ウツシアイ

「そうなの。私がやりたいってサクにお願いしてね。本当は本番の二日間とも私だったらいいんだけど、それはきっと無理だし、文化祭を独り占めをしたくないから、結局彼にも演じてもうらうことになるんだけど、サクがいいよって言ってくれたから、足を引っ張らないように少しでも台本読んでおこうと思って」
私の言葉を聞いためいさんは一瞬だけ、胸の奥をキュッとさせたような切なげな瞳をした。
「だったら、私に任せてください!私練習に付き合います!」
「えっ、休憩中なのにいいの?」
「もちろんです!相手役がいた方が絶対に練習になりますから。私のクラスの戻り時間まで、たっぷり練習に付き合います。ほら、早く台本開いてください」
そう言って、めいさんは私の腕を掴んで、窓際の机へと引っ張っていく。
約束なんてしていない。たまたまクラスの準備の合間に、ここで出会えた奇跡。私を私として見つめてきてくれる彼女のまっすぐな友達としての好意が、午前中の作業の疲れを全部吹っ飛ばしてくれるくらい、嬉しくてたまらなかった。
「じゃあ…王子さまのセリフお願いしてもいい?」
「はい!任せてください!」
祝日の誰もいない静かな図書室。私とめいさんは机を挟んで向き合い、二人だけの特別なリハーサルを始めた。
「……お願い。ヒツジの絵を描いて」
めいさんが台本に視線を落として王子さまのセリフを口にする。いつもの元気な声とは少し違う。どこか無垢で、不思議な響きを持った声。
「えっ?…なんだって?」
私は彼の少し低い声を使って、砂漠の不時着して困惑する飛行士のセリフを返す。
「ヒツジの絵を描いて……」
めいさんが台本から顔をあげ、じっと私の目を見つめた。その瞳のまっすぐな光に私の胸がトクトクと小さく跳ねる。
私が大好きな、心の中にいるサク。
姿を見ることも、手を握ることもできない。決して結ばれることのない叶わぬ恋。だから私は、この気持ちを彼に伝えて困らせないよう、ただの『同居人』として心に鍵をかけている。
「…僕には、絵なんか描けないんだ」
サクの、少し低い声を意識しながら、私は飛行士のセリフを返した。
「そんなの関係ない。ヒツジの絵を描いて…」
めいさんはそこで一度セリフを止め、台本を膝の上に置いた。窓から差し込む西陽が、彼女のどこか寂しげな横顔を照らしている。