「では、これから自己紹介をしてもらいます!みんなの前で話すのは緊張すると思うので、四人ずつでグループになってもらいま〜す」
先生がよいしょ、と教壇から降り、この列と、この列。と順番に指名していった。
真のグループは、南と、南と連絡先を交換した女子二人。
「名前と、元何組かと、せっかく先生が担任なので、自分を表すひと言を、現代文の知識に交えて説明してくださ〜い」
むずっ!という声があたりで漏れた。それを聞いて、たとえば、先生は〜と例を出した。
「先生は、『私はその人を常に先生と呼んでいた』という一文に感動して、そんな尊敬される人になりたくて先生を始めました!」
真はクスッと笑った。
しかし、他の生徒は何の話?というように顔を合わせる。先生は、みんなの反応をみて、焦りだした。
「え、伝わらない〜?イヤだぁ〜、皆さんちゃんと本を読んでください!」
はい、こんな感じで!と雑に締め、各自始めてくださ〜い、と指示が出た。
「とりあえず、机、くっつける?」
隣の女子が、立ち上がりながら机の向きを90度左に変えた。真はそれに合わせて右に机の向きを変える。右隣には南がいる。耳を見ると、ピアスはついていない。見間違えだったか。
「よろしく〜」
前の女子は、隣の女子と目を合わせている。
すでに二人は仲を深めていそうだ。
真は軽く会釈をした。
「さっきの先生の何のことか分かった?」
「それな?マジ分かんなかった」
女子二人は共感をもとめるように、真と南を交互に見る。
真は愛想笑いをした。結構有名だし、去年授業でやっただろう。この二人、合わないかもな。
「夏目漱石でしょ、こころ」
だよね、と南は真を見ながら言った。
真は目を軽く見開き、少し遅れて頷いた。
「あ~!なんかやった記憶ある」
「良く覚えてるね!すごい」
女子二人は大袈裟にリアクションをし、パチパチと指先だけの拍手をした。
「二ノ瀬くんも分かってた?」
急に視線が自分に向く。
うん、と頷きかけたところで、どっちの二ノ瀬だ、と思考が止まる。いや、南が答えたから、これは自分に向けて言っているはずだ。
「あ、紛らわしかったね、ごめん」
自己紹介しよーと、目も合わずに切り上げられた。
誰から始めるかで話し合った結果、出席番号順になった。自己紹介は初手からある程度フォーマットが決まっていくため、あまり気は進まなかったが仕方がない。
「二ノ瀬真です。元1年D組でした。自分を一言で表すと、石橋を叩いて渡らない性格、です。よろしくお願いします」
頭で考えていた文を、そのまま口に出した。
目の前の二人は、目線をチラチラ動かしている。
よろしくね〜と少し笑い、またさっきの拍手をパチパチとし、体を南に向けた。
伝わらなかったか。結構うまいこと言えたな、と思ったのに。
なるほどねー、と南は椅子に座り直した。
「二ノ瀬南でーす。元C組。自分を表す一言は、石橋は叩いたことない性格です。よろしく」
二人とも、目を合わせた。少し焦っているようにも見える。どういうこと?と溢す声が聞こえた。
「いやー、分かんないかー、悲しいね、真」
自分で意味を言うのも恥ずかしいじゃんね、と肩を組まれた。
「もうちょっと教養つけたほうがいいよ」
フッと笑いながら、冷静に言う。優しそうな顔をしているが、目は全然笑っていない。
二人は口を開け、片方がなにそれ、と震えながら不満を溢した。南を見る目が徐々に変わっていく。作り上げた理想の南が崩れ去ったことによる不快感が露われている。しかもそれを、苛立ちとして、本人にぶつけている。
「ほら、自己紹介どーぞ」
南は真から腕を解き、興味なさそうに背もたれに寄りかかった。
いいよ、やめようと隣に言い、前の席はスマホを取り出し、片足をもう片方の膝に乗せ、つまらなそうに画面をスクロールし始める。隣も南をじろっと睨み、ジャラジャラのスマホを手に取った。
真は三人を交互に見て、口が引き攣った。他のグループの和気あいあいとした雰囲気とは隔離され、この重い、張り詰めた空気がしんどい。腕の時計をちらっと見た。あと五分も猶予がある。どうやり過ごせばいいんだ。
つんつん、と右腕に感触がした。右を向くと、頬杖をついた南が話そ、と言ってきた。この空気を何とも思っていない顔だ。なぜそんなに、平然としているのか。
「好きな食物は?」
急に質問が飛んできた。チラリと前を見る。どうせ、聞いてないか。
