◇◇◇
放課後。
俺たちはそのまま生徒会室を出て、圭太の家へ向かった。
学校から少し離れたところまで来てから、ようやく並んで歩く。それでも念のため、通学路では少しだけ距離を空けていた。別に、隠さなければならないようなことをしているわけじゃない。男同士で一緒に帰ることぐらい、何も変なことではない。
ただ、俺たちが恋人同士だと知られるのは、今のところ避けたかった。
そんなことを考えながら、俺はいつもの仏頂面を貼り付けて歩いていた。
圭太の家に着き、玄関の扉が閉まる。
カチャリと鍵の掛かる音がした瞬間、それまで辛うじて保っていたものが、全部ほどけた。
「亜蘭、手ぇ洗っておいで。お茶淹れてくるから__」
圭太が靴を脱ぎながら振り返る。
その言葉を最後まで聞く前に、俺は圭太の制服の裾を掴んでいた。
「……亜蘭?」
そのまま背中にしがみつく。
「…動くな。ちょっと、このまま」
圭太の背中に額を押し付ける。
制服越しに伝わる体温。鼻先をくすぐる、いつもの柔軟剤の匂い。
たったそれだけのことで、さっきまで張り詰めていた身体から、力が抜けていく。
今日1日ずっと、人前では生徒会長らしく振る舞っていた。
誰にも弱みを見せないようにして。
緊張していることすら悟られないようにして。
でも、ここには誰もいない。
圭太しかいない。
そう思った途端、自分でも呆れるくらい素直になってしまった。
「着替えもさせてくれへんの?」
背中から、からかうような声が降ってくる。裾を掴む指に、少しだけ力を込める。
「……うるさい。お前が甘やかしてくれるって言ったんだろ」
一瞬の沈黙。それから、圭太が小さく笑った。何とも言えない甘さを含んだ、どこか嬉しそうな笑い方だった。
「んはは、せやったね」
そう言って、俺の手の上に大きな手を重ねる。
「じゃあ、このままリビング行こか」
「……ん」
背中から離れる気にはなれなかった。
圭太に引かれるまま、半ばくっついた状態でリビングへ向かう。
ソファに腰を下ろすと、圭太もすぐ隣に座った。そして当然のように、俺の肩を抱き寄せる。
「…近い」
「甘えたいんちゃうかったん?」
「……そうだけど」
「ほんなら、遠慮せんでええやん」
耳元で囁かれて、思わず肩が跳ねた。
「……お前、絶対楽しんでるだろ」
「そらなぁ。こんな愛らしい恋人を愛でれるなんて、楽しくないわけないやん」
圭太は悪びれる様子もなく笑う。
大きな手で頬を撫でられるものだから、思うままに擦り寄ってやれば優しく笑われた。
そして圭太は、ふと思い出したように口を開いた。
「今日の亜蘭、ほんまに凄かったわ」
「……何が」
「集会」
その一言で、今日の光景が頭に蘇る。
大勢の生徒を前にして、マイクを握っていた自分。
平然とした顔を作りながら、内心では必死だった自分。
どれも好きになれなくて、顔を顰めてしまう。
「凛としてて、誰もが憧れる生徒会長様やったで」
「……嫌味かよ」
「ちゃうって」
圭太は笑いながら、俺の髪を軽く撫でた。
「格好ええなぁって、ほんまに感心してたんよ」
「……」
「でもな」
その声が、少しだけ柔らかくなる。
「俺は、こうやって俺の前でだけ気ぃ抜いてる亜蘭の方が好きやけど」
胸の奥が、どくんと鳴った。
「……ずるい」
「何が?」
「そういうこと、平気な顔して言うところ」
「平気ちゃうで」
「嘘つけ」
顔を上げると、目が合った。
いつも余裕そうに笑っている圭太が、ほんの少しだけ照れたように目を逸らす。
その瞬間、胸の奥がくすぐったくなった。
……なんだ。
こいつだって、余裕なわけじゃない。
そう思ったら、ほんの少しだけ勇気が出た。俺は圭太の制服の襟元を掴む。
「……亜蘭?」
驚いた声。
構わず少しだけ身体を伸ばして、唇を重ねた。
ほんの一瞬。
触れるだけの、短いキス。
離れたあとも、圭太は目を丸くしたまま固まっていた。
その顔を見ているうちに、さっきまでの緊張が嘘みたいに消えていく。
代わりに、胸の奥から小さな優越感が湧いてきた。
「褒めなくていい。だから、存分に甘やかせ」
顔が熱い。
それでも、今だけは強がってやる。
圭太はしばらく何も言わなかった。やがて、ふっと目元を緩める。
「ほんま、そういうとこやで」
次の瞬間、視界がぐらりと揺れて、俺はソファの上に押し倒されていた。見下ろしてくる圭太の瞳には、もうさっきまでの優しいお兄さんみたいな余裕は残っていない。
「後悔しても知らんからな」
「するか」
少し低くなった声に鼓膜を揺らされ、俺は諦めたように目を閉じた。そして、首元に回す腕に力を込めた。
