帰り道にあるコンビニで、新作の桃スムージー買い、公園のベンチに座って二人で飲んだ。
「うまっ!」
「これ、もう一回飲みたい」
買い食いするのも初めてだった。
甘くて冷たいものが、勢いよく喉を通過する。
澄み切った空と、もう春とは言えない暑さで、より桃の甘味が濃く感じた。
「真」
ストローを噛みながら、こっちを見てきた。
「ん?」
「昨日塾行ったでしょ」
「いや、行ってない」
南は目を細める。すずっと、ひと吸い。
「嘘つき、全然疲れ取れてなさそうじゃん」
普通、家はリラックスできるところだもんな。
「ほんとに、帰ったよ」
そう?ならいいけど、と口をとがらせた。
「今日も家帰りな」
昨日のやり取りが思い出される。
“家”という単語に、今までにない、猛烈な拒否感を覚えた。
「いやだ!」
自分の声が、耳に響いた。思ったよりも高く、悲鳴のように聞こえた。
南は、え、とストローから口を話した。
「大丈夫?」
慰めの中で、“大丈夫”は、一番効く一言だ。
自分が我慢していることを、明確にわからせてくる。
南と目が合う。真はすぐに目をそらした。
目の先が熱くなる。その熱を分散させるために、まばたきを増やした。水を乾かすように、でも垂れないように、上を向く。
鼻からも水が垂れそうだったため、すすると、もうそれっぽく聞こえてしまった。ギリギリまで貯めた水は、止まらず勢いよく溢れ出す。
顔をみられたくなくて、手に持ったスムージーを見続ける。スムージーが、ぼやけ始める。まだ半分も残ってる。せっかく楽しく飲んでいたのに、南に申し訳ない。
背中に手を当てられた。何も言わず、そっと、ゆっくり、さすってくれている。
その優しさが、なぜだか痛くて、うめきながら泣いた。
リュックからティッシュを取り出し、鼻をかんだ。
「落ち着いた?」
「うん、ありがと」
鼻が詰まり、普段より声が低くなった。
「吐き出したかったら、吐き出して」
色々我慢してたんでしょ、と困ったように笑った。
「でも、だいぶスッキリしたし…」
「そう?じゃあ、僕から質問」
答えたくなかったら答えなくていいよ、と優しく前置きをしてくれた。
「なんで、そんなに頑張るの?勉強」
「頑張ってないよ」
「嘘つけ!」
鼻をきゅっと摘まれた。
「真が頑張ってなかったら、他はどうなるの」
「いや、でも」
「はいはい、まずそこから改めようねー」
保育園の先生みたいだ。そういえば、初めて話したときも、こんな感じで注意されたっけ。
「真は頑張ってる。まずそこを認めないと、真がかわいそう」
「俺が?」
「多分、気づかずにため込んで、心の中の真が耐えられない!って叫んでるよ」
南が、真の胸の前に顔を近づける。
そこに何かが来ることなんてめったにないので、ソワソワする。
「ほら、耐えられるか!この野郎!って怒ってる」
南が、変な声で言ったので、ふっと、吹き出してしまった。
「やっと笑った」
「ごめん」
「なんで謝るの」
「…迷惑かけた」
「迷惑かどうかは、真が決めることじゃない」
少し冷たい口調で言われた。
「まだ、信用されてない?」
「信用?」
「本音を出せない?僕には」
結構心開いてくれてると思ってたんだけどなぁ、とわざと残念なリアクションを取った。
「…愚痴って、聞いてる方は疲れるだろ」
「またそうやって、決めつける」
胸にチクっと刺さった。
「僕がめっちゃ性格悪いやつで、愚痴とか悪口とかちょー大歓迎かもよ?」
まぁ、そんなことないけどね、と溢す。
「怖いんだ、関係が壊れたら修復できないかもしれないから」
今度はダイレクトに刺さる。心当たりがありすぎて、何も反論できない。
「どうせ、愚痴を言って幻滅されたらーとか考えてるんでしょ」
真は素直に頷いた。
