体育祭前日。
明日の天気を確認し、担当の教員から予定通りの指示が出た。
「よし、じゃあ各々よろしくー」
桃鳥先輩の掛け声に、一斉に委員会のメンバーが散らばっていく。
僕も設営テントが保管されている倉庫に向かい、比較的軽そうなものを手に取った。
「えっ……おもっ」
見た目で選んだ物品が思いの外重くて、持ったままよろけてしまう。
身体を支えようと、右足にグッと力を入れた瞬間。
聞きなれない音がした。
——グキッ。
持っている物品を放り投げて、今すぐうずくまってしまいそうになる。
「いっ……」
痛みに耐えながら、なんとか姿勢を戻す。
周りに悟られないように、ゆっくりと校庭へ向かって足を動かすが、一歩踏み出すたびに激痛が走る。
できるだけ足を引きずらないように意識しながら、なんとか割り当てられたテントを設営した。
「じゃあ、まだ終わってないところ行くか」
同じグループの三年生が声をかけて、まだ終わっていない場所に散らばる。
僕は足の痛みを考えて、小物班へ向かった。
周りに気づかれないように過ごしていても、現実はどんどん痛みが増していく。
やっと全体の作業が終了し、解散になる頃には右足首がかなり腫れ上がっていた。
「いっ……た」
他の委員が帰っていくのを見送った後、腫れ上がった足首を引きずりながら教室へ向かう。
「なんとかしなきゃ」
帰りの支度をし、暗くなった道をゆっくり歩いて帰った。
体育祭当日。
全校生徒より早く校庭に集まり、開会式前に体育祭実行委員と担当の教員で円陣を組む。
桃鳥先輩が全員を見渡しながら声を上げる。
「今日までお疲れ様でした! このメンバーで作ってきた体育祭、今日は思いっきり楽しもう!」
「「「「「「おー!!!」」」」」」
掛け声の後、桃鳥先輩が続けて話す。
「で、こっからは毎年恒例なんだけど」
隣にいた二年の先輩が、小声で教えてくれた。
「次の委員長に気合いを引き継ぐんよ」
どうやら、委員長に指名された人が翌年も委員会を率いるのが、この学校の恒例らしい。
桃鳥先輩が口角を上げて、一人を指名する。
「類!来年は頼んだ!」
「うっす」
桃鳥先輩と田所先輩が視線を合わせる。
「じゃあ、そんな類から一言よろしく!」
「えー、来年は今年よりも盛り上げるんで!よろしくお願いします!」
田所先輩がそう言いながら、チラッとこちらを見る。
「……?」
目が合うと、先輩はすぐに視線を逸らした。
——何だったんだろう。
田所先輩の言葉に、二年や三年の先輩たちが声を出す。
「おー、類がまともだ」
「俺らが来年も支えてやるからな」
先輩たちにいじられ、田所先輩が照れくさそうに笑った。
「ちょ、締まりなくなる」
僕も思わず、クスッと笑ってしまった。
そんな空気を桃鳥先輩が変えるように、また話し出す。
「じゃあ次は、遠藤!」
「え?!」
急に自分の名前を呼ばれて、思わず声が裏返る。
そんな僕を見て桃鳥先輩がニコッと笑う。
「遠藤が考えてくれた競技、絶対盛り上げような!ってことで、遠藤からも一言」
急すぎて何も考えていなかった。
脳みそをフル回転しながら、今の気持ちを口にする。
「えっと……。僕はこの委員会になった時、自分で務まるのか不安でした。でも先輩たちが作ってきた伝統や雰囲気に、いつの間にか楽しさややり甲斐を感じてました。今日までありがとうございました!……また、来年もやりたいです!」
話し終わった後、顔を上げると円陣を組む先輩たちが嬉しそうに笑って僕を見つめていた。
「おーし!じゃあ、最後にもう一度気合い入れるぞ!」
桃鳥先輩の声で、全員の視線が桃鳥先輩に集まる。
