雨の日は雨がフィルターの様に校舎の周りにあって、学校が孤立しているみたいなそんな気分になることがある。
せんぱいの話を聞いた後、僕は何も考えなかったわけではない。
そもそも、せんぱいは僕に自分のことを話すつもりはきっとなかった。
それを話してくれたことの重さを考えながら、僕は今日も理科室に行く。
理科部が二日に一回で良かった。
少しだけ考えを整理することができた。
雨のせいか理科室はいつもより薄暗い。
僕が理科室に入ると先輩は一瞬固まる。
来るか来ないかきっとずっと考えていた人の反応だ。
せんぱいの動きはすこしぎこちない。
この場所はせんぱいの場所で、とても居心地が良くて。
だからそれは嫌だった。
ただ、僕がいなくなればそれで解決する話とも思えなかった。
そして、それは議論という話合いをしてして何とかなる話だとも思えなかった。
「せんぱい、少しいいですか?」
僕はそう言っていつもの机に先輩を呼んだ。
せんぱいは緊張した顔で「理科部をやめる話かな?」と聞いた。
「違います」
そんな緊張した顔をされると、僕迄緊張してしまう。
「そうじゃくて、今日は僕の話を聞いてもらいたいと思って」
そう言ってから僕は鞄を取り出した一冊のメモ帳を机に置いた。
シャボン玉を描いた時にせんぱいには見られている。
せんぱいは褒めてくれた。
でも、相変わらずメモ帳を出すのは少し怖い。
絵が上手いわけじゃない。
美術の時間に褒められたことは無い。
通知表もずっと3が並んでいる。
特技ではない。
誰にも言えないし。そもそも大きい絵を描くのは苦手だ。
小さなノートに頭の片隅に引っかかったことを描いているだけのもので癖の一種だと思う。
だけど、誰かに見せたことの無いものだ。
上達したいとも思っていないし、これを役に立てたいとも思っていない。
理由は色々あるけれど、結果として誰にも見せたことの無い秘密のノートになっている。
でも、せんぱいの前なら、まあいいか。
そう思った。
だからせんぱいの方にメモを差し出す。
「僕は絵も別に上手く無くて、特技でもなんでもないのに描いてしまう癖があるんです。
誰にも言ったことがないし、何かの役にも立たないし、別に進路にも関係ない」
「上手だったじゃないか?
特徴がよくつかめてた」
「そんなことを言うのは、せんぱいだけですよ。
みんなは写真みたいなやつとか漫画の背景みたいなやつを上手いというんです」
だから誰にも見せていない。
メモ帳にする前、授業中に描いた落書きを見られたことがあるけれど、うん。
あまりいい思い出ではない。
「せんぱいの秘密を知ったのでお返しです。
まあ僕のは微妙ですけど」
同じくらい大事な秘密を返せるとは思わなかった。
でも、僕にも人に見せていないものがある。
せんぱいだけが一方的に何かをさらしたみたいにはならないかもしれない。
それで気まずさが無くなるのかと言ったらよくわからないけど。
メモ帳を差し出すとせんぱいはペラペラとそのメモ帳をめくる。
ビスマスとかも家に帰ってからスケッチしている。
僕は恥ずかしくなって下を向いた。
せんぱいはなにも言わず静かにページをめくっているようだ。
雨脚が強くなったのだろう。どっと雨の音が大きくなる。
僕は下を向いていたので、せんぱいがどこのページを沢山見ているのかは分かっていない。
だけど、そうだ。
あの日、せんぱいの教室に初めて行ったときせんぱい自身をスケッチしていたことを思い出した。
うちの学校の制服で、あの時は先輩のフルネームさえ知らなかった。
だから先輩の名前はスケッチに入っていない。
大丈夫だと思う。何となくだけど。
僕は恐る恐る顔をを上げると、せんぱいは柔らかにほのかに笑みを浮かべて僕のメモを見ていた。
僕はなぜかそれをみてとてもほっとしてしまった。
「一緒にやったビスマスも描いててくれたんだね」
ぽつりとせんぱいが言った。
