シャボン玉の実験をした翌日、僕は担任から入部届をもらって提出した。
別に褒められたからじゃない。
上達したいと思ったことがそもそもあまりないし、将来の進路選択に絵は入っていない。
絵が描けるからこの部活を選んだわけじゃない。
ただ、高校も何も無く平凡に過ぎていくのではなく、何かを始めてみたくなったのかもしれない。
でも、もう少しせんぱいの話を聞いてみたかったというのが一番大きいかもしれない。
渡した時、せんぱいは少しだけ驚いた顔をしていた。
昨日ちゃんと理科部に入る話をしたけれど、入らないかもしれないと思っていたのかもしれない。
けれど、せんぱいはすぐとても嬉しそうな顔をしたので、僕の話を本気にしてなかったということではないことが、すぐに分かった。
こうして僕は、入学するときには考えてもいなかった理科部の部員になった。
* * *
別に義務じゃない。
せんぱいはそう言っていた。
だから、行けない日はそのまま帰っていいのかもしれない。
だけど……。
突然できてしまった用事にどうしようかと悩む。
せんぱいの名前は雨宮。
二年生だということは知っているし、他にいなさそうな名字だ。
ふつうに二年の教室に行けばせんぱいはいるだろう。
中学のときも後輩が訪ねてくるクラスメイトは何度も見た。
一応、「今日は行けません」と伝えたいと思った。
だから二年生の教室をひと部屋ずつ覗いていく。
端の一組でせんぱいを探していると、知らない先輩が話しかけてくれる。
「雨宮せんぱいを探しているんですが」
と言うと、「雨宮? ああ、三組だな」と返してくれた。
やっぱり少しめずらしい名字だからだろう。
学年に雨宮という名字の人は一人しかいないようだった。
三組の教室を覗いてもせんぱいは見当たらなかった。
「すみません。雨宮せんぱいはいますか?」
一番近くにいた人に声をかける。
「ん?……おーい雨宮お客さん」
その人は少し不思議な顔ををした後、教室の後方に声をかけた。
教室の後方にまとまっている人たちはどちらかというと華やかな印象のグループだ。
あれ?と思った。
「なにー?」
一人の人がこちらを振り向く。
ぼさぼさでもよれよれでもなく、しかもメガネもかけていないせんぱいがそこにはいた。
それどころか、部活の最中に着ているカーディガンと違うものを着ている気がする。
せんぱいが着ているカーディガンはなんとなく理科部のときよりおしゃれな人が着ている物なような……。
いかにもインドア系という感じではなく、夏休みには予定がめいっぱい詰め込まれていそうな感じだ。
「え?」
思わず疑問符付きの声が出てしまう。
兄弟とかかもしれないと一瞬思うけれど「あれ? どうした?」と僕に話しかけられて、人違いではないと気がつく。
せんぱいを頭の先から足の先まで視線で追ってから、不躾で失礼だと思い至る。
「す、すみません……」
僕が謝ると、せんぱいはクスクスと面白そうに笑っている。
せんぱいは教室でもあのよれよれのまま一人で本を読んでいるようなタイプだと思っていた。
それこそ、そういう決めつけは良くないのになんとなくそう思っていた。
一人で科学の雑誌を読んでいる。そういう人だと思っていた。
「中々イケてるだろ?」
せんぱいは笑顔で言う。
言い方の少しずれた感じががいつものせんぱいで、少し安心した。
「そうですね」
思わず心の底からそう思って返事をしてしまう。
せんぱいが一瞬固まる。
なにか返答を間違えてしまったかもしれない。
「すごい自然にできててすごいと思いますよ」
「こっちが盛ってる姿だと思う?」
「あ、はい。まあ……」
言ってからこちらが素のせんぱいで、理科室の姿がそういうコスプレみたいなものの可能性もあるのかと気がつく。
最初に会ったのがあちらの姿だったせいか、そういうことは全く思い浮かばなかった。
「結構頑張ってるからね」
せんぱいの言葉でようやく少なくとも今までの僕が知ってる姿のほうが素なのだと分かる。
「あ、もしかして何か用事?」
せんぱいが聞いてくれる。
「今日すぐ帰らないといけないので、部活出れないです」
すみません。と僕が言うとせんぱいは「了解」と理科室で話すような淡々としていてそれでいて柔らかい声で言った。
ここで、根ほり葉ほり聞く話ではないのに、僕はなんでそんなことしてるんですか?って聞きたい気持ちになった。
それから、理科室のあの姿を知ってるのは僕だけなのか。
だけど、何故? という疑問があった。
だけど別にかっこいい方がいいというだけかもしれない。
部活の知り合いがそこまで踏み込んでいいのか分からなかった。
その夜、とりあえず、せんぱいの今日の服装をスケッチしてから、何をしているのだ僕は……と思った。