「じゃあ、逆にさ、壊れて修復できなかったことある?」
「え、」
頭には、何も思浮かばない。
「人間、誰しも、一回は壊したことはあると思う。喧嘩はしたことあるでしょ」
「妹となら…、一度だけ」
中学生の時に、提出する宿題に落書きをされて、つい強く怒ってしまったことを思い出した。
「じゃあ、壊れた?もう話してない?」
昨日の、真に向けられた笑顔を思い出す。
「…いや、そんなことはない」
「でしょ?」
南は、真剣な目で見つめる。
「前にさ、真が褒めてくれたけど、全然すごくないんだよ。壊しても、ほとんどは修復できる。逆に、壊したほうが、前より強くなる。」
これは、人間関係だけじゃない、と付け加えた。
「失敗は、なるべくした方がいい。真は優秀だから、先に対策して、失敗はほとんどしたことないと思う。だからこそ、石橋の下が、どのくらい距離があるか、まだ知らないの」
南は、ふーっと息を吐く。
「案外、石橋の下は、すぐ地面かも知れないし、ふわふわなクッションが敷いてあるかもしれないよ?」
微笑みながら、言った。
「もちろん、最初は怖いよ。でも、やってみないと、ずっと分からない」
また、目頭に熱が生まれる。
先回りして、石橋を叩いて、それでも渡らないこともあって。失敗をほとんどしたことがないから、こうやって、誰かに怒られることもなかった。
でも、怒られても、嫌な感じがしない。
南が、自分のために言ってくれていると、強く伝わるからだ。
“やってみないと、分からない”
この、言葉が、今までの、石橋が壊れるんじゃないか、という不安を半分くらい、吹き飛ばしてくれた。
「ちなみに、今、石橋の下は1cmしかないよ」
だから渡ってみなよ、と南は優しく笑った。
石橋を想像する。奈落の底だった石橋の下を、ぱっと照らしてくれる。下には、ふさふさの芝生。暖かい風が心地良い。
これなら、渡れそうだ。
真は、深呼吸をして、踏み出した。
「うまっ!」
「これ、もう一回飲みたい」
買い食いするのも初めてだった。
甘くて冷たいものが、勢いよく喉を通過する。
澄み切った空と、もう春とは言えない暑さで、より桃の甘味が濃く感じた。
「真」
ストローを噛みながら、こっちを見てきた。
「ん?」
「昨日塾行ったでしょ」
「いや、行ってない」
南は目を細める。すずっと、ひと吸い。
「嘘つき、全然疲れ取れてなさそうじゃん」
普通、家はリラックスできるところだもんな。
「ほんとに、帰ったよ」
そう?ならいいけど、と口をとがらせた。
「今日も家帰りな」
昨日のやり取りが思い出される。
“家”という単語に、今までにない、猛烈な拒否感を覚えた。
「いやだ!」
自分の声が、耳に響いた。思ったよりも高く、悲鳴のように聞こえた。
南は、え、とストローから口を話した。
「大丈夫?」
慰めの中で、“大丈夫”は、一番効く一言だ。
自分が我慢していることを、明確にわからせてくる。
南と目が合う。真はすぐに目をそらした。
目の先が熱くなる。その熱を分散させるために、まばたきを増やした。水を乾かすように、でも垂れないように、上を向く。
鼻からも水が垂れそうだったため、すすると、もうそれっぽく聞こえてしまった。ギリギリまで貯めた水は、止まらず勢いよく溢れ出す。
顔をみられたくなくて、手に持ったスムージーを見続ける。スムージーが、ぼやけ始める。まだ半分も残ってる。せっかく楽しく飲んでいたのに、南に申し訳ない。
背中に手を当てられた。何も言わず、そっと、ゆっくり、さすってくれている。
その優しさが、なぜだか痛くて、うめきながら泣いた。
リュックからティッシュを取り出し、鼻をかんだ。
「落ち着いた?」
「うん、ありがと」
鼻が詰まり、普段より声が低くなった。
「吐き出したかったら、吐き出して」
