後夜祭から2日後の朝。教室に入ると、室内はまだ海の中のまま。
昨日は休校日だった為、教室の片付けや展示物の解体作業、校内清掃を今日の午前中に行う。
「あ、キイちゃんおはよー!」
「はーぎー、おはよう」
鞄を床の隅っこに置き、振り返ったらいきなりハグをされた。
「キイ、おはよ」
もちろんハグしてきた相手は瀬古。
「…おはよう、瀬古」
瀬古の俺への態度はこれまでと変わらない。それが辛いのか、嬉しいのか…。
後夜祭の日、瀬古から生駒先輩が好きだと教えられた。それはまるで、本命だと思って付き合っていたのに、まさかの自分が浮気相手だった時みたいな衝撃だった。もちろん、そんな経験はないけど。
いつも距離が近くて、甘い言葉言ってきて、思わせぶり過ぎるよって思ったけど、今思えば恋愛として好きだなんて一度も言われていない。勝手に好意を抱かれていると勘違いして、勝手に好きになって、両思いだと勘違いしていただけ。
昨日一日中瀬古のことを考えてみたけど、両思いじゃないと分かったところで、好きな気持ちがすぐに消えるわけじゃなかった。なので、とりあえず片思いをしていようと決めた。
でも、せっかく俺にだけ教えてくれたし、純粋に瀬古の恋を応援したいって気持ちもあるんだよね。
「きいたん、1人で大丈夫!?俺らついて行こうか!?」
両手にゴミ袋を持ち教室を出る俺にクラスメイト達は心配そうに声を掛けてくれる。背の高い子や力持ちの子が解体作業を頑張ってくれているから、小柄な俺にはゴミ捨てや細々とした作業しかすることがない。
「ありがとう。でも大丈夫だよ」
「なんかあったら呼べな!すぐ駆けつけるから」
ここまで過保護だと、姫扱いというより子供扱いされている気分にもなる。
ゴミ捨て場に着くと、生駒先輩が1人でゴミを捨てていた。
あ…瀬古の好きな人…。
「あ、妹尾君。お疲れ様」
俺に気付いた生駒先輩は優しく微笑んだ。
「お疲れ様です」
「やっぱり、力仕事させてもらえないよね」
「そうですね」
3年間姫ポジでいる生駒先輩だからこその発言だ。
ゴミ袋を捨てて、唐突に伝えてみた。
「あの…こう言われて嬉しいのか分からないんですけど、ジュリエットすごく綺麗でした」
「ふふっ、ありがとう。やるからには中途半端にしたくないから、そう言ってもらえて嬉しいよ。みんなに楽しんでもらうために高やんと頑張ったしね」
なんだか心まで綺麗な人だなぁ…。瀬古が好きになったのも納得だ。
「お二人、すごくお似合いでした」
「ありがとう。中庭ではしなかったのに、教室に戻ったら高やんがお姫様抱っこしてきて大変だったんだよ」
「あはっ、本当に仲良しですね」
「仲良し…っていうより」
「生駒!」
生駒先輩の言葉を遮るように現れたのは高柳先輩。
「お、妹尾君もいたんだ。もしかして俺、姫同士の密会邪魔しちゃった?」
「あ、いえ、大丈夫です」
「たまたま出会しただけだよ。高やんは手ぶらで何しに来たの?」
「生駒が心配になって来ただけ」
「え?…もぉ、俺のこと何だと思ってるの」
「そりゃ、大事な…」
「キイ!」
何か言いかけた高柳先輩の言葉を遮り現れたのは瀬古だった。
「あ、天馬お疲れ!」
「お疲れ様でっす」
「天馬、安心しろ」
「え、何がですか?」
「天馬の愛しの妹尾君を口説いてないから!」
「いや、何言ってんスか。そんなの当たり前じゃないですか」
「まぁな。だって俺には生駒がいるから」
高柳先輩が生駒先輩の肩を抱き寄せ、生駒先輩は恥ずかしそうに頬を染めた。
多分、他の人相手だったら瀬古も俺の肩を抱き寄せてノリ良く対抗したと思う。
「…。」
だけど瀬古は俺に触れなかった。
「ラブラブで何よりです。俺らは人前じゃなくて、2人きりの時にイチャつくんで!」
「うわ、瀬古変態だなー!」
「高柳先輩に言われたくないっす。…じゃ、俺ら行くんで、失礼しまーす」
「…失礼します」
「またなー」
「天馬君、妹尾君、またね」
手を振る生駒先輩に軽く会釈した瀬古が嬉しそうなのが今なら分かってしまう。
こんなに分かりやすく恋してるのに、何で今まで気付かなかったんだろう…。
◇
翌週からテスト期間と並行して、体育祭の練習をするという、なかなかハードな日々が始まった。
金曜日の放課後、教室で瀬古、はーぎー、貝原とテスト勉強をすることにした。
「だめだ!!頭と体、同時に使いすぎてもう限界だ!!俺は旅に出る!!」
机の前で立ったままのはーぎーは、大きな声を出して座る気がない。