別に褒められたからじゃない。
上達したいと思ったことがそもそもあまりないし、将来の進路選択に絵は入っていない。
絵が描けるからこの部活を選んだわけじゃない。
ただ、高校も何も無く平凡に過ぎていくのではなく、何かを始めてみたくなったのかもしれない。
でも、もう少しせんぱいの話を聞いてみたかったというのが一番大きいかもしれない。
渡した時、せんぱいは少しだけ驚いた顔をしていた。
昨日ちゃんと理科部に入る話をしたけれど、入らないかもしれないと思っていたのかもしれない。
けれど、せんぱいはすぐとても嬉しそうな顔をしたので、僕の話を本気にしてなかったということではないことが、すぐに分かった。
こうして僕は、入学するときには考えてもいなかった理科部の部員になった。
* * *
別に義務じゃない。
せんぱいはそう言っていた。
だから、行けない日はそのまま帰っていいのかもしれない。
だけど……。
突然できてしまった用事にどうしようかと悩む。
せんぱいの名前は雨宮。
二年生だということは知っているし、他にいなさそうな名字だ。
ふつうに二年の教室に行けばせんぱいはいるだろう。
中学のときも後輩が訪ねてくるクラスメイトは何度も見た。
一応、「今日は行けません」と伝えたいと思った。
だから二年生の教室をひと部屋ずつ覗いていく。
端の一組でせんぱいを探していると、知らない先輩が話しかけてくれる。
「雨宮せんぱいを探しているんですが」
と言うと、「雨宮? ああ、三組だな」と返してくれた。
やっぱり少しめずらしい名字だからだろう。
学年に雨宮という名字の人は一人しかいないようだった。
三組の教室を覗いてもせんぱいは見当たらなかった。
「すみません。雨宮せんぱいはいますか?」
一番近くにいた人に声をかける。
「ん?……おーい雨宮お客さん」
その人は少し不思議な顔ををした後、教室の後方に声をかけた。
教室の後方にまとまっている人たちはどちらかというと華やかな印象のグループだ。
あれ?と思った。
「なにー?」
一人の人がこちらを振り向く。
ぼさぼさでもよれよれでもなく、しかもメガネもかけていないせんぱいがそこにはいた。
それどころか、部活の最中に着ているカーディガンと違うものを着ている気がする。
せんぱいが着ているカーディガンはなんとなく理科部のときよりおしゃれな人が着ている物なような……。
いかにもインドア系という感じではなく、夏休みには予定がめいっぱい詰め込まれていそうな感じだ。
「え?」
思わず疑問符付きの声が出てしまう。
兄弟とかかもしれないと一瞬思うけれど「あれ? どうした?」と僕に話しかけられて、人違いではないと気がつく。
せんぱいを頭の先から足の先まで視線で追ってから、不躾で失礼だと思い至る。
「す、すみません……」
僕が謝ると、せんぱいはクスクスと面白そうに笑っている。
せんぱいは教室でもあのよれよれのまま一人で本を読んでいるようなタイプだと思っていた。
それこそ、そういう決めつけは良くないのになんとなくそう思っていた。
一人で科学の雑誌を読んでいる。そういう人だと思っていた。
「中々イケてるだろ?」
せんぱいは笑顔で言う。
言い方の少しずれた感じががいつものせんぱいで、少し安心した。
「そうですね」
思わず心の底からそう思って返事をしてしまう。
せんぱいが一瞬固まる。
なにか返答を間違えてしまったかもしれない。
「すごい自然にできててすごいと思いますよ」
「こっちが盛ってる姿だと思う?」
「あ、はい。まあ……」
言ってからこちらが素のせんぱいで、理科室の姿がそういうコスプレみたいなものの可能性もあるのかと気がつく。
最初に会ったのがあちらの姿だったせいか、そういうことは全く思い浮かばなかった。
「結構頑張ってるからね」
せんぱいの言葉でようやく少なくとも今までの僕が知ってる姿のほうが素なのだと分かる。
「あ、もしかして何か用事?」
せんぱいが聞いてくれる。
「今日すぐ帰らないといけないので、部活出れないです」
すみません。と僕が言うとせんぱいは「了解」と理科室で話すような淡々としていてそれでいて柔らかい声で言った。
ここで、根ほり葉ほり聞く話ではないのに、僕はなんでそんなことしてるんですか?って聞きたい気持ちになった。
それから、理科室のあの姿を知ってるのは僕だけなのか。
だけど、何故? という疑問があった。
だけど別にかっこいい方がいいというだけかもしれない。
部活の知り合いがそこまで踏み込んでいいのか分からなかった。
その夜、とりあえず、せんぱいの今日の服装をスケッチしてから、何をしているのだ僕は……と思った。