真は少し椅子を引き、右に向けた。
「…冷麺」
「冷麺ね、夏うまいよねー」
こういう質問は、そのまま返すのが、鉄則だろう。
「南はハンバーグ?」
「ハンバーグはね、13位くらい」
微妙な数字に、思わず笑ってしまった。
「1位は何でしょう」
わかるかなーと、挑戦的な目で見てきた。
ハンバーグが13位ならば、みんな好きなメニューは上位に入っている可能性がある。
「カレーとか?」
「惜しい、三つ隣の国だよ」
真はすぐにアジアの地図を思い浮かべる。インドの隣はバングラデシュ、その隣はミャンマー、その隣はタイか。
「ガパオライス」
「めっちゃ惜しい!」
もう一個!と後押しをされた。
「カオマンガイ」
「せいかーい!」
あどけない笑顔で南は右手をグーにして差し出してきた。正解できた爽快感で、流れる様に、左手でグーをだし、軽くぶつけ合った。
「当てる人、初めて」
「お母さんがタイ料理好きで」
「だからかー」
カオマンガイって、ピンとこないこと多いからなーと嬉しそうに笑う。つられて口角があがった。
「真は何で冷麺好きなの?」
「基本さっぱりしたものが好き。それに、食感が気持ちいいし、何より作るのが早くて楽だから効率がいい」
夏休みは毎日昼食が冷麺になるほど食べてる、というと、南はククッと笑った。
「やっぱり、面白いな、真」
真は首を傾げた。自分のどこが面白いのか、イマイチ理解できない。
「明日、昼一緒に食べよう」
「え、」
すぐに許可を出せなかった。今まで堺の昼練がないときは、堺と一緒に食べていたし、それにさっきの休み時間の光景を思い出す。
「倉本さん?達と食べるんじゃないの」
「何で倉本?」
「いや、さっき話してたから、仲いいのかなって」
「あー、いや、呼ばれただけ」
悪くはないけど、別に特別良いわけでもないと付け足した。去年、クラスが一緒だったらしい。
「てか、何でそんなに、よそよそしいの」
「いや、喋ったことないし、何か怖い」
「まー確かに、目立つもんね」
悪いやつではないよ、と教えてくれた。
「堺がどうか、後で聞いてみる」
「二人で食べたかったら全然いいんだけど」
「いや、そんなことはない。俺も南のこと知りたい」
南は少し目を見開き、ありがとうと溢した。
悪い人では、なさそうだ。
そうだ、と南は思い出したように、口を開いた。
「このあと係決めじゃん、何にするか決めた?」
「とりあえず、行事系、以外」
「行事以外なの」
「あれは陰キャには荷が重い」
「え、真、陰キャなの?」
「見ればわかるだろ」
いつものクセで、眼鏡の位置を直すと、よりそれっぽくなってしまった。笑っている南と目が合った。
「いいじゃん」
「何が?」
「口調が、くだけてきた」
「…悪い、馴れ馴れしかったか?」
「全然、むしろ嬉しい」
陽キャが怖いタイプか、と当てられ、すぐ横にいるのに頷いてしまった。
「僕は大丈夫なの?」
「大丈夫、っぽい」
「ぽいって何」
「まだ、わかんない」
目の前で二人を容赦なくぶった切ったのを見た後では、怖さは拭えない。
「じゃあ、信用してもらえるように頑張らないとね」
自己紹介の時間が終わり、席を元の状態に戻した。
黒板に、学級委員、図書委員、球技祭実行委員など、係の名前が羅列されていく。
とりあえず、日誌係や生き物係が無難かなと考える。特に日誌なんて、毎日書かなければならないから、面倒くさくて人気がなさそうで、ちょうどいい。
「はい、じゃあ十分後に票を取るので、考えてくださ〜い」
各々が、新しくできた友達の元へ行き、どれを一緒にやるかを話し合っている。堺はどうするのか聞こうと左を見ると、後ろの席の男子と楽しそうに話しているのが目に入った。さっきの時間で仲良くなったのだろう。
そういえば、南に聞かれてはいたが、聞いていなかった。
体を後ろに向けると、頬杖をつきながら、片手でスマホをスクロールしていた。右耳に目がいく。やはり、ピアスは見間違えではなかったが、片方にしか、つけていないのか。
「どうした?」
「係、何にするの」
「んー、真とおんなじやつ」
え、と声を出してしまった。
「嫌?」
「いや、全然」
日誌係にしようかなと思っている、と情報を共有した。
「おっけー、ありがと」
「…意外だな」
「何が?」
「みんな、日誌係は面倒くさがるのに」
まぁ、不真面目なやつはね、とスマホを閉じてこっちを見た。
