石橋は二人で渡れば怖くない

何とか基本的なA問題は、解けるようになった。応用のB問題は飛ばして、13時までにとりあえず目標の十ページを完遂した。

この勉強スペースは、離席は三十分まで、蓋の閉まる飲料以外は飲食禁止のため、一階の飲食スペースで菓子パンを食べる。頭が、糖分を欲していたらしく、するすると口の中に入る。
「午後はここが17時に閉まるから、それまで頑張ろう」
「そうだな」
「夜は、また食べに行こうか」
前に行ったファミレスのことだろう。前に一緒に行ったことを思い出す。
「次はミートドリアを食べる」
「気に入ってたもんね、真」
この前、一口もらった時、ミートソースとチーズの絡み合いが絶妙なバランスで美味しく、これはナンバーワンだと、納得した。
「かわいかったなー、あの時」
目がぱっと開いて、ウサギみたいだった、と南が微笑む。
胸が、ぐっと跳ねる。
「かわいくは、ないだろ」
目は合わせられない。

ククッと、笑ったのが聞こえた。







「疲れたー」
「そうだな」
店の中は、香ばしいチーズの匂いが充満し、イタリア料理の口にさせてくる。
「真はミートドリアでいいんだよね?」
真は、ありがとうと頷いた。
「僕はどうしようかな~」
カルボナーラにしよう、とQRコードを読み取り、注文を確定してくれた。南は立ち上がり、二人分の水を持ってきた。こういう気遣いが、サラッとできて、かっこいい。
「勉強は順調?」
「…まあ、数学以外」
「数学苦手なの?」
「数列になってから、理解できなくなった」
「あー、なるほどね」
南は?と問いかけた。
「数学は、課題全部おわったよ」
「え?」
頬杖をついて、ニヤリと笑った。
「得意なの?」
「得意かは分からないけど、できる」
「…他は?」
「他も、できるよ」
昨日言っていたこととは真逆で、たっぷりの余裕を感じられる。
「じゃあ、勉強会必要ないだろ」
「なんで?」
「俺が教える必要ない」
「堺は必要じゃん」
「でも南は…」
言いかけたところで、また都合のいい解釈が生まれてしまう。俺と堺が二人になるのは、嫌とか。

「僕がいないと、堺と真で二人になっちゃうでしょ」

背中にじわっと熱を感じた。
ぴったりと欲望が重なったことに、胸が弾んだ。

次の一言を待つ。

「二人で教えないと、真の負担が大きすぎる」
火が、消えた。
また、勘違いだ。
恋愛って、感情が上がったり、下がったりで、こんなにも疲れるものだったか。世の中の恋人たちは、よく平然と日常を過ごせるな。
そんな簡単に、恋愛は上手く行かないぞ、と自分に言い聞かせた。

「ねぇ、真」
呼ばれて、南と目を合わせた。

「気づいてるでしょ」
周りの音が一瞬にして、消えた。

「…何が」
「とぼけないでよ」
南は頬杖を解き、姿勢を正した。
「ピアスの意味、調べたんでしょ」
眉を八の字にして、問われた。その顔が、少し申し訳なさそうに見えたので、一気に罪悪感が湧いてきた。
「…ごめん」
「なんで謝るの?」
「…勝手に、そうかもって」
「大丈夫だよ。実際、そうだし」
案外、あっさり告白された。南は後ろの背もたれに、寄りかかかった。
「色々めんどくさいって言ったとき、納得してない顔だったから、これは家帰ったら調べるなって、思ってた」
行動が、完璧に読まれてた。
「案の定、次の日から意識しまくってて、当たりだなって」
前に調べた時に出てきたアウティングの事件と重なる。みんな、いつも通りに接してくれなくなって、それが耐えられなくて…。
「…ごめん、そんなつもりはなかった」
そう口では言って、ないわけないだろうと、脳内で自分を責めた。むしろ、そうだって知って、今、こんなに心が熱くなってるのに。
ちらっと、南を見た。
想像していた顔と違う。目を細めて笑っている。
「結構、意識してたと思うけど。しかも、脈アリの方の、意識」
顔が熱くなる。バレていたのか。
「…嫌じゃ、ないのか」
「全然」

カルボナーラと、ミートドリアが届いた。
いい匂いがするが、今はそれどころではない。恋愛で言ったら、その先に進むか進まないかの、かなり、重要なところだろう。

「せっかく仲良くなったのに、テストが終わったら席替えなんて、悲しいなー」
背もたれに寄りかかりながら、ニヤリと笑う。
わざと、言わせようとしているのか。

南と付き合ったら、と想像する。
胸が、じわじわ熱くなる。
独り占めできる。もっと、触れ合える。

真は手を握りしめ、思い切って勝負に出た。

「…テストで、点数が高かったほうが、好きなことを、相手にさせられるのは、どう?」
南はふっと笑みをこぼし、頬杖をついた。
「いいけど、普通にお願いしてもいいのに」
言っていいよーと待ち構えている。

こうでもしないと、言える自信が、ない。
それに、一種の願掛けでもあった。自分が勝てば、付き合える。

「いや、そっちのほうが、なんか、燃える」
「ふーん。そっか」
楽しみにしてるね、と腕を解き、手を伸ばしてフォークとスプーンを取る。
「はい、これ真の分」
「…ありがとう」

この勝負を吹っ掛けただけでも、目頭が熱くなる。声は震えていなかっただろうか。