「怪我せず、やり切るぞー!」
「「「「「「おー!!!」」」」」」
昨日怪我をした僕としては、なんだか不誠実な気がしたが、今日一日誰にもバレずにやり過ごせれば問題ないと思っていた。
それぞれが各クラスに移動する時、後ろから田所先輩が肩を組み、僕の顔を覗き込む。
「待ってるからな」
今まで見たことないくらいの無邪気な顔でそう言って、走り去って行った。
——あんな顔で……ずるいんだよ。
僕は田所先輩の一言を復唱しながら、もう自分の気持ちから目を背けられない気がした。
「えんどー、そっちのやつ運んで」
「あ、はい!」
昨日痛めた右足首に湿布を貼り、右足を庇いながら委員会の仕事をしていた。
物品を運ぼうとした瞬間、右足首に激痛が走った。
それでも何とか準備を終え、テントへ戻ろうとしたところで、右足を思い切り捻ってしまった。
——あ、……やばい。
「おい!」
誰かが、よろける僕の身体をグッと支えてくれた。
姿勢を直しながら、横の人にお礼を伝える。
「す、すみません。ありがとうございます」
僕はそう言いながら、視線を地面から横へ向ける。
「え!」
僕の身体を支えてくれている相手を見て、驚いてしまった。
「え!ってなんだよ」
笑いながら、僕の右肩をギュッと抱えながら支えてくれる田所先輩。
「なんでここにいるんですか?」
二年生は次の種目のため、この時間帯の担当から外れていた。だから、なぜ田所先輩が僕の隣にいるのか分からない。
そんな考えが表情に出ていたのか、田所先輩がため息を吐きながら話す。
「お前、右足どうしたんだよ」
「え?」
「朝から変な歩き方してるなって思ってたけど」
「そんなこと……」
「足見せろ」
「いや、ほんとに大丈夫なんで」
眉間に皺を寄せる田所先輩に、必死で抵抗する。
今日の先輩は、いつもより妙にしつこい。
田所先輩に触れられている肩や、間近で聞こえる声に、じわっと熱くなる。
「で、どうしたんだよ」
「あ、えっと……。ちょっと捻って」
「やっぱりな」
田所先輩に連れられて、体育祭実行委員の控え席に座らせられる。
田所先輩が僕の足元に膝をつきながら、腫れ上がった右足首を触る。
「お前、これ。病院行った?」
「え、……いや」
「絶対行った方がいい。なんなら、今すぐ行け」
田所先輩の言葉に、勢いよく言い返してしまう。
「いや、行きません!」
「は?これ、誰が見てもやべーだろ」
「で、でも。今日この後、僕が提案した競技もあるし。……それは、ちゃんとやり切りたいんです!」
昨日から尋常じゃない痛みが続いていることは、素人の僕でも分かっていた。それでも体育祭に参加したかったから、家でもばぁちゃんにバレないようにしていたのに。
痛みやら、情けなさやらで今にも泣きたい気持ちをグッと堪える。
そんな僕を見て、田所先輩は呆れたようにため息をついた。
「そんな顔すんな」
「……すみません」
「次のやつ終わったら、俺もここ来るから。できるだけ代わってやる」
「え?」
「だから、体育祭終わったら、ちゃんと病院行けよ」
「は、はい!」
田所先輩が救護班から、冷却スプレーや湿布、テーピングなどを持ってきてくれた。
「ここ、乗せろ」
「え、自分でやりますよ」
「いいから。俺がやる」
そう言って、田所先輩は僕の右足を自分の太ももに乗せる。
手慣れた手つきでテーピングをしてくれ、少しだけ痛みが和らぐ。
いつもなら、こんなふうに世話を焼かれると申し訳なくなるのに。
田所先輩になら、任せてもいい気がした。
「ありがとうございます」
「ん。じゃあ、一旦行くわ」
屈んでいた田所先輩が、スッと立ち上がる。