「南ー!お前何にすんの!」
対角線から、よく通る声が飛んできた。真は驚いて、肩をビクッとすくめた。
南はちょっと待ってね、と斜め後ろを振り返り、にっし、と口パクで伝える。
「は?日誌?なんで、めんどくね!」
南は、ほら言った通り、と倉本のことを指差した。真はおかしくて、思わず吹き出してしまった。
「ねーね、南くん!一緒に文化祭委員やろーよー」
倉本の隣にいたスカートが短い女子が跳ねながら、席に近づいてくる。また、陽キャだ。
邪魔になると思い、黒板の方に体を戻し、後ろの会話を聞いた。
「今年こそ、劇やりたいの!」
「うん、いいんじゃない?」
「だから、一緒にやろう!」
「なんで?別に僕、関係ないじゃん」
「南くんがいたら、動かしやすいと思って」
「動かすって何?」
少し、トーンが低くなったのを感じた。背中が強張る。
「だから、クラスの人が賛成してくれるから、うちの意見に」
何も気づかない様子で、図々しく高い声が響く。
「なにそれ」
なら、なおさら無理と、冷たく突き放した。
「えー、なんでよ!」
「触んないで」
うっとおしさが、見なくても伝わってくる。
「いいじゃん、お願い!」
「無理、僕は日誌係をやるから」
「なんで日誌なの、つまんない」
真とやるから、と急に名前を出された。心臓がドクンと跳ねる。左側に通り過ぎる風を感じる。目の前に人影が見えた。
「ねぇ、南くんとやりたいの?日誌係」
女子は、真の机に前のめりになる。
真は、急な出来事に反応が遅れた。畳み掛けるように、耳に響く声で言われる。
「南くんが文化祭委員にいってもいいよね、別に」
「南くんが日誌係はもったいないよね」
勢いに圧倒され、うん、と頷いてしまった。
用事は済んだように、ハアハア息を吐きながら後ろに戻る。
「ほら、あの子もいいって言ってるよ!」
あの子ってなんだ。
日誌係はもったいないってなんだ。
頭の中に思っても、出せない。空気を壊して、修復するのは大変だ。修復すらできないかもしれない。そのリスクは、自分が我慢することと比較してしまえば、簡単に勝ってしまう。
せっかく南と、同じ係になれるかもしれなかったのに、と半分、その女子のせいにした。
「いい加減にして?」
心の中を読まれたのかと思い、真は後ろを向いた。自分の腕から、女子の手を振り払う南が見えた。
口角はあがっている。しかし目に光がない。
「文化祭委員なんて、興味ない」
そこら辺の女子とやればいいだろと、隣を差した。成り行きを見守っていた女子二人は、話に急に巻き込まれ、え、と目線を南に向けた。
「さっき、劇やりたいって言ってたよね」
清楚な声で、南は問いかけた。
「え、うん!」
女子三人の目が、輝いていく。
「まじ!やろうよ!!」
「う、うちらでよければ!!」
女子三人でキャー、と騒ぎながらハイタッチをし合う。
南と目が合う。
「日誌係、やろうね」
予想通り、日誌係は人気がなかった。第一希望で通ってしまえば、行事系の係になることは無いため、一安心だ。そして、南の名前もある。
「今日から、よろしくね〜」
先生から、分厚い日誌を渡された。一日ずつ交互で書くことにし、今日は真が担当することになった。
先生が連絡事項を言っているのを、そのまま〈連絡〉の欄に書いた。
明日からは、6限までびっちり授業が入っている。帰りに各自で新しい教科書を取りに行かなければならない。
「では、ショートホームルームはこれで以上で〜す」
じゃあ、新しい学級委員に号令してもらおうかな、と笑顔で言った。
「起立!」
堺が、元気よく放った。
「気をつけ、礼!」
さようなら〜と一斉に散らばった。
真は椅子に座り、日誌の続きを書く。〈今日のできごと〉の欄に、何を書くか考えていると、いつの間にか、みんな居なくなっていた。
そっか、教科書早く取りに行かないと並ぶもんな、と真は誰もいないため独り言を言う。
別に、あとでゆっくり取りに行けばいいや、とペンの先を押した。
廊下から、大きな足音が近づいてくる。そのまま後ろのドアにぶつかり、勢いよく教室に入ってきた。
「あぶねー、一番乗り!!」
息を切らしながら、積み上げた教科書をダン!と机に置いた。
あまりに大きな音に、真は後ろを振り向いた。
「あれ、人いたわ、負けた?」
マジか、と驚いている倉本が目に入る。
「あ、いや、俺はまだ取りに行ってないから」
