「おーい、集まれー」
ガタイのいいおじさんが、体育館で発した。
生徒たちは横二列に並ぶ。
「今日は、体力テストをするぞー」
列の前後でペアになり、種目の結果を記録し合うことになった。
目の前は、茶髪。話したことある人でよかった。
「みなみんか!よろしくなー」
隣をみると、堺と南が組んでいる。一個ズレてたら堺だったのか。
「よろしくなー真」
倉本は真の肩を組んだ。
「どっからやる?」
肩を組んでいる方の手で、記録表を見せてくる。表が顔と近くて、何も見えない。顔を後ろに背けて、目を細めた。
「長座から行くか!」
倉本は急に歩いている方向と真逆に転換したため、バランスを崩しそうになる。
歩幅が倉本の方が大きいため、ついていくのが大変だった。
壁を背中につけ、手を伸ばした状態からスタートだ。もうこの時点で、痛い。最初から全力で伸ばすと、すぐにふくらはぎに激痛が走る。すぐそこで固っ!と言う声がした。
「23cm、マジ?」
「毎年、最低記録を更新している」
「真くん、頑張んないと!!」
背中を叩かれ、互いに笑いながら、場所を交代した。
倉本は、背筋を正すと、手を斜め前ではなく、真下に伸ばした。
「ずるじゃないか?それ」
「手は伸ばしてるから、セーフ」
確かに、と言いつつ、ルールの隙をついてるだけだな思う。まぁいいかと、段ボールを倉本の手に持ってきた。
ふ!という掛け声で、みるみる記録を伸ばしている。やはり、こういうのは手が長いほうが有利だ。
段ボールの進む手が止まると、最後に一押し!と、段ボールから手を離し、ちょん、と押し出した。
「やっぱり、ずるだろそれ」
「いいんだよ、こういうのはテキトーで」
真面目すぎだと笑われてしまった。
反復横跳びは、得意だった。上履きだと滑るため、靴下も脱ぎ、裸足になって準備万端の体制になった。
20秒間全力で飛ぶと、久々の運動ですぐに息があがった。床との摩擦で、足の裏がじんじんする。
数を確認しようと、倉本の方を向いた。倉本は口を開け、あれ?と首を傾げる。嫌な予感がする。
「待って、数とんだわ」
「…嘘だろ」
もう一回やるか?と先生に言われ、手を膝につき、ハアハア言いながら、やめておきますと答えた。
念のため、自分で数えていて良かった。
「みなみんは柔らかいなー」
「そう?」
「手がつま先につくのすげー」
南は体を起こし、次、堺の番と、立ち上がった。
「よーし、行くぞ」
堺が段ボールを掴み、上半身を倒していく。あっという間につま先を超え、簡単に南の記録を上回った。
「堺のほうが柔らかいじゃん」
「まーねー!」
堺は調子よく笑った。
「次、上体起こしにする?」
空いてるし、と南は入口近くの肋木を指した。
「…あのさ」
堺は少し真剣な目をして、南を見つめた。
「まこっちのことで、言っておきたいこと、あるんだけど」
「真のこと?」
「うん」
ちょっと、こっち来て、と南を引っ張り、ステージ横の薄暗い階段に移動した。
「なんで、ここ?」
「あんまり、周りに聞こえないほうがいい」
人がいないか確認をし、よし、と南の方を向く。
堺は、一度ためらい、意を決して、発した。
「まこっちさ、小学校の記憶無いんだよね」
南は目を大きく見開き、え、と声を震わせた。
「あ、本人はそんなに気にしてないんだけど」
待って、そんなに暗い顔しないで!と堺は慌てる。
「…それ、何が原因で、とか知ってる?」
「階段から落ちて、頭打っちゃったらしい」
オレも詳しくは知らない、と付け加えた。
「だからさ、あんまり小学校の時の話とか、しないでやってほしい」
「…うん」
南は、片手で、髪をクシャッと掴み、目をつぶる。
「そりゃあ、びっくりするよな」
頭の後ろに手を重ね、オレも最初聞いたとき、びっくりしたし、と無理に明るく言った。
「ま、これだけ!」
階段下のドアを開け、上体起こし行くぞー!と走り出した。
「よーし、今日はここまで!」
先生に集められ、最初の隊形に戻った。
「次の時間でシャトルランやるからな!サボるなよ!」
嘆く声があちこちで聞こえる。
新学期はこれがあるから、嫌なんだよな。自分で走る回数を決められるというシステムは、そこでやめるなんて、根気がない!と言われている感じがして、逆にやめづらい。
「じゃあ、号令」
「気をつけ!礼!」
真は軽く会釈をし、ありがとうございました、と言った。
「まこっちー、おつかれー」
疲れたーと、堺が寄りかかってきた。
「あれ、まこっちも、おつかれ?」
「大変だった」
何が?と聞かれたため、倉本を軽く差した。
「あー、確かに、肩組まれてたね」
「南が悪いやつではないって言ってたのは分かったけど」
南に目を向けると、斜め下を見つめながら、何かを考えている様子だった。
「南?」
「…あ、ごめん、帰ろ」
真は眉をひそめた。
南の後ろを、堺と二人でついていく。
堺が耳元で小声で教えてくれた。
「みなみんには言っちゃった」
「ああ、だからか」
ごめん、と堺は顔の前で手を合わせた。
「いや、むしろ、ありがとう」
自分では言いにくいから、堺が言ってくれたほうが、気を使われなくていい。それに、堺はみんなに言いふらすような人間ではないと信じているから打ち明けた。
真は、南の横に並んだ。
「南」
「ん?」
「そんなに暗い顔すんな」
南は振り返り、え、してた?と苦しそうに笑った。
「大したことじゃないから」
「そんなことないでしょ!」
南の声が廊下に響いた。驚いて周りの視線が一気に刺さる。
「あ、…ごめん、急に」
ちょっと、頭冷やしてくる、と、教室を通り過ぎていった。
それから南は、何事もなかったように、普段通りに戻った。無理してないか、と問うと、何のこと?と、とぼけられたのでこれ以上は触れないことにした。正直、ありがたい。
