石橋は二人で渡れば怖くない

日誌係は、最高だった。強制的に、南と二人になれる時間を作ってくれる。
相変わらず、南は真の机の前に椅子を持ってきて座り、ただただ日誌を眺めている。
「いつも思うんだけど、つまらなくないのか?見てるだけで」
日誌を書く手を止め、真は南を見る。
「ぜーんぜん」
あどけなく、笑う。
「…そうか」
目線を日誌に戻した。
「ここ、朝から寝癖治ってない」
真の、ツンとはねた髪を触る。こうやって、軽いボディタッチをしてくることが増えた。いや、前からしてたけれど、より意識するようになった。
触れられたところから全身に、じわじわと弱い電流が流れる。いつか、爆発してしまうのではないか。
「終わった?」
「うん」
「えらいね」
そのまま、手を真の上にポンと置いた。
触れられたところが、ぶわっと熱くなる。
こういうのが、まずいんだって。爆発してしまうだろう。


あの日から、南を見る目が変わってしまった。
元々、南自身は何も変わっていないのに、自分の考えが間違っている可能性もあるのに、ちょっとした仕草に、胸が跳ねる。そうなんじゃないか、と期待する。





堺の昼練がなかったため、久しぶりに三人で昼休みを過ごした。
「もうすぐ期末テストだね」
「嫌だー」
考えたくねー、と堺は頭を抱えた。堺の入っているバスケ部は、なかなか休日がないし、堺自体も、そんなに勉強をするタイプではないため、いつもこうなる。もう、慣れた。
「真は余裕そうだね」
「前もって勉強してるからな」
「みなみんは?余裕?」
「そんなことないよ」
仲間ーと、堺は南と肩を組んだ。少し、モヤっとする。
「南は頭良さそう」
「ある程度は分かるんだけどね」
ノートを取っていないのに、記憶力は凄い。天才型なのではないかと、前から疑っている。
「まこっちは、いつもみたいに、古文頑張る?」
「当たり前だろ」
「なんで、古文?」
得意なの?と南が聞いてきた。
「好きな先生のテストは、一番頑張る」
日本史と古文はクラス最高点を取りたい、と真は宣言した。
「立花先生、好きなんだ」
「分かりやすいし、あのダンディーな声と、達筆が、かっこいい」
なるほどなー、と南は頬杖をついた。

「僕は、好きじゃない」

不満を露わにした南を見て、胸が、跳ねる。

「…なんで」
聞いてしまった。
嫉妬、とか、だろうか。

「いつまで経っても覚えてくれないから」
「確かに、みなみん、毎回南さんって言われてる!」

「南さん、あ、間違えた、南くん」
堺は、低い声を出し、立花先生のマネをした。
確かに、南って女子でもいるけど、と南は不貞腐れた声を出す。


心から熱が引く。今度は耳に熱が生まれる。
何でも自分の都合のいいように解釈する自分に、羞恥心を覚えた。


「いいこと思いついた!三人で勉強会しようよ!」
堺は期待の眼差しで、真を見る。また、あの堺を手伝わなければいけないのか。
でも、堺には昔助けてもらった恩がある。
「…いいよ」
「やったー!みなみんは?」
「真は、いいの?」
「教えるのが一番身につくから」
「なら、僕も教えてほしい」
よろしく、と笑いかけられる。
さっき引いた熱が、また生まれた。

それぞれが、空いている日にちを言い合う。
「直前の日曜しか、合わないね」
「オレが部活あるからね」
「じゃあ、そこにするか」
昼休みの終わりを告げる鐘がなった。
場所はまた決めよーと、堺は自分の席に戻っていった。真も椅子を黒板側に戻すと、背中をトントンとされた。振り向くと、小声で話しかけられた。
「真、明日、空いてたよね」
「うん」
「二人でも、勉強しない?」
予想外の誘いに、心が舞い上がった。











待ち合わせに指定されたのは、真の最寄り駅の一つ隣の駅だった。
改札を出たところで、単語帳を一つずつめくりながら、意味を思い出す。
「あれ、もういる」
僕が先に着く予定だったのに、と驚かれた。
白のシャツに、青色のジーパン。シルバーの揺れるピアス。私服で会うのは初めてだったが、やはり、かっこいい。

「いつも、待ち合わせの二十分前には着くようにしてるから」
持っていたものをポケットに戻し、南の案内についていく。

ビルに入り、エスカレーターで15階まで登ると、私語厳禁という張り紙を見つけた。景色を一望できる空間に、横長の机が並んでいる。すでに、いくつか埋まっている。
「ここ、この時期はすぐ席無くなるから」
小声で、ここにしようと、机を指定された。
前には、浪人生らしき人が、有線のイヤフォンをつけながら、シャーペンを滑らしている。山積みになった参考書の一番上、分厚く早稲田大学と書かれた赤い本が存在感を示す。
南は右側に座った。今日のカバンは、さすがに教科書が入っている。とりあえず、お腹が空きそうな13時まで、各自で進めることになった。

腕の時計を見る。今は8時過ぎなので、かなり余裕があるな。

始める前に、ざっと三週間の計画を立てる。
期末テストは、英語、数学Ⅱ、数学B、現代文、古文、地学、日本史、家庭科、保健、情報。

塾では文系科目しか取っていないので、先に進めたアドバンテージがないのは、数学と地学。家庭科、保健、情報は、授業中にある程度覚えきった。ならば、一番苦手な数学に時間を取る必要がある。
提出しなければならない課題が単元一個分で三十ページほど。数学Ⅱと数学Bがあるので、ざっと六十ページ。一週間前には課題はすべて終わらしておきたい。
紙に計画を書き、写真に収め、そのままロック画面に設定した。
計画の目処を立てると、次は今日のタスクを決める。
朝の方が集中できるから、負担が大きい数学を午前中に進める。午後に地学と、好きな日本史をやろう。
数学Bの演習本を取り出した。去年は黄色だった表紙は、赤色に変わり、Bの上にプラスという文字がつけられた。
なんで、難しくしたんだ、と数学担当の田中先生を心の中で責める。

高校に入るまでは、数学が得意だった。理数科がある高校の受験も考えていたほどだ。
しかし、授業で数学Ⅱ、数学Bに入り始めると、途端にわからなくなった。
特に、数学Bの数列。Σ(シグマ)の羅列された問題を見ると、手が止まるようになってしまった。

逆に、一番苦手だった英語を塾で習うと、いつの間にか得意科目に変わっていた。大学入試で文系学部を受けるならば、英語は配点が一番高いらしいので、塾自体が力を入れている、ということもあるだろう。それに加えて、基礎から順番に理解し、英単語などをコツコツ覚えられる真面目な性格も相まって、どんどん理解できるようになっていった。

それと比較して数学は、最初の理解する段階で詰まってしまう。仕組みを理解して、それを使って解く、という流れの最初の部分から進めない。
仕組みがわからないから、進めなくて、問題を解いても何をしているか、全くわからない。

苦手になって初めて、妹が勉強を投げ出していた気持ちが、わかった。