「あ!そうか、日誌係だもんな」
どれどれ、と近づいてくる。
「そういえば、真は南と仲良くなったの?」
「あ、うん」
「あ!ごめんな、南と同じ名前だから、呼び捨てで呼んじゃって」
「いや、大丈夫、びっくりしただけ」
で、何がきっかけで仲良くなったの?と問われた。
「何って言われても…、苗字、かな」
「え、それだけ?」
「うん」
倉本は、すげーな、と口を大きく開けて笑った。
「何が、すごい?」
「いやー、アイツさ、基本人と距離取るっていうか、なかなか自分から行かないからさ」
アイツが自分からグイグイ行ってるのが気になった、と嬉しそうに教えてくれた。
続々と人が帰ってきて、そのままカバンを持って下校し始める。日誌もすべて埋まったため、言われたとおりに教卓に置いておいた。
廊下が賑やかになってきたため、向こうはそろそろ空いてきたかな、と教科書置き場に向かおうとすると、廊下で南とすれ違った。
「待って!」
よく見ると、同じ教科書を二冊ずつ持っている。
「真の分、持ってきた」
腕が千切れる、と苦しそうに笑う。半分もらい、引き返して席に戻った。
「ありがとう、重かっただろ」
「思ったよりね」
二人でそれぞれの教科書を分ける。地学基礎の文字が見え、ペラペラとめくってみた。
「どう?」
「むずそう」
「まじかー」
うわ、天体じゃん、と南は顔をしかめる。物理よりはマシだろ、と真は笑った。
「真は部活入ってるの?」
「いや、入ってない。南は?」
「僕も帰宅部」
流れで、そのまま一緒に帰ることにした。
「まさか、おんなじクラスになるとはねー」
「同じ苗字が並んで、変な感じだった」
初めて話した時も思ったが、目線を少し上げながら話さないと、目が合わない。
「あ、南!帰り?」
「うん」
「じゃあな〜」
友達らしき人と、手を振り合う。なんか、少しだけ、みじめに感じてきた。圧倒的な陽キャと、影が薄い陰キャ、みたいな。周りからはどう思われているのだろうか。
「真?」
横から顔が覗き込んできた。
「何?」
「顔が、暗い」
南と目が合う。
「…ごめん、何でもない」
「そう?」
空気を読めるようになると、人の目を見てどう思われているかが、だいたいわかるようになった。今のは、純粋な目だ。南からは、値踏みされるような目は、真には向けられない。
安心して、少し、踏み込んでみた。
「南は、さっきの女子、どう思った?」
「さっきの女子?」
「…自己紹介とか、係決めの」
「あー、あの人たちね」
うーん、と言葉をまとめている。
「感じ悪かったから、ちょっと、言っちゃった」
だいぶ、斬り込んでたけど、と真は心の中でツッコんだ。
「僕さ、自分が我慢するの、嫌なんだよね」
南の中に、強い、芯のようなものが少しだけ、見えた。
「人生、いつまで続くか分からないじゃん?だから、楽しく生きたい」
そう言って、南に肩を抱かれた。よろしくね、と明るい声で笑う。
学校の最寄り駅までは、だいたい二十分くらい。今までは、一人で帰っていたため、長く感じていたが、話しながら帰ると、あっという間に感じた。
「そのまま家?」
「いや、塾に行く」
「そっか、僕はこれからバイト」
秘密だよ、と言い残し、じゃあねと、そのまま駅を通り過ぎて行った。
カバンから定期を取り出し、改札を通る。エスカレーターでゆるゆるとホームまで登り、電車を待った。
右ポケットから、リングで止めた英単語帳を取り出した。リングを外し、細長い紙をシャッフルする。ある程度混ざったら穴をリングに通し、パチっと留める。
1枚、1枚めくりながら、頭で単語の意味を思い出す。
電車が来たので、そのままポケットに戻し、ガラガラのクッションに座った。
南は、今まで関わっていた人とは少し違う。
陽キャは基本避けてきた。価値観が合わないからだ。南は、二つに分けるのであれば陽キャだろう。ピアスも、アルバイトも校則違反だ。
ただ、自己紹介の時にズバッと言ってくれたのが気持ち良かった。たまにされる、冷笑の目を確実にあの二人はしていた。別に関わらなければいい、と諦めていたけれど、教養つけたほうがいいという返しは、自分の気持ちを代弁してくれたようで、痛快だった。
それに、真には、優しい。
あれは、自分のために、言ってくれたのではないかと勘違いしそうになる。
自己紹介の時のことを振り返り、忘れていたことを思い出した。
