いつもは真っ暗な、冷たい水底のような場所にいる。
サクが眠りについたあと、誰もいない真夜中の数時間だけが、私の世界だった。静まり返った部屋の中で、私は彼の目を通して天井を見つめ、サクの耳を通して虫の声をきく。実態のない私は、ただのサクを内側から見守るだけの、名前のない影法師でしかなかった。
だけど、あの夏の日。私の意識がゆっくりと水面に浮上したとき、机の上に置かれた一冊のノートに目が留まった。
身体を動かしてベッドから降りる。夜の五時の静かな自室。カーテンの隙間からほんの少しだけ光が差し込み始めていた。
勉強机の上に、見慣れない新品のノートがポツンと開かれたまま置かれている。
吸い寄せられるように机の椅子に腰をかけ、サクの筆跡で乱暴に書き殴られたその文字を見つめた。
『はじめましてでいいのかな。なんか記憶が飛んでるし、勝手にアイス食べるし、君は僕の体で何をしているの?それと、もし本当に存在しているのなら返事が欲しい。』
「……あ」
喉の奥から、小さな、掠れた声が漏れた。
サクは、確証は持てないまでも、自分の体の中で起きている不思議の正体を突き止めようとしているらしい。だから、このノートを開いて、私という存在に真っ直ぐ言葉を求めてきたのだ。
初めて自分の意思でこの身体を自由に動かせるようになった、ほんの数か月前のあの日の夜。男の子の部屋にある見慣れない景色への戸惑いと、それ以上に、この身体を通して『外の世界』に触れられることへの、抑えきれないほどの純粋な好奇心が胸を突き上げていた。
最近は少し無茶をしすぎたかもしれない。勝手にサクのふりをして学校に行ってみたり、台所へ向かい、冷凍庫を開けて、そこにあったいちご味のカップアイスを見つけ、この感覚を、この味を自分の舌で確かめてみたかったという、子供のような好奇心だけで、私はそれをこっそり食べてしまった。
その無茶な行動のせいで、ついにサクに私の存在が気づかれてノート開かせることになってしまった。
サクが眠りについたあと、誰もいない真夜中の数時間だけが、私の世界だった。静まり返った部屋の中で、私は彼の目を通して天井を見つめ、サクの耳を通して虫の声をきく。実態のない私は、ただのサクを内側から見守るだけの、名前のない影法師でしかなかった。
だけど、あの夏の日。私の意識がゆっくりと水面に浮上したとき、机の上に置かれた一冊のノートに目が留まった。
身体を動かしてベッドから降りる。夜の五時の静かな自室。カーテンの隙間からほんの少しだけ光が差し込み始めていた。
勉強机の上に、見慣れない新品のノートがポツンと開かれたまま置かれている。
吸い寄せられるように机の椅子に腰をかけ、サクの筆跡で乱暴に書き殴られたその文字を見つめた。
『はじめましてでいいのかな。なんか記憶が飛んでるし、勝手にアイス食べるし、君は僕の体で何をしているの?それと、もし本当に存在しているのなら返事が欲しい。』
「……あ」
喉の奥から、小さな、掠れた声が漏れた。
サクは、確証は持てないまでも、自分の体の中で起きている不思議の正体を突き止めようとしているらしい。だから、このノートを開いて、私という存在に真っ直ぐ言葉を求めてきたのだ。
初めて自分の意思でこの身体を自由に動かせるようになった、ほんの数か月前のあの日の夜。男の子の部屋にある見慣れない景色への戸惑いと、それ以上に、この身体を通して『外の世界』に触れられることへの、抑えきれないほどの純粋な好奇心が胸を突き上げていた。
最近は少し無茶をしすぎたかもしれない。勝手にサクのふりをして学校に行ってみたり、台所へ向かい、冷凍庫を開けて、そこにあったいちご味のカップアイスを見つけ、この感覚を、この味を自分の舌で確かめてみたかったという、子供のような好奇心だけで、私はそれをこっそり食べてしまった。
その無茶な行動のせいで、ついにサクに私の存在が気づかれてノート開かせることになってしまった。