放課後。
俺たちはそのまま生徒会室を出て、圭太の家へ向かった。
学校から少し離れたところまで来てから、ようやく並んで歩く。それでも念のため、通学路では少しだけ距離を空けていた。別に、隠さなければならないようなことをしているわけじゃない。男同士で一緒に帰ることぐらい、何も変なことではない。
ただ、俺たちが恋人同士だと知られるのは、今のところ避けたかった。
そんなことを考えながら、俺はいつもの仏頂面を貼り付けて歩いていた。
圭太の家に着き、玄関の扉が閉まる。
カチャリと鍵の掛かる音がした瞬間、それまで辛うじて保っていたものが、全部ほどけた。
「亜蘭、手ぇ洗っておいで。お茶淹れてくるから__」
圭太が靴を脱ぎながら振り返る。
その言葉を最後まで聞く前に、俺は圭太の制服の裾を掴んでいた。
「……亜蘭?」
そのまま背中にしがみつく。
「…動くな。ちょっと、このまま」
圭太の背中に額を押し付ける。
制服越しに伝わる体温。鼻先をくすぐる、いつもの柔軟剤の匂い。
たったそれだけのことで、さっきまで張り詰めていた身体から、力が抜けていく。
今日1日ずっと、人前では生徒会長らしく振る舞っていた。
誰にも弱みを見せないようにして。
緊張していることすら悟られないようにして。
でも、ここには誰もいない。
圭太しかいない。
そう思った途端、自分でも呆れるくらい素直になってしまった。
「着替えもさせてくれへんの?」
背中から、からかうような声が降ってくる。裾を掴む指に、少しだけ力を込める。
「……うるさい。お前が甘やかしてくれるって言ったんだろ」
一瞬の沈黙。それから、圭太が小さく笑った。何とも言えない甘さを含んだ、どこか嬉しそうな笑い方だった。
「んはは、せやったね」
そう言って、俺の手の上に大きな手を重ねる。
「じゃあ、このままリビング行こか」
「……ん」
背中から離れる気にはなれなかった。
圭太に引かれるまま、半ばくっついた状態でリビングへ向かう。
ソファに腰を下ろすと、圭太もすぐ隣に座った。そして当然のように、俺の肩を抱き寄せる。
「…近い」
「甘えたいんちゃうかったん?」
「……そうだけど」
「ほんなら、遠慮せんでええやん」
耳元で囁かれて、思わず肩が跳ねた。
「……お前、絶対楽しんでるだろ」
「そらなぁ。こんな愛らしい恋人を愛でれるなんて、楽しくないわけないやん」
圭太は悪びれる様子もなく笑う。
大きな手で頬を撫でられるものだから、思うままに擦り寄ってやれば優しく笑われた。
そして圭太は、ふと思い出したように口を開いた。
「今日の亜蘭、ほんまに凄かったわ」
「……何が」
「集会」
その一言で、今日の光景が頭に蘇る。
大勢の生徒を前にして、マイクを握っていた自分。
平然とした顔を作りながら、内心では必死だった自分。
どれも好きになれなくて、顔を顰めてしまう。
「凛としてて、誰もが憧れる生徒会長様やったで」
「……嫌味かよ」
「ちゃうって」
圭太は笑いながら、俺の髪を軽く撫でた。
「格好ええなぁって、ほんまに感心してたんよ」
「……」
「でもな」
その声が、少しだけ柔らかくなる。
「俺は、こうやって俺の前でだけ気ぃ抜いてる亜蘭の方が好きやけど」
胸の奥が、どくんと鳴った。
「……ずるい」
「何が?」
「そういうこと、平気な顔して言うところ」
「平気ちゃうで」
「嘘つけ」
顔を上げると、目が合った。
いつも余裕そうに笑っている圭太が、ほんの少しだけ照れたように目を逸らす。
その瞬間、胸の奥がくすぐったくなった。
……なんだ。
こいつだって、余裕なわけじゃない。
そう思ったら、ほんの少しだけ勇気が出た。俺は圭太の制服の襟元を掴む。
「……亜蘭?」
驚いた声。
構わず少しだけ身体を伸ばして、唇を重ねた。
ほんの一瞬。
触れるだけの、短いキス。
離れたあとも、圭太は目を丸くしたまま固まっていた。
その顔を見ているうちに、さっきまでの緊張が嘘みたいに消えていく。
代わりに、胸の奥から小さな優越感が湧いてきた。
「褒めなくていい。だから、存分に甘やかせ」
顔が熱い。
それでも、今だけは強がってやる。
圭太はしばらく何も言わなかった。やがて、ふっと目元を緩める。
「ほんま、そういうとこやで」
次の瞬間、視界がぐらりと揺れて、俺はソファの上に押し倒されていた。見下ろしてくる圭太の瞳には、もうさっきまでの優しいお兄さんみたいな余裕は残っていない。
「後悔しても知らんからな」
「するか」
少し低くなった声に鼓膜を揺らされ、俺は諦めたように目を閉じた。そして、首元に回す腕に力を込めた。