もう一度お礼を言おうとすると、僕の頭にポンと触れて去っていってしまった。
頭に触れた感触が、なぜか少しだけ懐かしく感じる。
じんじんと痛む右足首の熱とは違うものが、心臓の底から全身に回っていく気がした。
テントの後ろから校庭を見つめていると、二年生の競技が始まった。
三百人近くいるはずなのに、あっという間に彼を見つけてしまう。
——うわ、足速
田所先輩は宣言通り、自分の出番が終わると戻ってきてくれた。
「お疲れ様です」
「おう」
「足、速いですね」
「見てたのか?」
「たまたまです」
「ふーん」
実行委員の先生に事情を説明した後、僕は一度自分のクラス席に戻った。
「真琴!」
「お、お疲れ」
クラスの人たちとも、だいぶ打ち解けて楽しそうに談笑している。
そんな空気の中、申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、今ここで競技に出るのはさすがに難しかった。
「真琴、ごめん。急なんだけど、僕の代わりに棒取り出れる?」
「え?どうした」
「実は……」
靴下で隠した右足首を見せる。
「昨日、準備中に怪我して。今日この後病院には行くんだけど、さすがに走るのは難しくて……。急で悪いんだけど」
僕の話を聞いて、真琴が真っ先に反応する。
「大丈夫かよ!めっちゃ腫れてんじゃん」
「え。あ、うん。さっき、テーピングしてもらって、少し楽になった」
「そっか」
真琴は心配そうな表情を浮かべていた。
「もちろん、代わるよ。なんなら、委員会の仕事も代わろうか?」
本当にいい友達を持った。
真琴の言葉には裏表がないから、こういう時の言葉がすごく嬉しいし、励まされる。
「ありがとう。でも、委員会の仕事は最後までやろうと思う」
「そっか!了解!じゃあ俺は、要が出るより俺で良かっただろって風、吹かしてくるわ」
「ふふ。かっこよ」
「だろ?」
真琴に見送られて、僕はまた体育祭実行委員のテントに戻った。
田所先輩を含め、委員の人が僕の分まで仕事を手伝ってくれる。
「本当にすみません……」
小休憩中に、テントにいる委員会メンバーに頭を下げると、桃鳥先輩が僕の方にやってくる。
「もーほんとだぞ!もっと早く頼れよ!」
桃鳥先輩の言葉に、周りの先輩たちも笑いながら頷く。
「田所が教えてくれなかったら、もっと無理させてたし。もっと、頼っていいんだからな?」
「……はい、ありがとうございます」
先輩たちの優しい言葉で、感情が溢れてしまう。
田所先輩は、そんな僕の頭にそっとタオルを被せてくれた。
「よし!じゃあ、次はいよいよ新競技だぞ!最後までやり切ろうな!」
桃鳥先輩の声かけで、気合が入る。
昼休憩には全校生徒へ新競技のルールを放送し、午後の競技に備えて資料を何度も確認した。
「いよいよだな」
「はい!」
「来年もこれ、やれるといいな」
田所先輩が委員長になる来年。
——来年か……。
漠然と寂しい気持ちが押し寄せてきた。
そんな気持ちを払拭するように返事をする。
「やります。来年もできるように、今全力でやります!」
「おー、頼もしいわ」
アナウンスが流れ、生徒たちが校庭へ集まっていった。
——あぁ、無事に終わった。
この空気が、この二ヶ月間の集大成なんだと思った。
放課後。
体育祭実行委員はいつもの講堂に集まり、解散式を行った。
「えー、本当にみんなお疲れ様でした!俺らはこれから本格的に受験と向き合うので、今回の体育祭全力でやり切れて本当に楽しかった!このメンバーで作れてよかった!ありがとうございました!」
桃鳥先輩の言葉に、三年生たちが声を掛け合う。
