石橋は二人で渡れば怖くない

堺の家からでて、南と駅まで歩いた。
日の長さが長くなった。まだ、明るい。
「堺と、仲いいんだね」
「まぁな」
「羨ましいな」
南は、今日も、シルバーの揺れるピアスをしている。
「二年になってからは、南と一緒にいる時間のほうが多いけどな」
「そう?」
「ずっと一緒にいるだろ」
そうだけどさー、と溢す。
「二人きりで、誰もいない部屋って、いいな」
「…それは、まぁ」
南と二人きりで、誰もいない空間を想像してしまった。隣に座って、一緒にゲームをしている。腕が、触れるくらい。
無意識に頬が緩んでしまった。
「え、真、やらしいこと考えてる?」
「そんなわけないだろ」
南のことを、軽く叩いた。触れた感触が、じんわりと手のひらに残っている。
「僕は考えてたけどね、堺の話聞いたとき」
南は、熱を持った目で真を見る。その熱は、すぐに真にまで伝導した。
「なに、言ってんだ」
顔が熱くなる。わかりやす、と笑う南。


これは、確実に、両思いだろう。そうではなかったら、南は相当性格が悪い。
いつも、余裕で、自分ばかりが簡単に乱されてしまう。

「あーあ、着いちゃった」
「…じゃあな」
え、と南は目を丸くした。
「同じ方面じゃないの?」
「俺は塾、行くから」
「これから?」
「当たり前だろ」
もう19時じゃん、と南は口を尖らせた。
「まだ19時だろ」
「頑張りすぎじゃない?」
「勝たなきゃ、いけないからな」
「そんなに僕にさせたいことが、あるんだね」
ニヤリと笑う。
「…そう、かもな」
「っな、」
実際、そうだ。
南は、顔が固まり、顔を背けた。耳が、少し赤い。
今度は真の口角が上がる。
かわいいな。
「そういうことだから、じゃあな」
「…うん、また明日」
こんなに気を抜いている場合ではない。
真は、深呼吸をし、切り替えた。




テストは、過去一番うまくいった。
特に、古文と日本史。いつもだと、勉強を終わりにしているところを、三周も振り返った。おかげで、ミスを入れても、96点くらいの自信がある。
数学は、平均点を狙ったつもりが、最後の最後で応用問題も解け、時間ぴったりに終わった。
案外、保健のテストが難しかったが、終わってすぐの周りの反応を見た感じ、みんなできていなさそうだったので、大丈夫だと言い聞かせた。



「では、期末テストの成績を結果返すので、出席番号順に取りに来てくださ〜い」
ふーっと息を吐く。胸のあたりが寒く、切ない感じがする。
人の足が次々と入れ替わる。歓喜の声も、悲嘆の声も聞こえてくる。やがてその数は増えていき、もはや誰の声かも識別できなくなっていた。

椅子を立つ音が徐々に迫ってくる。
あっという間に残り三人、二人、一人とすぐそこまで自分の番が回ってきた。

立ち上がった足に力がはいらず、転びそうになった。先生の前に立ち、目線を無理やり上げる。
目が合うと、称賛の笑みでおめでとう、と言われた。
おめでとうは、一位以外には使わなくないか。
確定演出だ。

「ありがとう、ございます」


早々に椅子に座る。薄い紙を表にする、それだけの動作で、今後の未来が大きく変わる。
切なかった胸は、いつの間にか熱く、その熱は背中、首を伝って、後頭部まで伝導した。
右手でそっと未来を裏返した。100に近い数字が縦に羅列している。

その末尾に大きさは変わらないが、太く感じるフォントで、“1/40”の数字が見えた。


その瞬間、はっと息を飲み、爪が食い込むほど手を握りしめ、音にならない声で叫んだ。


勝った。勝ったのだ。勝ったぞ。

あえて後ろは向かない。いや、向けない。背中が熱すぎて、その熱が引くのを待ち続ける。



「その顔は、勝ったんだね」
「見ろよ、1位」
薄い紙を南の顔の前に近づける。目を丸くし、苦笑いを浮かべた。
「マジか~、自信あったのに」
じゃあ、お願いを聞かせてと言われると、返答に詰まってしまった。
人がいるところでは話したくないといったら、良いところを知っていると、化学準備室に誘われた。いつも南の班が掃除をしているところだ。

重いドアをあけ、奥の方まで進んでいく。
薄暗い密室で、南は振り返った。
で、僕にしてほしいことは?と向き合って問われた。
目の前に南がいると、声が出なくなる。声を出そうとすると、空気しか外に出ず、喉元で伝えたい言葉は引っかかってしまう。いつもと違う、少しほこりが溜まった特殊な匂いに、困惑する。

「ちょっと、待って、ごめん···」
「···いいよ」

古い時計がカチカチと時間が経っていることを教えてくる。



言えよ。言えってば。こんなチャンス、二度とないかもしれないのに。あんなに頑張ったじゃないか!


