ウツシアイ

あの温もりが胸の奥に広がった瞬間、ドクン、と心臓がひときわ大きく跳ねた。
身体の芯から、抑えきれないほど熱い衝動が突き上げてくる。
今すぐに、母さんに会わないとダメだ。
ずっと、母さんに拒絶されていると思い込んで、会わないように父さんの墓参りの日にちすら執念でずらしてきた。合わせる顔がないと、僕の方から勝手に逃げ回っていたんだ。だけど、母さんは僕たちの舞台を、あの客席の後ろでボロボロに涙を流しながら見守ってくれた。アキの存在に気づいて、名前を呼んで泣いてくれた。
もう一秒だって、そんな後ろ向きな日常を続けるわけにはいかない。
「駿……母さん、今もあの家にいるんだよな」
涙を制服の袖口で乱暴に拭いながら問いかける僕に、駿はすべてを察したように、優しく、けれど力強く微笑んで頷いた。
「ああ、あそこ……サクの昔の家、今もおばさんがあそこで一人で暮らしてるよ」
「……ありがとな」
それだけ言い残し、僕は夕闇の迫る教室を飛び出した。
後ろから「サク、走れよ!」という駿の大きな声が、背中を強く押し出してくれるような気がした。
後者を出ると、十月の冷たい秋風が僕の頬を容赦なく叩いた。けれど、僕の体は、そして内側で完全に眠っているアキの繋いだこの心は、驚くほどポカポカと熱を帯びていた。
ガタゴトと規則正しく揺れる電車の中、僕は窓ガラスに映る自分の顔をじっと見つめていた。城ヶ崎朔夜。この顔の奥に、母さんが『愛おしい娘』だと泣いてくれたアキがいる。アキに、もう幽霊みたいな寂しい思いはさせない。
目的の駅の改札を抜け、何年も避けてきたあの懐かしい坂道の前に立つ。
空にはうっすらと一番星が輝き始めていた。
僕は深く息を吸い込み、一歩、また一歩と坂道を登り始める。
小学校一年生のあの日、父さんが駿の代わりにトラックの前で飛び込んで亡くなった、あの交差点が近づいてくる。あの日を境にすべてがバラバラになってしまった、僕にとっては思い出すだけで胸の奥が苦しくなる場所。何年も遠ざけていたその景色を、だけど、今日の僕は真っ直ぐに見つめていた。お父さんが命をかけて守ってくれた駿が、今度は僕とアキの心をずっと守り続けてくれていた。その目に見えない温かな愛の鎖が、僕の背中を、これ以上ないほど優しく支えてくれているのが分かった。
気づけば、僕は走っていた。
何年も避け続けていた『本当の家族の場所』を目指した、一気に坂道を駆け上っていく。
たどり着いたのは、かつては三人で暮らし、今は母さんが一人で守っている一軒家だった。