「どこに行くの、旅って」
貝原が冷静に問いかける。
「まぁ、体育祭の練習って体動かすだけかと思いきや、応援合戦の振りやフォーメーション覚えんのに地味に頭使うもんな」
「そうなんだよ!振り覚えたら、勉強した記憶が見事に消えんだよ!」
「来週のテストを乗り越えたら体育祭の練習に集中出来るし、俺も頑張るからはーぎーも一緒に頑張ろ?」
「うぅー、キイちゃーん!頑張るから俺を癒してくれよーー」
はーぎーは横から俺に抱きつき、頬をすりすりしてきた。
「キイから離れろ、ばかはーぎー」
すぐさま瀬古がノートを俺たちの頬と頬の間に差し込んでくる。
「いいじゃんかよー!たまにはキイちゃんの癒しを全力で感じても」
「俺の前ではやめろ」
「ちぇっ。嫉妬深い彼氏持つとキイちゃんも苦労すんな?」
「あはは、そんなことないよ」
少し前なら、独占欲発言にときめいていた。いや、正直今でも少しはときめく。…だけど、その独占欲に恋愛感情が含まれていないと知っているから、浮かれず冷静になれる。
◇
数日間のテストを無事に乗り越え、本格的に体育祭の練習が始まった。
体育祭は縦割り対抗のため、俺たちはC組の2、3年生と応援合戦のダンスを踊り、学年種目はC組を応援する。
今日は初めてグラウンドで応援合戦の練習をする日。A組から順番にグラウンドに出て、振りや立ち位置の確認などを行う。
応援合戦は毎年、漢らしさで勝負する組、ウケ狙いの可愛さ全開でいく組などに分かれるらしい。今年のC組は、K-POPの男子アイドルに本気でなりきるというもの。
B組と入れ替わるようにグラウンドに出た俺達。
「はーい、みんな集まってー」
集合をかけたC組の応援団長は、元バレー部の中塚先輩。貝原いわく、普段の中塚先輩は飄々としていてマイペースだが、試合になるとスイッチが入りとてもカッコいいらしい。
そんな中塚先輩は、180後半の身長と気怠そうな雰囲気、そして塩顔が合わさって、同じ男から見ても色気を感じる見た目をしている。
「40分しか時間ないからー、ひとまずフォーメーションの動きの確認からしまーす」
✳︎
40分後、ひと通り練習が終わり各教室に戻っていくC組の生徒達。そこにD組の生徒達がやって来た。
あ…。
貝原達と帰る俺の目に高柳先輩と生駒先輩の姿が映る。
「あ!なかつー、お疲れ!」
高柳先輩が中塚先輩に声を掛けた。
「お疲れー」
「どうだった?」
「意外と時間ないなーって感じかなぁ。あっ、まだこの時間結構暑いから生駒気をつけてねぇ」
「なかつー、心配ありがとう」
そんなやりとりを遠目から盗み聞きしながら、教室へ向かった。
生駒先輩も暑いの苦手なのかな。…たしかにこの時間に外はしんどかったかも。
着替え終わって、席で次の授業の準備をする俺は動きが鈍い。
なんだか気分が悪いな…。熱中症じゃないと思うけど、念のため保健室に行っておこうかな。
「瀬古、俺少し保健室行ってくるから、授業遅れるって先生に言っておいてくれる?」
振り向き、瀬古に伝えた。
「え!?大丈夫か!?え、つーか俺も一緒に行くって」
「ううん、大丈夫だから。じゃあ、よろしくね」
階段をゆっくり降りていく俺は、ふらつきそうになる。
あ、やばいかも……
1階まで残り数段になった時、ふらつきで段を踏み外し、そのまま前に倒れてしまいそうになった。
ぐいっ…
その瞬間、誰かに身体を正面から支えられた。
えっ……
顔を上げると、高柳先輩がいた。
「おい、大丈夫!?」
「え…あ、だ、だいじょーぶです…」
「いや、全然大丈夫じゃないっしょ」
そう言った高柳先輩は、俺を軽々とお姫様抱っこして保健室へ向かった。
保健室に着くと、養護の先生が席を外していた。
「あれ、いない」
高柳先輩は、お姫様抱っこのまま俺をベッドまで連れて行き、ゆっくりと寝かせてくれた。
「……。」
「水分って取った?」
「少し前に…」
「おっけ。ちょい待ってて」
一度離れた高柳先輩は、タオルで包んだ保冷剤を手に戻って来た。
「お待たせ」
保冷剤を俺の首後ろに置いた高柳先輩。後頭部に手を添えて置いてくれた時の高柳先輩の顔や体の距離は思ったよりも近い。
「んじゃ、そろそろ先生戻ってくると思うから、俺行くな?」
「…はい、ありがとうございました」
「お大事に」
軽く口角を上げた高柳先輩は、優しく俺の頭を数回撫でた。
…きゅん
間一髪で助けてくれて、さらっとお姫様抱っこできて、最後までスマートな対応……こんなロミオな彼氏いたらメロくないですか?