「まじで今年おもろかったな」
「桃もお疲れ!」
「はぁー、これで終わりかー。寂しいー」
最初はやりたくなかった委員会。
それなのに、今ではこの二ヶ月間のことが次々と思い出される。
——そっか。先輩たち、居なくなっちゃうんだ。
「さみしい……」
心の中で囁いた言葉は、自然と口から溢れていた。
僕の言葉を聞いて、前に座る先輩たちが振り返る。
「えー、なに遠藤。かわいすぎんか」
「うん。可愛いんだよ遠藤は」
「うわ、桃。マウントとんなよ」
「えー、もうこれはあれだな。みんなで打ち上げ行こうな?な?遠藤」
「え、あ。え、はい」
先輩たちに一気に話しかけられ、反射的に返事をしてしまう。
そんな僕を見かねて、少し離れた席の田所先輩が声をかけてくる。
「とりあえず、お前は早よ病院行け」
「おい、言い方ー」
通常運転の田所先輩と、桃鳥先輩のやり取り。
僕はそんな二人を見られてなんだか嬉しくて、クスッと笑いながら返事をした。
「あはは、分かってます。病院行きます」
僕が笑っていると、何となく周りの先輩たちの視線を感じる。すると、誰かの話し声が聞こえてきた。
「え、かわ」
「それな」
——かわ?川?
よく分からないけど、悪口とかそういう雰囲気ではない……はず。
僕はこの委員会のメンバーに入れて良かったという気持ちで満たされていたので、それ以上気にするのをやめた。
「じゃあ打ち上げの日程は、またグループでアンケートとるわ!今日は、解散しよ」
「「「お疲れ様でしたー!」」」
ゆっくりと立ち上がり、田所先輩が教えてくれた学校の近くにある整形外科へ向かう。
体育祭中はテーピングとアドレナリンで保っていたが、全力でやり切った今は痛みが酷くなった気がする。
一人で歩くのもしんどく、壁に寄りかかりながら昇降口に向かった。
明日の天気を確認し、担当の教員から予定通りの指示が出た。
「よし、じゃあ各々よろしくー」
桃鳥先輩の掛け声に、一斉に委員会のメンバーが散らばっていく。
僕も設営テントが保管されている倉庫に向かい、比較的軽そうなものを手に取った。
「えっ……おもっ」
見た目で選んだ物品が思いの外重くて、持ったままよろけてしまう。
身体を支えようと、右足にグッと力を入れた瞬間。
聞きなれない音がした。
——グキッ。
持っている物品を放り投げて、今すぐうずくまってしまいそうになる。
「いっ……」
痛みに耐えながら、なんとか姿勢を戻す。
周りに悟られないように、ゆっくりと校庭へ向かって足を動かすが、一歩踏み出すたびに激痛が走る。
できるだけ足を引きずらないように意識しながら、なんとか割り当てられたテントを設営した。
「じゃあ、まだ終わってないところ行くか」
同じグループの三年生が声をかけて、まだ終わっていない場所に散らばる。
僕は足の痛みを考えて、小物班へ向かった。
周りに気づかれないように過ごしていても、現実はどんどん痛みが増していく。
やっと全体の作業が終了し、解散になる頃には右足首がかなり腫れ上がっていた。
「いっ……た」
他の委員が帰っていくのを見送った後、腫れ上がった足首を引きずりながら教室へ向かう。
「なんとかしなきゃ」
帰りの支度をし、暗くなった道をゆっくり歩いて帰った。
体育祭当日。
全校生徒より早く校庭に集まり、開会式前に体育祭実行委員と担当の教員で円陣を組む。
桃鳥先輩が全員を見渡しながら声を上げる。
「今日までお疲れ様でした! このメンバーで作ってきた体育祭、今日は思いっきり楽しもう!」
「「「「「「おー!!!」」」」」」
掛け声の後、桃鳥先輩が続けて話す。
「で、こっからは毎年恒例なんだけど」
