理科室の住人

せんぱいのうちで何度もクラゲを見た。
海に行ったときにせんぱいは海で水をくむと言っていた。

せんぱいが理科部で海水を海に汲みに行っているのを見たことが無い。

僕は一つの疑問を部活の最中にせんぱいになげかけた。

「もしかして、クラゲの世話ってすごい大変ですか?」
「大変の意味によるかな」

先輩はそう答えた。
辛いという意味ではなく、なんだろう、考えた後、最初の疑問を先輩に言う。

「もしかして休みの日も世話してませんか? クラゲ……」

僕が聞くと「必要な時はきてるよ」と先輩は答えた。
やっぱり。

「それって、僕も手伝えませんか?」

僕が聞くと「クラゲは、ほぼというか完全に俺の趣味だから、負担にならなければ」とせんぱいは言った。

理科部の関係のことで負担に思ったことは無い。
バイトとかをしている訳でもない。

誘われたのはその週の土曜日。
毎週土曜日にきているかたずねると「検定試験のある日とかは立ち入れない時もあるよ」とせんぱいは言った。

何でも検定とか入試関連の色々とか土日に部活目的で入れない日は多いらしい。

* * *

休日の校舎内はとても静かだった。
遠くから運動部の声は聞こえるけれど、切り抜かれたみたいにこの校舎だけ静寂に包まれている。
うちの学校は吹奏楽があまり盛んではないので音楽室も静かだ。

多分ちがうけど、校舎に二人っきりになっている様な感じがする。
こんなに静かな校舎は初めてで何となく、意味もなく不安になって、あちこち視線を動かして確認してしまう。

せんぱいは今日はブレザーを着ているけど眼鏡はかけっぱなしで、どちらかというといつものせんぱいに近い。
大体きっといつもそうなのかもしれない。
仲いいクラスメイトがいないとわかっているとか。
多分そういう理由だろう。

せんぱいは理科室のカギを先生から借りてきていて、それで中に入る。
いつもより静かな廊下を二人で歩く。
部活終わりもまあ、静かなのかもしれないけどその時よりももっと静かで人がいない感覚がする。


そのためか、理科室の中は、なんというかいつも通りで少しほっとした。

先輩は理科室に入るとブレザーを脱いでしまっている。

「いつものカーディガン持ってきているんですか?」

着替えるのかとたずねると「持ってきてないよ」と言われた。

「脱いだ方がいいやつですか?」

僕が言うと、あわてたように先輩は「……いや!?水替えは平日にやろうと思ってるし」と言った。

「じゃあその時は誘ってください」
「わかった」

それから先輩は小さな網とスポイトっぽいものを棚から出す。

「星野君は、このあみで浮いてるゴミ?みたいなやつすくってみて」
「はい」

そう言われて水槽に浮いているカスみたいなやつを拾っていく。
せんぱいは水槽に接続されている色々な装置を一つずつ確認していっているみたいだった。
それから、水槽用のスポンジで水槽を汚れをすこし拭いた。

せんぱいに何を確認していたのか聞くと「故障して電気通ってないのが一番怖いから」と言っていた。

その後は水嵩のチェックを二人でする。
生き物を生かすということは結構大変だ。

それを先輩はずっとやっている。

「この辺の生き物は去年から?」
「クラゲ関係はほとんど俺だけど、その前から理科室で培養してるやつとか色々だね」

そういえば小学校の頃のミカヅキモの見た目は覚えているけれど、あれがどこからやってきたかは知らない。
生き物は自然にいるものも勿論あるけれど、こうやって毎日管理して生きているのだ。


それからせんぱいは今日は餌の日なのだと教えてくれた。

せんぱいは薄いオレンジ色の液体みたいなものを、大きなスポイトで吸い上げた。
せんぱいの家にいたエフィラと同じかたちをしたクラゲがいる。

それがゆるっと餌の方ふわふわと向かっている気がする。
少しのんびりしている気分になる。


「これ、餌?」
「そうだよ。
アルテミアのノープリウス」


また呪文みたいな名前が出てきた。
意味は分からない。
とにかく、これはクラゲの餌だ。

スポイトみたいなやつで吸い上げて、ペットボトルに入れていた。

それから、他にやる事と思って聞く。

「ボルボックスは餌はいらないんですか?」
「あれは基本光合成だから。
たまに培養液をたすけど」
「培養液……。餌みたいなものですか?」
「そんな感じ」

今日も水槽はいくつもあって、それで小さな音がして稼働している。
休日もせんぱいも僕もそれから理科部もそんなに変わらない。
そんな感じだった。

帰りも二人で並んで帰る。先輩が途中の自販機でジュースを買ってくれることになった。
僕は理科っぽいので、サイダーをお願いした。
普段の理科部終わりとは少し違う。
静かで、他の人達がとても遠く感じる。そんな日だった。