初恋の続きは、先輩と。

下駄箱へ着くと、田所先輩が立っていた。
「一緒に行くわ」
「え?」
「歩くのやっとだろ?」
 ——はぁ、ほんとに。なんで、この人は……。
「……ありがとうございます」
「お、素直じゃん」
「一言多いです」
「お前もな」
 スッと僕の鞄を受け取り、肩を貸してくれる。
 ふと、真琴の話を思い出す。
 ——困ってる人みんなに、こんな感じなんだろうな。
 僕の中に、嫌な感情が顔を出す。
 言葉もきついしノンデリなのに、いつも困ってる時に気づいてくれる。そりゃ、モテるよな。
 内心ヤケクソになりながら、隣を歩く田所先輩を、目を細めてじっと見つめる。
 田所先輩が、そんな僕の視線に気づく。
「なんだよ」
「いやー、別に」
「いや、なんもねぇのにそんな顔しねぇだろ」
「あーあって気持ちなだけです」
 僕の言葉を聞いて、何かに気づいたように田所先輩が話す。
「終わっちゃったから、寂しいんか」
 的外れな返答に、思わずため息をつく。
「はぁー。まぁ、はい。そうですね」
 確かにこんなにナイーブになってるのは、楽しかった体育祭実行委員が終わってしまったのもある気がした。
「しんみりかよ」
「しんみり?……でも、確かに先輩たちが受験の話してるの。ちょっと寂しかったですね」
 僕の言葉を聞いて、田所先輩が何かを言い淀む。
「……やっぱ、寂しいか?」
 田所先輩の言葉に、僕は率直な気持ちで返事をした。
「そりゃ、寂しいですよ」
「……そっか」
 よく分からない空気を感じつつも、右足首の痛みが強くてそこまで気が回らなかった。
 
 整形外科に着き、レントゲンや処置をしてもらった結果、全治二週間と診断された。
 松葉杖を借りて帰宅する。
「なんか、大袈裟じゃないですか?」
「いや、お前が甘く見すぎてんだよ」
「……そですか」
 未だに僕のリュックを持ちながら、ゆっくり横を歩いてくれる。
「お前、家どこ?」
「美空みなみが最寄です」
「ふーん」
 そう言いながら、田所先輩は駅に着いても僕の横に立っていた。
 不器用でガサツな雰囲気の中に、優しさを感じてしまう。
「……なんか、悔しいです」
「は?」
「先輩がモテる理由、分かる気がします」
「なんだそれ」
 田所先輩が、僕の言葉にクスッと笑う。
「はぁーあ」
「おい、盛大にため息つくなよ」
「……はぁ」
「おい」
 電車がホームに入ってくる。
「先輩は最寄どこですか?」
「俺は、美空中央」
「あ、じゃあ僕のほうが先に降りますね」
「いや、送るけど」
「いやいや。明日から一人で登下校するんで、慣れなきゃですよ。だから、大丈夫です」
「そ、うか?」
「はい!」
 田所先輩は少しだけ僕を見つめると、諦めたように息を吐いた。
「……まぁ、無理すんなよ」
 僕がドアの近くに立つと、田所先輩が人混みから僕を守るように、目の前に立ってくれた。
 ——ち、近い。
 何も考えないように、ずっと足元を見ていると車内アナウンスが流れる。
「次は、美空みなみー。美空みなみー。お降りのお客様はー……」
 ハッとして慌てて、松葉杖をギュッと掴む。
「じゃあ、今日はありがとうございました」
「ん。気ぃつけろよ」
「はい」
 軽く頭を下げて、僕は電車から降りた。

 病院でしっかり固定してもらったのと、痛み止めを飲んだこともあり、多少時間はかかったが問題なく帰宅できた。
 帰宅した僕の姿を見て、ばあちゃんが驚く。
「え?かなめちゃん、どうしたの?」
「へへ、学校で足捻っちゃって」
「平気かい?」
「うん。病院も行ってきたし。明日から少し早く家出るようにするし、平気だよ」
「無理しないでね」
 優しく気遣ってくれるばあちゃんとの会話で少しだけ冷静になり、自分の部屋へ向かった。
 ベッドに倒れ込み、本当に体育祭が終わってしまったことを実感する。
「あー……なんかもう……」
 いろんなことを考えながら、そのまま沈むように眠ってしまった。

