生徒会室は本日も「甘やかし」につき使用中

 翌朝。
 爽やかな秋晴れの下、俺はいつもと変わらぬ顔で校門をくぐった。

 制服に乱れは1つもない。
 ネクタイもきっちりと締め、寝癖だって当然、残っていない。

 面倒だった朝の挨拶活動にも、すっかり慣れた。
 まだ他の生徒会メンバーが集まっていないことをいいことに、誰にも見られていないのを確認して、小さく欠伸をする。

(昨日は…甘えすぎたか)

 ふとした瞬間、思い出すのはもちろん昨日のことだった。

 人目のない家の中で、圭太の胸元に顔を埋めて、散々甘えた挙句の果てには離れたくないと駄々までこねてしまった。

 思い返すだけで、耳が熱くなる。
 そんな情けない姿を、この学校の誰1人として知られるわけにはいかないだろう。

 …いや、1人だけいるか。
 こんな姿を知られてしまっている人が。

 その事実を思い出した瞬間、ほんの少しだけ眉が寄った。

 そのときだった。
 ふっと、隣に影が落ちる。

「おはよう、会長さん」

 聞き慣れた声。続いて、耳元に落とされた低い関西弁。

「今日も朝から見事な化けっぷりやね」

 一瞬だけ、背筋が跳ねた。
 反射的に振り向けば、そこには眠そうに大きな欠伸をする圭太が立っていた。

 俺は周囲をさりげなく見回す。
 幸い、近くに人はいない。

 それを確認してから、ようやく小さく息を吐き、眉間に皺を寄せた。

「…化けっぷりとは失礼だな。俺はいつだって、生徒会長としての職務を果たしているだけだ」
「お~?」

 圭太はまるで取り合わない。
 むしろ、俺の反応を楽しむように目を細めた。

「昨日、俺に甘えてきたくせに?」
「待て」
「『離れたくない』って泣きついてた人とは思え――」
「だから待てって!!」

 思わず声が裏返った。

 しまった。
 慌てて周囲を見回す。

 まだ時間が早いからか、幸い誰もこちらを見ていない。

 ……よかった。
 胸を撫で下ろしたのも束の間、隣から小さな笑い声が聞こえてくる。

「ふふっ」
「……お前な」

 恨みがましく睨みつける。
 けれど圭太は、どこ吹く風だ。

「ええんよ。また甘えたくなったら、いつでも生徒会室に呼び出してな?」
「……っ!!!!」

 その言葉に、顔が一気に熱くなる。
 昨日の記憶が、堰を切ったように蘇った。

 圭太の腕の中。
 伝わってきた体温。
 情けない声で甘えた自分。

(だ、だめだ……やめろ)

 思い出すな。
 今、ここで思い出すな。

 反論しようと口を開くも、まったく言葉が出てこない。
 何を言っても昨日のことを肯定するような気がして、余計に何も言えなくなった。

 そんな俺を横目に、圭太は満足そうに笑う。

「ほら、みんな来てまうから。その真っ赤な顔、直しぃや」

 ツンツンと頬をつつかれる。

「……触るな」

 その指を払いのけると、圭太はまた楽しそうに笑った。
 俺はその背中に隠れるように1歩下がり、ようやく自分の頬に手を当てる。

 熱い。
 信じられないくらい熱い。

(……こいつ、絶対わざとだろ)

 そう確信したところで、どうにもならない。

「おはようさん」
「あ、おはよう、圭太。……おっ?亜蘭もいんじゃん。おはよ」
「お、おはよう…」

 そこへ、登校してきた同級生が声を掛けてきた。

 まずい。
 まだ顔が戻っていない。

「えっ、顔赤いけど大丈夫か!?体調悪いとか…」
「ん?ああ、ちゃうちゃう」

 俺が答えるより先に、圭太が笑って手を振った。

「ちょっと朝から暑かっただけやろ。な?」
「……っ」

 振り返った圭太と目が合う。
 その目は、明らかに笑っていた。けれど、それ以上は何も言わない。

「見たらんといたって」

 その言葉に、同級生も「そっか」と納得して去っていく。

 人の気配が遠ざかる。
 俺は小さく息を吐いた。

「……お前」
「ん?」
「独占欲あるなら、人が来そうなところでいじめてくれるなよ」
「………嫌やわ~、いじめるとか。愛でとるって言ってくれへん?」

 しれっとした顔。
 けれど、その口元だけは隠しきれないほど緩んでいる。

 俺は呆れてため息をついた。
 そして、もう一度だけ頬に触れる。

 まだ、少し熱い。
 そんな俺を見て、圭太は満足そうに目を細めた。