石橋が、現れる。
真っ暗闇だ。石橋の下は、底が見えない。
やっぱり、怖い。
もし、失敗して、この楽しい時間が無くなったらどうしよう。
足が、すくんで動けない。


こんな時までこんななんて、情けない、と頭に浮かんだ時、目頭が急に熱を持ち始めた。まずい、と熱を分散させようと瞬きを増やす。目元に水がたまってくる。気付いたら鼻から水も垂れてきた。

絶対変に思われている。なんで?って困惑してるはずだ。その顔を見たくなくて、頑張って耐えたいのに、一度決壊したダムはもとに戻せない。あふれる涙を手で追い払う。

「真?」
「…ごめん」
「謝らないで」
南の声は慰めのトーンだ。どこまで優しいんだこの人。
そろそろと顔を上げると、南は、真に向かって腕を開いている。

「こっちおいで」
意味が分かった瞬間、勢いで南の胸に飛び込んだ。

石橋は、晴れて、下が見える。
暖かな草原に、いっぱいの花たち。柔らかい風。



いつもの安心する、お日様の香り。優しく守られている。



南の顔がすぐ隣にある。これなら言える。






「好きだ、南」




少し余韻がしたあと、うん、という南の声がした。温かくて、心地よくて、しばらく南の胸を借りた。
落ち着いたので、少し距離を取って南の顔を見る。




「お願いは?」
柔らかい顔をしている。つられて同じ顔になる。



「俺と付き合ってほしい」
今度は、流れる様に言うことができた。
南は一度ゆっくり瞬きをし、ククッと笑った。





南は、うん、と言いたいところだけど、と少し意地悪な声色で、ポケットから丁寧に折り畳まれた紙を出した。


真は、予想外の動きに口角が下がる。その紙を受け取り、開くと、うそ、と目を丸くした。

100に近い数字が縦に羅列している。

その末尾に“1/40”の数字が見えた。


「え、同じ···?」
右上に目を移す。二ノ瀬南という文字。ちゃんと南のテスト結果だ。




「真は、勝ってない。勝ったほうがお願いできるって話だったよね。だったらお願いは、できない」
断るトーンではない。からかう声のトーンだ。南の口角はさっきから上がりっぱなしである。

「できないの、わかってて、聞いたのか?」
「うん、真の口から聞きたくて」
なんだよ、とため息をついた。そして顔が熱くなる。
「断るなら、言わせんな」
ふてくされたような子供っぽい言い方になってしまった。かわいい、と南は溢す。
「冗談だよ、誰も断るなんて言ってない」
今度は胸まで一気に熱を持ち始めた。

「同点だからさ、僕からのお願いも聞いてよ」


南の手が、そっと頬にやさしく触れた。
南は瞳に熱を持ちながら、真剣な顔になる。
南の顔が近づいてくる。
真は息を自然に止めた。

最後の一歩を踏み出したとき、空間が一瞬暗くなった。

パチパチという音がした。その音につられるように、光りがついたり、消えたりする。目線を上げると、蛍光灯がランダムに光りだした。


パチン

フッと暗闇に暗転した。

「停電?」
南の手が、離れる。
急に、ほこりの独特な匂いが鼻つく。この部屋は出入りが少ないから交換し忘れたのだろうか。

電気のスイッチを押したらつくかなと、体の向きを変えて足を踏み出すと、何が足首を掴んだ。

振り返り、薄暗い中、よく目を凝らすと、下でうずくまる南が目に入った。


「南!!」
肩に衝撃を加わえると、南はビクッと体を震わせた。

「大丈夫か?」
返事はない。
「とりあえず、電気確認するから、離して?」
無理に行こうとすると、掴む力はより強くなった。引っ張られるとは思わず、バランスを崩して南の上に倒れ込んだ。
「どうしたんだよ」
痛い、離して、と離れようとする真を強く引き留めた。
シャツを強く掴まれてる。その手が震えてるのが分かる。
「おい、大丈夫か!」
南の呼吸のテンポが早い。耳元で、ヒューヒュー鳴っている。それにつられるように、自分の心臓もスピードを高める。

南と横になり、そのまま背中をさすった。大丈夫、ゆっくり息を吐いて、となだめる。ひんやりした床が少し冷静にさせた。

やがて南の顔が穏やかに戻っていく。だいぶ正常に戻ると、自分の気も落ち着いてきた。

落ち着いたのがきっかけになったように、パチっと明かりがついた。


お互い、ゆっくり体を起こす。

「大丈夫か…?」
明るくなると、真っ白で辺りが見えない。

チカチカする目が、やっと慣れてきた頃、そこには、口元に手を当て、眉をひそめる南の姿があった。

目線はどんどん下がっていき、うつむいてしまった。


「どうした?」

沈黙が続いた。

南は真剣な眼差しで、しかし、すぐ顔を歪ませ、耐えられない、というように、震える声で小さく放った。その言葉は、胸を一直線に刺しに来る。








「…僕も、記憶がないんだ」

真にも、同じ痛みが、痛いほど伝わってしまった。