隣にいた二年の先輩が、小声で教えてくれた。
「次の委員長に気合いを引き継ぐんよ」
どうやら、委員長に指名された人が翌年も委員会を率いるのが、この学校の恒例らしい。
桃鳥先輩が口角を上げて、一人を指名する。
「類!来年は頼んだ!」
「うっす」
桃鳥先輩と田所先輩が視線を合わせる。
「じゃあ、そんな類から一言よろしく!」
「えー、来年は今年よりも盛り上げるんで!よろしくお願いします!」
田所先輩がそう言いながら、チラッとこちらを見る。
「……?」
目が合うと、先輩はすぐに視線を逸らした。
——何だったんだろう。
田所先輩の言葉に、二年や三年の先輩たちが声を出す。
「おー、類がまともだ」
「俺らが来年も支えてやるからな」
先輩たちにいじられ、田所先輩が照れくさそうに笑った。
「ちょ、締まりなくなる」
僕も思わず、クスッと笑ってしまった。
そんな空気を桃鳥先輩が変えるように、また話し出す。
「じゃあ次は、遠藤!」
「え?!」
急に自分の名前を呼ばれて、思わず声が裏返る。
そんな僕を見て桃鳥先輩がニコッと笑う。
「遠藤が考えてくれた競技、絶対盛り上げような!ってことで、遠藤からも一言」
急すぎて何も考えていなかった。
脳みそをフル回転しながら、今の気持ちを口にする。
「えっと……。僕はこの委員会になった時、自分で務まるのか不安でした。でも先輩たちが作ってきた伝統や雰囲気に、いつの間にか楽しさややり甲斐を感じてました。今日までありがとうございました!……また、来年もやりたいです!」
話し終わった後、顔を上げると円陣を組む先輩たちが嬉しそうに笑って僕を見つめていた。
「おーし!じゃあ、最後にもう一度気合い入れるぞ!」
桃鳥先輩の声で、全員の視線が桃鳥先輩に集まる。
「怪我せず、やり切るぞー!」
「「「「「「おー!!!」」」」」」
昨日怪我をした僕としては、なんだか不誠実な気がしたが、今日一日誰にもバレずにやり過ごせれば問題ないと思っていた。
それぞれが各クラスに移動する時、後ろから田所先輩が肩を組み、僕の顔を覗き込む。
「待ってるからな」
今まで見たことないくらいの無邪気な顔でそう言って、走り去って行った。
——あんな顔で……ずるいんだよ。
僕は田所先輩の一言を復唱しながら、もう自分の気持ちから目を背けられない気がした。
「えんどー、そっちのやつ運んで」
「あ、はい!」
昨日痛めた右足首に湿布を貼り、右足を庇いながら委員会の仕事をしていた。
物品を運ぼうとした瞬間、右足首に激痛が走った。
それでも何とか準備を終え、テントへ戻ろうとしたところで、右足を思い切り捻ってしまった。
——あ、……やばい。
「おい!」
誰かが、よろける僕の身体をグッと支えてくれた。
姿勢を直しながら、横の人にお礼を伝える。
「す、すみません。ありがとうございます」
僕はそう言いながら、視線を地面から横へ向ける。
「え!」
僕の身体を支えてくれている相手を見て、驚いてしまった。
「え!ってなんだよ」
笑いながら、僕の右肩をギュッと抱えながら支えてくれる田所先輩。
「なんでここにいるんですか?」
二年生は次の種目のため、この時間帯の担当から外れていた。だから、なぜ田所先輩が僕の隣にいるのか分からない。
そんな考えが表情に出ていたのか、田所先輩がため息を吐きながら話す。
「お前、右足どうしたんだよ」
「え?」
「朝から変な歩き方してるなって思ってたけど」
「そんなこと……」
「足見せろ」
「いや、ほんとに大丈夫なんで」
眉間に皺を寄せる田所先輩に、必死で抵抗する。
今日の先輩は、いつもより妙にしつこい。