あれは家に持ち帰ったおみやげを描いていた。
「あれ、すごく楽しかったですから」
僕は言った。
それから先輩は更にページをいくつもいくつもめくって行っている。
メモには理科部以外の何気ないこともメモをしてある。
夕飯のイカのから揚げの形とか。
「これさ、もしかして俺?」
せんぱいがあるページを指さしながら言った。
懸念していたせんぱいを描いたページだった。
名前も書いていないし、制服だこの学校の男子生徒はみんな着ている。
気が付かれると思ってなかった。
視線をそのページに向けるがやっぱりせんぱいとも書いていない。
「なんで分かるんですか?」
僕は先輩に聞いた。
せんぱいは「なんとなくだったけどあたった」と言った。
嘘は見えなかった。
せんぱいが理科以外の理由を言うことは珍しかった。
だからこそ、理科の言葉なのかな?と考える代わりにあの時なんでせんぱいを描いたのだろうと疑問がわいた。
単純にかっこよかったから描いたというのは、あってはいるけどなんか違う気がした。
なんでわざわざ描いたのだろう。
理科部のせんぱいの姿の方が親近感があったからというのも少し違う。
せんぱいは時々よくわからない言葉を話すし、僕に似てはいない。
「理科部のせんぱいのことを僕だけが知ってるかもと思ったから描いた?」
自分の疑問が思わず口から出た。
出てからなんだそれと思った。
だってそんなはずはない。
せんぱいは家でも割とあの恰好っぽいし、顧問の先生だって知っている。
「すみません。今の言葉自分でも何言ってるかわかんないので忘れてください」
せんぱいは案の定何とも言えない微妙な顔をしていた。
『雨脚が強まっているので下校は三十分程ずらすように』
雨の音がする。
しめっぽい空気が教室の中を充満している気がした。
これは隠しておくか外に出すかという話では多分ない。
僕も友達を理科部には誘っていないし、せんぱいもそうで。
多分僕にしろせんぱいにしろここでの話を外に出すつもりは無い。
せんぱいは放送のスピーカーを見るように顔を上げた後「これを見せてくれてありがとう」と言った。
何かが伝わったというのとは多分違う。
そういう気持ちを込めて描いたものでもないし。
せんぱいはいつもと違って悩むように視線をさまよわせた後「人と違うって少しこわいよね」と言った。
それはちょっと分かる気がした。
スケッチをしてしまう。
そういう癖だけで誰かに言うのもおっかなびっくりだ。
「俺はそういうのが、かなり怖くてね」
せんぱいがそう言った。
「だから、違わないように割と必死だよ」
せんぱいの弱音を聞くのは多分これで二回目。
同性愛者だと言われたあれも多分先輩の弱音の様なものだったのだろう。
「必死?」
僕が聞きかえす。
「そう。教室ではちゃんとしてなきゃと思って恰好もちゃんとしてるし、誰も俺が理科が大好きだとは知らない」
あのキラキラの恰好はそういう意味だったのかと知る。
「別に教室での自分が全部嘘って話じゃないんだ。
無理をしているって話でもない。
あれも自分の一部だっておもえるからそんな大事じゃないんだ」
せんぱいは言った。
どちらが嘘という話じゃないんだと。
「だから、部活の買い出しとか説明できる内容なら大丈夫なんだけどね」
自嘲するみたいにせんぱいが笑う。
痛々しくさえ思えたけれど、せんぱいは吐き出したい気持ちもあるのだろうと思った。
信頼されているようで少し嬉しい。
「用事以外で同性と二人きりで出かけるのはどういう目で見られるか分からなくて怖いんだよ」
だから完全に俺だけの理由なんだよ。
せんぱいはとても小さな声でそう言った。
「でも、僕と出かけてみてもいいかもしれないって思ってくれたってことですよね」
あの日、せんぱいは最終的に僕と星を見に行こうと言ってくれた。
それにどんな勇気が必要だったのかが分かった。
「星みに行くの楽しみですね」
