◇◇◇
そして、放課後。
誰もいない生徒会室。
パタンと扉が閉まり、カチリと鍵の掛かる音が響いた。
その瞬間、俺の中で張り詰めていた何かが音を立てて弾け飛んだ。
「限界、まじで死ぬ……っ!」
完璧な生徒会長の仮面をかなぐり捨て、俺はカバンを床に放り出す。そして、そのまま圭太の胸元へ一直線に飛び込んだ。
「うわっ、っと…!おつかれ、亜蘭」
慌てたような声を上げながらも、圭太はしっかりと俺を受け止めてくれる。その首元に夢中で両腕を回し、鎖骨のあたりへ顔を押しつける。人前で見せていた態度なんて、もう跡形もなかった。
「なぁぁぁ……めちゃくちゃ緊張した……!」
圭太の制服を握りしめながら、堰を切ったように言葉が溢れる。
「全校生徒の視線が痛すぎるし、途中で噛みそうになったし……本気で息止まるかと思った……!」
「うんうん。でも、完璧やったで」
頭上から、優しい声が降ってくる。
「めっちゃ格好良かった」
「震えてるの見えてただろ」
「それでも頑張っとったのが格好良かってん」
圭太は愛おしそうに大きな腕で包み込む。
背中をゆっくりと撫でる手のひらが温かい。
一定のリズムで叩かれるたび、身体に溜め込んでいた力が少しずつ抜けていく。
「嘘つけ」
「嘘やないよ」
むっとして顔を上げようとする。けれど、それより先に後頭部へ大きな手が回され、そのまま再び胸元へ押し戻された。
「せやから、こんなに弱っとる亜蘭のこと知っとるのが俺だけなんが、どうしようもなく嬉しいんよ」
くすくす笑う気配がする。
「よう耐えた。えらかったな」
「…子ども扱いすんな」
「甘えてきてんの、亜蘭の方やで?」
「……うるさい」
「はいはい、ごめんな。ほら、もっと力抜いてええよ」
耳元に届く、低くて優しい関西弁。
優しく頭を撫でられると、外で張り詰めていた緊張が一気に解けていく。
圭太の腕の中は、どうしようもないくらい安心する。まるで身体から骨まで抜け落ちてしまったみたいに、力が入らない。
自分でも格好悪いと思う。こんな姿、誰にも見られたくない。
……なのに、圭太からだけは離れたくなかった。
「…圭太」
「ん?」
「今日、お前の家に行っていいか?」
胸元に顔を埋めたまま、ぽつりと呟く。
「もうちょっとだけ、甘えたい」
言ってしまってから恥ずかしくなる。けれど、圭太は何も言わなかった。
ただ、俺を抱きしめる腕に、ほんの少しだけ力がこもる。
「…断る理由、どこにもないやろ」
そう言って、頭の上から柔らかな笑い声が落ちてきた。
「今日は亜蘭が満足するまでいっぱい甘やかしたるから、覚悟しとき?」
意地悪そうな声音に、耳まで熱くなる。それを誤魔化すように、俺は圭太の制服をぎゅっと掴んだ。そして、さらに深く、その胸元へ顔を埋める。
今日くらいは生徒会長でもなく、誰かの期待に応える自分でもなく。
ただの俺でいても、許される気がした。