堺のラインを開き、《明日昼練ある?南が昼一緒に食べたいって》と送った。
先生がよいしょ、と教壇から降り、この列と、この列。と順番に指名していった。
真のグループは、南と、南と連絡先を交換した女子二人。
「名前と、元何組かと、せっかく先生が担任なので、自分を表すひと言を、現代文の知識に交えて説明してくださ〜い」
むずっ!という声があたりで漏れた。それを聞いて、たとえば、先生は〜と例を出した。
「先生は、『私はその人を常に先生と呼んでいた』という一文に感動して、そんな尊敬される人になりたくて先生を始めました!」
真はクスッと笑った。
しかし、他の生徒は何の話?というように顔を合わせる。先生は、みんなの反応をみて、焦りだした。
「え、伝わらない〜?イヤだぁ〜、皆さんちゃんと本を読んでください!」
はい、こんな感じで!と雑に締め、各自始めてくださ〜い、と指示が出た。
「とりあえず、机、くっつける?」
隣の女子が、立ち上がりながら机の向きを90度左に変えた。真はそれに合わせて右に机の向きを変える。右隣には南がいる。耳を見ると、ピアスはついていない。見間違えだったか。
「よろしく〜」
前の女子は、隣の女子と目を合わせている。
すでに二人は仲を深めていそうだ。
真は軽く会釈をした。
「さっきの先生の何のことか分かった?」
「それな?マジ分かんなかった」
女子二人は共感をもとめるように、真と南を交互に見る。
真は愛想笑いをした。結構有名だし、去年授業でやっただろう。この二人、合わないかもな。
「夏目漱石でしょ、こころ」
だよね、と南は真を見ながら言った。
真は目を軽く見開き、少し遅れて頷いた。
「あ~!なんかやった記憶ある」
「良く覚えてるね!すごい」
女子二人は大袈裟にリアクションをし、パチパチと指先だけの拍手をした。
「二ノ瀬くんも分かってた?」
急に視線が自分に向く。
うん、と頷きかけたところで、どっちの二ノ瀬だ、と思考が止まる。いや、南が答えたから、これは自分に向けて言っているはずだ。
「あ、紛らわしかったね、ごめん」
自己紹介しよーと、目も合わずに切り上げられた。
誰から始めるかで話し合った結果、出席番号順になった。自己紹介は初手からある程度フォーマットが決まっていくため、あまり気は進まなかったが仕方がない。
「二ノ瀬真です。元1年D組でした。自分を一言で表すと、石橋を叩いて渡らない性格、です。よろしくお願いします」
頭で考えていた文を、そのまま口に出した。
目の前の二人は、目線をチラチラ動かしている。
よろしくね〜と少し笑い、またさっきの拍手をパチパチとし、体を南に向けた。
伝わらなかったか。結構うまいこと言えたな、と思ったのに。
なるほどねー、と南は椅子に座り直した。
「二ノ瀬南でーす。元C組。自分を表す一言は、石橋は叩いたことない性格です。よろしく」
二人とも、目を合わせた。少し焦っているようにも見える。どういうこと?と溢す声が聞こえた。
「いやー、分かんないかー、悲しいね、真」
自分で意味を言うのも恥ずかしいじゃんね、と肩を組まれた。
「もうちょっと教養つけたほうがいいよ」
フッと笑いながら、冷静に言う。優しそうな顔をしているが、目は全然笑っていない。
二人は口を開け、片方がなにそれ、と震えながら不満を溢した。南を見る目が徐々に変わっていく。作り上げた理想の南が崩れ去ったことによる不快感が露われている。しかもそれを、苛立ちとして、本人にぶつけている。
「ほら、自己紹介どーぞ」
南は真から腕を解き、興味なさそうに背もたれに寄りかかった。
いいよ、やめようと隣に言い、前の席はスマホを取り出し、片足をもう片方の膝に乗せ、つまらなそうに画面をスクロールし始める。隣も南をじろっと睨み、ジャラジャラのスマホを手に取った。
真は三人を交互に見て、口が引き攣った。他のグループの和気あいあいとした雰囲気とは隔離され、この重い、張り詰めた空気がしんどい。腕の時計をちらっと見た。あと五分も猶予がある。どうやり過ごせばいいんだ。
つんつん、と右腕に感触がした。右を向くと、頬杖をついた南が話そ、と言ってきた。この空気を何とも思っていない顔だ。なぜそんなに、平然としているのか。
「好きな食物は?」
急に質問が飛んできた。チラリと前を見る。どうせ、聞いてないか。
真は少し椅子を引き、右に向けた。
「…冷麺」
