ウツシアイ

『お母さんは、二日目のステージに上がったのがアキだって、すぐに気づいてたんだって。歩き方や、声のトーンで、アキの名前を呼んで、顔をぐしゃぐしゃにして大泣きしてたらしい』
「え……?」
ノートを持つ私の指先が、ガタガタと激しく震え始めた。
サクのお母さんが、私の存在に気づいて、名前を呼んで泣いてくれていた?
文字はさらに続いていた。お母さんはアキを不気味だと思って捨てたんじゃない。自分の過剰な期待がサクを追い詰め、アキを生み出すまで苦しめてしまったことを、何年も、たった一人で後悔して泣き続けていたんだということ。今年の七月に作ったチーズケーキの材料費も、裏でお母さんがおばあちゃんに渡してくれていたのだということ。
『目には見えなかったけど、僕たちのすぐ近くには、ずっとお母さんの愛があったんだよ』
その一節を読んだ瞬間、私の頭の中で、ずっと頑なにかかっていた真っ暗な目隠しが、ガラガラと音を立てて崩れ去っていくのが分かった。
実家にいた頃の記憶が、鮮烈に蘇ってくる。
居間の隅にあった、小さなお仏壇。そこに飾られていた、優しそうな男の人の写真。お母さんの、どこか寂しげで、私を値踏みするようだった張り詰めた横顔。
私は今まで、自分がサクの体を借りて生きている実体のない幽霊だから、サクの過去の傷に触れてはいけないと、本能的にそのお仏壇の正体から、お母さんの涙の理由から、無意識に目を背けて生きてきたんだ。私は、お母さんの期待に応えるためだけの身代わり人形なんだって、思い込もうとしていた。
だけど、違った。
あの写真の人は、私を「愛しい娘」だと泣いてくれたお母さんの、そしてサクの、大切なお父さんだったんだ。
「お母さん……っ」
涙が、私の目から、サクの目から、止めどなく溢れ出て、サクの遺した黒いインクの上にボトボトと落ちて、文字を新しく滲ませていった。
私は、誰の記憶にも残らない、不気味な幽霊なんかじゃなかった。お母さんに、この世界に確かに見出されて、一人の女の子として、娘として、激しく愛されていたんだ。
「アキちゃん、どうしたのかねぇ」
トントン、と部屋のドアが開き、朝ご飯の支度を終えたおばあちゃんが顔を覗かせた。おばあちゃんは、私の制服の胸元を涙でぐしゃぐしゃに濡らし、ノートを抱きしめて泣きじゃくる私を見て、すべてを察したように優しい目を細めた。