田所先輩に触れられている肩や、間近で聞こえる声に、じわっと熱くなる。
「で、どうしたんだよ」
「あ、えっと……。ちょっと捻って」
「やっぱりな」
田所先輩に連れられて、体育祭実行委員の控え席に座らせられる。
田所先輩が僕の足元に膝をつきながら、腫れ上がった右足首を触る。
「お前、これ。病院行った?」
「え、……いや」
「絶対行った方がいい。なんなら、今すぐ行け」
田所先輩の言葉に、勢いよく言い返してしまう。
「いや、行きません!」
「は?これ、誰が見てもやべーだろ」
「で、でも。今日この後、僕が提案した競技もあるし。……それは、ちゃんとやり切りたいんです!」
昨日から尋常じゃない痛みが続いていることは、素人の僕でも分かっていた。それでも体育祭に参加したかったから、家でもばぁちゃんにバレないようにしていたのに。
痛みやら、情けなさやらで今にも泣きたい気持ちをグッと堪える。
そんな僕を見て、田所先輩は呆れたようにため息をついた。
「そんな顔すんな」
「……すみません」
「次のやつ終わったら、俺もここ来るから。できるだけ代わってやる」
「え?」
「だから、体育祭終わったら、ちゃんと病院行けよ」
「は、はい!」
田所先輩が救護班から、冷却スプレーや湿布、テーピングなどを持ってきてくれた。
「ここ、乗せろ」
「え、自分でやりますよ」
「いいから。俺がやる」
そう言って、田所先輩は僕の右足を自分の太ももに乗せる。
手慣れた手つきでテーピングをしてくれ、少しだけ痛みが和らぐ。
いつもなら、こんなふうに世話を焼かれると申し訳なくなるのに。
田所先輩になら、任せてもいい気がした。
「ありがとうございます」
「ん。じゃあ、一旦行くわ」
屈んでいた田所先輩が、スッと立ち上がる。
もう一度お礼を言おうとすると、僕の頭にポンと触れて去っていってしまった。
頭に触れた感触が、なぜか少しだけ懐かしく感じる。
じんじんと痛む右足首の熱とは違うものが、心臓の底から全身に回っていく気がした。
テントの後ろから校庭を見つめていると、二年生の競技が始まった。
三百人近くいるはずなのに、あっという間に彼を見つけてしまう。
——うわ、足速
田所先輩は宣言通り、自分の出番が終わると戻ってきてくれた。
「お疲れ様です」
「おう」
「足、速いですね」
「見てたのか?」
「たまたまです」
「ふーん」
実行委員の先生に事情を説明した後、僕は一度自分のクラス席に戻った。
「真琴!」
「お、お疲れ」
クラスの人たちとも、だいぶ打ち解けて楽しそうに談笑している。
そんな空気の中、申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、今ここで競技に出るのはさすがに難しかった。
「真琴、ごめん。急なんだけど、僕の代わりに棒取り出れる?」
「え?どうした」
「実は……」
靴下で隠した右足首を見せる。
「昨日、準備中に怪我して。今日この後病院には行くんだけど、さすがに走るのは難しくて……。急で悪いんだけど」
僕の話を聞いて、真琴が真っ先に反応する。
「大丈夫かよ!めっちゃ腫れてんじゃん」
「え。あ、うん。さっき、テーピングしてもらって、少し楽になった」
「そっか」
真琴は心配そうな表情を浮かべていた。
「もちろん、代わるよ。なんなら、委員会の仕事も代わろうか?」
本当にいい友達を持った。
真琴の言葉には裏表がないから、こういう時の言葉がすごく嬉しいし、励まされる。
「ありがとう。でも、委員会の仕事は最後までやろうと思う」