「冷麺ね、夏うまいよねー」
こういう質問は、そのまま返すのが、鉄則だろう。
「南はハンバーグ?」
「ハンバーグはね、13位くらい」
微妙な数字に、思わず笑ってしまった。
「1位は何でしょう」
わかるかなーと、挑戦的な目で見てきた。
ハンバーグが13位ならば、みんな好きなメニューは上位に入っている可能性がある。
「カレーとか?」
「惜しい、三つ隣の国だよ」
真はすぐにアジアの地図を思い浮かべる。インドの隣はバングラデシュ、その隣はミャンマー、その隣はタイか。
「ガパオライス」
「めっちゃ惜しい!」
もう一個!と後押しをされた。
「カオマンガイ」
「せいかーい!」
あどけない笑顔で南は右手をグーにして差し出してきた。正解できた爽快感で、流れる様に、左手でグーをだし、軽くぶつけ合った。
「当てる人、初めて」
「お母さんがタイ料理好きで」
「だからかー」
カオマンガイって、ピンとこないこと多いからなーと嬉しそうに笑う。つられて口角があがった。
「真は何で冷麺好きなの?」
「基本さっぱりしたものが好き。それに、食感が気持ちいいし、何より作るのが早くて楽だから効率がいい」
夏休みは毎日昼食が冷麺になるほど食べてる、というと、南はククッと笑った。
「やっぱり、面白いな、真」
真は首を傾げた。自分のどこが面白いのか、イマイチ理解できない。
「明日、昼一緒に食べよう」
「え、」
すぐに許可を出せなかった。今まで堺の昼練がないときは、堺と一緒に食べていたし、それにさっきの休み時間の光景を思い出す。
「倉本さん?達と食べるんじゃないの」
「何で倉本?」
「いや、さっき話してたから、仲いいのかなって」
「あー、いや、呼ばれただけ」
悪くはないけど、別に特別良いわけでもないと付け足した。去年、クラスが一緒だったらしい。
「てか、何でそんなに、よそよそしいの」
「いや、喋ったことないし、何か怖い」
「まー確かに、目立つもんね」
悪いやつではないよ、と教えてくれた。
「堺がどうか、後で聞いてみる」
「二人で食べたかったら全然いいんだけど」
「いや、そんなことはない。俺も南のこと知りたい」
南は少し目を見開き、ありがとうと溢した。
悪い人では、なさそうだ。
そうだ、と南は思い出したように、口を開いた。
「このあと係決めじゃん、何にするか決めた?」
「とりあえず、行事系、以外」
「行事以外なの」
「あれは陰キャには荷が重い」
「え、真、陰キャなの?」
「見ればわかるだろ」
いつものクセで、眼鏡の位置を直すと、よりそれっぽくなってしまった。笑っている南と目が合った。
「いいじゃん」
「何が?」
「口調が、くだけてきた」
「…悪い、馴れ馴れしかったか?」
「全然、むしろ嬉しい」
陽キャが怖いタイプか、と当てられ、すぐ横にいるのに頷いてしまった。
「僕は大丈夫なの?」
「大丈夫、っぽい」
「ぽいって何」
「まだ、わかんない」
目の前で二人を容赦なくぶった切ったのを見た後では、怖さは拭えない。
「じゃあ、信用してもらえるように頑張らないとね」
自己紹介の時間が終わり、席を元の状態に戻した。
黒板に、学級委員、図書委員、球技祭実行委員など、係の名前が羅列されていく。
とりあえず、日誌係や生き物係が無難かなと考える。特に日誌なんて、毎日書かなければならないから、面倒くさくて人気がなさそうで、ちょうどいい。
「はい、じゃあ十分後に票を取るので、考えてくださ〜い」
各々が、新しくできた友達の元へ行き、どれを一緒にやるかを話し合っている。堺はどうするのか聞こうと左を見ると、後ろの席の男子と楽しそうに話しているのが目に入った。さっきの時間で仲良くなったのだろう。
そういえば、南に聞かれてはいたが、聞いていなかった。
体を後ろに向けると、頬杖をつきながら、片手でスマホをスクロールしていた。右耳に目がいく。やはり、ピアスは見間違えではなかったが、片方にしか、つけていないのか。
「どうした?」
「係、何にするの」
「んー、真とおんなじやつ」
え、と声を出してしまった。
「嫌?」
「いや、全然」
日誌係にしようかなと思っている、と情報を共有した。
「おっけー、ありがと」
「…意外だな」
「何が?」
「みんな、日誌係は面倒くさがるのに」
まぁ、不真面目なやつはね、とスマホを閉じてこっちを見た。
「南ー!お前何にすんの!」
