初恋の続きは、先輩と。

僕には、七年間ずっと探している人がいる。
 名前しか知らない。
 顔だって、もうぼんやりとしか覚えていない。
 それでも、僕はその人を忘れられなかった。
 ——「れん」君。
 七年前、僕を助けてくれた男の子。
 僕の、初恋の人。

 七年前。
 小学三年生だった僕は、今よりずっと内気だった。
 その日、目の前で泣いている子を助けてあげたいと思った。けれど、どうすればいいのか分からなくて、僕はその子の隣に立ち尽くしていた。
「うー……ママあぁ……」
 僕のシャツの裾を掴みながら、泣きじゃくるその子の隣で、僕は一生懸命周囲を見渡す。
 僕なりに、勇気を振り絞ってその子の名前やお母さんの特徴を聞いてみる。
 けれど、返ってくるのは聞き取れない言葉と、しゃくり上げる声。
 ——どうしよう……。
 早くお母さんを見つけなきゃいけないのに。
 僕らの前を何人もの人が通り過ぎていく。
 それでも誰一人足を止めてはくれなかった。
 ずっと隣で泣く子を見つめて、頼られているのに何もできない自分が情けなくなり、僕まで泣きそうになる。
 視界が歪みながらも、涙を決して溢さないように耐えているだけで精一杯だった。

「おい、どうした?」

 目の前を通り過ぎていく人たちの中で、ただ一人、僕たちに手を差し伸べてくれた。
「……この子、お母さんいなくなっちゃったみたいで」
「え?!まじかよ」
 僕の言葉を聞いて、彼は泣きじゃくる子の頭をワシャワシャ撫でる。
「大丈夫!絶対見つかるから!な?」
 優しく励ます彼は、僕の方を見て笑った。
「おしっ!行こうぜ」
 そう言いながら、彼は僕の手を掴み歩き出した。
 つられるように、僕も泣いていた子の手を握る。
 さっきまで一歩も動けなかったのに。
 僕の前を颯爽と歩く彼は、まるで太陽のように眩しくて、かっこよかった。
 彼は歩きながら、大きな公園に響き渡るような声で呼びかける。
「この子のお母さんいませんかー?」
 彼はずっと堂々としていて、呆気に取られた。
 そんな彼の背中を見つめながら、繋いだ手の指先がじんわりと熱くなった。
 僕も少し躊躇いながら、彼のような声は出せないなりに頑張った。
「この子のお母さん、いますかー?」

 僕らの声が届いたのか、彼と公園の中を歩き始めて、五分ほどでお母さんが見つかった。
「澪、ごめんね。ごめんね」
 泣きじゃくる子を、その子のお母さんがギュッと抱きしめる。
 僕は張り詰めていた糸が切れたように、溢れてくる涙をバレないように拭った。
「君たちも、本当にありがとう」
 小学生の僕らに、丁寧にお辞儀をして親子が去っていった。

「あー……、マジでよかったな」
 彼は僕の隣で安心したように話す。
「……うん。本当にありがとう」
 さっき涙を拭ったせいで赤くなった目を見られないように、俯きながらお礼を伝えた。
「気にするな!それに……」
 彼は僕の俯く顔を、手のひらで包み込むようにして視線を合わせる。
 目が合った瞬間、彼がはにかみながら言った。
「お前もよく頑張ったな!あの子の前で、泣かなかったの偉いぞ!」
 その瞬間、心臓を撃ち抜かれたような衝撃が走った。
「あ……あの、」
 彼に話しかけようとした時、少し離れた場所からこちらに手を振りながら、知らない子が近づいてくる。
「おーい!れんー!遅いから、迎え来たぞー!」
 ——れん……?
 声をかけられた彼が、その子たちに手を振る。
「おー!ごめんごめん!今、行くー!」
 彼は、僕の顔を見つめながら頭を撫でる。
「じゃ、またな!」
 去っていく彼を呼び止めることもできないまま、僕はその後ろ姿が見えなくなるまで立ち尽くした。

 ——れん君……。

 あの日から、何年経っても彼の笑顔だけは忘れられない。
 それが、僕の初恋だった。
 僕より少し年上くらいに見えた『れん君』に、高校生になる僕はいまだに初恋を拗らせていた。

 ——もう一度会えたら。

 もしかしたら、れん君は僕のことを覚えていないかもしれないけど。それでも、会えたら、この気持ちを伝えたいな。
 微かな希望を抱えたまま、僕は今年、高校生になる。
 進学とともに、祖母の家に引っ越した。
 理由は二つあって、一つ目は両親が海外転勤になったこと。そして、二つ目は……。

 ——もしかしたら、偶然……会えるかも。

 憧れの『れん君』と出会った公園。
 それは、小三の夏休み、祖母の家に預けられていた時によく遊びにいっていた公園だった。
 祖母の家から通える高校へ進学し、僕はその奇跡のような偶然を待つことにした。

「私は嬉しいけど、かなめちゃんは本当にいいのかい?」
「うん!母さんたちについていっても、言葉わからないし。ばあちゃんと、ここで母さんたち待つよ!」
 表向きは、こんなふうにしてるけど。
 ばあちゃんへの後ろめたさを感じつつも、僕の脳内は七年前に出会った『れん君』でいっぱいだった。
 
 れん君は何歳なんだろう。

 高校……いや、もしかしたら大学生?

 きっと、モテるんだろうな。

 引っ越し初日の夜。
 あの日、頭を撫でながら笑ってくれた彼を思い出しながら、僕は眠りについた。
 

「かなめちゃん、いってらっしゃい」
 
 玄関で見送る祖母に手を振り、家を出る。
 駅に向かう途中、あの公園を横切った。
 
 ——懐かしいな。
 
 そんな奇跡、起こるわけない。
 
 それでも。
 
 ほんの少しだけ期待して、小さく笑みがこぼれた。