色々我慢してたんでしょ、と困ったように笑った。
「でも、だいぶスッキリしたし…」
「そう?じゃあ、僕から質問」
答えたくなかったら答えなくていいよ、と優しく前置きをしてくれた。
「なんで、そんなに頑張るの?勉強」
「頑張ってないよ」
「嘘つけ!」
鼻をきゅっと摘まれた。
「真が頑張ってなかったら、他はどうなるの」
「いや、でも」
「はいはい、まずそこから改めようねー」
保育園の先生みたいだ。そういえば、初めて話したときも、こんな感じで注意されたっけ。
「真は頑張ってる。まずそこを認めないと、真がかわいそう」
「俺が?」
「多分、気づかずにため込んで、心の中の真が耐えられない!って叫んでるよ」
南が、真の胸の前に顔を近づける。
そこに何かが来ることなんてめったにないので、ソワソワする。
「ほら、耐えられるか!この野郎!って怒ってる」
南が、変な声で言ったので、ふっと、吹き出してしまった。
「やっと笑った」
「ごめん」
「なんで謝るの」
「…迷惑かけた」
「迷惑かどうかは、真が決めることじゃない」
少し冷たい口調で言われた。
「まだ、信用されてない?」
「信用?」
「本音を出せない?僕には」
結構心開いてくれてると思ってたんだけどなぁ、とわざと残念なリアクションを取った。
「…愚痴って、聞いてる方は疲れるだろ」
「またそうやって、決めつける」
胸にチクっと刺さった。
「僕がめっちゃ性格悪いやつで、愚痴とか悪口とかちょー大歓迎かもよ?」
まぁ、そんなことないけどね、と溢す。
「怖いんだ、関係が壊れたら修復できないかもしれないから」
今度はダイレクトに刺さる。心当たりがありすぎて、何も反論できない。
「どうせ、愚痴を言って幻滅されたらーとか考えてるんでしょ」
真は素直に頷いた。
「じゃあ、逆にさ、壊れて修復できなかったことある?」
「え、」
頭には、何も思浮かばない。
「人間、誰しも、一回は壊したことはあると思う。喧嘩はしたことあるでしょ」
「妹となら…、一度だけ」
中学生の時に、提出する宿題に落書きをされて、つい強く怒ってしまったことを思い出した。
「じゃあ、壊れた?もう話してない?」
昨日の、真に向けられた笑顔を思い出す。
「…いや、そんなことはない」
「でしょ?」
南は、真剣な目で見つめる。
「前にさ、真が褒めてくれたけど、全然すごくないんだよ。壊しても、ほとんどは修復できる。逆に、壊したほうが、前より強くなる。」
これは、人間関係だけじゃない、と付け加えた。
「失敗は、なるべくした方がいい。真は優秀だから、先に対策して、失敗はほとんどしたことないと思う。だからこそ、石橋の下が、どのくらい距離があるか、まだ知らないの」
南は、ふーっと息を吐く。
「案外、石橋の下は、すぐ地面かも知れないし、ふわふわなクッションが敷いてあるかもしれないよ?」
微笑みながら、言った。
「もちろん、最初は怖いよ。でも、やってみないと、ずっと分からない」
また、目頭に熱が生まれる。
先回りして、石橋を叩いて、それでも渡らないこともあって。失敗をほとんどしたことがないから、こうやって、誰かに怒られることもなかった。
でも、怒られても、嫌な感じがしない。
南が、自分のために言ってくれていると、強く伝わるからだ。
“やってみないと、分からない”
この、言葉が、今までの、石橋が壊れるんじゃないか、という不安を半分くらい、吹き飛ばしてくれた。
「ちなみに、今、石橋の下は1cmしかないよ」
だから渡ってみなよ、と南は優しく笑った。
石橋を想像する。奈落の底だった石橋の下を、ぱっと照らしてくれる。下には、ふさふさの芝生。暖かい風が心地良い。
これなら、渡れそうだ。
真は、深呼吸をして、踏み出した。