対角線から、よく通る声が飛んできた。真は驚いて、肩をビクッとすくめた。
南はちょっと待ってね、と斜め後ろを振り返り、にっし、と口パクで伝える。
「は?日誌?なんで、めんどくね!」
南は、ほら言った通り、と倉本のことを指差した。真はおかしくて、思わず吹き出してしまった。
「ねーね、南くん!一緒に文化祭委員やろーよー」
倉本の隣にいたスカートが短い女子が跳ねながら、席に近づいてくる。また、陽キャだ。
邪魔になると思い、黒板の方に体を戻し、後ろの会話を聞いた。
「今年こそ、劇やりたいの!」
「うん、いいんじゃない?」
「だから、一緒にやろう!」
「なんで?別に僕、関係ないじゃん」
「南くんがいたら、動かしやすいと思って」
「動かすって何?」
少し、トーンが低くなったのを感じた。背中が強張る。
「だから、クラスの人が賛成してくれるから、うちの意見に」
何も気づかない様子で、図々しく高い声が響く。
「なにそれ」
なら、なおさら無理と、冷たく突き放した。
「えー、なんでよ!」
「触んないで」
うっとおしさが、見なくても伝わってくる。
「いいじゃん、お願い!」
「無理、僕は日誌係をやるから」
「なんで日誌なの、つまんない」
真とやるから、と急に名前を出された。心臓がドクンと跳ねる。左側に通り過ぎる風を感じる。目の前に人影が見えた。
「ねぇ、南くんとやりたいの?日誌係」
女子は、真の机に前のめりになる。
真は、急な出来事に反応が遅れた。畳み掛けるように、耳に響く声で言われる。
「南くんが文化祭委員にいってもいいよね、別に」
「南くんが日誌係はもったいないよね」
勢いに圧倒され、うん、と頷いてしまった。
用事は済んだように、ハアハア息を吐きながら後ろに戻る。
「ほら、あの子もいいって言ってるよ!」
あの子ってなんだ。
日誌係はもったいないってなんだ。
頭の中に思っても、出せない。空気を壊して、修復するのは大変だ。修復すらできないかもしれない。そのリスクは、自分が我慢することと比較してしまえば、簡単に勝ってしまう。
せっかく南と、同じ係になれるかもしれなかったのに、と半分、その女子のせいにした。
「いい加減にして?」
心の中を読まれたのかと思い、真は後ろを向いた。自分の腕から、女子の手を振り払う南が見えた。
口角はあがっている。しかし目に光がない。
「文化祭委員なんて、興味ない」
そこら辺の女子とやればいいだろと、隣を差した。成り行きを見守っていた女子二人は、話に急に巻き込まれ、え、と目線を南に向けた。
「さっき、劇やりたいって言ってたよね」
清楚な声で、南は問いかけた。
「え、うん!」
女子三人の目が、輝いていく。
「まじ!やろうよ!!」
「う、うちらでよければ!!」
女子三人でキャー、と騒ぎながらハイタッチをし合う。
南と目が合う。
「日誌係、やろうね」
予想通り、日誌係は人気がなかった。第一希望で通ってしまえば、行事系の係になることは無いため、一安心だ。そして、南の名前もある。
「今日から、よろしくね〜」
先生から、分厚い日誌を渡された。一日ずつ交互で書くことにし、今日は真が担当することになった。
先生が連絡事項を言っているのを、そのまま〈連絡〉の欄に書いた。
明日からは、6限までびっちり授業が入っている。帰りに各自で新しい教科書を取りに行かなければならない。
「では、ショートホームルームはこれで以上で〜す」
じゃあ、新しい学級委員に号令してもらおうかな、と笑顔で言った。
「起立!」
堺が、元気よく放った。
「気をつけ、礼!」
さようなら〜と一斉に散らばった。
真は椅子に座り、日誌の続きを書く。〈今日のできごと〉の欄に、何を書くか考えていると、いつの間にか、みんな居なくなっていた。
そっか、教科書早く取りに行かないと並ぶもんな、と真は誰もいないため独り言を言う。
別に、あとでゆっくり取りに行けばいいや、とペンの先を押した。
廊下から、大きな足音が近づいてくる。そのまま後ろのドアにぶつかり、勢いよく教室に入ってきた。
「あぶねー、一番乗り!!」
息を切らしながら、積み上げた教科書をダン!と机に置いた。
あまりに大きな音に、真は後ろを振り向いた。
「あれ、人いたわ、負けた?」
マジか、と驚いている倉本が目に入る。
「あ、いや、俺はまだ取りに行ってないから」
「あ!そうか、日誌係だもんな」
どれどれ、と近づいてくる。