俺がそう言うと、先輩はいつもの笑みに戻って「そうだね」と言ってくれた。
せんぱいの話を聞いた後、僕は何も考えなかったわけではない。
そもそも、せんぱいは僕に自分のことを話すつもりはきっとなかった。
それを話してくれたことの重さを考えながら、僕は今日も理科室に行く。
理科部が二日に一回で良かった。
少しだけ考えを整理することができた。
雨のせいか理科室はいつもより薄暗い。
僕が理科室に入ると先輩は一瞬固まる。
来るか来ないかきっとずっと考えていた人の反応だ。
せんぱいの動きはすこしぎこちない。
この場所はせんぱいの場所で、とても居心地が良くて。
だからそれは嫌だった。
ただ、僕がいなくなればそれで解決する話とも思えなかった。
そして、それは議論という話合いをしてして何とかなる話だとも思えなかった。
「せんぱい、少しいいですか?」
僕はそう言っていつもの机に先輩を呼んだ。
せんぱいは緊張した顔で「理科部をやめる話かな?」と聞いた。
「違います」
そんな緊張した顔をされると、僕迄緊張してしまう。
「そうじゃくて、今日は僕の話を聞いてもらいたいと思って」
そう言ってから僕は鞄を取り出した一冊のメモ帳を机に置いた。
シャボン玉を描いた時にせんぱいには見られている。
せんぱいは褒めてくれた。
でも、相変わらずメモ帳を出すのは少し怖い。
絵が上手いわけじゃない。
美術の時間に褒められたことは無い。
通知表もずっと3が並んでいる。
特技ではない。
誰にも言えないし。そもそも大きい絵を描くのは苦手だ。
小さなノートに頭の片隅に引っかかったことを描いているだけのもので癖の一種だと思う。
だけど、誰かに見せたことの無いものだ。
上達したいとも思っていないし、これを役に立てたいとも思っていない。
理由は色々あるけれど、結果として誰にも見せたことの無い秘密のノートになっている。
でも、せんぱいの前なら、まあいいか。
そう思った。
だからせんぱいの方にメモを差し出す。
「僕は絵も別に上手く無くて、特技でもなんでもないのに描いてしまう癖があるんです。
誰にも言ったことがないし、何かの役にも立たないし、別に進路にも関係ない」
「上手だったじゃないか?
特徴がよくつかめてた」
「そんなことを言うのは、せんぱいだけですよ。
みんなは写真みたいなやつとか漫画の背景みたいなやつを上手いというんです」
だから誰にも見せていない。
メモ帳にする前、授業中に描いた落書きを見られたことがあるけれど、うん。
あまりいい思い出ではない。
「せんぱいの秘密を知ったのでお返しです。
まあ僕のは微妙ですけど」
同じくらい大事な秘密を返せるとは思わなかった。
でも、僕にも人に見せていないものがある。
せんぱいだけが一方的に何かをさらしたみたいにはならないかもしれない。
それで気まずさが無くなるのかと言ったらよくわからないけど。
メモ帳を差し出すとせんぱいはペラペラとそのメモ帳をめくる。
ビスマスとかも家に帰ってからスケッチしている。
僕は恥ずかしくなって下を向いた。
せんぱいはなにも言わず静かにページをめくっているようだ。
雨脚が強くなったのだろう。どっと雨の音が大きくなる。
僕は下を向いていたので、せんぱいがどこのページを沢山見ているのかは分かっていない。
だけど、そうだ。
あの日、せんぱいの教室に初めて行ったときせんぱい自身をスケッチしていたことを思い出した。
うちの学校の制服で、あの時は先輩のフルネームさえ知らなかった。
だから先輩の名前はスケッチに入っていない。
大丈夫だと思う。何となくだけど。
僕は恐る恐る顔をを上げると、せんぱいは柔らかにほのかに笑みを浮かべて僕のメモを見ていた。
僕はなぜかそれをみてとてもほっとしてしまった。
「一緒にやったビスマスも描いててくれたんだね」
ぽつりとせんぱいが言った。
あれは家に持ち帰ったおみやげを描いていた。
「あれ、すごく楽しかったですから」
