「あ、忙しいのなら無理することないですよ」
僕が先輩に言う。
「いや、そういう事じゃなくて」
じゃあ、どういう事なんだろう。
先輩が目を細めるのが眼鏡越しに見える。
「明日、ちゃんと説明するから」
今日の花火の余韻をまだ残しておきたいから。とせんぱいにしては歯切れの悪い言い方をされてしまったけれど、それ以上俺から何か言える事は何も無かった。
星だって絶対に二人で見に行かなきゃならないものでもない。
なんで一日先延ばししたんだろうという疑問の方が大きかった。
* * *
翌日、放課後、いつもの様に理科室に行く。
いつもの様にせんぱいは一人で理科室にいる。
ぼさぼさの髪の毛で机につっぷして、今日は寝てしまっているみたいだ。
近くによって小さな声で「せんぱい?」と呼んでも反応しない。
本気で寝てしまっているみたいだった。
いつもみたいに向かい合った席に座るんじゃなくて、先輩が座ってる席の隣に座る。
それから、ぐしゃっと重たくなってる先輩の髪の毛に思わず手をのばした。
ワックスとかで固くなってるんだろうと思っていた髪の毛は思ったより柔らかい。
何故か、ものすごく悪いことをしている気分になって手を離す。
それから「せんぱい!!起きてください!」と大きい声で呼びかけた。
せんぱいは目をあけると何度か眠そうに瞬きをした。
「あれ? 俺ねてた?」
「割と本気で寝てましたよ」
先輩は眠たそうにそういう。
「あー、昨日あんまり眠れなかったからね」
先輩が自嘲気味に言う。
それから隣に座っていた俺をまっすぐに見てこまったみたいにへにゃりと笑った。
「俺、ゲイなんだよね」
最初、突然言われた言葉が上手くはいってこなかった。
「ほら、昨日さ」
せんぱいが言葉をつづける。
いつもと同じ笑顔に戻っているのがなんか嫌だ。
まるでなんて事の無いようにせんぱいは「だから星を見に行こうって誘っちゃったのはさ」なんて言っている。
「さすがに君もいやでしょ?」
だから、言葉を取り消したんだ。
今日眠そうなせんぱいとそのまるで当たり前の様に言う言葉が噛み合っていない事は俺にも分かる。
それに、あの教室で人好きされそうな恰好をしていた先輩。
今は相変わらずのぼさぼさの髪の毛と眼鏡だけど、あのまるでまるで周りを滅茶苦茶意識してるみたいな姿を唐突に思い出した。
教室のせんぱいをみたときは自分みたいなやつとは全然違うのだと思っていた。
けれど、それは先輩がそう見られたいって思った姿なんじゃないかって。
テスト勉強をしたときもこの理科室にいるときもせんぱいはいつもよれよれのダラダラだ。
どう、答えるのが、彼の望みなのかは分からなかった。
彼がそのことをどの位隠したかったのかは、寝不足に見えたことでちゃんと分かってる。
一緒に夜出かけるのはやめておいた方がいいって話なんだろうな。
だけど、せんぱいはとても嬉しそうに星を見に行こうかって言ってくれたのだ。
僕の事好きなんですか?って聞くのはちょっとなんか違う気がした。
男ならみんな反応しちゃうからですかって聞く案は端から失礼過ぎてない。
「せんぱいって、望遠鏡とか持ってそうですよね」
俺の口から出たのは、いつもの調子の全然関係ないような言葉で、せんぱいも一瞬「へ?」と聞き返していた。
「俺、望遠鏡って覗いた事無いんですよ」
星見るなら望遠鏡でも見てみたいですね。
俺がそう言うと、せんぱいは、「え? なに、え?」と思わずといった調子の声を出していた。
ぼさぼさのよれよれのせんぱいが、何故そうなのかと聞けそうな雰囲気ではない。
それに、彼がゲイだと言ったことに対して何か返すべきだったのだろうか。
「いや、だから、俺、ゲイなんだって」
「そうなんですね」
そうですか。という以上どう答えていいのかが俺にはよく分からなかった。
別に、嫌だとかそういう感情は全くないし、誰かに言うつもりもない。
それだけだったので、そうなんですねと返してしまった。
僕はせんぱいの事が好きなんだろうか。
それ以外に浮かんだ頭の中の言葉を今口にするつもりは無かった。
自分でもよく分からない。
「せんぱいが、行きたくないのであれば、大丈夫です」
そもそも誘ってきたのはせんぱいだ。
せんぱいが本当は嫌だったことを口にするとは思えなかった。
せんぱいを見ると、真っ赤になって手で口元を押さえていた。
よく分からない。
もっと理解を示した方がせんぱいは嬉しかったのかもしれない。
僕は少なくともせんぱいが嬉しいと、嬉しいと思うのかもしれない。
せんぱいは、しばらく真っ赤になってそうした後、気を取り直したらしく「じゃあ、星見に行ってみようか。望遠鏡も持って」と言った。
やっぱり望遠鏡はもってるのか。と自分の予想が当たったことがちょっとだけ嬉しかった。



