ウツシアイ

生唾を飲み込み、激しく上下する肩を落ち着かせようと胸に手を当てる。冷たくなった人差し指を伸ばし、実家のインターホンを静かに押した。
ピンポーン、と間の抜けた音が静かな住宅街に響く。
数秒の静寂が、まるで永遠のように長く感じられた。
ガチャリ、とチェーんの外れる音がして、ゆっくりと木製のドアが開いた。
「……あら駿くん?今日は――」
ドアの隙間から顔を覗かせた母さんは、駿が来たのかと思い込んで言葉を紡ぎ、そして僕の姿を真っ直ぐに捉えた瞬間、その言葉を完全に凍り付かせた。驚きと、信じられないという困惑で、母さんの綺麗な瞳が大きく見開かれた。
「……サク……?なんで……」
何年かぶりの正面から向き合う、僕の、そして、アキの母さん。
記憶の中の母さんはいつも僕に完璧を求め、冷たい視線を向けていたはずだった。だけど、今、目の前にいる母さんは、僕の知っている誰よりも、脆そうに見えた。
「……母さん」
僕は喉の奥の震えを必死に抑えて、真っ直ぐに母さんの目を見つめ返した。
「上がっても、いいかな」
母さんは何度も小さく頷き、震える手でドアを大きく開け放した。
「ええ…ええ、もちろんよ。入りなさい、サク」
靴を脱ぎ、何年も遠ざけていた懐かしい実家の廊下を進む。家の中は驚くほど静かで、どこか時間が止まっているかのような独特な匂いがした。
居間に通された瞬間、僕の視線は部屋の隅へと吸い寄せられた。
そこには小さな仏壇があった。
小学校一年生の時から止まったままの、あの優しかった父さんの写真が当時と変わらない笑顔で飾られている、お仏壇の周りは埃一つなく、掃除されており、瑞々しく綺麗な花が丁寧に供えられていた。
母さんが、僕たちと離れて暮らす間も、毎日毎日、この場所で父さんに手を合わせ、僕たちのことを祈り続けていたんだ。その確かな証拠が、綺麗に磨かれたお仏壇の前に立つだけで、痛いほど伝わった。
胸の奥が熱くなり、視界がまたじんわりと滲み始めた。
「今、お茶淹れるわね。座って待ってて」
慌てた様子で台所へと向かおうとする母さんの背中に、僕は静かに、けれどはっきりとした声を投げかけた。
「母さん、お茶はいいよ。……駿から、全部聞いたんだ」
お母さんの足が、ピタリと止まった。
その背中が、目に見えて小さく震え始めていた。