ウツシアイ

僕はその文字を、指先でそっとなぞった。
不器用な僕を必死に支えようとしてくれているアキの健気さが、痛いほど伝わってくる。
そして、追伸の数秒に目を落とした瞬間、僕の心臓がトクン、と大きく跳ねた。
『サクが私のこと大切に思ってくれていることがなんとなく伝わってくるよ。』
僕は思わず、開いたノートをじっと見つめたままフリーズしてしまった。アキを傷つけたくない。アキのいるこの日常を、自分が絶対に守り抜かないといけない。直接言葉になんてしたことなかった。それでも、日々の生活の痕跡に込めていた自分の想いを、アキは言葉の裏側から、心で受け取ってくれていたらしい。
顔がじわじわと熱くなる。ただの同居人として接してきたつもりだった。だけど、アキに伝わっていたことが猛烈に恥ずかしく、そして言葉にできないほど愛おしかった。
アキは最後に『それじゃあ、また明日。ノートの中でね』と結んでいる。
お互い会うことはできない。だけど、アキはノートという唯一の場所で、明日も僕と繋がれることを静かに信じてくれている。
「消すわけない。アキのことも、この体も、僕が絶対に」
僕は一度ノートを閉じると、彼女の言葉をポケットにそっとしまい込むように学校に向かった。その日の一日は、驚くほど短く感じられた。授業中も、駿と文化祭の動きの確認をしている時も、頭の片隅にはずっとアキの丸い文字と、あの追記の言葉があった。駿から「今日のサク、なんか気合い入ってるな」と言われた時は、僕はただ、フット笑って誤魔化すしかなかった。
(アキが作った飛行士を、絶対に台無しにはしない)
その一心で一日を駆け抜け、夜、自室に戻ってようやく僕はペンを握りしめた。
アキの熱量に応えるように、そして、彼女を安心させるように、夜の静寂の中で、じっくりと自分の言葉をノートに書き連ねていく。

『九月二十四日
アキ、劇のアドバイス、めちゃくちゃ助かる。これなら舞台に立つことになっても、アキが作った飛行士を絶対に台無しにしないで済む。
今日、駿ともいっぱい練習するから安心してくれ。
それから追伸のこと。
当たり前だよ。アキがここにいるから、僕は毎日ちゃんとやっていけるんだ。
アキの言う通り、姿は見えないけど、僕もアキを近くに感じてる。
文化祭まであと少し。どっちが舞台に立ってもいいように、完璧にしておくよ。
それじゃあ、また明日。ノートの中で待ってる。』

ノートを閉じ、僕は強く息を吐いた。
いつものようにスマホを金庫にしまい、ベッドに入ってゆっくりと目を閉じる。
文化祭本番へのカウントダウンはもう始まっている。姿は見えなくても、アキが僕の背中を支えてくれている。
どちらがいつ表に出でも最高の飛行士を演じられるように、明日からの練習も、一日だって無駄にはできない。
胸を満たす熱い決意を抱きながら、僕はゆっくりと意識を手放していった。