「そういえば、真は南と仲良くなったの?」
「あ、うん」
「あ!ごめんな、南と同じ名前だから、呼び捨てで呼んじゃって」
「いや、大丈夫、びっくりしただけ」
で、何がきっかけで仲良くなったの?と問われた。
「何って言われても…、苗字、かな」
「え、それだけ?」
「うん」
倉本は、すげーな、と口を大きく開けて笑った。
「何が、すごい?」
「いやー、アイツさ、基本人と距離取るっていうか、なかなか自分から行かないからさ」
アイツが自分からグイグイ行ってるのが気になった、と嬉しそうに教えてくれた。
続々と人が帰ってきて、そのままカバンを持って下校し始める。日誌もすべて埋まったため、言われたとおりに教卓に置いておいた。
廊下が賑やかになってきたため、向こうはそろそろ空いてきたかな、と教科書置き場に向かおうとすると、廊下で南とすれ違った。
「待って!」
よく見ると、同じ教科書を二冊ずつ持っている。
「真の分、持ってきた」
腕が千切れる、と苦しそうに笑う。半分もらい、引き返して席に戻った。
「ありがとう、重かっただろ」
「思ったよりね」
二人でそれぞれの教科書を分ける。地学基礎の文字が見え、ペラペラとめくってみた。
「どう?」
「むずそう」
「まじかー」
うわ、天体じゃん、と南は顔をしかめる。物理よりはマシだろ、と真は笑った。
「真は部活入ってるの?」
「いや、入ってない。南は?」
「僕も帰宅部」
流れで、そのまま一緒に帰ることにした。
「まさか、おんなじクラスになるとはねー」
「同じ苗字が並んで、変な感じだった」
初めて話した時も思ったが、目線を少し上げながら話さないと、目が合わない。
「あ、南!帰り?」
「うん」
「じゃあな〜」
友達らしき人と、手を振り合う。なんか、少しだけ、みじめに感じてきた。圧倒的な陽キャと、影が薄い陰キャ、みたいな。周りからはどう思われているのだろうか。
「真?」
横から顔が覗き込んできた。
「何?」
「顔が、暗い」
南と目が合う。
「…ごめん、何でもない」
「そう?」
空気を読めるようになると、人の目を見てどう思われているかが、だいたいわかるようになった。今のは、純粋な目だ。南からは、値踏みされるような目は、真には向けられない。
安心して、少し、踏み込んでみた。
「南は、さっきの女子、どう思った?」
「さっきの女子?」
「…自己紹介とか、係決めの」
「あー、あの人たちね」
うーん、と言葉をまとめている。
「感じ悪かったから、ちょっと、言っちゃった」
だいぶ、斬り込んでたけど、と真は心の中でツッコんだ。
「僕さ、自分が我慢するの、嫌なんだよね」
南の中に、強い、芯のようなものが少しだけ、見えた。
「人生、いつまで続くか分からないじゃん?だから、楽しく生きたい」
そう言って、南に肩を抱かれた。よろしくね、と明るい声で笑う。
学校の最寄り駅までは、だいたい二十分くらい。今までは、一人で帰っていたため、長く感じていたが、話しながら帰ると、あっという間に感じた。
「そのまま家?」
「いや、塾に行く」
「そっか、僕はこれからバイト」
秘密だよ、と言い残し、じゃあねと、そのまま駅を通り過ぎて行った。
カバンから定期を取り出し、改札を通る。エスカレーターでゆるゆるとホームまで登り、電車を待った。
右ポケットから、リングで止めた英単語帳を取り出した。リングを外し、細長い紙をシャッフルする。ある程度混ざったら穴をリングに通し、パチっと留める。
1枚、1枚めくりながら、頭で単語の意味を思い出す。
電車が来たので、そのままポケットに戻し、ガラガラのクッションに座った。
南は、今まで関わっていた人とは少し違う。
陽キャは基本避けてきた。価値観が合わないからだ。南は、二つに分けるのであれば陽キャだろう。ピアスも、アルバイトも校則違反だ。
ただ、自己紹介の時にズバッと言ってくれたのが気持ち良かった。たまにされる、冷笑の目を確実にあの二人はしていた。別に関わらなければいい、と諦めていたけれど、教養つけたほうがいいという返しは、自分の気持ちを代弁してくれたようで、痛快だった。
それに、真には、優しい。
あれは、自分のために、言ってくれたのではないかと勘違いしそうになる。
自己紹介の時のことを振り返り、忘れていたことを思い出した。
堺のラインを開き、《明日昼練ある?南が昼一緒に食べたいって》と送った。