僕は言った。
それから先輩は更にページをいくつもいくつもめくって行っている。
メモには理科部以外の何気ないこともメモをしてある。
夕飯のイカのから揚げの形とか。
「これさ、もしかして俺?」
せんぱいがあるページを指さしながら言った。
懸念していたせんぱいを描いたページだった。
名前も書いていないし、制服だこの学校の男子生徒はみんな着ている。
気が付かれると思ってなかった。
視線をそのページに向けるがやっぱりせんぱいとも書いていない。
「なんで分かるんですか?」
僕は先輩に聞いた。
せんぱいは「なんとなくだったけどあたった」と言った。
嘘は見えなかった。
せんぱいが理科以外の理由を言うことは珍しかった。
だからこそ、理科の言葉なのかな?と考える代わりにあの時なんでせんぱいを描いたのだろうと疑問がわいた。
単純にかっこよかったから描いたというのは、あってはいるけどなんか違う気がした。
なんでわざわざ描いたのだろう。
理科部のせんぱいの姿の方が親近感があったからというのも少し違う。
せんぱいは時々よくわからない言葉を話すし、僕に似てはいない。
「理科部のせんぱいのことを僕だけが知ってるかもと思ったから描いた?」
自分の疑問が思わず口から出た。
出てからなんだそれと思った。
だってそんなはずはない。
せんぱいは家でも割とあの恰好っぽいし、顧問の先生だって知っている。
「すみません。今の言葉自分でも何言ってるかわかんないので忘れてください」
せんぱいは案の定何とも言えない微妙な顔をしていた。
『雨脚が強まっているので下校は三十分程ずらすように』
雨の音がする。
しめっぽい空気が教室の中を充満している気がした。
これは隠しておくか外に出すかという話では多分ない。
僕も友達を理科部には誘っていないし、せんぱいもそうで。
多分僕にしろせんぱいにしろここでの話を外に出すつもりは無い。
せんぱいは放送のスピーカーを見るように顔を上げた後「これを見せてくれてありがとう」と言った。
何かが伝わったというのとは多分違う。
そういう気持ちを込めて描いたものでもないし。
せんぱいはいつもと違って悩むように視線をさまよわせた後「人と違うって少しこわいよね」と言った。
それはちょっと分かる気がした。
スケッチをしてしまう。
そういう癖だけで誰かに言うのもおっかなびっくりだ。
「俺はそういうのが、かなり怖くてね」
せんぱいがそう言った。
「だから、違わないように割と必死だよ」
せんぱいの弱音を聞くのは多分これで二回目。
同性愛者だと言われたあれも多分先輩の弱音の様なものだったのだろう。
「必死?」
僕が聞きかえす。
「そう。教室ではちゃんとしてなきゃと思って恰好もちゃんとしてるし、誰も俺が理科が大好きだとは知らない」
あのキラキラの恰好はそういう意味だったのかと知る。
「別に教室での自分が全部嘘って話じゃないんだ。
無理をしているって話でもない。
あれも自分の一部だっておもえるからそんな大事じゃないんだ」
せんぱいは言った。
どちらが嘘という話じゃないんだと。
「だから、部活の買い出しとか説明できる内容なら大丈夫なんだけどね」
自嘲するみたいにせんぱいが笑う。
痛々しくさえ思えたけれど、せんぱいは吐き出したい気持ちもあるのだろうと思った。
信頼されているようで少し嬉しい。
「用事以外で同性と二人きりで出かけるのはどういう目で見られるか分からなくて怖いんだよ」
だから完全に俺だけの理由なんだよ。
せんぱいはとても小さな声でそう言った。
「でも、僕と出かけてみてもいいかもしれないって思ってくれたってことですよね」
あの日、せんぱいは最終的に僕と星を見に行こうと言ってくれた。
それにどんな勇気が必要だったのかが分かった。
「星みに行くの楽しみですね」
俺がそう言うと、先輩はいつもの笑みに戻って「そうだね」と言ってくれた。