「そっか!了解!じゃあ俺は、要が出るより俺で良かっただろって風、吹かしてくるわ」
「ふふ。かっこよ」
「だろ?」
真琴に見送られて、僕はまた体育祭実行委員のテントに戻った。
田所先輩を含め、委員の人が僕の分まで仕事を手伝ってくれる。
「本当にすみません……」
小休憩中に、テントにいる委員会メンバーに頭を下げると、桃鳥先輩が僕の方にやってくる。
「もーほんとだぞ!もっと早く頼れよ!」
桃鳥先輩の言葉に、周りの先輩たちも笑いながら頷く。
「田所が教えてくれなかったら、もっと無理させてたし。もっと、頼っていいんだからな?」
「……はい、ありがとうございます」
先輩たちの優しい言葉で、感情が溢れてしまう。
田所先輩は、そんな僕の頭にそっとタオルを被せてくれた。
「よし!じゃあ、次はいよいよ新競技だぞ!最後までやり切ろうな!」
桃鳥先輩の声かけで、気合が入る。
昼休憩には全校生徒へ新競技のルールを放送し、午後の競技に備えて資料を何度も確認した。
「いよいよだな」
「はい!」
「来年もこれ、やれるといいな」
田所先輩が委員長になる来年。
——来年か……。
漠然と寂しい気持ちが押し寄せてきた。
そんな気持ちを払拭するように返事をする。
「やります。来年もできるように、今全力でやります!」
「おー、頼もしいわ」
アナウンスが流れ、生徒たちが校庭へ集まっていった。
——あぁ、無事に終わった。
この空気が、この二ヶ月間の集大成なんだと思った。
放課後。
体育祭実行委員はいつもの講堂に集まり、解散式を行った。
「えー、本当にみんなお疲れ様でした!俺らはこれから本格的に受験と向き合うので、今回の体育祭全力でやり切れて本当に楽しかった!このメンバーで作れてよかった!ありがとうございました!」
桃鳥先輩の言葉に、三年生たちが声を掛け合う。
「まじで今年おもろかったな」
「桃もお疲れ!」
「はぁー、これで終わりかー。寂しいー」
最初はやりたくなかった委員会。
それなのに、今ではこの二ヶ月間のことが次々と思い出される。
——そっか。先輩たち、居なくなっちゃうんだ。
「さみしい……」
心の中で囁いた言葉は、自然と口から溢れていた。
僕の言葉を聞いて、前に座る先輩たちが振り返る。
「えー、なに遠藤。かわいすぎんか」
「うん。可愛いんだよ遠藤は」
「うわ、桃。マウントとんなよ」
「えー、もうこれはあれだな。みんなで打ち上げ行こうな?な?遠藤」
「え、あ。え、はい」
先輩たちに一気に話しかけられ、反射的に返事をしてしまう。
そんな僕を見かねて、少し離れた席の田所先輩が声をかけてくる。
「とりあえず、お前は早よ病院行け」
「おい、言い方ー」
通常運転の田所先輩と、桃鳥先輩のやり取り。
僕はそんな二人を見られてなんだか嬉しくて、クスッと笑いながら返事をした。
「あはは、分かってます。病院行きます」
僕が笑っていると、何となく周りの先輩たちの視線を感じる。すると、誰かの話し声が聞こえてきた。
「え、かわ」
「それな」
——かわ?川?
よく分からないけど、悪口とかそういう雰囲気ではない……はず。
僕はこの委員会のメンバーに入れて良かったという気持ちで満たされていたので、それ以上気にするのをやめた。
「じゃあ打ち上げの日程は、またグループでアンケートとるわ!今日は、解散しよ」
「「「お疲れ様でしたー!」」」
ゆっくりと立ち上がり、田所先輩が教えてくれた学校の近くにある整形外科へ向かう。
体育祭中はテーピングとアドレナリンで保っていたが、全力でやり切った今は痛みが酷くなった気がする。
一人で歩くのもしんどく、壁に寄りかかりながら昇降口に向かった。


