生徒会室は本日も「甘やかし」につき使用中

 階段を上る。
 1段、また1段。

 やがて辿り着いた生徒会室には、案の定、誰もいなかった。

 扉を開けて中へ入る。
 俺に続いて入ってきた圭太が、後ろ手に扉を閉めた。しかし、期待している鍵をかける音は一向に聞こえてこない。

「…おい」
「んふふ。何?」

 振り返った圭太は、案の定ニヤニヤと笑っていた。

「お前……分かっててやってるだろ」

 問い詰めるように睨みつける。けれど、圭太は悪びれるどころか、ますます楽しそうに目を細めた。

「いやー。亜蘭の口から聞きたくてさ」
「…何だよ」
「言うてくれへんの?」
「言わない」

 即答すると、圭太は半笑いのまま扉に手を伸ばした。
 そして、カチャンと鍵を掛ける。その小さいはずの音が、やけに大きく聞こえた。

(…ほらみろ)

 言わなくても、俺が何を求めているのか分かっていたくせに。それなのに、わざわざ俺の口から言わせようとしてくる。

「……何だよ」
「んー?」

 圭太はとぼけたように首を傾げる。それから何も言わず、ただ両腕を広げた。

「ん」

 もう一度、促すように腕を広げる。
 その顔が、あまりにも分かりやすく「おいで」と言っていた。

(……本当に、ずるい)

 ここまでされたら、もう抗えない。

 渋々と圭太の前まで歩いていく。すると、待っていたとばかりに腕を回され、そのまま胸の中へ抱き込まれた。
 
 途端に、張り詰めていたものがふっと緩む。
 さっきまであんなに腹が立っていたのに。ほんの少し抱き締められただけで、それすらどうでもよくなってしまう。

「……無理」
「……」
「本当に無理すぎるっ!!!なんで月一で全校集会があるんだよ!!しかも、会長だから挨拶しろってなんだよ!!話すことはない!!!」

 結局、堪えきれずに叫んだ。
 すると、俺を抱き締めている圭太の肩が、小刻みに揺れ始める。

「笑うなっ!!!」
「いや、だって……」

 必死に笑いを堪えているらしい。
 けれど、口元は隠しきれないほど緩んでいる。

「何やねん。野良猫みたいな威嚇の仕方しよって」
「誰が野良猫だ!」

 宥めるように、頭をぽんぽんと撫でられる。鬱陶しくて頭を振り、その手を振り払った。

 それでも圭太は気を悪くするどころか、ますます愛おしそうに目を細める。

「まさか、天下の生徒会長さまが、こんなにも緊張しいやったとはなぁ」
「最初から知ってたくせに!」
「知ってたけど、会長になったのは止められんかったやん」
「……それは分かってる」

 分かっている。
 あの選挙が俺たちの意思とは関係なく進んでしまったことだって、今こうして生徒会長と副会長をやっていることだって、全部俺たちが望んだことじゃない。

 だからこそ、圭太に八つ当たりしている自覚はあった。

 ……それでも圭太はこんな俺を受け止めてくれる。
 格好悪いと思うし、ただの我が儘だけど、1人で抱えれきれない気持ちをポジティブに受け止めてくれる数少ない人なのだから。

 だから、つい甘えてしまう。

「……でも」

 俺は小さく息を吐いて、圭太の背中に腕を回した。

「1人にしなかったことだけは、許そう。…その、ありがとう」

 そう言って、回した腕に少しだけ力を込める。
 
 しかし、……返事がない。

「?」

 妙な沈黙に違和感を覚え、顔を上げる。
 するとそこには何とも言えないほど幸せそうに、顔を弛ませた圭太がいた。

「なっ…お前、なんて顔してんだよ!」
「いやー……」

 圭太はしみじみとした様子で俺を見下ろす。

「これやから、亜蘭にどんどんハマっていくんやろなぁって思って」
「何のことだ?」
「んーん、亜蘭は分かんなくていいよ」

 意味が分からない。
 そう思う間にも、ぎゅうと身体を抱き締められる。大きな手が、今度は優しく髪を撫でていく。

「ちょ、急に何なんだ。離せ…!」
「嫌や」
「何でだよ!」
「だって、今の亜蘭めっちゃ可愛いやん」
「~~っ!」

 これ以上顔を見られたくなくて、無理やり圭太の胸元へ顔を埋める。
 体格差のせいで、身体がすっぽりと収まってしまう。それが余計に悔しくて、制服をぎゅっと握り締めた。