ウツシアイ

駿が柄にもなく声を裏返らせてうろたえる。その様子を見て、僕とめいさんは思わず顔を見合わせてニヤニヤしてしまった。橘先輩と一緒についてきていたもう一人の名前も知らない女の先輩も、「星野くん、わかりやすっ」とクスクス笑っている。
「どうしたのじゃないよ、勉強しに来たんだよー。受験生は大変なんだから」
橘先輩はそう言って、悪戯っぽく笑いながら駿の腕をポカポカと軽く叩いた。
「…あ、そうだ文化祭の劇のこと言おうと思ってたんだ。私、客席の後ろの方で観てたんだよ。城ヶ崎くん、本当にすごく、すっごく良かった。……星野くんも地球の花っていういろんな人がやってるやつだけど一番良かった!」
橘先輩は僕と駿の顔を交互に見つめながら、これ以上ないほど華やかな笑顔を咲かせた。サクとしての僕のことも、そして駿のことも、全部丸ごと等身大に褒めてくれるその眩しさに、駿の耳が一気に赤く染まっていく。
「あ、そっちの可愛い子ちゃんも、はい、これ差し入れ!」
橘先輩は、カウンターの奥にいためいさんにもパッと笑顔を向け、スクールバッグから、自分が勉強中に舐めているらしい、お気に入りの飴の袋を引っ張り出した。そこからいくつか飴玉を取り出すと、駿の手のひらの上に、そして僕と、めいさんの前にもコトッと置いてくれた。
「私たちが勉強中に舐めてるやつ。じゃあ、私たちは勉強戻るね。受験勉強頑張らなきゃ!」
先輩はそう言うと、隣の女の子と「早く行こ、席埋まっちゃう」なんて笑い合いながら、嵐のように爽やかな風を遺して、図書室の奥の自習スペースへパタパタと去っていった。
残された駿は、真っ赤な顔のまま、手のひらの中の飴玉を呆然と見つめていた。
「…なんだよ、これ」
「よかったじゃん、駿。橘先輩から絡んでもらえてさ」
僕がニヤニヤしながら肩を小突くと、駿は「うるせえよ、サク!」と言いながらも、どこか心の底から嬉しそうに、救われたような顔をして小さく笑った。
駿の目には、もう昔のような寂しげな影は一欠片もなかった。
お父さんが命をかけて守った駿の未来が、今、あいつ自身の小さな恋の予感によって、本当の意味で新しく動き出した。これで本当に、僕たちの周りには、誰一人として取り残された絶望はいなくなった。