ウツシアイ

目には見えないけど、確かにそこにある愛に守られながら、私たちの時間は優しく刻まれていた。

三月の冷たい夜風が、祖父母の家の古い窓ガラスをカタカタと小さく揺らしていた。
明日はいよいよ、高校の卒業式。そして、来週には、この慣れ親しんだ自分の部屋の段ボールを抱えて、自分たちの力で見つけた小さなアパートへと引っ越す。
私は、サクと二人で何度も日記で話し合って決めた、この家で過ごす最後の夜の時間も数える程しかない。そんな時間をじっくりと噛み締めていた。
パジャマ姿のまま自室を出て、居間に向かった。
「おばあちゃん、ちょっといい?」
ドアを開けると、おばあちゃんは食卓の椅子に座って、老眼鏡をかけながら、明日、私かサクのどちらかが着るためのアイロンの綺麗にかかった制服を愛おしそうに眺めていた。奥のコタツでは、おじいちゃんが相変わらず無表情のまま、静かに新聞をめくっている。
「おや、アキちゃんかい。どうしたの、明日は早んだからもう寝ないと」
おばあちゃんは顔をあげて、皺くちゃの優しい笑顔を向けてくれた。
私はこたつの横にそっと歩み寄り、二人の前に正座して、膝の上で自分の大きな手をぎゅっと握りしめた。
「おじいちゃん、おばあちゃん。…今まで本当にありがとうございました」
床に深く頭を下げる。男の子の低い声になっているけど、私の心からの、アキとしての精一杯の感謝を言葉に乗せた。
「中学の夏、お母さんの家を出て、孤独でどうしようもなかった私たちを、二人は何も言わずに引き取ってくれた。サクが学校に行けなくなりそうだった時も、私が泣いてた夜も、おばあちゃんはいつも優しくこの頭を撫でてくれた。おじいちゃんも不器用だけど、いつもおばあちゃんを介して私たちの日常を静かに見守ってくれた。…高校を卒業するまでの数年間、二人が暖かいご飯とか、愛情とかいっぱいくれたから、私たちはこうして前を向いて、明日、卒業式を迎えられます」
床を見つめる私の目から、ぽろぽろと涙が溢れて、畳の上に小さな染みを作っていった。
お母さんと離れて実家に甘えるんじゃなくて、自分たちの足で社会へ一歩を踏み出すために、一人暮らしを始めよう。そう決めたのは、育ててくれた二人にこれ以上甘えず、自立した姿を見せることが、何よりの恩返しだと思ったからだった。