石橋は二人で渡れば怖くない

「迷惑ばかりかけて…、ごめんなさい」
初めて、あんなに元気なおばあちゃんが、泣いているところを見た。
暖かい日差しが差し込んでいるが、それには合わないほど、荒々しく白いカーテンが揺れる。

「私の旦那の遺産があるから、それで…」
母は、何も言わない。

「また、借金なんて…、どうお詫びしたらいいか…」
すでに曲がった腰が、震える手が、とても弱々しく見えた。


言われなくても、この先の未来を推測できた。



おばあちゃんが帰ったあと、三人で夕飯を食べながら、
「これからは、三人でやっていかなきゃいけない。お母さんも頑張るけど、あなた達も、少し協力してちょうだい」

母の深刻な声は、真を強く、縛り付けた。



小学校では最高学年になり、勉強漬けの日々が始まった。よくゲームに誘ってくれる子との遊びも断った。二人を支えるには、それを頑張るしかないと思っていたからだ。

ある日、何気なく隣の席の少年に言われたことが気になった。

「二ノ瀬って、前と人が変わったみたい」
その言葉で、自分が以前の記憶を思い出せないことに気がついた。勉強の知識はあっても、大切な、人との記憶が全くない。


そのことを、その日の夜ご飯を食べながら母親に話すと、
「前にあなたが、階段から落ちたことあって、それの影響かしら」
多分そうかも、ひとりで頷いたので、納得した。病院に行く?と言われたが、それよりもテレビに映っているドキュメンタリー番組に夢中になっていたので、いーや、と適当に返事をした。


3月の下旬には、お墓参りに行く。気温は温かく、添えたお花の匂いは、花粉症でよく分からない。

墓石に、丁寧に水をかけ、清めてあげた。
おばあちゃんも含めた四人で、静かに手を合わせる。

みんなに迷惑をかけたことを、少し怒る。
でも、生んでくれたことに、感謝もする。
それ以外には、なにも、思い浮かばなかった。


いない父のことも、記憶にない。最初から、いないみたいだった。



左に座る南の顔が見れない。ずっと俯いている。
「特に困ることなかったし、あんまり気にしてなかったんだけど、中学ってさ、地元の小学生の集まりだろ?みんなで昔あったことを話してる時は、なんか勝手に仲間外れみたいに感じて、ちょっと辛かった」

うん、と言う言葉だけ聞こえた。

「···急にさ、二ノ瀬は、校舎内で鬼ごっこしたの覚えてる?あん時めっちゃ怒られてたよな〜って話振られて、あんまり覚えてないっていうと、嘘つけって笑われる」
いやー、ほんとに覚えてないんだよ、と無理に明るく話そうとすると、声が震えてしまった。







高校生になると、三人の生活も、もう当たり前になった。
勉強を頑張ったおかげで、地元ではすごい、と言われるくらいの高校に入学できた。

母から期待され、純粋に嬉しかった。
高校の名前を出すと、周りの人も褒めてくれる。

そのまま大学受験も頑張ろうと、早々に塾も入れてもらった。




授業があって夜まで塾で勉強し、帰ってくると、母と妹が大喧嘩していたことがある。

「お母さん、家出ていくから」
「…なんでよ」
おかえりも無く、二人で睨み合っている。
妹はしゃくりをあげて泣いている。

「なんで、こんなことになったの?」
母は、動かない。
妹の目を見る。
「…だって、お母さんが、勝手にテレビ、変えるんだもん」
「は?…テレビ?」
「だって…」
想像していたものとは違い、真は鼻で笑った。
「そんなことで喧嘩してんの?」
呆れた声で言うと、二人の顔はみるみるおかしくなる。
先に、母が笑い出した。つられて、妹も笑う。
「くだらないね」
「確かに」
ごめんね、ごめんなさいと、互いに謝った。
大事にならなくて、安心した。

この頃から、若干の違和感を感じ始めた。




二人と、一人に分けられている。