に全員で写真を撮って解散になった。
 僕は佐々木先輩と話した後から、素直に楽しめていなかった。
 先輩たちが何を歌っていたのかも、桃鳥先輩が最後にどんな話をしていたのかもあんまり覚えていない。
「じゃあ、またなー」
「またー」
「あ、おれもそっちだわ」
 次々と人が捌けていく中、田所先輩が声をかけてくる。
「帰らねぇの?」
「え!あ、帰ります」
「ん」
 田所先輩が隣を歩く中、僕は自分の浅ましい感情がばれてしまわないように、何でもいいから話しかける。
「今日楽しかったですね」
「おー」
「先輩たち歌上手いですね」
「お前は、全然歌わないのな」
「え?あー、僕あまり上手くないんで」
「へー、じゃあ今度行くか」
「え?聞いてました?」
 田所先輩がいつも通りすぎて安心する。
 電車に乗り、僕の最寄り駅に着く。
「じゃあ、また」
 頭を下げて電車を降りると、なぜか田所先輩も降りてくる。
「え?」
「あ?」
「いや、なんで?」
「あー、ちょっと寄り道」
「へー。そうなんですか」
 当たり前のように一緒に改札を出る。
「先輩はどっちですか?」
「遠藤は?」
「僕は、まっすぐ行って公園抜けます」
「へー、俺も」
 ——公園抜けると、住宅街しかないけど……?
 田所先輩とゆっくり歩き出す。
「友達の家とかですか?」
「んー、まぁそんなもん」
「へぇー」
 歯切れの悪い田所先輩と公園を歩いていると、七年前に『れん』君と出会った広場が見えた。
 広場を見つめながら懐かしくなり、つい声に出してしまう。
「懐かしいなぁ」
 僕の言葉で田所先輩が広場を見ながら、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「遠藤、この公園来てたのか?」
「はい。小学生の頃、親の都合でよくばぁちゃん家に預けられてて。夏休みとか、ほぼ毎日来てました」
「へー!俺もたまにここ来てたわ」
「そうなんですか?」
「おう!引っ越してからは、あんまりこなくなったけどな。小四とか、そこらん時はよく来てた気がする」
「へー!奇遇ですね!」
「だな」
 先ほどまで少し重たかった空気が軽くなっていく。
 僕は『れん』君の事を知っている田所先輩だからなのか、懐かしくてつい話し続けてしまう。
「ここなんですよね」
「ん?」
「僕が『れん』君に会ったの」
「え?ここ?」
「はい。僕が迷子の子と途方に暮れてた時、この広場で声をかけてくれたんです」
「へぇー」
「みんな通り過ぎてくのに、『れん』君だけが声をかけてくれて。僕の手を引いて、一緒に迷子のお母さん探してくれて。お礼とか名前聞く前に、友達に呼ばれて行っちゃったんですよね」
「……」
 僕の拗らせた初恋話に呆れたのか、田所先輩が黙ってしまう。
 僕も我に返り、慌てて話を変えようとする。
「あはは。何浸ってるんだよって感じですよね。すみません。先輩はどんな子供でした?」
 恐る恐る田所先輩の方を見ると、耳を赤くして右手で口元を覆うように、ブツブツ何か話している。
「田所先輩?」
 僕が顔を覗き込むと目が合い、田所先輩の顔がブワッと赤く染まっていく。
「え?どうしました?」
 熱中症?体調不良?周囲を見渡し、ベンチがあるか確認していると、田所先輩が小さな声で話す。
「……かも」
「え?」
 聞き取れず、もう一度顔を覗き込む。
 すると田所先輩が僕の目をまっすぐ見つめてくる。
「それ、俺かも」
「それって?」
 何の話をしているのか分からず首を傾げると、田所先輩が言葉を付け足す。
「だから、その『れん』。それ、俺」
「……はい?」
 二人の間に沈黙が走る。
 数秒かけて田所先輩の言葉が頭の中で反芻し、やっと飲み込んだものの、まだ理解が追いつかない。
「え?!!!」
 驚きのあまり、つい大きな声が出る。
 周囲の視線を感じ、慌てて小声で聞き返す。
「いや、田所先輩は『るい』ですよね?」
「……そうなんだけど。あん時、流行ってた漫画の主人公に憧れて、友達間では出てくるキャラの名前で呼び合ってたんだよ」
「……え」
「嘘じゃないからな。大地は、ロンだったし。奏多だって、ジンだった」
「いや、誰……」
「そ、それにお前が泣きそうなの我慢してたの覚えてるし」
「えー……」
 いろんな感情が込み上げてきて、その場で顔を覆うようにうずくまる。
「ちょ、おい」
 慌てて僕の隣で、田所先輩も屈み込んだ。
 僕は顔を埋めたまま、いろんな気持ちと向き合っていた。
 僕がずっと好きだった『れん』君は、れん君じゃなくて。最近ずっと田所先輩を見るとモヤモヤして、考えてしまってたのって。
 あの時、手を引いてくれた手。
 頭を撫でてくれた手。
 体育祭の日、僕を支えてくれた手。
 病院まで付き添ってくれた手。
 今まで何度も僕を助けてくれた手。
 ——全部、田所先輩なんだ。
 ゆっくり顔を上げると、僕と同じくらい頬を赤くして隣に座り込む田所先輩がいる。
「なんか、やっぱりムカつきます」
 僕の言葉にムッとして、田所先輩が言い返してくる。
「だろうな。思ってた『れん』君には程遠いよな。まだ、桃さんの方が良かったかもな」
 田所先輩の言葉にムカついて、思わず感情的になってしまう。
「ほんとですよ!なんで、田所先輩なんですか!僕はずっとあの頃の『れん』君が好きだったのに」
「はいはい。知ってる」
「……なのに」
「なんだよ」
「なのに、最近はずっと田所先輩が目に入っちゃうし。先輩と話してると楽しいし。ノンデリのくせに優しいし」
「……おい」
「もう、全然『れん』君じゃないのに……。最近の僕はずっと、……ずっと田所類でいっぱいなんだよ!」
「え……」
 僕の言葉を聞いて、田所先輩が尻餅をつく。
 僕はもういっぱいいっぱいで、地面を見つめる視界が歪んでいく。
 黙り込む僕に、田所先輩が話しかけてくる。
「違ってたら、めっちゃ恥ずいんだけど」
「……」
「遠藤、俺のこと好きなの?」
 思わず顔を上げると、嬉しそうに顔を赤らめる田所先輩が僕を覗き込む。
「ほんと、ノンデリ……」
「おい。ちゃんと、答えろ」
「……そう、ですよ」
「え?」
「だから、そうだって!僕は田所先輩が……」
 僕が言い終わる前に、田所先輩の腕が僕の背中に回る。
「俺も!俺も、遠藤が好き」
 その言葉に、僕も田所先輩の背中へ腕を回す。
 
「僕も、すきです」
 
 ジメジメと暑くなってきた初夏の夕暮れ。
 運命のような。
 奇跡のような初恋が実った。