 次の日。
 朝五時に目が覚め、とりあえずシャワーへ向かった。
 頭がスッキリし、昨日から確認していなかったスマホを手に取る。
 すると、数百件のメッセージが来ていた。
「え?!」
 恐る恐るアプリを開くと、トーク履歴には体育祭実行委員のグルチャに百件以上の未読メッセージがあり、その他にも僕を心配する真琴や、桃鳥先輩からの個人メッセージが来ていた。
 グルチャに関しては、もはや時差がありすぎていつ返しても同じな気がする。
「これは、あとででいいや」
 とりあえず、真琴や桃鳥先輩のメッセージを確認して、返信を送る。
 グルチャには、アンケートがピン留めされていたため、とりあえずそれだけ答えておいた。
 トーク履歴をスクロールし、田所先輩のトーク画面を開く。
「昨日はありがとうございました。助かりました」
 もう委員会がないため、このメッセージに反応がなかったら、田所先輩との繋がりがなくなってしまう気がして、少し躊躇いながら送信ボタンを押した。

 いつもより一時間早く家を出て、人が少ない先頭車両に乗った。
 学校の最寄駅に着き改札を出ると、見覚えのある後ろ姿が見えて、思わず声をかけてしまう。
「桃鳥先輩!」
 僕の声で桃鳥先輩が振り返り、駆け寄ってくる。
「え!松葉杖?!」
「あ、はい。二週間くらいで良くなるみたいなんですけど」
「昨日とか、結構大変だったろ?」
「あ、昨日は田所先輩が付き添ってくれて」
「え?!類が?」
「はい。下駄箱で待っててくれてて」
「へー、あいつ本当にそういうとこあるよな」
「ふふ。はい、そういうところあります」
 桃鳥先輩が僕に合わせてゆっくり歩いてくれる。
「先輩、いつもこの時間ですか?」
「いや、今まではもう少し遅かったんだけど。体育祭終わったし、朝勉するのに早く来てみた」
「……す、凄い。さすが、受験生ですね」
「うゔ、やめて。その言葉を言わないで」
「あはは。受験受験受験じゅ……」
「ちょ、唱えるなよ」
 いつも通り話していると、僕の顔をじーっと見て桃鳥先輩が嬉しそうに笑う。
「遠藤、笑うようになったよな」
「そ、うですか?」
「うん。最初は難しい顔してること多かったけど」
 桃鳥先輩がそう言いながら、眉間に皺を寄せて、僕を見つめてくる。
「え、僕そんな顔してたんですか」
「いや、ごめん。これは盛りすぎ。でも、なんか追い詰められてるような感じはすごかったよ」
「え?」
「でも、今はよく笑うし。なんか、楽しそう」
「えー、なんか恥ずかしいです」
「可愛い我が子が楽しそうで安心しました」
「え、誰ですか」
「父?」
「無理すぎます」
 朝から涙が出るくらい笑っていると、つい本音が出てしまう。
「先輩たちも卒業しちゃうんですよね」
「ん?俺ら?」
「はい。普通に寂しいです」
「え、なんだよ。急にデレるじゃん」
「はい。デレときます」
「まぁ、でも類とかもいるし!俺とも、カフェ行けるよ?」
「えー、でもいなくなるじゃないですか。……田所先輩だって」
 聞き分けの悪い子供のように返事をしていると、桃鳥先輩がクスッと笑って僕の顔を覗く。
「ははーん。なんだかんだ、類のことも好きになってきたんだな」
「へ?!え?なんですかそれ」
 僕の心を覗き込まれた気がして慌てて否定をすると、桃鳥先輩が笑いながら話す。
「ついに、遠藤も類の良さが分かってしまったのか。父、安心」
「え、ほんと何なんですか」
「いや、最初遠藤が類のことめちゃくちゃ嫌ってそうだったから。俺の中の懸念点が一つ消えて安心したってことよ」
「……そうですか」
 先ほどまで慌てていた自分がアホらしくなる。
「まぁ、相変わらずノンデリですけどね」
「そこはご愛嬌よ」
「桃鳥先輩って、隠れ田所強火担ですね」
「へ?なんて?」
 桃鳥先輩と会話していると、あっという間に学校に着いた。
「じゃあ、また打ち上げでな」
「はい」
 先輩と別れて、ゆっくり教室へ向かった。

 数日後。
 委員会のグルチャに、打ち上げの日付と場所が送られてきた。
 アンケート結果の詳細を見ることができないため、当日誰が参加するのか分からない。
 ——……来るのかな?
 体育祭が終わってしまった今、生徒数が多い大きな校舎で顔を合わせることもなくなっていた。
「こんなにも会えないんだ」
 前までは嫌でも、あの大きな声が聞こえてきて、委員会で顔を合わせていたのに。
 
 会いたいと思うと、会えないものなのか……。